冒険者ギルドのクレーム対応係さん
冒険者ギルド。ウエスタニア支部。クレーム対応窓口。ここには黒髪の美しい名物受付嬢が居る。
朝も早い時間から、ギルドの受付嬢スルーカは冷めた視線を相手に送る。今、彼女の前に立つ若い男は薬の瓶を手に持ち、その瓶をワナワナと震わせていた。よく見ると瓶にはヒビが入っている。
男は瓶をカウンターの上に置いた。瓶に入ったヒビは熱によるものではないかと思われるが……とりあえず相手の話を聞いてみなければ話が見えてこない。
「良いかい。お嬢さん。俺はこのギルドの売店で買った瓶を使ってた。細心の注意を払って使ってたんだぜ。魔物からの攻撃を受けたりした訳でもない」
「はい」
「なのにだ! この瓶にヒビが入っているじゃないか!? 俺は慎重に、薬の瓶は使ってたんだぜ! 俺は魔法使いだ。後衛で戦ってるし、魔物に壊されるってのはあり得ないんだよ! なのにだ。瓶にはヒビが入っている! こいつは弁償してもらわなくちゃ、ならんのじゃあないか!?」
この手のクレーマーはよくギルドに訪れる。また、こういう手合いは大抵相手側に問題がある。それをスルーカは経験で知っている。情報の整理が必要だとスルーカは考える。
「一旦、情報を整理しましょう。あなたは冒険者ギルドで薬瓶を買った。それは何の薬が入っていた瓶ですか?」
「何の……? そんなの、何の瓶でも良いだろう?」
「いえ、とても大事なことです」
まずは瓶の中身を確認しておく必要がある。当たり前の話だが、瓶の中身によっては、薬にヒビも入りやすくなる。そんな危ないものをギルドが商品に入れることは考えにくいが、もしかしたら別の可能性はあり得る。別の可能性があり得るのなら、それを考慮しなくてはならない。
「……ポーションだ。魔力ポーションのはずだよ! 俺はこのギルドの店では魔力ポーションしか買ったことがない! はずだ!」
「……はず?」
スルーカの鋭い視線に若い男はたじろいだ。その反応を見てスルーカは確信する。この男は、何か、後ろめたいことを隠している。それを明らかにすれば、この問題は解決するかもしれない。
「はず、とはどういうことですか?」
「俺は……ここの店を最後に使ったのは一年前だよ。それだけだ!」
「一年前のポーションの瓶が割れたことでクレームを入れに来たのですか? あなたは?」
なんてことだ。呆れるというか。こいつは馬鹿なのか、とスルーカは呆れるしかない。しかし、それでもスルーカに対して男は強気な態度を取った。
「一年前とはいえ、この瓶はここで買ったものだ! なら、この瓶が割れたのはそっちの責任だ! そうだろう!?」
「そうかもしれません。本当にこちらの非があるのであれば、ですが」
「おまえ、非はこちらにあるとでも言うつもりか?」
「一年も前に購入した瓶が割れたと言われても、困るという話です」
心底面倒くさいとスルーカは思う。ともかく、話を進めよう。
「一年間、同じポーションが入っていたのですか?」
「君は馬鹿か。一年も同じポーションが入りっぱなしなんてことがあるか。俺は魔法使いだもの。魔法を使う度に魔力を使うんだ」
「では、別の薬を同じ瓶に入れていたんですか?」
「そうさ。それが、何か悪いか?」
悪いもなにも、だとすれば確認しなければならないことがある。この男はスルーカが思っていた以上の、とんでもない馬鹿かもしれない。内心呆れながら、スルーカは聞く。
「まさかとは思いますが、自分で作った魔力ポーションを、自分でその瓶に入れる。なんてことは、していませんよね?」
「それは……」
「更に、まさかとは、思いますが……作ったばかりの熱いポーションを瓶にいれたりはしていませんよね?」
「……」
「まさか、何度も……?」
「……」
男が黙った。やはりか、とスルーカは思う。呆れすぎて、ため息が出てしまいそうだ。
「魔力ポーションはマンドレイクの葉を煮詰めて作りますからね。それ事態に問題はありませんが、煮詰めたポーションは当然熱い。そんなものを瓶に入れれば……ギルドで売られている瓶は耐熱性も高いですが、何度も高温の液体を入れていれば、やがてヒビが入る。あなたは、冒険者ギルドの教習を受け直す必要がありますね」
スルーカが見ると、男は黙ったまま、困ったような顔をしていた。困らされているのはこっちの方だというのに、そう思いながらスルーカはカウンターに置かれたままの瓶を手に取った。
