さよならばいばい、を言う相手がいない
「神宮真治は全日本超能力大会にて優秀な成績を収めたのでこれを賞す」
ああ、そんな名前の大会だったっけ? ぼんやりとした頭を働かせながら神宮真治は目の前で偉そうにふんぞり返る薄らハゲを見つめていた。
なるほど、カツラを使用して下手な増毛を避けたのは評価してやろう。しかしそれで好印象な評価を下したとて、この薄らハゲの総合評価は低いが。
「おめでとう。数千人を超える参加者の中で一番になるのは容易ではなかったと思う。きっと血も滲むような努力を重ねてきたのだろう。これからも精進してくれ」
「はい。精一杯頑張ります」
真っ赤な嘘を堂々と述べながら、何気なく自分の右の手のひらを見つめてみた。
特に変哲もないただの右手だった。いや、強いて言うなら生命線が薄いような気がする。
まあ他人の生命線をまじまじと観察したことがないので比べようがないのだが。
ただこの若干生命線が薄い(と思う)右手には。いやこの神宮真治の体の中には、兵器なんかよりもよっぽど恐ろしい何かが宿っているらしい。
そしてその何かは、神宮に念動力の力を与えていた。
「そうだろう。皆超能力の種を持っていると言うが、それを昇華させるのは大変らしいな」
種、つまり才能。
何十年前からかは覚えていないが、人類に劇的な変化が起きた。ともかく自分が生まれるよりは前だと言い切れる。
人類に起きたその劇的な変化とは、超能力の顕現だった。
すでに生まれていた者には一切宿らなかったが、新生児にその現象は顕著に現れた。
物を浮かばせるサイコキネシスもあれば、発火能力のパイロキネシスもあった。その他にも「なんじゃそりゃ」と言いたくなるような超能力も様々。
当時相当な議論があったようだが、様子見という意見が大多数を占めていた。
もちろんながら『危険因子はすべからず排除すべきだ』という大変アサルトな意見も挙がった。
だが世界中の新生児ほとんどにこの現象が見られたので『生まれてくる新生児を片っ端から処分しても人類は滅びる』という当然のことに気付き、様子見なわけだ。
まあ、犯罪に悪用できる強力な超能力の出現は稀だったし、超能力者が何らかのアクションを起こしても大概が銃で鎮圧できるのだった。だから様子見が出来たとも言える。
これで超能力を宿した子供らの存在は、社会的にはある程度認識されたことになる。
しかし、超能力者でない親が超能力を宿した子供を産んだとき、親はどう受け止めるか?
すごい子供が生まれた! とプラス思考で受け取るか。
……気持ち悪い、とマイナス思考で受け取るか。
世界の大半は前者の反応を示した。
が、確かに後者の反応もあった。
そりゃ超能力者の親たちは超能力が無い世界で育ち、その世界で価値観を身につけてきたのだ。それが自分から、世の理を逸脱した子供が生まれてきたわけだから恐怖もするだろう。
そして気持ち悪いと思われた子供は棄てられる。
神宮の両親は後者の反応を取った。つまり、神宮は捨てられたのだ。
しかし神宮自身はどうとも思っていない。
神宮という名前からして自分が考えた名字だし、親の顔は見たことすら無いので恋しいとはどうにも思えない。孤児院の寮母さんが母親と言われた方が納得できる。
それに、今こうして心身ともにピンピンしているわけだ。
詰まるとこと、別に親などいなくても、問題は無かったのだ。
「君は、サイコキネシスを使えるんだったな。今見せてはくれんかね」
薄らハゲがニヤニヤと好奇心を含めた笑みを浮かべる。
うっせえハゲ、と一蹴することも出来た。が、そうする必要が無いのもまた肯定である。
「まあ、いいですよ。減るわけでもないですし」
まず辺りを見渡す。
丸いドーム上の建物の中には、溢れんばかりの人しか目に入らない。
激しく波打っているので一つの大きな物体にも見える。
「何かわかりやすく浮かばせられる物があれば良いんですけど」
一瞬、薄らハゲの脳天に視線が向いた。
なるほど、この薄らハゲ、予知能力か何かでも宿しているのかも知れない。今この場でカツラを装着していたら後世に大変不名誉なあだ名を残したことになっただろう。
ともかくカツラをブレイクダンスさせる案は物理的に不可能となったため、代案を考える。
そうして目に止まったのは、薄らハゲの持つ賞状だった。
