腹が減ったら何か食えばいいという話
「さすがに腹減ったなあ」
広場を出て、大通りを道なりに進むこと約三十分。
元々飯抜きで大会に参加したのに加え、露店から香るおいしそうな匂いのダブルパンチな条件により、お腹がエマージェンシーを叫んでいた。
超能力者とて腹は減るし、たぶん餓死もすると思われる。
「お金もないけど、店を襲うってわけにもいかないしなあ」
屋台の一軒でも襲えば、この世界で生きていくに必要な金銭と食料にありつけるはずだがそんな野暮な真似はしたくない。
最悪地面を這いつくばって落ちている小銭を集めるか、森にでも繰り出して木の実や動物なんかを襲えばいいだろう。人間の不思議なところだが、人間以外の動物を襲うのにはあまり抵抗がない。
「というかまず、どうやったら外に出られるんだろうな」
まあ常識的に小銭を拾い集めるなんて案は効率が悪いので、森に繰り出した方が楽しそうだし誰の迷惑になることもないだろう。どんな生態系なのかを見るのも楽しそうだ。
「……人の波に乗ってけばたぶん外に出られるはずだ、うん」
閉鎖的な都市だったとしても、さすがに外界と完全封鎖されているわけはないだろう。暗いが空がどこまでも続いているのは目視できた。最悪、この身を浮遊させて強引にでも採集が出来そうな場所を探す。
ともかく人の波に流されながら適当に大通りを歩いてみた。
すると、自然とあることに気が付いた。
「何か、人の層が変わったような気がする」
さっきまでは質素な服を着ていた人が多かったはずなのだが、今神宮の周りを歩いているのは素人目にもわかる豪華な衣装に身を包んだ人達であった。
白馬の馬車や、ちょびひげのおっさんなんかもちらほら散見され始めた。
そしてその辺りで、こんな朧気な推測も立った。
「もしかして、パーティーなんかあったりして。……となるとうまい食い物があるぞ」
神宮の頭は異常なほど切れるし、勘も良い。超能力の作用か副作用かと思われる。
だから、たぶんその勘はあっているのだろう。
だがパーティーが行われるとわかったところでどうにかなるというのか? パーティーといっても誰でも入れる訳はないだろう。普通に招待制のはずだ。
ただし本人は、どうにかする気満々であった。
「まずは会場に入らなきゃだな。たぶんあの大きな建物で行うんだろ」
神宮の視線の先には、かなり大きい建物がライトアップされながら鎮座していた。
そして神宮の周りの貴族っぽい方々はその建物の中に向かって歩を進めているので間違いないだろう。
ただ、その会場に入るには一度警備のチェックを受けなければならないようだ。入り口の少し前に小さな詰め所があり、皆そこを通過してから中に入っている。
元の世界の空港なんかで見られる入国審査のような感じだ。
「入り口はあそこだけっぽいし、どうしよう」
もし招待状をあそこで提示するのだったら、為す術無しだ。当然パーティーの招待状なんかは持っていない。
しかし、そうしかし。
本人はどうにかする気満々だった。旅の恥はかきすて、という状態である。
「なあに、俺には身振り手振りがあるさ」
神宮の検問突破イメージを記して列挙するとこうなる。
ステップ一 自分を指さす。
ステップ二 それから会場を指さす。
ステップ三 お願いのポーズを取る。
以上簡単お手軽スリーステップだ。
神宮はこのスリーステップで検問を突破できると思っている。
「udn.sizcm/」
と、そうこう考えを巡らせている内にも、とうとう神宮の番が来た。
門番の人が自分に向かって手招きをしているし、前に人がいなくなったのでそうなのであろう。
なので自信たっぷり、そして意気揚々に門番の方へと歩みを進める。
「inyhcxnloini?」
門番が何かを聞いてきた。
言葉の語尾の上げ下げから、疑問型であるということだけは理解した。
しかしまあ内容がわからなければ大して意味はないのだが。
「えーと、俺、あの会場に、入りたいんだけど」
一応日本語を口にしながら、先ほどイメージしたスリーステップをとる。
すると、あれまあなんと言うことか。
門番が納得したかのようにうんうん頷いたではないか。
「え? 嘘。本当に通じた?」
と、神宮は思ったがどうやら違うようだ。いやもしかしたらある意味ではあっていたのかも知れない。
門番は一旦身を屈めて、神宮の視界から消えた。
足下の辺りで何かを探しているように思える。
そしてやっぱり神宮の推測は当たっていて、門番は手に何かを携えて再び神宮の前に現れた。おそらく現在手に持っている物を探していたのだろう。
やがて門番は、それを神宮の目の前にコンと置いた。
「水、か?」
門番が置いたのは、水のような透明な液体が入ったガラス容器だった。
八十ミリリットルくらいの量で、一瞬で飲み干せそうな量だ。
「ilncni」
そして門番は何かを飲むジェスチャーをした。
これすなわち、神宮にこの飲み物を飲めと言っているのだろう。
神宮もそのことは理解していた。
しかしすんなり「はいそうですか」と言っていいものなのだろうか。
飲んだ瞬間「ぐええ」とかいうエンドにはならないだろうか?
