表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

わたしのロアン

作者: 白砂りくこ

「冬の童話祭2012」参加作品です。

むかし、ある国にロアンという男の子がいました。

 ロアンは、六歳です。

 でも、お父さんとお母さんは、いません。

 ロアンの住む国には、悪い竜がすんでいました。

 時々、山の向こうからやって来ては、強い風を起こします。

 つい最近も、たくさんの家や橋が壊されました。お父さんとお母さんは、その時の怪我がもとで、死んでしまったのです。

 ロアンは、ひとりぼっちでした。

 夜になると、寂しくて涙がとまりません。

 今は教会で、同じように親のいない子供たちと一緒に暮らしていますが、悲しみはますばかりです。


 そんな、ある日のことでした。

 教会の前に、一台の立派な馬車がとまりました。

 神父様が、うやうやしく出迎えています。

 馬車の扉が開くと、中から出てきたのは、とてもきれいなドレスを着た女の子でした。

 ふわふわした髪は、お日様の色。

 ぱっちりした大きな目は、空のような青色です。

 ロアンよりもずっと背が低く、まるでお人形のようです。

 ぽかんとしている子供たちの前で、女の子は言いました。

「みなたん、こんにちわ。わたくちは、ミリーナ王女です。よろちくね」

 ロアンはびっくりしました。

 なんと、その女の子は、この国の王女様だったのです。

 家来や召し使いたちが、大きなかごを、次々と部屋へ運びいれます。

 甘くおいしそうな匂いに、子供たちは、それが何なのかすぐにわかりました。

「わあい!お菓子だ!」

「パンもある!こっちはイチゴのジャムだ!」

 一斉に歓声があがります。

 王女様はテーブルへとみんなをまねいて言いました。

「おいちいおかちを食べて、元気をだちてね。みなたん、めちあがれ」

「ありがとう、王女様!」

 子供たちは大喜びです。

 すぐにお菓子を食べ始めました。

 おなかがぺこぺこだったロアンも、夢中で食べています。

 こんなにおいしいものは、今まで食べたことがありません。

 すると、王女様が目をきらきらさせながら、ロアンのもとへとやってきました。

「おかち、おいちい?」

 小さな王女様は、まだ、ちゃんと話すことができないようです。

 でも、その可愛らしさに、ロアンの胸がどきどきとなり始めます。

「うん。とってもおいしいよ!」

 そう言うと、王女様の顔が、ぱっと明るくなりました。

 ロアンは嬉しくなって、持っていたお菓子を王女様にすすめました。

「きみも食べなよ」

「わたくちも?いいの?」

「もちろんさ!」

 ロアンはそう言い、すばやくいすを下りました。

 王女様の分のいすを運んできて、となりにすわらせます。

 そんな二人を、大人たちはにこにこしながら見ています。

 ロアンはお菓子を食べながら、王女様にたくさんのことを尋ねました。

 えらい王様や、勇敢な騎士についてです。

 竜が来ると、いつも騎士が戦って、町から追い払ってくれるのです。

 騎士は、みんなのあこがれです。

 すると、王女様が言いました。

「あなた、きちになりたいのね?」

 思いもよらない言葉に、ロアンはとびあがりました。

 もう少しで、いすから落ちるところです。

「ちがうよ!それに、ぼくなんか、騎士になれっこないんだ」

「まあ、ちょんなことはなくってよ」

 王女様は、ぴょんといすからとびおりました。

 ちっちゃな手を伸ばして、ロアンの茶色い頭におきました。

「あなたのお名前は?」

「え? ロアンだよ」

「ロアン。あなたをわたくちのきちにちまちゅ。よく、ちゅかえるように」

 そう言った王女様は、とても満足そうです。

 でも、ロアンはおどろきのあまり、今度こそ本当にいすから落ちてしまいました。

 いきなり騎士にされてしまったのです。

 どうすればいいのかわかりません。

 第一、騎士になれば、剣を持って竜と戦わなければならないのです。

