俺日:7月特別編!~作者の誕生日&海の日~
投稿が7月の終盤になってしまった!どうしてこうなった!
「はぁ!? なにいってんのお前!?」
7月1日の朝。
俺、山空 海は心底驚いていた。
「何を心底驚いたような顔をしているんだキミは」
そんな俺の心境を一字一句一寸違わず的中させた目の前のコイツ……鳴沢 恭平は、さも当たり前のように何食わぬ顔してこの俺に衝撃的な事実を告げたのだ。
……いや、あれはきっと俺の聞き間違いだ。そうでなきゃならないんだ。
あの銀髪で変態でロリコンで発明家でイケメンの高校1年生で16歳でオタクでメガネなことからこの俺に「オメガ」と呼ばれている居候野郎の言うことがおかしいことなんぞ、今に始まったことではないのだから間に受けるだけ損というものである。
そうさ。俺は今までコイツの何を見て、聞いて、感じてきたって言うんだ。頭を冷やせ。鍾乳洞に連なる鋭い氷柱のように冷静になるんだ。
「……よし、オメガ。もう一度聞くぞ? お前は一体何を言っているんだ」
「なにをもみつをもないよ。僕はただ事実を報告しただけなのだから」
待て待て、その前にみつをってなんだよ。「にんげんだもの」で有名なあの「みつを」のことか?
「違う。「いんげんだもの」の「みつを」だ」
いや知らん。そんな『うわー、立派に育ってますねこのアスパラ!』というアナウンサーの言葉に対しての農家のおじさんの一言みたいな名言を持つ「みつを」なんぞ俺は知らんぞ。
「みつをは「ソプラノだもの」も有名だね」
だからそんな「みつを」は知らん。
え? なんなの? 「はぁ~、やっぱりとても心に響く声なんだなぁ~ソプラノだもの」とかいう状況なの? なんなの? バカなの? 死ぬの? もうわけがわからないよ、にんげんだもの。
「と、いうわけで7月1日は作者の誕生日らしいのでなにかしよう」
「だから『作者』ってどういうことなんだよッ!!!!」
俺日:7月特別編!
~作者の誕生日&海の日~
数時間後。
「えぇ!? ユキ達が小説のキャラだった挙句その小説を執筆している『作者』さんとやらが本日7月1日に誕生日を迎えたので祝うってどういうコトなんですか!?」
「言葉の通りだよ白河さん。先日僕のメールアドレスにメールが届いたんだ」
オメガに白河さんと呼ばれたその少女は、白河 雪というとてもメルヘンチックな頭を持つ脳内お花畑でさらには蝶々まで飛んじゃってるような女の子だ。
彼女は一見すると結構可愛くて嫌いになれないような奴なのだが……人付き合い、主に女の子との付き合いが皆無な俺にとって、俺にグイグイ来る彼女には少し手を焼いている。俺のことを好きと言ってくれるのは嬉しいんだけどな……。
「まぁまぁ、ユキちゃん落ち着いて? 作者さんが誕生日なのは事実なんだからさ。それに今回の話は、作者さんの誕生日を中心に展開していく予定らしいし、しょうがないよ」
「あれ!? 琴音っちもソッチ側の人間なんですか!?」
まさかのソッチ側の人間だった彼女、竹田 琴音。いやソッチ側の意味がよくわからんけども。
彼女は中学一年生の13歳という若さのせいか、オメガに日々セクハラに近いことをされ続けているという不憫な一面も持ち合わせている女の子だ。
そしてそんな彼女には兄がいるのだが、俺の親友でもあるその兄貴というのが……。
「なんでこんなことになってんだよ!!! 作者が誕生日だとかそれを祝うために何かをするだとかメタ視点も甚だしいわ!!! どういうことなんだよ!!!! なんなの!? 俺たちは作られた人間だったの!? 人造人間何号なの!? もうわけがわからねーよ!!!! だいたいこんなんになる小説じゃなかったはずだろ!? 世界観守ろうぜ!?」
まるで過敏性ツッコミ症候群という謎の奇病にでもかかったかのように怒涛のツッコミを入れているコイツ。そう、コイツこそが琴音の兄貴でもあり俺の親友でもある竹田 秋なのである。
彼は多分ここに居る奴らの中で一番人が良い。それゆえに良い人という特徴から抜け出せないためか、時折存在感が消滅したりしちゃう可哀想な17歳の男の子なのだ。
「だいたい作者との絡みがある小説は小説じゃないという定義がそこに存在してだな!!! いくらこの小説のコンセプトがコメディーだったとしても、やって良いことと悪いことがあるんだ!!! つまり、いくら特別編という本編とは全く関係のない回だったとしても……!! 俺たちはこの世界の心理に……俺たちは所詮あらかじめ用意されたレールの上を走らされているだけってことに気づいちゃいけないんだよぉおおおお!!!!!!!!」
秋がおかしい。
彼もまた妹と同様ソッチ側の人間らしく、そんな二人を見て俺とユキだけが頭を悩ませていた。
「秋先輩に琴音っち、そして眼鏡先輩はいったい何を言ってるんですか……!!! ユキたちは作られた人間なんかじゃないですよ!! ユキはユキです……。ユキは……ユキ達には、ちゃんと心がありますです!!!! ちゃんと自分の意志で……生きているんです……」
ポロポロと涙をこぼし、ユキはわけのわからないことを言う三人に思いの丈をぶちまけた。
そんなユキの想いを正面から受け取った琴音と秋は、軽率な発言をしたことを反省しているようにも思える。だが、ただひとりだけは無表情のままつらつらと進行を続け始めていた。
「まぁ、そんなわけでね。それぞれ思うところもあると思うのだが……とりま今日は作者さんの誕生日というわけで、その事実はたとえ皆が否定したとしても揺るぎない真実だ。そして僕らは、その信じたくはない真実のために行動を起こさなければならない」
中指をメガネのブリッジ部分に当て、クイッとするオメガ。彼もまた、俺たちが作られた人間だということを知り葛藤しているのだろうか。汗をかいている彼の顔からは、若干同様の色が見て取れた。
そうか、俺達だけじゃなかったんだ。
秋だって琴音だって、もちろんあのオメガだって、自分が自分の意志で存在していることを否定されたのだから……ツラいはずなんだ。
もちろん、俺だって……。
「……分かりましたです。ユキだけじゃないんですよね。みなさんもツラいのですもんね。だったら、ユキだけが悲しくて涙を流すのは不公平ですよね! わかりました、ユキは……作者さんの誕生日のために、なんでもしますですよ!!!」
暗く、悲しい気持ちにあふれてしまったこの現実に、ユキはとびっきりの笑顔で抗った。
たとえ自分が作られた存在だとしても。
たとえ自分がもともとあった脚本の中を生きているだけだという事実を知ったとしても。
俺らは今を生きている。その事実だけは一切揺るがない。だったらもう、それでいいんじゃないだろうか。
俺達は俺達だ。俺達が今ここにいることも、一緒の時間を共に過ごしていることも、言ってしまえば作ってもらったからこその産物なのだから、むしろ感謝する気持ちでいていいのではないか。
だって、一緒に過ごしたこの時間は……この心に残った思い出は……かけがえのない、宝物なのだから……。
「腹減ったんヨ」
「エメリィーヌさん空気読みすぎ」
せっかくSFっぽい感じになっていたのに、一気にコメディータッチな日常に引き戻された気がするのは俺だけではないはず。
そしてそんな新技を繰り出したのは他でもない……この、空腹のあまりお腹を抑えて地面に身を放り出しうつ伏せでダウンしている宇宙人の少女・エメリィーヌである。
エメリィーヌ・ジョセフ。
それが彼女の本名で、先程も言ったように“宇宙人”なコイツ。だがひとえに宇宙人だといっても、その姿かたち、仕草や声など、目の色がエメラルドグリーンなのを除けば完璧に人間の女の子そのものである。
金髪に天然パーマならぬ天然ウェーブのかかった髪型。抜いても抜いてもその色の毛髪が再生する様は、黒髪の俺にはとても考えられない人体の神秘そのものであった。
「ははは。エメル、キミはさっき朝ごはんを食べたばかりだろう? そんなにいっぱい食べたら牛さんのように丸くなっちゃうよ?」
……先程も言ったとは思うが、一応もう一回念押しで言っておこう。
“オメガはロリコンである”。
が、しかしオメガは、そこらのロリコンとはひと味もふた味も違うロリコンなのだ。
自分の好きな子のためならば、己の欲望にも打ち勝つ程の精神力の持ち主。例えばそう、風呂から上がりたてでまだビショビショかつ真っ裸のエメリィーヌが自分の方に笑顔で走ってきたとしても、彼は襲ったり写真に収めたりしない。むしろそれどころかエメリィーヌが湯冷めして風邪をひかないようにと着替えを手伝い、温かいココアまで入れ出す始末。
そんな現状を毎日のように目の当たりにしていた俺はとうとう痺れを切らし、一度『お前はおかしい。ロリコンとしての全てを間違えている』と指摘してみたことがあったが、その時オメガのヤツなんて言ったと思う? アイツ、こんなこと言いやがったんだぜ?