たぶん名誉な物になるのだろうが、どうせすぐに自分の物になるのだ。
だったらどう扱ったとて問題無いだろう。
やることが決めれば後は簡単な事だ。
まずイメージ。これは自分の超能力だけでなく、全ての超能力に当てはまることらしい。
ただこれが、本当にイメージなのだった。
他人にこのイメージを話しても理解してくれた試しはない。
まず、動かしたい物を目に入れ、それがこの後どう動くかを想像する。
そして、頭にちょっと力を込めるだけだ。
なんてことのないツーステップだが、確かにこのツーステップだけで神宮は日本最強の超能力者となったのだから、誰も文句を言える者はいないのだった。
「……確かに、これはすごいな」
驚く薄らハゲの目の前で、賞状がぴらぴらと浮かんでいた。
神宮のサイコキネシスの超能力で。
「すごいって言うより便利って言葉の方がぴんと来ます。勝手に掃除はしてくれるし、洗濯もしてくれますから。本のページも捲ってくれます」
「ざ、雑用か」
薄らハゲは苦笑いを浮かべた。
何か言いたそうな顔だが、もしかしたら少し緊張しているのかも知れない。
指一本動かさず、人を殺すことが出来る超能力者を目の前にして。
「まあそういう点でも、何でもサイコキネシスが最高ですよ。パイロキネシスなんて生活のどこで使うんだか」
決勝戦は笑いを堪えることで必死だったことを思い出した。
予選の集団戦を勝ち抜いて、本戦の一対一の個人戦。
その決勝戦で神宮は、パイロキネシスの使い手と当たった。
別にここまではおもしろくない。パイロキネシスの能力者は予選でも本戦でもくさるほど見たからだ。世界中にいるとも言えるくらいポピュラーな超能力と言える。
おもしろかったのは、そいつが言い放った台詞だ。
正直言って、舌戦をしにきたのか、とさえ思った。
そして、その台詞とは『サイコキネシスがパイロキネシスに敵うわけがないだろ!』だ。
なぜそうなった?
なぜサイコキネシスがパイロキネシスよりも弱いと決まってるんだ? 神宮だって自分の超能力を押すわけではないが、便利という点ではサイコキネシスに並べるのはテレポートだけだと思っている。
パイロキネシスの便利な点なんて、お手軽に焼き芋がふかせることしか無いだろう。
そのわけがわからない自信に対して、神宮は心の中で大爆笑をしていた。
「だいたいパイロキネシスって火をおこすだけじゃないですか。危ないったら、ありゃ?」
おかしい。
薄らハゲがかなり取り乱している。というか表彰台から逃げだそうとしていた。
逃げ走りながらも視線はこちらに、いや、神宮の後ろに定めていた。
今の神宮が言い放った台詞に薄らハゲを逃げ惑わせるような要素は全くない。
つまり驚きと逃走の理由は神宮の台詞以外にある。
「ああ。そういうことか」
逃げる、という行動を起こしたのだがら「ここは危ない!」と思ったのだろう。
それだけで何が起こっているのか察することが出来た。
「しつこいなっ!」
振り向く。
そして直径二メートルはあろうかという火の玉を視界に入れ、消した。
パイロキネシスが顕現させるのは、言うまでもなく炎である。そしてこのパイロキネシスで作った炎は通常通り酸素を絶てば消えると言うことも明らかになっている。
だから火の球が通過する座標にサイコキネシスを行使し、酸素を強引に移動させて真空空間を作ったのだ。その真空空間を通過しようとした火の球はもちろん消える。
「これじゃあ殺せないぞ」
面倒な事に抜きに何が起きたのかを記すと、襲撃があったから退けた、の一言に限る。
単純だが悪意がみっちり詰まった行動だ。
「……あそこか。やっぱり自信くんだったな」
神宮の視線の先には、慌てふためいている決勝戦で戦った相手が見えた。
パイロキネシスのことをコケにした神宮に腹が立ったのだろう。それとあっさり負かされたことの怒りも上乗せされたわけだ。
しかしあっさりと奇襲を退けられてかなり動揺しているようだ。みっともなく走ってドームの出口の方へ向かっているのが遠目でも確認できる。
「追いかけた方が、いいか?」
競技以外で超能力を使い人を傷つける、または傷つけようとした場合は犯罪行為になるのだ。証拠というわけでもないが警備員が自信くんの追走を始めた。
皆腰には、麻酔弾が込められた拳銃が下げられている。