 ロアンは、急にこわくなりました。

 断ろうと思い、痛いお尻をさすりながら立ち上がります。

 けれど、その時でした。

 窓の近くで大声があがったのです。

「竜だ!竜が飛んでる!」

 王女様の家来たちが、すぐに窓へとかけよります。

 そうして、しばらくじっと見た後で、泣き出した子供たちへ向かって言いました。

「大丈夫だ。行ってしまった。もう安心だ」

 けれど、またいつもどってくるかわかりません。

 王女様は、すぐにお城へ戻ることになりました。

「みなたん、泣かないでね。またおかちを持ってきまちゅからね」

「うえーん。さようなら」

「王女様。またきてね」

 泣きながら、子供たちが馬車を見送ります。

 でも、そこにロアンはいませんでした。

 ロアンは、テーブルの下で震えていました。

 竜がいると聞いたとたん、こわくて動けなくなってしまったのです。

「こわいよう……」

 ロアンはいつまでも、ぶるぶると震えていました。


 それから、十年以上の月日がたちました。

 ロアンは、大きくなりました。

 今は、町のかじやで、いそがしくはたらく毎日です。

 カン、カン。

 カン、カン。

 ロアンは、一日中、鉄をたたき続けています。

 ロアンが、今、作っているのは、竜をたおすための剣でした。

 竜のウロコは、とてもかたいので、強い剣が必要です。

 竜は前にもまして、町を襲いにやってきました。

 家や両親をなくした子供たちも増えました。

 食べ物も少なくなり、国は貧しさでいっぱいです。

 その上、お城では、王女様が重い病気にかかっていました。

 いつものように、教会へお菓子を届けに行く途中で、竜におそわれたのです。

 竜のはく息には、おそろしい毒がありました。

 王女様はその毒のせいで、いつ死んでしまうかもしれないのです。

 カン、カン。

 カン、カン。

 二日たっても、三日たっても、音はなりやみません。

 かなづちを持つロアンの手には、血がにじんでいます。

 真っ赤に焼けた鉄のかたまりは、打つたびに火花をちらして、からだを焼きました。

 でも、ロアンはやめません。

 剣は、もう少しでできあがるのです。

「ええい!」

 そうして、力を込めた最後のひとふりが打ち下ろされました。

「できたぞ!」

 ロアンは剣をさやへおさめると、丘の上のお城をめざしました。


「王様!」

 広間に着くと、王様は、玉座に力なくすわっていました。

 竜との長い戦いで、髪もヒゲも真っ白です。

 でも、ロアンの声を聞くと、ぱっと目を開けて叫びました。

「おお! かじやのロアンではないか! 剣ができたのだな!」

「はい! 王様。竜を倒せる剣です。ごらんください」

 ロアンは、すらりと剣を引き抜きました。

 長く太い剣は、恐いくらいに輝いています。

 今までに見た、どんな剣より強そうです。

「おお、これならば、竜を倒せるかもしれん。しかし…」

 王様は、がっくりとうなだれました。

「もう、この国に騎士はおらんのだ」

「ええ?!」

 ロアンは驚きました。

 せっかく竜を倒す剣を作ったのに、戦う騎士がいないと言うのです。

「竜を倒すために山へ向かわせたのだ。だが、誰も帰ってこなかったのだ」

 王様は、おいおいと泣き出しました。

 ロアンも泣きたい気持ちです。

 でも、ぐっと歯を食いしばって言いました。

「王様。おれが竜を倒しに行きます」

「しかし、おまえは、ただのかじやではないか?」

 王様の言葉に、ロアンは剣を持って立ち上がりました。

 ブーン、ブーン、という音とともに振り回します。

 重いはずの剣が、まるで棒きれのようです。

 その見事さに、王様は心から感心しました。

「そなた、かじやであろう? どこでその剣を習ったのだ? 」

 ロアンは、答えました。

「そうです。おれは、ただのかじやです。でも、強い剣を作るために、修行もしました」

 それを聞いて。王様はますます感心しました。

「そうだったのか。よくわかった。竜を倒しに行くがいい。必ずもどってくるのだぞ」