『確かにエメルは可愛いし、僕はぶっちゃけロリコン気質があることは否めない。だが僕がロリコンなことにエメルは関係ないだろう? 確かに僕も一端の男児ゆえ手を出したくないといえば嘘になるが、それでエメルが悲しんだり、エメルに嫌われたり、最悪エメルの心に深く消えない傷を負わせたなんてことになったら、僕はそっちのほうが耐えられないよ。もちろん、それは琴音ちゃんにも言えることだ。琴音ちゃんには好き勝手やらせてもらってるけど、それでも僕は琴音ちゃんが本当に嫌がることはしてきていないつもりだ。ただ純粋に、時々からかったりして彼女たちの笑顔を見て癒される。僕は不器用だからそうすることでしか彼女の笑顔を作ってあげることができないのはとても悔しい。でも、それでも僕は、僕なりに頑張って彼女に笑顔になって欲しい。そう、琴音ちゃんやエメルの笑顔を見れるだけで……それだけで僕は幸せなんだ』
だとさ。
オメガがまさかそんなふうに思っていたなんて俺は知らなかったし、それに知ろうとも思わなかった。当然、一番にオメガの被害を受けている琴音はこのことを知らないわけだが、確かに今思えば琴音も琴音で表面上はオメガを殴ったりしてるけど、心の底から嫌っているというふうには見えない。
今だってオメガがいるとわかっているのにも関わらず琴音は俺の家に遊びに来ているわけだし、琴音も無意識のうちにオメガの優しさというか、酷いことはしないって理解しているんだと思う。
……とかなんとか当時は感動してましたが、後日そのセリフがオメガの大好きなアニメ内セリフを借りパクしていたという事実を知り、そしてついこの間「琴音ちゃんペロペロ」とか言って前にプール行った時に撮ったらしき琴音の水着写真を必用に舐め回していた場面を目撃し、一気に信じられなくなったわけなんですが。
要するに、イケメンって怖いと思いました。
「は、はぁ!? かかかかか、海兄ぃそれ本当!?」
「え!? もしかして俺考えてること口に出てた!?」
「思いっきり出てたし今それどころじゃないよ!!! こ、答えてよ海兄ぃ!!」
「あ、あぁ~? え、えーっと……」
本日初お披露目となりますが、俺には悪い癖があるんです。そしてそれは、もう察しのいい皆さんならお分かりのことと思います、無意識のうちに喋ってしまうというモノなんですわ。
必死に喋らないよう注意してても表情で読み取れるらしいので、もはや俺は隠し事なんてできない人間。つまり、世界一正直者の人間といえよう。やべぇ悲しくなってきた。
そしてその癖のせいで、今日もまた皆さんに情報を提供してしまったようで。『変態が自分の水着写真で興奮し、それを舐め回している』という事実を耳にしてしまった琴音は怒りと恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら物凄い剣幕で俺に詰め寄ってきています。琴音さん。怖いです。落ち着いてください。
「海兄ぃ!!!」
目に涙を溜めながら恐ろしい形相で俺に問い詰めてくる琴音。そんな琴音の後ろの方から「裏切ったな山空……!!」というロリコンの熱烈な視線が俺の心に突き刺さってきている。
そしてさらには琴音の兄貴である秋までもが。
「琴音……。兄ちゃん、ちょっとヤツを抹殺してくるわ」
とか言いだし始めた。
そう、秋の体内には秋だけしか持ち得ないスイッチ……兄貴スイッチなるものが存在しており、琴音に何かがあるとすぐにスイッチが入りシスコン兄貴モードへと成り代わってしまうのだ。
まぁ簡単に言えば、普段は妹のことを気にかけて軽度に心配するといういい兄貴が、とあるきっかけでそれが行き過ぎて、『心配してくれる優しい兄貴』から『過保護でシスコンな兄貴』へとランクアップしてしまうということなのである。いや、ランクダウンと言ったほうが表現的には正しいのかもしれないが。
「誰がシスコンだ」
兄貴スイッチがONになった状態でもツッコミ気質は変わっていないようで、声のトーンは明らかに不機嫌極まりないものだったが静かな声でちゃんとツッコミを入れる彼に俺は素直にすげえと思った。
というか怖い!! 琴音と秋の目が怖い!! でも俺は屈しない!! どんな事情であれ友達であるオメガを売るという行為は絶対にしたくないのだ!!
「全部本当の話だ!!」
あ、つい売っちゃったてへぺろっ。
「き、恭兄ぃ……!!!」
「恭平ッ……!!!!」
じわりじわりと変態ににじり寄るひと組の兄妹。
普段あまり感情を表に出さないイケメンの彼が口角を吊り上げながら後ずさっていく光景を、俺はエメリィーヌと一緒にテーブルのそばの座布団に腰を落ちつかせポテトチップス(ガーリック味)をつまみながら見ていた。
「ウチはうす塩味が好きなんヨに、ガーリック味とかちょーガッカリなんヨ……。……うん、うまー!」
「うまいのかよ」
いつもなんだかんだ言っては結局何でもうまいうまいと食べてくれるエメリィーヌ。俺がめんどくさいと思いつつもなんだかんだ毎日三食きっちり作ることができるのは、いつでも美味しいと言ってくれるエメリィーヌがいるからかもしれない。
琴音やユキも自分で料理作ったりしてるみたいだし、一度エメリィーヌを貸してあげてみようかとわりと本気で思う。それほどまでに、エメリィーヌの素直な一言は嬉しいものだった。
「……いや、やっぱクソマズイんヨこれ。後味が掃き溜めのようなんヨ」
前言撤回。俺が作ったわけじゃないのになんかすげえムカついた。
このガーリック味……意外と気に入ってたのにな……。
「……あ! そういえば私エメちゃんにおみやげを持ってきていたんでした! ちょっと待っててくださいね……」
ふと思い出したかのようにそう呟くと、ユキは部屋の隅にまとめてあるみんなの荷物の中から自分のカバンを見つけ出し、そしてすぐにそのカバンの中をゴソゴソとあさり始めた。
だが例の“おみやげ”とやらがなかなか見つからなかったのか、ユキは一瞬だけ眉をしかめたが、しばらくあさっているとその顔は打って変わったかのように笑顔を見せた。ようやく見つかったようだ。
「おいしいモノなんヨか!?」
目を輝かせながら胸を高鳴らせるエメリィーヌ。
お前ホント食い意地だけは立派なのな。
「あ、いえ残念ながら食べられるものではないのですけど……」
ははっ、残念だったなエメリィーヌ。どうやらおいしいモノではないらしいぜ?
