失敗したか成功したかは本人の主観で決まる
結論を述べるなら、自信くんの前に出ることは出来なかった。
だが、死んだわけでもないようだ。右手にはまだ生の実感がある。
生命線が薄い右手はそのままだし、自由に動かせる。
ならば、生きているならば考えなければいけない。
今自分はどういう状況に置かれていて、何をすればいいのかを。
「ここは、どこだ?」
どうやら今自分は路地裏みたいな所にいるようで、細い道の先にはたくさんの歩行者が目に入った。
左右に視線を向けて目に入ったのは、レンガ造りの壁。触ってみるが、やはりレンガのようである。指先が土埃で少し汚れたが気にしない。
「おー」
ヨーロッパの町はおろか、外国にすら行ったこともないが、たぶん昔のヨーロッパの建築物はこんな感じなのだと思う。
視線を左右から正面に戻すと、やっぱり人混みが目に入る。
どうやら夕方に近い状態であるようで、根本的に辺りが暗く、歩く人々の顔などを正確に把握することが出来ない。ただ自分と同じくらいの体格だということだけはかろうじてわかった。
「行くか? いや、まだ考えろ」
テレポートもどきを使って、この路地裏のような場所に出てしまった。
あの穴は神宮の意志の集合体で、神宮の思った場所に転移できるようにと設定していた。
しかしなんとまあ、出てきてみれば全く考えていなかった場所へ。
つまりこのテレポートもどきは失敗したと言うことになるのだろう。
正直言って、成功すると思っていたので内心ちょっと驚いていた。
「……失敗、か。じゃあここはどこなんだろうな」
目を閉じて思考をフル回転させる。
レンガの家に囲まれているという状況から、ヨーロッパのどこかか? 日本でこんな町並みは見たことが無い。まあ、記したとおり外国でも無いのだが。
「まっ、人に会えば何かわかるだろう」
そう楽観的に考えて、おそらく大通りに繋がっているであろう道を歩く。
そこまで長くなかったのでその大通りに出るのはすぐだった。
「……さっそく判断要素が増えたな」
大通りではたくさんの人が闊歩していているのでぼうっと突っ立っているのは危なそうだ。
迷惑を掛けるのはいけないと思い、人の流れに流されてみることにした。
道行く人の快適度が維持されたのを確認し、歩きながらも再び思考。
ぽっぽとおかしな点がすぐに頭に浮上した。
着用している服がおかしい。
喋っている言語がおかしい。
以上、二点の判断要素を加えると、自然とここがどこなのかわかった。
「異世界か。まあ……すごいよなあ」
まず服。
茶色や白、黒などの地味な色の生地を主体としていて、ファッションとは無縁そうな安っぽい衣類。昔のギリシャの人が着てるあれ、とまでは行かないがこのファッションで現代日本を闊歩したら「? 何かのコスプレ?」と言われるだろう。
それから二つ目の要素である言語。
お店で買い物をしている人や、道行く人々は訳のわからない言語を喋っている。
数多く聞こえる人々の会話に聞き及んだことのある言語は登場しない。笑い声がかろうじて認識できる程度だ。
「俺が知らない言語ってことはないだろうな」
超能力の作用なのか副作用なのかはわからないが、神宮の脳はかなり発達しており、地球に存在した言語は隅から隅までマスターすることが出来た。
だから、聞いたことのない言語があるのはおかしい。
「さて、この後どう動くべきかな」
本人の中ではここは異世界に決定したらしい。
まあ状況証拠が溢れんばかりにあるのだから仕方無いかもしれない。
「危ない人はいなさそうだな」
そのことだけわかればもうどうでもいい。
いや、危ない奴がいたところでどうとでもなる。
右手には、確かにあの力の感触があった。
「貨幣制度あり、食べ物も何とか大丈夫そうだ」
もっと深く状況を知るために大通りの中心を歩くことにする。
大通りには数多くの露店があり、取引もスムーズに行っているようなので貨幣制度がある事が推測できる。
それに何かを食べながら歩いてる人もいるので、神宮自身が餓死するという可能性も薄くなった。まるで縁日の人混みを歩いているようだ。異世界であるかもしれないというのに、自然と気分が高揚してくる。
「ただなあ、言語がわからないのは困るよなあ」
言語が喋れないと不便なのは火を見るよりも明らか。
