第五十二の問い「何でこのシチュエーション?」
ばふんっ!
思わず身を預けたベッドは、憎たらしいほどフカフカで、一瞬体が宙に浮くが、次の瞬間にはすぐにマットレスの上。何とも贅沢なベッドだ。
「……何であんなこと言っちゃったんだろう……」
ぽつりと出た言葉を、あたしは起き上がり、必死で撤回。手をパタパタと振り回し、真っ赤な顔で大きな独り言。
「いや、別によかったんだよ!? 確かに、あんな風に言うとは思わなかったけど、言いたかったんだし……。にしても……返事は……」
自分に耳としっぽが生えていたら、最後の言葉でだらりと垂れてしまっていると思う。
はあ、とため息とともに、青で統一された部屋を、腕を組んでぐるぐると歩きまわり始める。無駄に広いので、目が回ることはなく思考モードに突入。
「いや……でもさすがにあれはなかったんじゃないか……? 何で吐き捨てるように言っちゃったんだろう……。うん、初めてってこともあったけど……。それじゃただの言い訳じゃないか!? あたし!」
ああー、と頭を抱えてしゃがんだところで、とんとん、という軽いノックの音が響いた。なんという空気が読めないタイミング。
「…………どうしよう、とりあえず居留守かな……誰にも会う気はさらさらないし。じゃあそうしよう」
立ち上がりもせずに居留守を突き通すことにしたあたしは、とりあえず机の下に隠れる。大きめな机で助かった……。
しばらく息を殺していると、「入っていいのか……?」という、悔しいけど聞き飽きた声が聞こえてきた。
「……何でいないんだ……? 誰かの部屋に行ってるとか……?」
いないことが予想外だったのか、声の中に戸惑いが読み取れた。
少しして、部屋の中を探索する、こつこつという乾いた靴の音が響く。別にやましいことはないけれど、隠れたまま後に引けなくなったあたしは、必死で気配を殺し、息を止める。
「……保崎」
ぴたりと足音が止まったので、机の下からおずおずと顔を出してみると、すぐ上に、少し怒ったようなレイの顔があった。
「……ひゃっ!? あ、別にやましいことはないんだけど、何となく居留守したら後に引けなくなって……」
頭を掻きながら言い訳を述べるあたしに、レイはニコリと笑う。
口元はいつもからは考えられないほど、優しく曲がっているが、目はぎらぎらと光っていて、どんなに天然な人でも、どんなに空気の読めない人でも、彼の怒りは手に取るようにわかるだろう。
焦り始めたあたしは、さらに言い訳をヒートアップさせる。
「誰が来ても出ないつもりだったんだよ!? そこは本当。何もレイじゃなくても、クロードとかアシルさんとかソウシとかでも出たし……」
その時、レイの切れ長の目が細くなった。
「何でそこにその三人の名前が出てくるんだ?」
「……え?」
怒りを抑えきれていない声がかかり、気が付くとあたしの右腕はレイに掴まれていた。がっちりつかまれており、振っただけでは取れ無さそうだ。
「俺はただ、お前にさっきの返事をしに来ただけだが……。気が変わった。本当はさっきのやつらにも媚を売っているのか?」
長めの前髪から見えるレイの黒い瞳は、うっとりするような色をたたえているわけでもなく、ただただ、冷たかった。
視線をそらせずにいると、ぎり、とつかまれた手に力がこもられた。
「何言ってるの……? あたしにそんな器用なことができるとでも思ってるとか……?」
冗談で言ったつもりだが、あながち外れてはいないようだ。
「ああ、思うな」
「何で」
「だってさ」
ゆっくりと、確かめるように言ったレイの目には、さっきまでの冷たい感じはなく、明らかにあせりで揺れていた。
Q、何でこんなシチュエーション?
A、こっちが知りたいわ。