というか食い物じゃないってわかった瞬間どうでもよさそうな顔するのはどうかと思うぞ。プレゼントもらう側として。
「っと、コレですコレです! いや~実はですね、今日うーみん先輩の家に遊びに来る途中に寄った100円ショップさんで見つけてビビッときたんです。「これエメちゃんに似合いそうじゃあないですか!!」って! なのでつい購入しちゃいましたですよ。えへへ」
赤生地に白の水玉模様が散りばめられ、そこにピンク色のリボンでラッピングしてあるそれをユキはカバンから取り出すと、それを買うまでに至った経緯を嬉しそうにペラペラと説明し始める。
だがそんな解説を聞いているのか聞いていないのか、エメリィーヌはまだ話をしている途中のユキの手からそのプレゼントを許可なく受け取り、許可もなく封を丁寧に開け放った。
その瞬間。
『ピュゥイ♪』という人を小馬鹿にしたような音が聞こえたとほぼ同時に、エメリィーヌが持つ袋の中から、何かが勢いよく脱走した。
「ううぇい!?」
自らが袋から逃げ出すプレゼントなど、エメリィーヌは予想打にしていなかったようで、驚きのあまりバランスを崩しその場で尻を思いっきり打ちつけては強打したところを抑えてもがいている。
袋から飛び出てきたのは、どうやらビックリ箱の中身のようなおもちゃだったようで、狭い袋の中から逃げ出し自由の身となったヘビのおもちゃはエメリィーヌのすぐそばをコロコロと転がっていた。
よかったなエメリィーヌ。お前が望んでた通り”オイシイ”プレゼントだったじゃないか。
「痛いんヨー! 尻が痛いんヨー!!!」
尻言うな。
「ケツがやばいんヨー!」
ケツ言うな。
「ヒップが~!」
もう好きにしてくれ。
「だ、大丈夫ですか!? ごごご、ごめんなさいですエメちゃん!!! ユキってばうーみん先輩用のプレゼントと間違えてしまいまして!!! 本当にごめんなさいです!!! エメちゃんのプレゼントはこっちでした!! ほら、可愛いですよ!? 握りこぶしのぬいぐるみ!」
おいちょっと待て。聞き間違いだろうか? ユキお前まさかこの”オイシイ”料理を俺に味あわせるつもりだったんじゃないだろうな?
というかユキのセンス。ドッキリを仕掛けようとするのもアレだが握りこぶしのぬいぐるみって。握りこぶして。いらねえよそんなぬいぐるみ。どこで買ったんだよ。
「ぬぉおお!!! 尻が百八つに割れそうなんヨぉおおお!!!!」
なんだそのケツ。煩悩の数かよ。
「恭平のクソ野郎が!!!」
「恭兄ぃの変態スケベ!!!!!」
「ぎゃぁぁああああ!!!!!」
尻を抑えてピョンピョンと飛び跳ねるエメリィーヌ。
そんなエメリィーヌを見ておろおろしているユキ。
そしてそんな二人の事など全く頭に入っていない様子の秋と琴音に、袋叩きにあって悲鳴を上げているオメガ。
いろいろな声と騒音が入り乱れ、近所迷惑間違いなしの不協和音を奏でていた。
そんなみんなを見て、『最近の若者は元気だな』と絶賛最近の若者中の俺でさえ思ってしまうのだから、その騒がしさは数あるお宅の中でも群を抜いてると言えるのではないだろうか。
だけどこの騒がしさがどこか心地がいい。友達がいないままずっと一人暮らしをしていた今までの俺には考えられないほどに騒がしい自分の家を眺めていると、心からそう思えた。
「ぬおおおおお!!!! 尻が百八つに割れたんヨぉおおお!!!」
落ち着けエメリィーヌ。お前のケツは無事だ。
「琴音ちゃん、た、竹田兄!! ごめんなさい多分もうしません許してください……ヘブゥ!!!」
そしてそこの兄妹。もう、許してやれ。
というかお前らいつまでやってるんだよ!!! まだ何一つ始まってないのにいろいろなアクションを起こすんじゃねえよ!!!!
「――――さて。本題に入ろう」
あれからさらに数時間。
怒りに満ち満ちていた竹田兄妹は、俺の説得により落ち着きを取り戻し。
尻に異常事態が起こり緊急信号を発していたエメリィーヌは尻ネタに飽きがきたのか急に落ち着きを取り戻し。
オメガは元のイケメン顔が嘘のように痣と傷で歪んでいたが包帯とバンドエイドの乱雑使用でなんとか一命を取り留めた。
そのようなことがあって今現在。
オメガの指揮で俺達はリビングの中央で座布団を広げその場に座り、今回の本題の話をようやく進めることになったのだ。
どこから出したのか、オメガはホワイトボードに『今回の本題の提案』と丁寧かつ大きな書体で書き連ねていく。その様子を、俺達は座って見ている状態にあった。
「本題って……作者さんのお誕生日のことですよね?」
ユキがそう質問を投げかけると、オメガは小さく頷きながらホワイトボードに『作者の誕生日のサプライズ企画』と書いた。
そしてマジックペンのキャップをするとみんなの方を向き、オメガは説明を始めた。
「今回、僕たちが集まったのはほかでもない。今白河さんも言った通り、今日は作者さんの誕生日なんだ」
今日は7月1日。となると当然、オメガの言う作者さんとやらの誕生日も7月1日ということになるだろう。
「はい!」
エメリィーヌが元気よく挙手をした。
「お、エメル。何か質問が?」
「はい! 作者さんはどんな人なんヨですか?」
「お、いい質問だねエメル。それは非常に良い質問だ」
エメリィーヌの質問内容に、オメガが大げさなんじゃないかというほど相槌を打つ。そのおかげなのか、エメリィーヌはよくわからないけど嬉しそうである。
そんなエメリィーヌの笑顔をニヤニヤと鑑賞したあと、オメガは説明を再開し始めた。
「作者は一体どういう人物なのか。僕も多少なりとも疑問を抱いたため、僕なりに色々と調べてみた。そして、わかったことを資料にしてまとめてみたので、今からみんなにも聞いてもらいたいと思う」
そう言うと、懐から数ページほどの紙を取り出したオメガ。
いつになく真剣なオメガの表情に、俺も徐々に緊張が顔を出してきていた。
「まず第一に、作者は一体何者なのか」
資料を見ながらそう呟き、オメガはホワイトボードに何かを書き込んでいく。
マジックペンが『キュッキュッ』と音を立てるたびに、インクの匂いが仄かに俺の鼻腔を刺激した。この日のためにわざわざ新しいマジックペンを買ってきたのだろうか。
「それは、このボードを見てもらうとわかると思うのだが……信じられないかもしれないが、作者という人物はなんと『選ばれし勇者』らしいことが判明した」
「な……なんだってー!?」
一体作者が何者なのかわからない俺たちにとって、自力で調べたというオメガのその資料だけが頼りだった。たとえどんなに信じられないことが書いてあったとしても、俺達はそれを確かめる術がない。だからどんなに無茶なことでも信じるしかないのだ。
もちろん、オメガが大袈裟に言っている可能性も捨てきれないが……あの目を見てみろよ。ああいう真剣な目をしている時のオメガは、そんなくだらないこと絶対にしない。つまり、オメガもそれだけ本気だってことなんだ。
「実は作者は様々なソーシャル・ネットワーキング・サービス……つまりSNSに登録していてね。そこで仕入れた情報だからまず間違いないだろう」
「あの、恭兄ぃ質問!」
「なんだい琴音ちゃん?」
「その……そーすすぺしゃるねっとりきんぐさーべる……? ってなんなの?」
「ソーシャル・ネットワーキング・サービスだよ琴音ちゃん」
琴音の英語苦手スキルは本日も絶好調のようである。
「俺が説明するわ」
オメガばかりにいい格好はさせたくないので、俺は自ら名乗りを上げた。そして、琴音に説明を開始する。
「いいか琴音。ソーシャル・ネットワーキング・サービスってのはな――」
――ソーシャル・ネットワーキング・サービス。通称:SNS。
それは、webブログやコミュニティサイト、それに動画サイトなどの、インターネットを通して世界中の人といとも簡単にコミュニケーションがとれるサービスのことをそう呼ぶらしい。有名どころではYouTubeやTwitterなどが挙げられるが、つまりは一言で説明するとオンラインサービスのことである。
俺達の作者がそれらに登録しているとなると……オメガが一人で作者の情報を集められたのも納得がいく。でもそれは、裏を返せば、SNSは個人情報が容易に取得できてしまう危険性があるという意味でもある……全国のみんな、ご利用の際は十分に注意するんだぞ!
