詐欺は当然、騙すやつが悪い
ウェイターの控え室に到着するのに苦労はなかった。
でかい建物だから控え室を探すのにさぞ苦労するんだろうなあ、と思っていた神宮だったが、その懸案は入ってすぐに出会ったウェイターによって解決されたのだ。
見た目は怖そうなおっちゃんだったが、神宮の頭はある意味でパッパラパーなので別段躊躇うこともなく話しかけたのだ。
出会い頭に神宮が「ウェイターの控え室ってどこですかね? 俺ちょっと遅刻しちゃいまして」と聞いたところ「……仕方ねえな。広くて迷っちまうだろうから俺が案内してやる」という心温まるエピソードがあったため難なく控え室に到着することが出来たのだ。
この世界の人達は、もう少し人を疑って掛かったほうがよろしいかと思われる。
しかしまあ神宮にとっては好都合以外の何事でもないので黙っておいた。いつか事が落ち着いたときに『詐欺に注意!』のチラシを配ってやりたいと思う。
そして件の神宮は、案内された控え室で自身のバージョンアップに成功していた。
だらだらのスウェットからぴしっとしたワイシャツとエプロンっぽい何かを着用。
薄汚れたウィンドブレーカーのズボンから折り目がきちんと付いたスラックスに。
ご丁寧にベルトも置いてあったので拝借した。
「さて、これでウェイターになって違和感もぬぐえたわけだ」
ウェイターとしての準備が出来たので、ウェイターの仕事を始められる。
それすなわち、会場に潜り込むことが出来るということだ。服だけで人間これほど変わるもんかね、と自分でさえ思う。
「それじゃあおやっさんがスタンバッってるらしいから、さっさと出るか」
パーティーが行われている広場は大きいのでどこにあるのかわかったのだが、おやっさんが「俺はここ(控え室の前)で待ってるから着替えたらさっさと出てこい。一緒に会場に行くぞ」と言って聞かないので大人しく従うことにしたのだ。逆らう方がおかしい。
「おやっさん、準備終わりました」
そう言いながら扉を開ける。
当然何の捻りもなく、扉の少し前の方でおやっさんが腕を組んで立っているだけだった。
「よし。それじゃあ行くぞ」
「はい」
おやっさんが歩き始めたのでそれを追いかける形で後ろに神宮。
このまま会場まで無言タイムが続くのとばかり思っていたが、おやっさんの方から神宮に声を掛けてきた。神宮から声を掛けるつもりは無かったので道理ではある。
「お前、どこ出身なんだ?」
軽い世間話だ。これは答えない方が怪しまれる。
ただし、日本です、とは言えないので適当にはぐらかさなければならない。
「東の方です。それがどうかしましたか?」
と無難な返答をした。正確な国名を聞かれたら、まずおやっさんの出身国を聞き返して、その国の名前のニュアンスを学び取った後適当なことを言えばいいだろう。
しかしまあ、そんな面倒な事にもならず、東の方でもおやっさんは納得してくれた。
「東か。東と言えば工業が有名だと聞いたが。お前はどうやって魔法を身につけたんだ?」 魔法を身につけた前提での会話である。どうもこの世界は魔法前提の世界観が構築されているらしい。まあ手品師が魔法を使う辺り、庶民にも普及していることは推測できたが。
「父から教えてもらいました」
たぶん親の類の言葉は『普通』くらいに便利な言葉だと思う。
しかしここで「そうか」と押し黙るおやっさんではなかった。すかさず追加質問が飛んでくる。
「父、か。それではそいつがこの辺りの出身だったのか?」
「……そうです」
またまた鋭い勘が働いてある事がわかった。
どうやら東の方の国は魔法文化があまり発展していないらしい。
その代わりに工業が発達しているようだ。その工業というのが如何様なものかはわからないが。
そして、この辺りは魔法文化が発達しているらしい。おやっさんは対比したような言い方をしているので、工業の方は発達していないかもしれない。