そんな事を考えたが、そんな考えは一瞬で霧散した。
「それじゃあ飲みまーす」
これこそ一瞬で考えられることだが、こんなところで毒を「はいどーぞ」差し出すものか。
いくら何でもそんな事は、
「ぐえ」
ない。
「苦っ! 何これすんげえ苦い」
確かに苦い。が、自分の体に異常は感じられない。
つまり、遅効性の毒という可能性を破棄すれば、今し方神宮が嗜んだのは毒でなかったと言うことになる。毒では無かろうと思っていてもこれで一安心。
では神宮が飲んだのは何だったのか。
うんうん脳内で唸っていると、その答えを門番さんが教えてくれた。
「効いてきましたか? 私の言っていることがわかりますか」
「……あっ、はい。わかります」
門番が言っている言葉の意味も、今飲んだのが何なのかも全部わかった。
今神宮が飲んだのは、言語を共通化させる効果のある水だったようだ。
おそらく魔法か何かで創ったのだろう。さすが未知なる魔法である。脱帽だ。
神宮が翻訳水を飲んだことによって、相手の言っていることがわかる。
そしておそらく相手もすでに翻訳水を飲んでいるだろうから神宮の言っていることがわかるのだろう。これで両者の間で問題無くコミュニケーションを取ることが出来る。
そしてそれだけでまだわかる事がある。
こんな翻訳水を創る位なのだから、この世界の規模は結構でかいということになる。
もし世界の大きさが日本と同じくらいの極小スケールだったら、言語は一種類でそれがワールドスタンダートになっているはずだからだ。
逆に、言語がたくさん存在するということは、世界が大きいということが推測される。
以上のことを「あっ、はい」と言っている間に考えついたのだった。
「よろしい。それでは、招待状の提示をお願いします」
どくん、と心臓が波打った。
ここにきて最悪の予想がヒットしてしまった。まあ正直、最悪で唯一の予想だったから外れる方がおかしいと思ってはいたが。
並の人間ならここで慌ててしまうのだろうが、神宮はなんとか冷静を貫き通した。
「いやその、自分はパーティーの参加者ではないのですけれど」
「それではなぜこの会場へ?」
だんだんと警備員の言葉に力が込められてきた。神宮の事を危険視してきているからだろう。真面目な警備員さんである。少し休まれた方がよろしい。
まあ成ってしまった事は変えようがない。そんな不穏な雰囲気を察知した神宮は、警備員の思考を遮るようにさっさと言葉を続ける
冷静な態度に見合わないが、賭を行うことにした。。
「すみません。自分は今日この会場でウェイターをやることになっているのですが、遅れてしまって」
言いながら軽く頭を下げる。
もし今回のパーティーにウェイターが必要無いとしたら。
ウェイターが必要だったとしてももう点呼を終了させていたとしたら。
その他にも多くの懸案事項もあったのだが、咄嗟に出たのは今の台詞だった。
いざとなったら、逃げる。
「ああ、そういうことか。まあ仕方無いから通ってもいいだろう」
しかし心配とは裏腹にあっさりこの理由は通った。
たぶん地球だったら絶対通じないだろうなあ、と思いながらニコッと笑う。
「すみません」
「ああ、いいよいいよ。ところで君はどこ出身なんだ? 翻訳水が普及していない所となると、東の方か?」
それと警備員の口調はずいぶんと砕けてきた。神宮が偉い人でないとわかったからだろう。いつも気張っていては疲れるというもの。
ここは通してもらった恩として、少し話を合わせてやることにした。今後の役に立つかもわからない。
「そうなんですよ。自分も翻訳水を飲みたかったんですがなかなか手に入らなかったものでして。この場で飲ませて頂いて本当に助かりました。帰ったらみんなに自慢してやりたいと思います」
ま、帰れるかは皆目検討が付かないが。それに、もし今すぐ帰れたとしても自分は帰るという選択肢は取らないだろう。
「まっ、どうせ東の方にもすぐに普及するだろうさ。翻訳水も安くなったからな」
「それは残念。すこしの間しか良い顔できないんですか」
「そういうことだな。ともかく早く会場に行け。エルマ様の誕生会のウェイターをやるなんて名誉な事なんだぞ。粗相のないようにな」
「……そうですね。気をつけます」
神宮はそう言い残して検問所を後にして会場へ向けて歩き出した。
翻訳水を飲めただけでもここに来た価値は十分にあったが、ここはついでとして食べ物もちょいと分けて貰おう。
と思った神宮だったが、ある事に気付き足を止める。
そして辺りに視線を走らせた。
「……さすがに、浮くな」
辺りにいる人達は豪華な服に身を包んでいる。
対して自分は動きやすい黒の半袖にグレーのスウェット。下はどこで買ったかも忘れたウィンドブレーカーのズボンだ。
ちなみにウィンドブレーカーはかなり利便性が高いのだ。よく伸びるし、多少なら水も弾く。黒なので汚れも目立たない。
大通りの方ではギリギリ浮いていなかったかもしれないが、ここではかなり浮く。
こんな状態で食べ物にがっついていたら警備員につまみ出されてしまう可能性大だ。ここまで上手くやったのに摘み出されるのは避けたい。
「……仕方無い。ここは一つ、名誉なことをするとするか」
小さく溜息をついてから、再び歩き出す。
見ず知らずのエルマという人物の誕生パーティーに、ウェイターとして貢献するために。
ついでに……食事のおこぼれも狙わせていただく所存だが
驚きの一日二部投稿。
もうちっとこのペースで進められそうです。
あ、あと次でようやくヒロインが出ます。