「――と、いうわけだ。わかったか?」
「う、う~ん……多分わかった!!」
断言する。この顔はわかっていない顔だ。
「……琴音。要するに、世界中とやり取りすることができる電子的な文通みたいなもんだ」
はぁ……とため息をついたあと、秋が一言、そう説明した。
「なるほどっ! つまり簡単に言えばゲーム世界のギルドみたいなものってことか!」
何でもかんでもゲームで考えれば苦手な英語だろうがスラスラ言えるし理解ができる。隠れゲーマーである琴音のアタマの中は、まだまだ不思議でいっぱいだ。
というかそのギルドという表現は果たして正しいのだろうか……。いや、もう教えるの面倒だからスルーしておこう。本人が納得しているのならもうそれが正解だ。
「話を戻して申し訳ないのですけど、その……選ばれし勇者? ってどういう事なんですか?」
話を割って申し訳なさそうにしながら、ユキは手を挙げてそう質問を投げかける。
そうだ、作者さんとやらがSNSに登録していることなどさほど重要ではない。問題はその作者さんが周りの人に『選ばれし勇者』だと褒め称えられているってことだ。
選ばれし勇者……つまり、俺達を作り出したとかなんとかありえないことをほざくその作者さんとやらは、俗に言うファンタジー世界の住人だとでも言うのだろうか? 魔王城に囚われた姫でも助けに行くのだろうか? どこのRPGだそりゃ。
「うむ、一応SNSという場だけあり、本当に作者とやらがそういう人間だとは断言できないのだが……」
「それって間違っている可能性もあるってことなんヨか?」
「その通り。SNSは顔や住所がなかなか割れない分、理想の自分を反映させる人が大半を占めるんだ。つまり、作者のその勇者という印象も、もしかしたら理想の自分を表現したハッタリである可能性もあるということになる」
なるほどな……。でも、先程も言ったとおりいくらそれが嘘くさかろうが、俺たちはその真意を確かめる術を持っていない。オメガの言ったように顔や住所などの個人情報を盗み取れれば白黒ハッキリ付けることも可能だろうが、もはやそれは犯罪だ。実行しようものなら、もれなく街の安全を見守るポリスたちに格子状のお部屋へとご案内されることだろう。
だから『選ばれし勇者』だというなんとも嘘くさい表現も、今の俺たちには信じることしかできないというわけだ。
「では、本題に戻るが、なぜ作者とやらが『選ばれし勇者』と呼ばれているのか。それは……」
キュポッ……と、マジックペンのキャップをはずし、再びホワイトボードに何かを書き込んでいくオメガ。
そしてまたしばらく、書き終わった様子のオメガは、ゆっくりとそのボードから体をどかせた。どうやら俺たちにボードの文字を見るよう仕向けているのだろう。
当然俺達はそんなオメガに促されるがまま、その文字を視界に入れては頭の中で読み上げ意味を理解してゆく。
「その真相は、いろいろと考察した結果なんと作者のハッタリだと……」
「……は?」
いやいやいや、ちょっとなにを言っているかわからない。
確かにホワイトボードにはデカデカと『作者が選ばれし勇者と呼ばれるというのは全て嘘!! まさかの自演だということが発覚!?』などという新聞の煽り文句みたいな文が書かれているのだが、まったくもって意味がわからない。説明求む。
「いやぁ、実はだね。僕が仕入れた作者の身の回りの情報元は、作者と同じSNSに登録していてなおかつ作者のことをよく知っている方からなんだ。それで僕も最初は『作者について随分と詳しい人がいるもんだな』位にとっていて、現にこの手元の資料には色々と僕なりの考えがまとまってるんだけど……、今キミ達に説明しながら思った。多分アレ作者本人だ」
「なんだそりゃ」
一気に気が抜けてしまった。
オメガの言う通りならば、作者のことを選ばれし勇者だのと持ち上げたりしたその人こそが作者本人であったということだ。
勇者と謳われた謎の人物の正体が、まさかの自演の人だった。この落差の大きさはほかにないんじゃないかと思うくらいに拍子抜けだった。
「というわけで作者が選ばれし勇者だった点に関しては忘れてしまったほうがいいと思う。時間を無駄にしてしまった件については謝罪しよう」
冷静かつ静かなトーンでそう告げると、軽く頭を下げて謝罪の意を俺たちに見せたオメガ。
確かにここまでの会議的なものやホワイトボードに書かれたものは全て意味がなくなってしまったんだもんな。でもそれも仕方がないことだろう。あとあと冷静になったあとに間違いや矛盾点に気づくことってよくあることだしな。
「が、しかし誕生日を祝ってくれと言われたのもまた揺るぎない事実。数時間前にも言ったが作者本人からメールが届いたんだ。そしてそれは調べてみた結果いたずらメールの類ではなかった」
「調べたって……一体どうやって?」
オメガの言葉に、秋がそう返す。
「どうやって……というか、もともと僕はハッキング対策としてノートパソコンのメールアドレスは数百種類も使い分けているのだが」
「数百種類!?」
秋が驚きの声を上げた。
そんな秋のツッコミを軽く聞き流し、オメガはまた何事もなかったかのように説明を再開する。
「それに僕のノートパソコンは僕が腕によりをかけて制作した自作のセキュリティーシステムを導入しているため、メールアドレスやパスワードの類はそう簡単に入手できないようになっている。まぁそれで侵入を完全に防げるかといえば答えはNOなのだが、見たところ何者かに侵入された形跡は残ってないこともあり、結果いたずらメールじゃないと判断したんだ」
僕のノートパソコンのメールアドレスを知っている者は、一人とて存在しないからね……。と、不敵な笑みを浮かべながら最後にそう付け加えたオメガ。
なるほどな。メールアドレスを知る者がおらず、盗み撮られている可能性もないのにもかかわらず何者かからメールが届いた。それつまり、メールの差出人はもともとオメガのメールアドレスを知っていたということだ。……では一体その者はどこでオメガのメールアドレスを入手したのか?
ソイツはそのメアドを『最初から知っていた。』結果は自然とこうなるだろう。
「そう、元々知っていたという結論に至るのだが、先程も言ったとおり僕は誰かにメールアドレスを教えた覚えはないし、それに一番奇怪なのが、僕が数多使い分けているメールアドレスの中で、メールが届いたのが僕が重要なときにしか使用しない……企業秘密ファイル的な役割を果たすメールアドレスだったんだ」
俺は、メールアドレスなどの知識はおそらく一般的にくらいしか理解していないので、オメガの言っていることが正しいのかとか凄いのかとか、正直さっぱりわからない。
だがあの数多の発明品を作ってきた、あの機械に強いオメガが言うのだ。その説得力は物凄くデカイ。
「うぅ……もう嫌ー!!!! 恭兄ぃが何を言ってるのかわからないし正直作者さんとか私からしてみれば顔も知らない赤の他人だから誕生日とかどうでもいいのよーッ!!!」
我慢の限界が訪れたのか、琴音はオメガの説明を遮るように大声を出しながら後ろに自分の体を投げて倒れこんだ。
正直、琴音の限界が訪れるのことを今か今かとハラハラしていたんだ。そして今、琴音が脳の理解の許容範囲をオーバーし頭から煙を吹き出してしまった。でも琴音にしては結構理性を保ったほうなのではないかと俺は思う。
そんなことよりもちょっと待て。さっき「顔も見たことない」って言ったけど……琴音お前ソッチ側の人間じゃなかったの?