「そうか。まあエルマ様の誕生パーティーのウェイターを務めるということは、それなりの腕なんだろう。深く聞いておくのは止めておく」
「……それって、どういうことなんですかね?」
なんとこの世界に来て初めて神宮が地雷を踏んだ。
しかしこれだけは推論を立てることができなかったので仕方無い。
「? お前の所にも便箋が来ただろう。『エルマ様の誕生パーティーのウェイター兼護衛を命じる』といった内容の便箋が」
…………チン。
「はい。来ました。驚きましたね。自分のような者にこんな名誉な役を任せてもらえるなんて。便箋が届いた瞬間身支度をして、すぐに家を飛び出しましたよ」
なんと神宮は喋りながら、他のことを考え込むことが出来る。これが中々出来ない行動である。脳味噌の処理能力が高い故だ。
ともかくその無駄にハイスペックな脳味噌のおかげで、エルマ様とやらの誕生パーティーのウェイターを務めるということが、何を意味するか知った。
たぶんエルマ様は身分の高い人物なのだ。さすがに年は検討付かぬ。
それゆえなのか、なんぞやの人達に命を狙われることもあったりするのだろう。
そんな立場なのに誕生パーティーは盛大に開きたいという矛盾。
エルマ様とやらはこう考えたのだろう。『優秀な魔法使いの護衛を付けておけば安全のはずだ』と。
だがあからさまに護衛を付けていてはパーティーの興を削ぐ。
だったらウェイターとして会場に置いておけば大丈夫なんじゃね? と。
「それは良い心がけだな。いざという時は身を挺してでもエルマ様を守るんだぞ」
「もちろんです。この命に代えてでも」
いやそれは厳しい。だってエルマ様とやらの顔も知らないので護衛のしようが無いし、神宮のファーストミッションは何かを食らうことであるからして。
「よし。それでは会場に入る」
おやっさんはそう言って大きな扉の取っ手に手を掛けた。
話し込んでいる内に会場に着いていたようである。
「護衛ももちろんだが、ウェイターとしてもしっかりやるんだぞ」
「了解です」
おやっさんはこくりと頷いてから音を立てないようゆっくりと扉を押し開ける。
上品な喧噪が襲いかかって来た。
「おお。これはすごい」
まさに大広間で、サッカーのフィールドくらいの大きさがある。
当然パーティーなので雰囲気も華やかだ。皆細々と会話をしているが、かなりの数の人数がいるので形成する雑音はそれなりである。
「じゃあな」
感嘆している神宮を尻目に、おやっさんはパーティーの雑踏の中に消えていった。
それをしっかりと確認してから、会場のある一点を凝視。
やはりあった。
「さすがお偉いさん。期待を裏切らないぜ」
肉に肉に肉に野菜。それから派手な色の飲み物に果物。
どれも元の世界にあった食べ物と酷似していたので、食欲をそそられないわけがない。
ただ毒みたいな色をした飲み物だけには手を伸ばしたくはないが。ええい、ウーロン茶はどこだ。
「……さて、どうやって食べようか」
ウェイター姿の自分がこの場で食事を取るのはおかしい。
ならば簡単な話。この場でなければいいのだ。
「誰かのために食事を運んでいると見せかけて、食べ物を持ったまま控え室に帰る。そしてそこでお食事タイムなわけだ。冴えてるぜ」
そう結論を出し、食べ物が置かれている場所に向かう。
歩きながら辺りに注意を向けてみたが、自分に特別視線を向けている者はいない。どうやらパーティーに紛れ込めたようだ。
「さあて。どれにしようか」
と言ったものの、腹が減っているのにわざわざ野菜を食う奴はおるまい。
ましてや目の前には、ぶ厚く柔らかそうな肉が大量に鎮座しているのだから。
「やっぱり、に」
「おい! そこのウェイター! 飲み物を一つ持ってこい!」
「くがいいけど……飲み物からかあ」
チッと心の中で舌打ち打つ。
今聞こえた声は、明らかに神宮に向けて発せられていたので無視と決め込むわけにはいかない。先ほどおやっさんとしっかりウェイターの仕事をすると約束したばかりだからだ。