「魔力ポーションが必要でしたら、また新しいものを購入してください。それと、冒険者ギルドの初級冒険者用の教習を受けるように。そうするまでは、あなたのクエスト受注の権利を剥奪します」
「そ、そんな横暴が許されて良いと思ってるのか! ギルドの受付嬢ごときが!」
男は狼狽え、たたらを踏む。こういう手合いが言い負かされた顔を見るのがスルーカは好きだ。それを彼女自身、性格の悪い趣味だとは思う。
「許されますよ。私はギルド長の実の娘なんですから。ここに立っているのは、好きでやっていることなんです。あなたの、冒険者としての資格を剥奪しないだけ、ありがたく思いなさい」
男はへなへなと、へたり込んだ。こんなやりとりはスルーカにとって朝飯前だ。
◆
午前中の業務をおこなうスルーカの元へ新たなクレーマーがやって来た。今回は冒険者ではなく依頼者側。けれど相手に問題があることはスルーカの方で分かっている。
「冒険者ギルドさん、あんたらは下水道の掃除を頼んでいるのに、あんたらはまともな冒険者を派遣してくれない。それどころか、最近は不当にクエストの適正ランクを吊り上げてくる! これは職務怠慢だ!」
そう言うのは、いかにも成金趣味の格好をした商人の男。確か、ブドウの栽培とワインの製造で一財産を築いていたはず。屋敷に繋がる下水道を掃除しろと言ってきているのだが、問題がある。その問題をスルーカは無視できない。それは彼女には許せないことだ。
「良いですか。商人さん。あそこには、充分に育ちすぎたスライムが居着いている。あなたの報告から判断するに、もはやあれは上位種のポイズンスライムに進化している。幸いその魔物はテリトリーから動くタイプのものではありません。ですが、ポイズンスライムは危険な魔物です。物理的なダメージを受けず、触れるだけで体を溶かされる。それを低賃金で相手にしようだなんて酔狂な冒険者は居ませんよ」
スルーカからすれば、それで充分すぎるほどの説明なのに、商人の男は首を縦に振ろうとしない。何が分からないのか、分からない。スルーカはそんな気持ちだった。
「私は冒険者に掃除を頼んでるんだ。最近は下水からの臭いが屋敷にまで漂ってきて、困っているのだよ。なんとかしてくれ」
なんとかしてくれ。と言われてもね。スルーカは対処法を知っている。けれど、このケチな男は上位種のスライム討伐のために適正な報酬を払おうとしないのだ。全く、困った依頼者にスルーカは呆れる。
「良いですか? この問題はあなたが依頼をドブの掃除としてではなくて、危険な魔物の討伐としてギルドに発注すれば良い話なんです。依頼の報酬額を吊り上げるだけでも良い。そうしないから、いつまでも冒険者たちが問題を解決しないという話でしょう」
本当に、それだけの話なのに、この男は、それをしようとしない。金ならあるだろうに。悪臭に困るくらいなら、ちゃんとした討伐依頼を出せば良いのだ。それをスルーカは何度も提案しているのに、話を聞いてもらえないのでは、真面目に取り組む気持ちが無くなるというものだ。
「そこを、どうにかしろと言っているんだよ。スライムが下水道を占拠してるんだぞ。困るだろ」
「とは言われましてもね。あの辺りから、あなたの一族以外の苦情は受けていないんですよ。あの広い土地に住んでいるのは、あなたの家族と使用人だけですからね。何度も言うように、こちらは、より深刻な問題にならないうちに依頼を適正なものに変えることを提案します」
と、言っても無駄だろうなとスルーカは思った。この男は自分が納得しないものにはびた一文の金すら出さないのだ。以前からそうだった。
ところで、スルーカには気になることがある。
スライムは、この辺りには……ウエスタニアの辺りには……生息していないはずの魔物だ。それ以外の地域には広く分布しているらしいが、ウエスタニアには居ないはず。だからこそ、この土地では、件の魔物の問題が起こるのは妙なのだ。もしや、とスルーカは考える。彼女の考えが当たっていたなら、この男は罪を犯していることになる。探りをいれてみる価値はありそうだ。
「一応、討伐の参考になるかもしれませんので。スライムについて、あなたが知っていることを教えてもらっても?」
「スライムについて知ってること? 知るもんか。こっちは魔物の専門家じゃないんだ」