 ロアンは、しっかりとうなづき、お城を後にしました。


 それから三日後に、ロアンは竜の住む山につきました。

 ごつごつした岩の壁が、目の前に立ちはだかっています。

 しかし、ここを登らなければ、竜のすみかへ行くことはできません。

 ロアンは馬から下り、がけを登りはじめました。

 石のでっぱりに手や足をかけ、しんちょうに進みます。

 頂上は、雲にかくれて見えません。

 冷たい風が、ビュービューと吹きつけ、ロアンの体は凍えました。

 下を見れば、乗ってきた馬が豆粒のようです。

 落ちれば、命はありません。

 ロアンは、苦しい息をつきながら、それでも進み続けました。

 そして、ついに頂上へとたどり着いたのです。


 そこは、巨大な柱が立ち並ぶ、神殿のあとでした。

 見回すと、あちらこちらに、血を流して倒れている騎士がいます。

 王様の言ったとおり、騎士は全滅してしまったようです。

 すると、柱のかげから一人の騎士がふらふらと出てきました。

 そして、ばったりと倒れてしまいました。

「あっ!」

 ロアンは、その顔に見覚えがありました。

 大騎士セダールです。

 ロアンは大騎士の大きな体を抱き起こしました。

「しっかりしてください!」

 セダールは、うっすらと目を開けました。

「おお。おまえは、かじやのロアン……なぜ、ここに?」

 ロアンはセダールに、持っていた水をのませました。

「おれは、竜をたおすためにきたんです」

「まさか……おまえには無理だ。竜が恐ろしくはないのか?」

「恐いです」

 ロアンは、正直に答えました。

 本当は、子供のころと同じように、ぶるぶるとふるえています。

 でも、そんな時、ロアンはひとりの女の子を思い出すようにしていました。

 十年前、教会でお菓子をくれたミリーナ王女です。

 あの日、竜があらわれたと聞いた時は、恐くて声も出ませんでした。

 しかし、となりを見ると、ミリーナ王女もまたぶるぶるとふるえていたのです。

 でも、王女は泣きたいのをがまんして、子どもたちに笑顔を見せたのでした。

「竜は恐ろしい。でも、きっと倒します。この剣で!」

 ロアンは、引き抜いた剣をセダールに見せました。

 天に向かってかかげた剣は、太陽のような光をはなっています。

 固い決意をこめた表情に、セダールは何かを思い出したように、はっとしました。

「そうか……王女がいつも言っていたロアンとは、おまえのことだったのか。王女が幼い頃、騎士の約束をしたという、『王女のロアン』が……」

 そして、天をあおぎながら、つぶやきました。

「神よ。王女の騎士があらわれました。きせきをかんしゃします……」

「セダール様!しっかり!」

 がくりとなったセダールを、抱き起こします。

 しかし、セダールの命は、どんどん遠のいているようです。

 ロアンは大騎士の体を、そっと横たえました。水と食料の入った袋をそばにおきます。

「待っていてください。必ず竜をたおしてもどってきます!」

 そう言うと、ロアンは神殿の奥へと向かって走り出しました。


「出てこい!どこにいる!」

 こわれかけた神殿は薄暗く、静けさがみちていました。

 ロアンの声と、足音だけがひびきます。

 広間へでると、ロアンはぎょっとして、立ち止まりました。

 暗がりの向こうに、不気味に光る赤い目を見つけたからです。

 どしん、と大きな地ひびきがおこりました。

 やみの中から、家ほどもあるような竜が姿を現します。

 竜はロアンを見ていました。

 燃えるような赤い目です。

 ロアンは剣をかまえ、逃げ出したくなる気持ちを必死におさえました。

「来い!」

「ギャオオオ!」

 耳がさけるような雄叫びがあがり、竜が飛び上がりました。

 風をおこしながら、ロアンにおそいかかります。

 大きな口が、目の前にせまりました。

 ぞろりと並んだ牙につかまるまいと、ロアンはすぐさまとびのきました。

 そして、手にした剣を思い切り、竜のわき腹に突き立てます。

 剣はぐさりと、硬いウロコを貫きました!