「ぶっちゃけあの時は「あぁ、また恭兄ぃが変なこと言ってる」位にしか思ってなくて、その場のノリで言ってただけだし!! 正直ソッチ側とかドッチ側だしって思ったし!!」
頭を抱えて耳から煙をシューシューと吹き出し、青い顔をしながら悶える琴音。
どうやら「アドレス」だの「パスワード」だのといった英語の言葉を耳にしてしまったため、体が拒絶反応を起こしているのだろう。もうすでに英語が苦手の域を越している。英単語を用いるだけで倒せそうなくらいの反応だ。
「ユ、ユキももう限界です……実はユキこう見えて機械などがすごく苦手でして……携帯電話もかろうじで電話とメールが使えるだけなんです……」
琴音だけならまだしも、ユキまでもが頭部から蒸気を放っていた。
ユキが機械音痴とか初めて聞いた事実だったが、そんなことより俺は二人に一言だけ言いたい。お前らアタマ弱すぎだろう。機械や英語が苦手って昔の人ならまだしも現代っ子だろ? 大丈夫かよ。
「まったく、ユキも琴音も情けねえな。エメリィーヌを見習えよ」
完全にショートしている二人に呆れつつ、俺はそう言いながらエメリィーヌに目線を移した。
すると例のエメリィーヌはただひたすら無言のまま、ホワイトボードを見つめて硬直しているように思えた。
「ほれみろ! エメリィーヌなんか物凄い真剣にオメガの話聞いてるぜ? なぁ? エメリィーヌ!」
息もしていないんじゃないかと思うほどに微動だにしないエメリィーヌに、俺は多少不安になりながらも声をかける。
すると、エメリィーヌは首をゆっくりとこっちの方に向け……。
「ほ……ほぇ?」
まるで耳が遠くてよく聞き取れなかったおじいさんの如きセリフを発した。
そしてそんなエメリィーヌの顔は、なんかもうよくわからない微妙な表情になっており、その微妙な表情はまさに「顔芸かよ」ってツッコミを入れたくなってしまうほどだった。
「顔芸かよ!?」
今のは俺がしたツッコミではない。俺の心を代弁してくれた秋のツッコミだ。
ここ最近地味な子で名の通っている彼だが、実は秋は誰よりも先にみんなが思っているようなことをみんなの代表になってツッコミを入れてくれる素晴らしいヤツなんだ。だから俺は、秋のツッコミだけはものすごく評価しているつもり……。
「どんな顔だよ!? ある意味すごいよ!! どうやったらそんな顔できるんだよ!! どんだけ恭平の説明に頭をこんがらがらせてんだよ!! というかもう今回、現時点で12000文字オーバーしてるのに終わりが全然見えないってこれどういう状況なの!? 早く先進めろよ!!! くだらない話で本題からそれすぎだろお前ら!!」
……ごめん、前言撤回する。俺たちはそこまでの代物は求めちゃいない。
文字数がどうとか早く先進めろだとかまるでソッチ側を理解しているような立ち振る舞いしやがって……『ツッコミは次元を超える』という都市伝説が伝説じゃないものだったとは知らなかったぜ。あっいや、そんな都市伝説聞いたことねぇけど。
「え? 12000文字ってどう言う意味? 秋兄ぃは何を言っているの? バカなの?」
おい琴音。そこには深くツッコまないであげてください。何かと面倒になる気がすると俺の第六感が言っている。
あとなんか可哀想なので兄貴のことをドストレートにバカにするのもやめてあげてください。
「あっ! ごめんね~! 秋兄ぃは聞くまでもなくバカだったね!」
だからやめろっちゅーに。笑顔でなんてこと言ってんだ。
笑顔でからかうことによって嫌味ったらしさが著しく増して秋の心をより痛めつけるんだぞ。もうやめたげてよ。
「コトネ!! いくらシュウがコトネのお兄ちゃんだからって言って良い事と悪い事とどっちでもいい事があるんヨ!!」
何かに身体を乗っ取られたかのように口を開けヨダレを垂らしポケ~っとしてたエメリィーヌが、突然声を荒げる。エメリィーヌはいつも遊んでくれる秋のことを物凄く好いているようで、やはりそれを貶されると頭に来るものがあるのだろう。
そんなエメリィーヌの気迫に気圧された琴音は、若干苦笑いしながら気まずそうにゆっくりと体を起こした。
……ところでどっちでもいい事ってどんなんだ? 気になる。
「え、エメリィちゃん……あの、私も悪かったけど……べつに本気でそう思ってるわけじゃないんだよ?」
エメリィーヌが怒っているのを見て、琴音は焦りながら弁解を試みた。
「ツンデレツンデレ琴音ちゃんツンデレ」
途中でロリコンメガネがそのようなことを言っていたが、もうみんな慣れているのか総スルーをしている。しかし無視されているのにもかかわらず変態は一人で楽しそうなので、同情の余地はどこにもない。
「そんなこと言われなくてもわかってるんヨ!! ウチが言いたいのは嘘でも言って良い事と悪い事とどっちでもいい事がこの世の中には数多く点在しているということなんヨ!!」
どのみち意味がわからない。
いったいエメリィーヌが何を考え何を訴えているのか、今の俺には全くもって理解ができないよ。こんな俺を許してはくれまいか?
「許すんヨ!」
ありがとう。
「わ、わかったよ……なんでエメリィちゃんがそんな頑なに必死なのかイマイチわからないけど……そこまで言うなら謝るよ……ごめん。秋兄ぃも……なんかごめん」
まだまだ幼さしか見受けられないエメリィーヌによくわからない説教をされ、何故か謝罪の言葉を口にする琴音。
エメリィーヌの考えが理解できない分、比較的どこか琴音が可哀想に思えた。
「チッチッチッ、わかってねーなお前」
立てた人差し指を顔の横で左右に振りながら、秋が微妙なハニカミを見せながらしゃしゃり出てきた。
お前ってそんな殴りたくなるような顔出来たんだな。初めて知ったよ。
「わかってねーってなにがだよ?」
「いいか? エメリィーヌはな、たとえ兄妹間の事だとしても目上の人に対して最低限の振る舞いや言動を琴音に覚えさせようとしてくれてるんだよ。な? エメリィーヌ」
キリッっとした顔つきでエメリィーヌに目配せすると、彼女に同意を急かすようにパチパチとウィンクを連発し出した秋。
おい秋そのキラキラと輝くくらい純粋なつぶらな瞳でウィンクするのやめろ。お前そんなキャラじゃなかっただろ。
「いやいやそんなことはないんヨ。全く何言ってるんヨかシュウは。バカなんヨか?」
エメリィィィーッヌ!!! この世の中にはたとえ嘘でも言って良い事と悪い事とどっちでもいい事が点在してるんじゃなかったのかァァァ!!!!!
あれだけ情熱的な目をして同意を求めていた彼に対してよくそんな切り返しができたな!!! みてみろよ!! お前のせいで秋がサラサラしちゃってるだろ!!! まるで子供の頃どろだんごを作るために砂場の砂をふるいにかけ作り出したとてもサラサラとした白砂みたいにサラサラになっちゃってるだろ!!!!! やっべ今の例えツッコミ秋よりセンスあるんじゃね!?
「いや……それはないだろ」
「いや……それはないよ」
「いや……それはないです」
「いや……それはないよ山空」
「いや……それはないんヨ」
いやっふぅううう!!!!!! みんなにハモられちゃったぜぇええええ!!!!!!
「なにバカなこと言ってるんヨか。というかテンション気持ち悪いんヨ」
「元をたどればお前のせいだ!!」
はぁ……はぁ……と、気づけば肩を大きく上下させて息をしていた俺。一体なんで俺はこんなにも疲れ果てているのだろう。ただ座ってるだけなのにな。と、思ったので俺はどうしてこんな有様になってしまったのか考えてみることに。
たしか作者さんとかいう人の誕生日がどうとかでこんな有様になったんだったな。そうか、全ては作者とか言うヤツのせいだ。はい、論破。
「全然論破してないですよ先輩」
まるで弾丸の如き速さでツッコミを入れてきたユキ。俺の論破を弾丸の如き速さで論破し返す。そうか、これが噂のダンガンロン……おっと、これ以上はやめておこうか。
そんなことよりも、俺たちはどうやら話を逸らし本題とは全く関係のないところで盛り上がってしまう傾向があるようで、いつもならエメリィーヌがここらで話の軌道を修正してくれるのだが……今回はそんな彼女が軸としてそれてしまっているためそれは期待できないだろう。つまり、俺がしっかりしていないとこのままではこんな中身のない会話だけで一日が終わってしまう。そうなるとせっかくの休日が台無しに……。
……あれ、今日って休日じゃなくて……月曜日じゃね……?
「の、のぉおおおおおおおおおおおおおう!!!!!!!!!!!」
「ちょ、海兄ぃ!! 急に脳がどうしたのよ!?」
「“脳”じゃなくて“NO”だよ!! って、そんなことよりお前ら!!! 今日、月曜!! 学校!! オブザデッド!!!」
「なぜにバイオハザード化しちゃったんですか」
俺のボケに冷めた目をしつつもツッコミを入れてくれるユキ。彼女のそういうところの優しさは認めざるを得ないだろう。
だがしかし今はその事実を素直に喜べないほどに焦りという感情が俺を支配していた。
現在時刻はあーだこーだやってるうちにもう午後を回っている。週の初めに学校をサボってしまうと、担任の西郷に当日から週の終わりまでじっくりこってりこき使われることだろう。俺の担任、西崎 郷介。通称:西郷の異名は伊達じゃあないんだ!!! 俺が勝手にそう呼んでいるだけだけど!!