「とはいえ、下水道のスライムを遠目にでも確認はしているんでしょう? あなたは、スライムが問題だと言っているんですからね。それも、大型のスライムだと、はっきり説明している」
「……ああ、まあ……遠目には確認してるからな」
「あなたの目で?」
「そうだ」
そこまでを確認して、スルーカは訪ねる。相手がボロを出すことを期待して。
「スライムは、何色でしたか?」
「スライムといえば、青色だろう。もしくは緑か?」
「青や緑? ポイズンスライムが?」
「あ、ああ。いや、紫色だ! ポイズンスライムは紫色のはずだ!」
スライムは通常、青色や緑色の魔物だ。そこは合っている。だが、スルーカには引っ掛かるところがあった。
「ポイズンスライムに限らず、スライム系の魔物は、接触し続けたものによって、色を変える性質があります。同じものを食べ続けると、その色に変化する。もしくは、同じ環境に居続けると、その色に変化するんです」
「それが、なんだと言うんだ?」
「……分かりませんか? 件のスライムが下水道に居座っているのなら、そいつはその色をしていないと、おかしいんですよ。本来は下水のように濁ったり色をしているはずです。ところで、あなたは葡萄の栽培とワインの製造で財産を築いていたんでしたね?」
「あ……ああ……!?」
スルーカの言葉の意味が、ようやく商人の男にも分かったようだ。その顔を見てスルーカはしてやった! と強く思う。
「あくまで私の想像ですけど、あなたはスライムを密かに飼っていた。葡萄でも与えていたのでしょう? それでスライムは紫色に変化していた。そのうち、あなたはスライムを飼いきれなくなり、下水に棄てた。それでも成長したスライムは、下水道を占拠してあなたを困らせている。違いますか」
「……」
「ちなみに、外来の魔物を自然に放つ行為は違法です」
「……」
男は黙った。数秒の間があり、男はその場から逃げ出そうとしたが、すぐに、スルーカが「その男を捕まえて!」と叫んだ。おそらく推理は間違っていなかったのだろう。だとすれば後のことは憲兵にでも任せるべきだ。そう考えてスルーカは大きな息をついた。
◆
「おい! 受付嬢! これはどういうことだ!」
どういうことだ。と言われてもスルーカはまだ話の概要を聞いていない。そんな話のされ方では困ってしまう。今、スルーカの前には一組の男女が居る。以前はもう一人、少年とでも言うべき歳の子が一緒に居たと記憶しているが、今は居ない。
「どういうこと、とは、どういう話なのでしょう?」
「どうもこうもないの! 私たちが追放したガキが、他のパーティじゃ活躍してるって話じゃないのよ! なんでそんなことになってるのかって、聞いてるんだけど!」
「なるほど」
数年前から、一部の界隈で流行っているパーティ追放というやつか。追放したメンバーが、今は別のパーティで活躍しているというのは、結構な話じゃないか。それで怒るというのがスルーカには分からない。
男の方がカウンターをバンッ! と叩いた。よく見ると、叩きつけられた手の下に一枚の紙がある。その紙をスルーカはよく知っている。今回のクレーマーはその紙を根拠に文句を言おうとしているようだ。一応ギルドから出しているものなのだから、乱暴な扱いはしてほしくないなぁと、スルーカは悲しくなる。
「俺たちが追放したガキが、俺たちに出していた、ステータスの詳細だ。パーティがメンバー同士で互いの能力を把握するために、ギルドから発行されてるもんだろう」
「はい、その通りです」
その通りだが、そこに何の問題があるというのだろうか。まさか、ギルドから出たステータスの書類に不備があるとでも言いたいのか? その可能性もあるにはあるが……まあ、話を聞こう。スルーカはまだ様子を伺うことに決めた。
「良いか? ステータスの詳細には治癒の魔法と、攻撃魔法への補助ができると書いてある。なのにだ! あいつは、俺への治癒魔法をまるで使わず、彼女への補助もおこなっていなかった!」
「なるほど」
確かに少年のステータスの詳細を見ると、治癒の魔法と、水魔法の補助ができることが分かる。なかなか優秀そうな人物を思わせた。
「つまり、こいつは俺らのパーティじゃ、不当に力を使わなかった。俺たちの何が気に入らなかったのか、こいつは新しいパーティに入るまで、まるで力を使おうとしなかった! それは、許せんだろうが!」