自分はウェイター、と言い聞かせてすぐに綺麗な作り笑いを浮かべる。
「はい! ただいま持って行かせていただきます!」
まず飲み物が置いてある台の下に置いてあるトレーを手に取った。こういう時のために置いてある物だと推測したので躊躇いなく拝借した。
持っていくのは一杯だけで良いらしいが、手で直接摘んでいくのはマナー違反のような気がした。一杯でもトレーを使った方が気分が出る。
そしてトレーを持ってから、適当な飲み物を見繕う。
結局取ったのは、青色の飲み物だった。
ちなみにこの一杯は、自分が飲みたくないもの、と主題として選んだ。まさに腹いせとして一杯食わせるわけだ。今度は飲み物だが。
「お待たせいたしました」
「彼女に」
神宮を呼び出したのは、一見して「お坊ちゃんだ!」と声高らかに叫べるような外見の少年だった。歳は自分と同じくらいだろう。
「かしこまりました」
会釈をしながら、言われたとおりの行動を起こす。
確かにお坊ちゃんのすぐ前には一人の少女が立っていた。見た目の歳はお坊ちゃんと同じくらいなので、統合して自分と同じぐらいだと思われる。とりあえずその子に渡す以外考えられない。
白い肌に、長く透き通った銀色の髪の毛。
元の世界では見たことも無いような外見だ。金髪は見たことはあるが、銀髪は生来これが初めてである。しかし両手がふさがっているので参拝は出来ない。
そんなシルバーな髪の毛と、彼女が着ている赤色のドレスの色合いは全く逆だったのだが違和感はなかった。これがファッションというやつなのだろうか。それとも、この神秘的美しさがこの子の魅せ方なのか。まあどちらでもいい。
彼女に、と言うことはまずこの少女に飲み物を渡せばいいのだろう。
「どうぞ」
ニコッと笑顔の状態でトレーを少女の方へ寄せる。たぶんこうやって取らせるのが正解のはず。
どうやら問題は無かったようで、少女もニコッと微笑んでくれた。
「……」
しかしその微笑みには、確かに違和感があった。
なぜわかったのかと言えば、それは。自分が作り笑いのエキスパートだからだろう。
「どうもありがとう。私は別にいらないと言ったのだけど、彼がね」
そう困ったように言いながら、少女はグラスを手に取る。
青色の液体がグラスの中で揺れた。ある程度揺れても零れない量を計算しているのか、グラスから飲み物が零れそうな気配は無い。
「何を言ってるんですかエルマさん。今日はあなたが主役なのですから遠慮することはないのに」
そんな薄っぺらな台詞を聞きながら、また考える。
これは運が良いというのか悪いというのか。
どうやらこの銀髪の少女こそが、このパーティーの主役であるエルマ様なのだという。
つまり、自分が護衛するのもこの少女と言うことになる。
「いいえ、そんな事はないですよ」
この少女の近くにいるとやけに視線を感じるので、たぶん誰かがこのエルマ様を常時見張っているのだろう。
招集した護衛か。あるいは命を狙う殺し屋か。
「それでは私めはここで失礼させて頂きます」
お坊ちゃんはキザに礼をしてから、回れ右をしてどこかに行ってしまった。
呼び出しといてすぐ帰るとかどういうことだよ、と思いながらもエルマに視線を戻す。
「それでは自分もこれで」
さっさと肉をゲットしなくちゃいけないんでな、と心の中で付け足す。
まあお坊ちゃんに呼びつけられたのは癪だがその行動のおかげで、エルマ様のご尊顔をお目にかかれたので無駄な行動では無かったと思う。
この後は、なるべくこの少女の近くにはいないようにしよう、うん。
ということでお坊ちゃんと同じように回れ右をして、成すべき事を成そうと思ったが、それは出来なかった。
エルマ様が、声を掛けてきたから。
というわけでヒロインのご登場です。
この後からバリバリ登場するので話がさくさく進んでいくでしょう。
もしかしたら今夜また投稿するかも知れません。
それでは。