ってかヤバイ!! マジで遅刻だよもう!! 最近頑張ってたのに!! 無遅刻無欠席目指して頑張ってたのに!!!
「……なぁ、もういいんじゃないか?」
唐突に、秋が一言呟いた。
その言葉を耳にし、俺はものすごく幻滅した。
「何言ってんだよ秋!!! もういい!? いいわけねえだろ!!! 学校だぞ!? ハイスクールだぞ!? そう簡単にサボれるほど簡単な話じゃ……」
学校っていうのは……学校っていうのは……!!!
確かに学校というものは授業に縛り付けられて、有無を言わさず大人たちの言いなりになって……窮屈な場だというイメージが強いかもしれない。でも、それでも俺にとっては、とても楽しい場所であるところだということは間違いない。時間で言えばダルかったりウザかったり、面倒だったり窮屈だったりする期間の方が長かったかもしれないが、それに負けないくらい楽しいことだってあった。嬉しいことだってあった。俺にとって学校は、とても特別な……特別な場所なんだ。だからサボるなんてことは絶対にしたくねえんだよ!!!!
「でも先輩つい3日前も学校休んでましたですよね?」
「それは風邪ひいてたんだからノーカウントだろうが!!」
「いやでもユキがお見舞いに行ったら先輩エメちゃんと一緒にお庭で縄跳びしてましたですよ!?」
「あ、アレはエメリィーヌがだな……」
「ちょっとウチのせいにしないで欲しいんヨ!!! あの時はカイが「美しい肉体を手に入れる!!」って言って急に縄跳び始めたんヨ!!」
「言ってねえよ!? 少なくとも「美しい肉体を手に入れる!!」とは言ってねえよ!?」
いや、まぁ、確かにあの時は風邪引いてなかったし縄跳びやってたのも事実だけどさ。ほら、あるじゃん?それとこれとは別、的なこととか結構あるじゃん? ……なんて誰に言う訳もなく心の中で言い訳しつつ、俺は途中からでも学校に行くために荷物をまとめる。普段愛用している学生カバンの外側のチャックをあけ、その場所に入っていた時間割の書かれた再生紙を強引に取り出した。
今日は月曜日だ。この用紙に書かれている学校の時間割は、左から月・火・水・木・金と並んでいるため、目的の曜日を確認するために一番左側の時間割を確認した。……のだが。
「……あれ? これ日付が合ってないような……」
今日は7月1日だ。それは、今俺の目の前にある……テレビの横に画鋲で止められたカレンダーを見ても視認ができている。それなのに月曜日の項目に書かれていた日付は、なぜだか7月15日となっていた。まぁ時間割の表は担任の西郷がPCで作成しているらしいし……ただの打ち間違えだろうけど、間違え方がひどすぎる。7月15日といえば『海の日』だ。つまり祝日。そんな日と打ち間違えちまったら、サボるやからが増えても文句言えない。『海の日と間違えました』って言えば言い訳が通るからだ。
「……そうか」
そこまで考えて、俺は思わず口元がゆるんだ。
そうだよな。サボるやからが続出できるんだ。ってことは、俺がそのサボるやからの内に入ってもなんら支障はきたさないということである。表記のミスは担任の西郷のミス。そのミスに俺は全くもって関係ない。むしろさっきまでだって俺は学校の存在を忘れてサボりかけていたし、俺が今日学校があることを思い出さなければこのまま休んでしまっていたことになるだろう。だから、もうこのまま気づかなかったフリして休んでしまえば――――。
「……いや、おかしい。おかしいぞこれ!?」
もしも西郷が本当にこの時間割の書かれた用紙をPCで自作しているのだとすれば、『7月1日』と表記すべきはずの箇所が『7月15日』になってしまったことは理解できる。『1』と入力したあとに誤って『5』を打ってしまい、そのことに気づかぬまま今に至るとしたら今の現状にも頷くことができる。
……だが、おかしい。おかしすぎるのだ。そう、なぜか間違えている日付の下に『海の日』と書かれ、本来時間割が書き込まれているであろう場所に『祝日のため休み』という文字がデカデカと表記されていた。
通常、日付だけを間違えたならば、間違えているのは日付だけでその下には『7月1日』の時間割が記入されているはずである。なのに今俺の持つこの時間割は、誤表記された日付の日の祝日までもを書き入れてしまっている。それによく見ると、月曜日だけでなくほかの曜日も、右から『7月16日』『7月17日』『1月18日』7月……と誤字である月曜日の日付から各曜日に連れ1日ずつ繰り上がっているのだ。これでは、まるで誤字ではなく本当に7月15日の海の日から、7月20日までの……通常通りの時間割みたいな。
「ふっ、やっと気づいたのか山空」
「……? どういうことだよ?」
いつの間にか俺の背後に立っていたオメガに、俺は不機嫌ながらに問いかけた。
意味深な発言とともに口元をニヤつかせるオメガの顔は、今までにいないくらい不気味な雰囲気を醸し出している。
一体何がなんなのか全くわからないが、オメガがこの時間割の誤表記に関わっているということだけは、彼のセリフから嫌でも感じ取れた。
「どういうことかって? それは、僕よりもみんなに聞いたほうが早いんじゃないかな」
「えっ!?」
気がつくと、俺の背後にはオメガだけでなく、琴音、ユキ、エメリィーヌまでもが俺を取り囲むようにして仁王立ちしている。
「いや俺もいるよ!?」
などといった誰かの悲惨な声も今の俺の耳には届かない。
もし琴音とユキが本日スカートを履いてきていたならば、このアングルならば俺はパンチラを拝むことができただろう。だがあいにく二人は今日スカートじゃないからそれは不可能。想像で補うことしかできない。
琴音はデニム生地のホットパンツ。半ズボンよりも短い丈のズボンといったところだろうか。
そしてユキは上下セットの赤い生地のジャージ。上は半袖だが下は長い。見ていて暑苦しいその姿に今までずっとツッコミを入れたかったのだが、あのツッコミ気質の秋が何の反応もしないところから触れてはいけないことなのかと思いずっと目をそらしてきたわけだが……。
「ちょ、ちょっと海兄ぃなに真面目に私とユキちゃんの服を考察してんの!? すっごい恥ずかしいんだけど!!」
口からダダ漏れはもうお約束。俺は隠し事のできない公共な人間なんだ。
「ゆ、ユキのはその……ちょっとダイエットのためにウォーキングしたまま来ましたですので……」
なるほどな。ということは先ほどのエメリィーヌのプレゼントとかはその姿で入店して購入したわけだな? とんだチャレンジャーもいたものだ。
ユキがかわいい人形に囲まれたお店で目を輝かせ興奮している様が目に浮かぶようだぜ……。
「なんだ、そうだったのか~。俺はてっきり『海のドッキリ』のための準備なのかと思ってたよ」
秋が今大事なことをさらっと暴露した気がする。気のせいかな。
「ちょ、秋兄ぃ! さらっとネタばらししちゃってるから!!」
「あ、ミスった」
「ミスったじゃないんヨ!! そのミスは致命的すぎるミスなんヨ!!!」
「ま、まぁまぁ怒るなよエメリィーヌ。そもそもここらで「ネタばらし」する予定だったじゃないか」
「ま、まぁそうなんヨけど……」
秋の失言をみんなが指摘しているところから、俺の気のせいという線は消えた。つまり、秋が先ほど口をすべらせた『海のドッキリ』という単語は、言い逃れもできないような確実な事実となるわけで。
……状況が全く飲み込めません。本当にありがとうございました。
「突飛な出来事に混乱しすぎて飲み込めない状況にお礼を告げながら茶道部の人がするような綺麗なお辞儀しだしたっ!! 何この人!!」
兄貴譲りの素晴らしいツッコミだな琴音。でも兄貴と違ってお前のツッコミって結構容赦ないよな。ツッコミだけでなく優しさも譲ってもらったほうがいいと思うぜ。
「騙しててごめんなさいですうーみん先輩。実はですね、ユキ達は先輩にドッキリをしかけてたんです」
ユキの丁寧なネタばらしに、下げていた頭をゆっくりとあげた俺。
まぁうすうすは気づいてたさ。今日は何かがおかしいって。もしかしたら全部全部ドッキリなんじゃないかってね。それもそうだろう。俺ほどの使い手となれば、親友の一人や二人の挙動の不審さなんてすぐに感じ取れるんだ。そう、つまり、今まで騙されたふりをしてあげてただけに過ぎないのだよ。全部お見通し。残念だったな。
……で、どこからどこまでがドッキリなんだ? 詳しく教えてくれ。
「まったく気づいてなかったんじゃん!!」
お前は早く優しさを譲ってもらって来い。
「ちなみに今回のドッキリの発案者は僕だ」
「よし、歯を食いしばろうかオメガ」
なぜか決め顔のオメガに腹が立ち、俺は握りこぶしをオメガに見せつけながらゆっくりと立ち上がる。
だがしかし、今すぐにでも殴られるかもしれないというのに、彼は表情一つ変えずにそれをただ見ているだけだった。琴音が殴りかかったときはとても嬉しそうな恍惚の笑みを浮かべるあの彼がだ。
「カイに対してそんな顔してたとなっちゃそれはそれでひどい絵面なんヨ」
ごもっとも。
「とにかくですね、あれは遡ること3日前のことです!」
待って! 俺を置いて遡らないで!!!