男が拳でカウンターを叩いた。凄まじい音が鳴り、男の拳に血が滲むほどだった。そういう暴力で人を脅すようなことをして、相手がびびると思っているのだろう。そういう態度をスルーカは軽蔑する。
ふと、スルーカはあることに気付いた。男の手から滲んでいた血が、傷口へと戻っていく。これは、自己治癒のスキルじゃないか? その能力があるのだとすれば、治癒魔法は必要ないんじゃないだろうか? スルーカの心に疑念が沸く。
「気になったことがあります。あなた方のステータスの詳細を確認してもよろしいですか?」
「……なんでそんなものを気にするんだ」
「もしかすると、あなた方が追放した少年が、どうしてあなた方の言うようなことをしていたのか分かるのではないかと思いまして」
「そ、そんなことをする必要は無いんだよ! 俺らはただ、あいつにギルドから正義の鉄槌が下されることを望んでるんだ」
「……正義の鉄槌?」
これはまた、妙なことを言うものだとスルーカは思う。冒険者ギルドは正義の鉄槌を下すための組織ではない。この男女は何か勘違いをしているんじゃないか? だとすれば大馬鹿者だ。
「良いですか? 冒険者ギルドは正義を司るような組織ではありません。もしかして、あなた方は我々を通して、件の少年の、足を引っ張ろうとしているだけなのでは?」
「……!」
男は今にも怒り出しそうな顔で黙っている。横の女は「あのガキが真面目に働かなかったことは分かってるんだから!」と叫ぶが、まともに相手にする価値は無いとスルーカは判断した。
「とにかく、あなた方のステータスの詳細を確認してきます。ギルドにはあなた方が登録した情報がありますから。少々お待ちください」
その後、スルーカは必要な書類を持って持ち場に戻った。その時には、クレーマーの男女はその場から居なくなっていた。逃げた……と思うと同時にまあ別に良いかと思いながら、スルーカは書類を確認する。
男の方は自己治癒のスキルを持っていた。また、女の方は火魔法を使えると書類には書かれている。追放された少年は治癒魔法を男に使おうとしなかった理由は分かる。それに、少年が補助できるのは水魔法だ。その辺の確認がこのパーティは疎かだったのだろう。もしかしたら、少年も少しは悪かったのかもしれない。
とはいえ、少年の活躍をやっかんで、足を引っ張ろうとするのは、行儀のよい行為とは言えない。聞けば、あの二人は最近はどんどん落ちぶれていると聞くし、さもありなん、と思いながら、ため息をつくスルーカだった。
スルーカはカウンターのへこんだ部分を見る。見るたびに嫌な気分になりそうで、さっさと修復魔法で直してしまった。これでカウンターは元通り。
あの二人と、少年の仲が元通りになることは無いだろう。片や落ちぶれ、片や活躍中。残酷かもしれないが冒険者なんてそんなものだ。スルーカの頭の中では、この件はすでにどうでも良いものになり始めていた。
◆
昼過ぎの冒険者ギルド。スルーカの元へ新たなクレーマーがやって来た。若い女で、いかにもなお嬢様。彼女はスルーカに扇子を向けて、文句を言ってくる。こういう手合いの対応にもスルーカは慣れている。スルーカからすれば、このようなお嬢様は可愛いものだ。実際、金髪碧眼の彼女の見た目は可愛らしい。
「いったいどういうことです! こちらのギルドに護衛を任せた冒険者が、まるで役に立たないではありませんか!?」
「護衛任務は問題なく完了したようですが」
スルーカはそのように聞いている。実際、屋敷の執事がギルドへ礼を言いに来ていたのを見ている。だというのに、何か問題があるというのか。まったく、我儘なお嬢様だとスルーカは思う。
「私が言いたいのはですね! 冒険者のハンスが、護衛の仕事しかしないことについてですの! 魔物や盗賊と戦うことしかしないで、私にまったく構ってくれないのですよ!」
お嬢様、顔が若干紅潮している。これはあれか? とスルーカは思うものの、どうしたものやら。困ってしまう。
「護衛任務ですから」
冒険者のハンスにとって、お嬢様に構ってやるなんて仕事は、護衛任務には含まれないはずだ。構ってほしいのなら、いっそ、そういう依頼を出してしまえば良いのだ。とスルーカから助言する必用を今のところは感じない。が、もしスルーカの考えることが当たっているならば……場合によっては、助言が必用になるかもしれない。