「やったぞ!」

 しかし、喜んだのは、一瞬でした。

 竜が、からだをひとひねりしただけで、ロアンは簡単にはじき飛ばされてしまったのです。

 そればかりではありません。

 竜は、さらにロアンを追いつめて、攻撃をしてきました。

 何度も剣で防ぎますが、牙や長い爪で、次第に体が切り裂かれていきます。

 そして、ついにロアンは壁に追いつめられてしまいました。

「ギャオオオ!」

 竜が、毒の息を吐きながら突進してきました。

 逃げ場をさがしたロアンは、とっさに光が射し込む場所へと走りました。

 そこには、天井にぽっかりと穴があいていて、大きな日だまりができています。

 降りそそぐ太陽の光の下で、ロアンは思わず剣をかかげました。

「グルルル!」

 剣に光が集まり、目もくらむほどの輝きが生まれます。

 竜の赤い目がまぶしさで閉じた瞬間を、ロアンは見のがしませんでした。

「うおおおお!」

 ロアンはすばやく竜の下にもぐり込み、剣をかまえなおすと、こんしんの力で突き上げました。

 剣は竜のかたい首に、ふかぶかと突きささります。

「ギャオオオオ!」

 しかし、竜も負けてはいません。

 振り回した鋭い爪が、ロアンの右肩にぐさりと刺きさったのです。

 ロアンは、気が遠くなるような痛みに耐えながら剣を引き抜き、ええいとばかりに心臓へ突き刺しました。

「ウギャオオオ!」

 だんまつまの声が上がります。竜は、ついにぐらりと揺れて倒れました。

「やったぞ……」

 しかし、ロアンもまた、がっくりとひざをつきました。

 竜にやられた傷は深く、もう、立つこともできません。

 神様……と、ロアンは心の中で呼びかけました。

『悪い竜が死に、これからは国も栄えるでしょう。やっと、平和がおとずれます。でも、どうか、ミリーナ王女だけは助けてください。おれの命と引きかえに……』

 そうして、ロアンはいつしか目を閉じました。



 竜が退治されたことは、間もなく国中に知れ渡りました。

 皆は心から喜び、お祝いの日々が続きます。

 ロアンは生きていました。

 後からやって来た王様の家来たちに助け出されたのです。

 でも、まだまだ傷が治らず、山のふもとの小さな村で過ごしています。

 セダールも生きていました。

 傷が早く治り、今では元気いっぱいです。

 セダールは、時々、ロアンに会いに来ました。

「ロアン。具合はどうだ?」

 大騎士のお見舞いに、ロアンはベッドの中で、もじもじとからだを動かしました。

「はい。もう大丈夫です」

 それは嘘でした。

 竜の爪が肩に食い込んだ時、骨がくだけてしまったのです。

 もう、剣はおろか、かなづちを振り下ろすこともできません。

 かじやの仕事も、もう、できないでしょう。

「心配するな。仕事なら用意してある。楽しみにしておれ」

「本当ですか?」

 セダールは、見た目は恐い顔をしています。

 でも、何度か話をするうちに、とても優しい人だとわかってきました。

 それに、お城では、ミリーナ王女もすっかり元気になったと聞きます。

 はればれとした気分です。

 ふと気がつくと、セダールがじいっとのぞき込んでいました。

 ひどく、むずかしい顔をしています。

「しかし、『王女のロアン』がまさか、おまえだったとはな」

 ロアンは、『え?』という顔をしました。

 セダールは、時々、みょうなことを言うようです。

 わからぬといったロアンに、セダールは話し始めました。

「ミリーナ王女はな。いつの頃からか、自分にはロアンという騎士がいるのだと言い出したのだ。自分だけの騎士で、いつか竜を退治してくれるとな。だが、それがどこのロアンか、覚えていないと言う」

 ロアンの心臓が、どきりとはね上がります。

 幼い頃の思い出が一気によみがえりました。

 王女様は、ロアンのことを覚えていたのです。

 でも、あまり小さすぎて、そのほかのことは忘れてしまったのでしょう。

「城では、『王女のロアン』の話は有名だったのだ。わしは、ずっと王女の空想だと思っていた。だが、騎士は本当におり、見事に竜を退治してのけた」

「待ってください。おれは、本当に騎士ではないんです!」

 ロアンは、あわてて首を振りました。

 竜をたおすために、必死に努力はしました。

 でも、ロアンは『かじやのロアン』です。

「まあ、よいではないか!」

 セダールは、そう言って立ち上がりました。

「また来る。元気でおれよ」

 バタンと扉を閉めて、大騎士が帰って行きます。


 一人きりになったロアンは、ぼんやりと考えました。

 あの日、ミリーナ王女は、どうして自分を騎士にするなどといったのでしょう?

 もしかしたら、小さい王女は、本当に自分だけの騎士が欲しかったのかもしれません。

 騎士がいれば、恐ろしい竜から守ってくれると思ったのでしょう。

 もしそうだとしたら、ほんの少しは、『王女のロアン』になれたのかもしれない。

 ロアンはそう思いながら、少しだけ笑いました。



 その頃、お城では、新しい王様を迎えるじゅんびをしていました。

 古くからのほうりつで、悪い竜を退治した者は、王様にならなければならないのです。

 『王女のロアン』がそのことを知り、ぶるぶるとふるえて逃げ出したくなったのは、もうちょっと先のことでした。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。短いつもりが、書くうちに長くなってしまいました。成長した王女がまったく出てこなかったので、せめてと思い、タイトルにイメージを込めてみました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 登場キャラクターがとってもかわいかったです。 盛り上がりのある展開や戦いの場面もありましたが安心して読めました。 オチが意外でまたもやかわいらしくてよかったです。 [気になる点] と…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