「3日前、先輩は学校をサボりましたですよね?」
「お、おう」
「サボったって認めたよこの人!?」
琴音お前もう帰れ。
「そのときでした……ユキが眼鏡先輩に話を持ちかけられましたですのは……」
3日前。俺が「次の日休みだから今日休めば3連休じゃーん」という心理を見つけて学校をサボってみたあの日から既にドッキリを仕掛けていたというのか……!?
クソッ、どんだけ前から計画していたんだよ……!!!
「いや、それは違うぞ山空」
俺の思考を遮るように語りかけてきたオメガ。
「確かに僕がみんなに声をかけたのは3日前だ。だが、このドッキリは時間にして1ヶ月ほど前から計画していたものなんだ」
「1ヶ月も前から何くだらないことしてんの!? オメガお前暇人かよ!!!!」
「暇なのは否定できない」
「暇人だった!!!!」
オメガの気分屋な性格には、俺でさえツッコミを入れてしまうほどに厄介なものだった。
「はい! ちなみにウチも1ヶ月前からキョウヘイに協力してたんヨ!」
元気よく腕を振り上げて、とてもいいお返事とともに真実を教えてくれたエメリィーヌ。
不思議だ。オメガが言うと腹が立つのに、エメリィーヌが言うとどんなことでも許してあげたく思える。これが無邪気な笑顔の力か。子供ってすごい。
「そう、僕はエメルに、山空に軽く超能力で幻覚を見せるよう頼んだんだ」
「幻覚ぅ?」
突拍子もない話だった。……いや、エメリィーヌが超能力を使えることは前々から知っていたし、何度かその現場も目撃したことがあるからそれは信じることができる。
だがしかし、やはり「幻覚」ということに耐性のない俺は、自分自身にそれが起こっているという現実を受け入れ兼ねたのだ。
幻覚ということは、俺はありもしないものをエメリィーヌの力によって見せつけられていたということになる。そんな非日常な出来事、容易に納得しろという方が無理だろう。
「ウチはキョウヘイに頼まれて、カイに日付の感覚がなくなるような幻覚を見せたんヨ。……記憶を操作したと言ったほうが正しいかもしれないんヨが……」
「おいおいおい……」
もはや理解することさえ面倒くさい。そう思わせるほどに、エメリィーヌの言った言葉は俺を混乱させるものだった。
記憶を操作……? 幻覚を見せた……? どういうことかよくわからないが、そういうのって人体の心や脳に負担をかけちゃったりとかするんじゃないのだろうか……。何かのライトノベルで見たぞ?
「いや、でもウチが見せたのは日付を勘違いさせる程度なんヨし……前いた星の学校ではそんなもの基礎の超能力なんヨ」
まぁ、ウチは落ちこぼれだったしそんな基礎どころか基礎中の基礎である念力すらもやっとだったんヨがね……と、なんか恐ろしいことを呟く。
たしかエメリィーヌが超脳力を自由自在に使えるようになったのは、地球に来たことにより超能力の波長が狂い、通常よりも数倍の力が出せるようになったことで力のないエメリィーヌも使用可能になっただとかどうたらこうたら……。
要するに、エメリィーヌが超能力を使えるようになったのはこの地球に来てから。つまり俺と出会ってからだ。そんな状態で俺に幻覚をかけた。イコール怖い。やめてくれ。
「ま、まぁそのあたりはほら……なんとかなる気がしてなんヨね……!」
「なにその曖昧な確信!!」
もう嫌だ!! もう怖いよこの子! 今のとこ俺は無事健康体だからよかったものの、もし万が一何かあったんじゃ遅いんだよ!? 死んだらどうするの!? 万が一で死ぬことだってあるよ!? 気を付けよう!? 超能力で完全犯罪成し遂げちゃうから気を付けよう!?
「……で、とりあえず説明すると、今日は7月15日。月曜日だが海の日で祝日だ」
待て待て待て。何淡々と説明始めてんだよ。
つまりはどういうことだよ? 俺が騙されてて今日が7月15日なのはもう流れで理解できたし理解するしかなかった。でもほかはさっぱりわからん。作者さんが誕生日だとか、全部嘘だったのか? そもそも作者さんって存在するのか?
「あーえっと、順を追って説明するとね?」
オメガやエメリィーヌの端的な説明に呆れたのか、琴音は軽くため息をつきながら二人の説明に割ってはいる。
おぉ琴音。さっきは「お前もう帰れ」とか思ってすまなかった。よくぞ現れてくれた。オメガとエメリィーヌの説明じゃ埒があかないままだったぜ。助かった。ありがとう。
「まず海の日は海兄ぃの日だからドッキリを仕掛けたわけなんだけど」
お前もう帰れ。さっぱりわからん。
「全然順を追ってねーだろ!! 」
ここで、とうとう秋が痺れを切らしてツッコミを挿入してきた。
よし、よく出てきた秋。このまま琴音を連れて帰ってくれ。
「はぁ……実はだな」
求めてもいないのに秋が説明を始めた。
もういいよ秋。どんな説明を受けても理解できる気がしないし、ぶっちゃけもう疲れたんだ。なんだかとっても眠いんだ。
「海の日……そして海、お前の名前は『海』だろ?」
確かに、俺が「海の日」と共通点があるとするならば、「海」というこの名前だろう。
「そんな偶然の一致から、恭平は「海の日だし山空をドッキリに仕掛けよう」と言い出したわけだ。まぁただの気まぐれだろう」
なるほど。俺の名前が海で、偶然その名前と一致する祝日が訪れたから、その日に俺にドッキリを仕掛けちゃおうという茶目っ気のもとドッキリを実行したわけだな?