教えてもらえばすぐにでも習得できるのだろうが、教えてくれとも言えないのでそれは難しい。日本人の伝家の宝刀”あいきゃんとすぴーくいんぐりっしゅ”も通用しないだろう。甲斐無し。
「身振り手振りでいけば何とかなるか」
またまた楽観論を導き出した。まあ、最悪一人でも生きていけるような気がしたのだ。
地球の身振り手振りがここで通用するのかどうかなど考えず道なりに歩き続ける。
やがて、大きな広場のような場所に出た。
「何かやってるっぽい」
広場の中心には人だかりができていて、何かを囲んでいるように見える。
「おっ、手品か何かか」
群衆が「おおー」と感心したような声を上げたので、それで九割九分間違いは無いはずだ。
「ちょっと見てみるか」
言語が通じなくとも手品は視覚的に楽しませるショーなので見れば楽しめるはずだ。
そう考えながら群衆に近づいて行くと、またもや「おおー」と声が上がる。
人の壁のせいでさっきは何をしているのかわからなかったが、今回は神宮も何をしているのかわかった。
群衆の中心から、激しい火柱が上がった。
皆感心しながら見ているということは、事故ではない。
「……すごいな」
パイロキネシスを使えば容易ではあるが、地球の『手品』ではこんな事出来なかったはずだ。神宮をすっぽり覆い隠せそうな規模の火柱。サツマイモを放りこんだら中に火が通る前に周りが黒こげになりそうだ。
「何してるんだろ」
それを知るために人混みをかき分け、群衆の中心まで向かう。
なかなかの密度だったが、何とか辿り着くことが出来た。
「kijunciylnsxu;oszmretci」
「……ダメだ。さっぱりわからん」
手品をしているであろう人物が、笑顔を浮かべながらみんなに何かを言っている。
みんなそれに答えているのか歓声を上げているが、神宮は全く理解できない。
やがて群衆の答えに満足したのか、手品師はニコッと笑って左手の人差し指をピンと立てた。
そして、右手には杖。
「……………」
杖と言っても体を支える松葉杖のような大きな杖ではなくて、創作小説の魔法使いなんかが持っていそうな短いあれだ。
「iscntiasmxuas」
手品師が何かを呟きながら杖を振るうと、ピンと立てた人差し指の先端にプチトマトほどの大きさをした火の玉が現れた。
すかさず観衆は歓声を上げる。
そして手品師はその歓声に呼応して、楽しそうに杖を振るう。
その動きに連動するように、プチ炎も空中を飛び回り始めた。
「…………」
歓声飛び交う群衆の中、神宮は黙って手品師の動きを見つめているだけだ。
「uhosncuicnisx. ojizndcisijni.]
手品師は景気よく叫んだ後、杖をびしっと真上に振り切った。
すると空中を縦横無尽に飛び回っていたプチ炎が、空中3メートルくらいの高さで制止した。
「……パイロキネシスか?」
と呟く神宮だったが、実のところ本心では違うことを考えていた。
超能力でも手品でもないある事象を。
「kuyzxhcnlizusmcliszotlyez」
再び杖を振るいながら、手品師が何かを唱える。
するとプチ炎がむくむくと大きくなっていき、最終的にはバスケットボールくらいの大きさになった。
「ucnilsdmycoisun」
観衆が歓声を上げる中、手品師はさらに杖を振るう。
「こりゃすごいところに来たかも」
神宮がそう呟くと、計っていたかのように元プチ炎が空に向かって飛んでいった。
そして手品師が「idcjoir!」と大きな声を出すと、元プチ炎は花火のように弾けた。
その炎の爆散は薄暗くなった夜の空に映え、かなり幻想的だった。
「uiynoinyl!」
手品師はまだ何かをするつもりらしいが、もう十分だ。
神宮はそう結論づけて群衆の中心から抜け出して再び大通りを目指す。
この世界のことは大体わかった。
貨幣制度があり、目があった人と殺し合いをおっぱじめるような世紀末でもない。
食べ物もあれば飲み水だってあるし、息が出来るということは酸素だってある。
そして、
「魔法、か」
この世界には、魔法が存在する。
ということで更新です。
ヒロインは次辺りで登場、しないですね。次の次くらいだと思われます。
少し書き溜めてあるので、最初の更新はスムーズにいけそうです。
前と言っていることが真逆のような気もしますが、これで。