「確認なのですが……あなたは冒険者が役に立たないことを怒っているのですか? それとも彼に構ってもらえないことを怒っているのですか?」
「それは……後者かもしれませんが……」
このお嬢様。もしかしたら、案外素直かもしれない。話しているうちにそう感じたスルーカは、彼女のために助言をするべきだと決めた。おそらくこのお嬢様は、素直になれない性格というだけなのだ。
「そういうことなら、私はあなたの力になれるかもしれません」
「力に? あなたが?」
「……ハンスさんのことが好きなのでしょう?」
「な……! どうして……! そんなことを、思うのかしら!」
そこは、素直になれないのか。とスルーカは呆れた。とはいえ、どうしてそう思ったのかと聞かれたなら、答えるべきだと考える。
「まず、あなたがハンスさんの名前を覚えていたこと。単なる護衛任務の冒険者を、良家のお嬢様が名前まで覚えているということは、相手に強い興味を持っている……のではないでしょうか?」
「むむ」
「そして、あなたは、ハンスさんが構ってくれないことについて文句を言っている。たまに冒険者が身の回りの世話をしないことに文句を言う者も居ますが、あなたはそうではなさそうだ。そして何より」
「むむむむ」
「あなたはハンスさんの名前を出す時に顔を紅潮させていた。こんなに分かりやすい人はいませんよ。あなたはハンスさんが好きなのでしょう?」
スルーカがそこまで言うと、お嬢様の顔が再び紅くなった。本当に、分かりやすい。
「むあー! もういい! もういいですわ! 認めますとも。私は、私の好きなハンスがなかなか構ってくれないことに、モヤモヤしているのです!」
お嬢様はようやくハンスへの思いを認めた。これでスルーカはお嬢様に助言ができる。素直な子は好きなのが、スルーカだ。
「では、助言させていただきます。ハンスさんが、植物に詳しいことはご存じですか? あの方は非常に博識ですよ」
ハンスという男は男爵家の末っ子が趣味で冒険者をやっているような人物だ。まあ、目の前のお嬢様からすれば彼の地位はだいぶ下にはなるが……彼の出自についてはお嬢様に教える必用はない。仲が深まれば知ることになるだろうし、すでに、知っているかもしれない。今、説明をするものではないだろう。スルーカは必用の無い説明をするのは面倒くさく感じてしまうたちだ。
「というわけで彼に街中の植物園での護衛を依頼してみるのはどうでしょう?」
「街中の? 植物園なら、わざわざ冒険者ギルドに護衛をする必用はないように感じますが?」
スルーカの言葉にお嬢様は、はて? とでも言いたげな顔をした。この子は素直だが、結構察しが悪いのかもしれない。けれど、必要な説明ならスルーカも喜んでする。
「……最近、ウエスタニアの街に作られたばかりの植物園は比較的治安の良いところです。ですが、万が一ということも考えられるのです。お嬢様」
「はあ……つまり、どういうことですの?」
「つまりですね。植物に詳しいハンスさんを護衛依頼ということで、デートに誘ってはいかがでしょうかと提案しているんです。彼に植物の話でも聞いてみると、なお良いでしょう」
スルーカがそこまで話して、ようやくお嬢様は、ハッとしたような顔になる。ここまでの説明で、このお嬢様にも理解ができたようだ。スルーカはホッとした。
「私、ハンスさんに新しい護衛依頼を出しますわ! 今すぐにでも依頼をしたい気分でしてよ!」
「クエストの依頼は別の窓口となっています」
「では! ありがとうね! あなた!」
クレーム対応係のスルーカは、仕事中に感謝の言葉を受けることは少ない。だからそういう言葉は慣れなくて、むず痒いものだ。
なんにせよ。スルーカは良いことをしたと思える午後だった。
◆
日も沈み、そろそろスルーカの仕事も終わろうかという頃。この時間帯になると決まってとある人物がやってくる。スルーカにとっては、ちょっとだけ嬉しい時間だ。
「お姉ちゃん。迎えに来たよ!」
そう言って、笑顔でクレーム対応窓口の前に立つのは幼い顔立ちの少女だ。スルーカと同じ黒髪で、少し歳下。可愛らしい。コミュはスルーカにとって大切な妹だ。
「コミュ、お姉ちゃんはもう少しだけ仕事です」
「そうなんだ。じゃあ、私と雑談してようよ。クレーマー係なんでしょ?」
「あのね。あなたはクレーマーじゃないでしょ」