とりあえずなぜ俺がドッキリのターゲットになったのかはわかった。説明を続けてくれ。
「それで、「どういうドッキリにしようか」と考えていた時、偶然恭平のもとに作者さんからメールが届いたらしいんだ」
なるほど……そのメールが、さっきまで議題にしていた「作者さんの誕生日」というわけか。ということは、作者さん関連の話はドッキリではなく真面目な話だったって事か。
よし、続けてくれ。
「作者さんの誕生日は7月1日。ならば、海には『“作者さんの誕生日サプライズを考える”という名目で騙されてもらおう』となったわけだ」
「え? でも7月1日は海の日じゃねえから俺にドッキリを仕掛ける意味なくね?」
「その矛盾を埋めるための超能力だろ?」
なるほど!! 海の日……つまり7月15日に俺をドッキリに仕掛けたい。そのドッキリを7月1日の作者さんの誕生日を祝うという名目で実行しようと決める。でもそうなると当然ドッキリを実行する日は7月1日になっちゃうわけで、それだと海の日である7月15日が全然関係なくなっちゃう。
ならばどうするか。俺に7月15日を7月1日だと思い込ませる。
そうすれば、7月15日に7月1日にやる予定のドッキリを実行可能ってわけだ。
「――というわけか!」
「そのとおり! まぁ簡単にまとめると『7月15日にやるドッキリを7月1日に実行した』ってことだな」
なぜかドヤ顔で、秋がビシッと決めた。
少しややこしいが、秋の説明の上手さによりギリギリで理解できた。やはり妹を持つと、兄貴的には色々と教えてあげなくちゃいけない立場になるため説明の仕方の引き出しが多いのだろう。秋の意外な特技がまた一つ判明だ。
……だけど、ひとつだけ腑に落ちないことがある。
いや、俺がドッキリにハメられていたことやその経緯、今日が7月15日なのは理解できた。でも、肝心の『ドッキリの内容』が分からずじまいなのだ。
俺は一体どういうドッキリをされたのか。幻覚をかけられていたのがドッキリということでいいのだろうか。そうなると、俺はもう「ドッキリ大成功! バンザーイ!」と両手を挙げ元気よく告げても問題ないのだろうか。そこんところ、詳しく教えてくれ。
「ドッキリの内容については、ユキが説明しようと思いますです!」
元気よく立候補すると、ユキは一歩前に歩み出て説明を開始する。
「ドッキリの内容は、眼鏡先輩の提案で大きく分けて2種類考えられてたんですよ」
「2種類?」
「そうです。そしてその2種類というのが、『今日が7月1日じゃなく海の日だったドッキリ』と『ここに居る皆さんが各自それぞれ用意したドッキリ』なんです」
その言葉を聞いて、胸の奥でずっと引っかかっていた小さな疑問が、俺の中で一本の線になって繋がっていくのがわかった。
1つめのドッキリ。つまり「幻覚うんぬん」の方はまさに大成功といっていいだろう。まさか俺が幻覚にかけられてて日付を勘違いしていたなんて思いもよらなかったし、それゆえにとても驚いた。というか混乱した。まさに2種類のうちの1つのドッキリが成功した瞬間だっただろう。
じゃあ2つ目のドッキリは何か。それは『各自それぞれ用意したドッキリ』という名前からもわかるとおり、俺を抜いた5人……ユキ、エメリィーヌ、オメガ、秋、琴音の、それぞれが個人的に用意したプチドッキリという意味であると推測される。それを踏まえて考えてみると……だ。
まず第一に思い浮かぶのが、ユキがエメリィーヌにした、違う意味でオイシイプレゼント。
プレゼントを開けた瞬間中身が飛び出す、びっくり箱のようなアレ。あれをユキは「うーみん先輩用のプレゼントと間違えた」と言っていた。要するにあれがユキが俺にもたらすはずのドッキリだったのだろう。まぁ結果としてエメリィーヌがドッキリしちゃったわけですけども。
そして第二に、エメリィーヌと琴音の“言い合い”。「世の中には言って良い事と悪い事とどっちでもいい事が点在している」というフレーズでお馴染みのあの言い合いだ。
あれは多分、エメリィーヌと琴音、もしかしたら秋もだけど、普段仲のいい三人が突如としてもめるという合作のドッキリだったのかもしれない。現に俺も、少なからず焦ったことは認めざるを得ない。
そして第三に、“秋の存在感がいつもよりあった”件。あれも多分秋の考案したドッキリなんだきっとそうだ。
最後にオメガ。彼は発明が趣味なこともあって頭がいいし、くだらないことにそれっぽい理論を付け加えることも多分上手いはず。というわけで彼の言った「俺たちは作られたキャラで意志がなく、決められた台本を歩んでいるだけ」とかなんとかのよくわからない話が多分ドッキリだ。
あの時はユキの涙に呑まれ俺も事実だと思い込んでいたが、ユキは事あるごとにメルヘンの世界へと心が旅立ってはしばらく帰ってこないような、妄想力ゆたか、感情移入最強のスーパー女子高生。あんな演技など屁でもないだろう。
つまり、これにてドッキリ全部終了したというわけだ。
「か、海兄ぃ……すごい、全部わかってたんだね」
琴音が驚きの声を上げるも、驚愕しているのは琴音だけではなかった。ユキも、エメリィーヌも、秋もオメガも、みんなして驚いている。
そうさ。俺がどれほどお前らのことを大切に思っているかわかるか? そう、些細な変化にも多少なりとも違和感を抱けるほどに、俺はお前らのことが好きなんだぜ。なんて。
「所詮は結果論だけどさ。やっぱり思い返してみると違和感だらけだったよ。そもそもお前らのことなんて、全部お見通しだっつの」
驚いたみんなに、俺はニッと笑みを返す。
すると、みんなも驚きのあまり張り詰めていた顔とは打って変わり、柔らかい表情になる。
「ユキも先輩のこと、とーーーっても大好きです!!」
とびきりの笑顔で、少しばかり顔を紅潮させながらそう告げたユキ。
その言葉の内容はいつもユキが俺に行ってくれる言葉と同じようなものだったが、「気持ち」という代物が普段とは比べ物にならないくらい詰まっていて、この時ばかりはさすがの俺も……少しばかりドキッっとしてしまった。
「ウチもカイのこと嫌いではないんヨ!」
ユキに負けたくないのか、エメリィーヌは普段通りだったがそう言ってくれた。
だけど、普段の生意気で憎たらしいなエメリィーヌからは想像もできないくらいに愛おしいと思えた。もしかしたらこれもドッキリなんじゃないかとかるく疑ってしまうほどだ。
「わ、私だって……その、ま、まぁまぁ好き……だけど……そそそ、そう言う意味じゃないからね! お兄ちゃん的な存在としてって意味だからね!」
ユキやエメリィーヌとは打って変わり、琴音は顔を見るからに真っ赤にしている。やはり中学生という難しい年頃の子には、『好き』という単語は刺激が強すぎたようだ。
でも、それでもちゃんと俺のことを好きだと言ってくれる。そんなに嬉しいことはない。
「俺も好きだぜ。もちろん友達としてな」
おう!
「僕も山空のことは琴音ちゃんやエメルの50万分の1くらい気に入っている」
もしこれが照れからくる表現なのならばツンデレになるだろうが、オメガの場合本気で言っているから困る。
でも、それでもやはり自分が評価されるというものは嬉しいものだった。
だから俺も、多少気恥ずかしいが胸張ってみんなに言える。
「俺も、お前らのこと大好きだぜ!!」
――――気がつくと、視界の先には素朴な天井が広がっていた。
チュンチュンという小鳥のさえずりが、どこかとても心地がいい。
「……あ、もう朝か……」
俺はゆっくりと体を起こす。
いつも朝は気が重く体が重いのだが、今日はなぜか体が軽く感じだ。気分的にもどこかすっきりしている部分も見受けられる。やはり、さっきまで見てた夢のおかげだろうか。……って。
「夢かよっ!!!!!!!!」
そう叫ぶとともに、俺は勢いよく体を起こした。
……そうか、そうだよな。夢の中で言っていたじゃないか。『ここに居る皆さんが各自それぞれ用意したドッキリ』だって。あの場には俺もいた。だから、まだ俺が俺に送る分のドッキリは終わってなかったんだ。そして今終わった。そう……。
最後のドッキリ。“夢オチ”。
俺日:7月特別編!! 完
~おまけ~
秋「ところでこの小説の投稿日時が7月1日(作者の誕生日)でも7月15日(海の日)でもないんだがこれは……?」
エ「安心するんヨ! 読者のみなさんはウチの超能力で今日が7月15日だと思い込んでいるはずなんヨ!」
秋「超能力すげーな!?」
雪「もはや超能力の域を超えてますですよねそれ」
エ「超能力は無限の可能性を秘めているものなんヨ!! 信じれば必ず叶うのが超能力なんヨ!!」
雪「超能力ってそんな夢と希望に満ち溢れた子供達みたいなモノなんですか!?」
エ「可能性は無限大なんヨ!」
海「そんなオープンキャンパスの煽り文句みたいな……」
エ「頑張れ! 頑張れ!! できる! できる!! 超能力だって頑張ってるんヨから!!!」
琴「そんなどこぞの松岡さんみたいなっ!!」
エ「やめられない止まらない超能力」
秋「お菓子感覚!!」
エ「それが超能力なんヨ」
恭「そうだねエメル」
秋「絶対違うだろ!!」