他人の持論は、つまらない場合が多い
「ちょっと待ちなさい」
「え?」
二重の意味で驚いた。
まず一つ目、正体がばれたかという懸案。
自分に話しかけてくるということは、何か用件があると言うことになる。
飲み物はいらないと今言っていたばかりだから給仕の申しつけではないはず。
そして二つ目。
さっきと明らかに声音が違う。さっきは少女らしい暖かみが多く感じられる声音だったが、今の声音は少し低い。しかしそれでも女の子の声と形容することは出来るが。
「何でしょうか?」
「この毒みたいな飲み物を片付けておいて」
「はあ」
じゃあ頼むなよ、と心の中でツッコミを入れようと思ったが、この飲み物を要求したのはお坊ちゃんだったのを思い出したのでやめておいた。
ウェイターになると言論の自由が制限されてしまうように思える。さっきから心の中でしかツッコミが入れられない。
ともかく、要求がこれなのなら一安心だ。さっさと引っ込めれば良いだけなのだから。
「それでは片付けさせて頂きます」
会釈をしながら差し出されたグラスを受け取る。
これで完璧にミッションコンプリート、と思ったがまだ話は終わっていないようだ。
「それともう一つ」
こんどこそ舌打ちをつく。
それと同時に頭に力を込め、サイコキネシスの発動準備もした。今この状態ならマシンガンを持った男百人に囲まれても生き延びられる自信がある。
ただそんな臨戦態勢な神宮だったが、エルマの口から出た台詞はかなりの意表を突くものだった。
「私の前では演技しなくても良いわ。無理に笑顔を作る必要無し」
「……どういうことでしょうか?」
どうやら半不法侵入の件には気付かれていないらしい。
しかし、別のことに気付かれているようだ。
「なんか私作り笑いを見るとイライラするのよね。今日のパーティーに来た人全員。みんなへらへら笑って気持ち悪い。昔からそうだったから、作り笑いの区別がつくようになった」
「……そうすか」
こいつは、本当にお嬢様なのか? 何か性格がねじ曲がっているような気がする。
ともかくまあ仮ご主人様の命令なのだから、普段通りに喋ることにした。
「それはどうも。で、もしかしてあんたエルマ様とやらの影武者か何かか?」
「違うわ。私は正真正銘のキュリア・エルマよ。本日で微笑み可憐な十七歳になったわ」
「へえ。そうかい。なら俺も一つ言ってやるが、お前の作り笑いだって気持ち悪かったぞ」
「……まあ、そうでしょうね」
神宮の台詞を聞いてエルマは、本当に笑った。
微笑むように笑うのではなく、嬉しそうにニヤッと笑った。
「演技は止めて良いと言ったけれど、ここまでばっさり言うのねあなた」
「それを長所にしたいと思ってる」
なるべく会話は短くしたいところ。
これが会話の打ち切りのさせ方で、台詞が短くなっていくにつれて会話も消滅するのだ。
「あなた、今日は私のそばにいなさい。あなたもしっかり魔法が使えるんでしょ?」
「あ?」
神宮の粋な計らいもむなしく、エルマは何ともトチ狂った台詞を言い放った。
一介のウェイターだったら涙を流して感謝しなければいけないのかも知れないが、こと自分となれば話は別だ。
丁重にお断りしたい理由が、後方3メートルの場所にある。
「魔法は……使える、けど」
サイコキネシスだって魔法みたいなものだ。だからこれは嘘にはならないと思う。
「けど何よ」
エルマから訝しげな視線を頂戴してしまった。
しかしここは己の信念のために言わなければならない。
だから、拳をギュッと握りしめて言った。
「いやちょっと、俺肉食いたいんだよね。あれ、すげえ美味そうだから」
「……何よそれ」
エルマが溜息をついた。
しかしながら神宮にとっては一大事であった。そもそもこのパーティーに潜り込んだ理由が食事なのだからそれを疎かにするわけにはいかない。目的と手段をはき違えてはならぬ。
「俺お腹減ってるんだ。これじゃあいざって時に力が入らなくて魔法が使えないかも」
適当な出任せである。死ぬほど腹が減っているときにサイコキネシスを使おうとしたことはないので本当に判断がつかない。
「……いろんな意味で本当にあなたって規格外ね。いいわ、好きなだけ食べなさい。今日の責任者は私だから私が許す」
「おおっ、そりゃありがたい」
これは良い誤算だ。これで胸を張って肉を食べることが出来る。
なんせ責任者からの許可をいただいたのだ。これでおやっさんに出くわしても文句は言われないだろう。
「でも今から会場の隅の方に行くから、取り皿に取りなさい」
「はーい」
適当に返事をしながら食べ物の置いてある場所に小走りで向かい、皿を取って肉を乗せまくる。
一枚二枚三枚四枚五枚。
一枚乗せていく度に幸せ度が積み重なってきた。取るだけでこの幸福感、口にしたらどうなるのだろう。ああ、食事って怖い。
「……あんた見かけによらず結構食べるのね」
「まあ。こちらも育ち盛りの十七歳ですから」
さっきの可憐だなんとかの台詞を返すかのように今の台詞を言った。
そして予想通り、この台詞には興味を持ったようだ。
「十七歳だったのねあんた。どうりで気が合うはずだわ」
「なんだその考え方。それだと世の中に気が合う奴が多数存在することになるだろ」
言い終えてから、取ってきた肉を歩きながらもぐもぐと食べ始める。
予想に違わず、美味い。ありきたりな表現だが口の中で確かにとろけた。
「ま、別にいそんな事はどうでも良いか。それより、この肉美味いな」