スルーカは肩をすくめた。やがて彼女は「良いよ」と言って、コミュの話し相手になる。コミュが通う魔法学園のあれこれを聞くのは、スルーカも好きなのだ。
「最近ね。学園ではチョコレートってお菓子が流行ってるの? チョコレートは知ってる?」
「最近流通し始めたお菓子でしょう? もちろん知ってる」
「だったら話が早いね。最近はチョコレートを買うだけじゃなくて、自分で作っちゃう子もいるんだよ。溶かしたチョコを型にとってね。冷やしたら、可愛い形のチョコが作れるんだ。ハートとか、クローバーとか」
「へえ」
それなら今度スルーカも、そのお菓子を作ってみようかと思う。チョコを作ってあげればコミュが喜んでくれるかもしれない。
「それでね。中にはすっごいチョコを作ってきた子もいるんだよ!」
「すっごいチョコ?」
聞き返すスルーカに、コミュはコクコクと首を振る。興奮気味の彼女を見て、スルーカも楽しい気分になってきた。
「なんと! 手の形をしてるんだよ! しかも立体! リアルな手の形をしていて、どうやって作ったんだろうねえ?」
「うーん……それは、手の形をした型を作ったんじゃないかな?」
「いや、それはどうかなあ? 私もそうなんじゃないかって、その子に聞いたけど違うって。不思議だよね。お姉ちゃん」
コミュは難しそうな顔だ。まあ、それが答えなら彼女も疑問には思わないか。となれば、どんな方法でリアルな手の形のチョコレートを作ったのだろう? スルーカも気になってきた。
「……何か他に、そのチョコレートについて気付いたことはある?」
「気付いたこと? そうだなあ……あ! そういえば、チョコの裏側は空洞になってた。あれは何なんだろうねえ?」
「ふむ。チョコの裏側が空洞……ちょっと待ってて、分かってきたかもしれない……」
推理をするために必要なピースは揃ったような気がした。あとは……それを組み合わせていくと……一つの答えがスルーカの頭に浮かんだ。思ったよりシンプルな答えじゃないかと、スルーカは笑みをこぼしてしまう。
「お姉ちゃん、何か分かったって感じ?」
「うん、たぶんね。こういうことなんじゃないかな?」
スルーカはコミュに向けて腕を伸ばし、手を開いてみせた。その様子にコミュは首をかしげている。そんな彼女を可愛いとスルーカは思う。
「つまり、これが、チョコレートの型なんだよ。体の一部を使って、チョコの型をとったんだ。だから、型は作ったんじゃなくて、最初からあったんだね」
「手にチョコを塗って型を作ったってこと? でも体温でチョコが固まらないんじゃないの?」
「そこは、あらかじめ手を冷やしていたり、チョコを塗った後に手を冷やしたんじゃないかな? 例えば氷水とか、氷の魔法を使って」
「なるほど」
「それで、手の上から塗ったチョコが冷えて固まったら、チョコを手から外す。そうしたら裏側は空洞な、手の形のチョコが作れると思う。たぶんこういうことだと私は考えました」
「おー! 凄い! 謎が一つ解けた! お姉ちゃん頭良い!」
妹に褒められて、スルーカは、ふふんっと得意な気持ちになった。と、そのタイミングで就業の時間になった。今日のところはスルーカの仕事はおしまいだ。
「コミュ、少し待ってて。帰りの準備をしますからね」
「はぁい。ここで待ってるよー」
「なるべく、急いで戻ります」
少しして、スルーカは私服に着替えて妹の元へと戻った。妹と一緒に冒険者ギルドの建物を出て、並んで歩く。その途中、コミュが「そうだ!」と何か思い付いたようにスルーカを見た。スルーカは何だろうかと身構えてしまう。
「お姉ちゃん。良いものあげるよ!」
「良いもの?」
それはいったい何か、スルーカには見当がつかない。そんな彼女に、コミュは手の平を出すように促す。言われるがままに手を開いたスルーカにコミュが小さな包みを渡してきた。可愛らしい紙で包まれたそれ。開けば良いのだろうかと、スルーカは戸惑いながらも包みを解いた。
「あ、これ……」
「うん! チョコレート! 私から、毎日頑張ってるお姉ちゃんにプレゼント!」
「嬉しいな。ありがとう」
「ほら、食べてみて! 美味しいんだから!」
スルーカは、その小さなお菓子を口に運んでみた。柔らかな甘味が口いっぱいに広がる。妹からのプレゼントということもあり、幸せな味だと言うしかない。
明日も頑張ろう。スルーカはそう思った。