しかしながら観客はおもしろがって歓声を上げながら見ているだけだ。
自分の身に起こっていることでなければおもしろいことなのだろう。
「……追いかけるか。警備員じゃちょっと心配だし」
見たところ警備員は四十代くらいの男性だったので、超能力世代ではないはずだ。
麻酔銃は確かに有用だが、あの自信くんもそれなりの使い手ではある。
弾を撃つ前に何かの攻撃に当たる可能性もある。これは善良な超能力者として放ってはおけない。
「あ、そう言えば新技あったんだよなあ」
かなり前から考えていた新しい力の使い方をポンと思い出した。憧れの詰まった使い方とも言える。
しかしながら、成功するかどうかはあやしい。この身で確かめてみないとどうにもわからない。
「まっ、いっか。成功したらあいつのすぐ前に出られるだろうし、失敗しても、まあなんとかなるだろ」
そう呟いてからゆっくりと右手をドームの天井に掲げる。
そして、これまたゆっくりと右手を振り下ろした。
右手が完全に振り下ろされるのと同時に、神宮の目の前の空間にヒビが入る。
成功か? と思うのと同時にまだ気は抜けないとも考える。
そんな緊張の中でもヒビはどんどん大きくなっていき、神宮の体と同等サイズになるまで空間を割り続けた。そこまで空間を割って、やっと一息吐く。
「な、なんだこれは!」
最初に反応したのは薄らハゲ。
いつ戻ってきたのか、息を荒げながらブラックホールのような穴を見つめている。
「さあ、実は俺もよくわかりません。でもたぶんここをくぐると、俺が思い浮かべた場所に出られると思います。今回は火の玉を撃ってきた奴の目の前に出たいなあ」
「そ、それはテレポートのことか?」
「まあそう考えてもいいですよ。ただこんな使い方はしたことがないので成功するかはわかりませんが。失敗したらどうなるか」
なんて言いながら、神宮は自室に踏み込むかのような軽やかな足取りで裂け目の中に入ろうとする。
だが薄らハゲの話はまだ終わっていないようだった。
「し、失敗したら死ぬと言うことだろう! 何もそんな事せずとも、あの男は」
”捕まる”と言いたいのだろう。
そして”お前は世界大会に出て日本の意地を見せてやれ”と言いたいのだろう。
「いいじゃないですか。もし俺が帰ってこなかったら、あの男を世界大会に出せば問題は無いです。パイロキネシスを使えばサイコキネシス使いも簡単になぎ倒せるはずです。あいつマジ強かった。ええマジで」
まああながち嘘では無い。
同じパイロキネシスでも、レベルの高さには差がある。
その点決勝で当たったあの自信くんは、炎を自在の形で操れ、かつ高温も維持できていた。
パイロキネシストとしては世界的に見ても上級クラスに分類できると言えよう。
「し、しかしっ!」
薄らハゲはまだ何か喋るつもりのようだ。
だがもう、聞く気はない。
「あー、足が滑ったー」
と、わざとらしく声を上げて裂け目に身を投げる。
瞬間的に、目の前が真っ暗になった。裂け目も閉じたのだろう。
音も聞こえないし何も見えない。落下しているのか制止しているのかさえもわからない。
だけど、いいのだ。
死んだら死んだとき。生きてたって寝ることくらいしか楽しいことはなかった。
いや、一つくらいは楽しいことはあったが、最近じゃあその楽しみの機会も少ない。
だったら死んでいても同じじゃないか。
なら二酸化炭素も出さないし食料もいらないから死んだ状態の方がお得じゃないか?
「それは盲点だった」
そんな絶望度百パーセントの台詞を言い終えるのと同時に、淡い光が見えた。
扉のような形を成しており、ここへおいで、と言っているように思えた。不思議と気分が落ち着く。
「お招きになっちゃあ、行くしかないよな」
そう考えたが途端、その扉から滲み出るようにして光が伸びてきた。
そしてその光は神宮の体全てを優しく包み込んだ。
「この光で、布団作りたいなあ。きっと気持ちいいぞ」
そんな出来もしない願望を頭に描きながら、優しい光に身をゆだねる。
次の瞬間、自分はどうなっているのか。
自信男の目の前に出られるのか、それともこの穏やかな空間で眠り続けるのか。
できれば…………後者が良いなあ。
というわけでまた書きます。
たぶん更新はゆっくりになるかと思います。それでも大丈夫でしたら待っていてくれるとありがたいです。