牛か豚か鶏か、はたまた全然違う何かの肉か。
まあ美味けりゃいいさ、と言い聞かせて肉を頬張り続ける。
「さあ、私食べてないからわからないわ」
そんな会話をしながら会場の隅に向かうために歩き続ける。
そこことだけから察するに、どうやらエルマは人混みが嫌いのようだ。
自分も人混みは嫌いなので頷ける所はある。
「あっ」
「おっ? どうした? 肉ならもうあまり残って無いぞ。まあ取って来いと言うのであればやぶさかじゃあない。俺の分ももう一回取りに行けるし」
エルマがらしくない声を上げて立ち止まったので、つられて神宮も立ち止まる。
エルマの視線の先は、会場の隅の方に向いていた。
じーっとその隅っこ一点を凝視している。
向かう場所はあそこってことか? と思ったがどうやらそれは違うようだ。
二人の視線の先に、はすでに先客がいた。
「ん? 何あれいじめ?」
「……まあそれに近いわ。貴族の間でもこんな事はあるのよ」
銀髪の少年が、金髪のお兄ちゃん達に囲まれていた。
見るからにイジメである。少年の方は明らかに困っており、今にも泣き出しそうな雰囲気だ。
「やっぱりこういうチンピラってどこにでもいるんだな」
しかし神宮を含め二人は会場の隅を目指して歩き続ける。
詰まるところ、いじめの現場のすぐそばまで歩み寄ったわけだ。
「あん?」
するとチンピラの一人が神宮達に気付いた。
それを察知して神宮は、さらりとこう言った。
「あっ、どうぞ続けててください。自分らここに休みに来ただけですから」
あまりに自然。
少年達が視界に入っていないかの応対に、チンピラAは少したじろいだ。
「ちっ、白ける野郎だ」
そう吐き捨てて、チンピラAは銀髪少年の包囲に再参加する。
どうやら神宮達が絡まれるのは回避できたようである。ラッキーだった。
「で、これからどうすんだ? っていうかパーティーっていつ終わるの? 俺もう帰っていい? いやー、エルマには感謝してるよ。やっぱり肉ってすばらしいな」
神宮は隣に立っているエルマにそう話しかけた。
が、エルマは全く別のことを考えていたようである。
「あんた……あの子を助けないの? その為にここに来たんじゃないの?」
エルマの視線は神宮ではなく、チンピラに包囲されている少年に向けられていた。
その瞳には、少々怒りの感情が交じっている。
「うん、助けないぞ。ここに来たのはエルマが来たからだ。それ以外に理由は無い」
しかし神宮が今放った台詞によって、エルマの視線は神宮へ注がれることとなる。
「ちなみに聞くけど、なんで?」
「えー、説明すると長いぞ。そうこうしてる内にあの子危ない目にあっちゃうかも。だから言わなくてもいい?」
「説明しなさい。その間あっちもどうにかしなさい」
言っておくが無理難題である。
懇切丁寧に説明をしながら、チンピラ三人とやり合うってことは容易ではない。
しかしそれは常人での話であって、常人でない人間にとっては容易なことだった。
「仕方無い。請け負おう。でもこれで肉の件は貸し借り無しだぞ。俺そう言うのかなり気にするタイプだから」
「いいわよ」
ホッと安心の溜息をついたのは、エルマだった。
エルマは説明をしながらあの状況もどうにかしろと言ったが、どうせ二つの行動を並列では行えないと思っている。
だったら最初に取るべき行動は少年の救出でその後ゆっくりと説明が始まる、そう思っているエルマは常識人だったのだ。
「よっと」
軽く掛け声を掛けてイメージを固める。
エルマは「早く助けてこいよ」という命令の意が込められた視線を向けてくるが、後生憎様。もうあの銀髪君は安全圏にいるのだった。
その事がわかったのは、当事者のチンピラ達と少年だけである。
「か、体が動かねえ!」チンピラA
「お、俺もだ!」チンピ(略
「どうなってやがる!」チ(略
「あ、あれ? 体が動かない」銀髪の少年
「はい一丁上がり。それじゃあ早速説明をしたいと思う」
なんてこと無いように話を続けるが、周りからは文句の嵐だった。
「てめえ! 邪魔はしないって言っただろうが!」
チンピラAはこの現象を神宮のせいだと判断したようだ。目には見えない行為なのだが何か感覚でそうと感じとったのだろう。
「まあまあ。どうせすぐ解放するから。少年も動けんわけだしいいだろ」
神宮はそこで会話を打ち切り、エルマに向き直る。
そして説明を開始しようと思ったのだが、エルマも言いたいことがあるらしい。
「……あんた、何したの?」
「動けなくした。体を直接動けなくさせる手もあったけど、今回は喋れるように空間を固定した。まあ体の周りに見えない膜が張ってあって、動けなくなってるってわけ。これで説明してる間は何も起こらないわけだ。よって気兼ねなく説明が出来る」
まさに最強の力。
それこそパイロキネシスなんて相手にならない。
大会の時は『戦闘不能にさせたら勝ち。ただし、殺してはならない』という条件だったので、実はちょっと苦労した。
もし『殺したら勝ち』が勝利条件だったら、試合は3秒持たなかったと思う。
なんせ、相手の頭に真っ赤なお花を咲かせたい、と思うだけでそれが現実のこととして起こるのだから。頭が万力に絞られたかのようにしぼむ。
「…………それなら、いいのかな。じゃあとりあえず説明をお願い」
間が空いたがようやく説明が始まった。
なぜか弱き少年を助けないのか? という訳のわからない内容の説明が。
予告通りもう一話です。
明日も更新する予定です。
それでは。