第39話 沈痛のシルクハット
その日隊長の顔は曇っていた。いつもの朗らかな顔はどこへやら。そう隊員であるマドンナがマジックショーの片付けをしながら思っていると隊長はあるものを取り出した。
「隊長……またその写真ですか」
古びた1枚の写真。隊長が心から大事にしているものだ。そうマドンナが指摘するとティグリス隊長はシルクハットを取りながらこう語る。
「先日……ユラに言ってはいけない事を言ってしまってね」
「ああ、最近雇ったっていうあの子ですか……なんでまたそんな事を」
隊長らしくとっとと始末してしまえばいいのにと話すとティグリス隊長は鋭い眼光を向けながらこう話す。
「そんな事を言ってはいけないよ、マドンナ……気持ちは分かるけど彼女にはまだしてもらいたい事がたくさんある」
マドンナに向けそう話すと再びシルクハットを被り直すティグリス隊長。時に甘く時に厳しい。そんな彼の勇士にマドンナ本人はとても惚れ込んでいる。
「隊長〜あの子の事なんだと思っているんですか」
ひょっとして好意的なものを感じているのでは。そう考え思わず睨めつけると彼は真顔でこう述べる。
「はは……疑われているのかな?彼女の事は妹のように思っているよ」
こう返すと隊長は困ったように笑う。よかった。先程まで曇っていた表情が少し和らいだようだ。そうマドンナが安堵するとティグリス隊長は写真を片付け、テント裏のいつもの定位置へと戻った。
◆ ◇ ◇
そこモナの山を超えた先には小さな街のシャガールと言われる場所があった。ティグリスが当時16歳の頃。そこで2人暮しをしていたティグリスは、ある日妹のアリシアに対しこう語る。
「今度魔法学校へ行く事になったんだ……なんか適正があるんだってさ……アリシア、君もよければ行かないかい?」
「でもお兄様、適正とやらがないと行けないのでは?」
「はは……そうだね、でも兄である僕が選ばれたのだからきっと同じ学校に行けるさ」
神様にお願いしよう。そうティグリスが告げると共に願いを込めるアリシア。結局行く事は叶わなかったが今でも愛らしく祈るアリシアの事を鮮明に思い出す。
そうして長い月日が流れた頃の事。アリシアが16歳になった誕生日の日にそれは起きた。
「アリシア〜今日はめでたい誕生日の日だね」
「ふふっ、そうね……でもその前に紹介したい人がいるの」
丹精込めて仕上げた誕生日パーティの時に何事かと待ち受けていると扉の向こうから1人の男が現れた。名前はユリウス・ペルーダ。ティグリスと同じ学校に所属しており、魔法学校では先輩にあたる人だとアリシアに言われた。
「なんだい君?今日は妹の大事な日なんだが……」
嫌な予感がした。まさかそんなはずは。そうティグリスが苦悩しているとユリウスが気にせず話を進める。
「アリシアとお付き合いしている者だ、よろしく頼む」
苦しい。聞きたくない。胸が張り裂けそうだとティグリスがのたまうとアリシアが彼のフォローに入る。
「お兄様、私彼とお付き合いしてるの……だからあまり悪いようには言わないで!」
冗談じゃないと叱咤したくなったが、愛する妹からの言葉に思わず失意を感じるティグリス。
(こいつとは絶対に仲良くなるもんか!)
そう思いながら彼を睨めつけるとユリウスは涼しい顔でそれを受け流す。やはりこいつとは仲良くなれそうにない。内心そう思うとティグリスは一旦その場から離れた。
◇ ◆ ◇
その後なんだかんだユリウスと交友関係を築き上げてからさらに月日がたったある日。アリシアがいつもどおり散歩に出かけていると足に妙な違和感を覚え始める。
「い、痛たたた……」
その部位を確認すると特に何もない。けれど歩く度に増す痺れが主張する。更には徐々に痛みを伴うようになり、ついには足を動かす事さえままならなくなった。
アリシアはその後病院へと連れていかれるが、どの病院へ行っても異常は見られないという診断でたらい回しにされた。当の本人は寝たきりの状態なのに。そう嘆く日々が続く中、とうとうアリシアは意識がない状態になってしまう。
「何か!何か手立てはないのか!?」
そうティグリスが苦悩していた頃が続いたある日、友人であるユリウスから1つの薬を渡される。
「……これをアリシアに飲ませてくれないか?」
「なんでお前からの訳の分からない薬を飲まさなきゃならないんだ!」
いつもならつまらない与太話で終わる会話。でも今は妹の世話で手一杯で。心の余裕がないティグリスはユリウスに対し冷たく言い放つ。だがユリウスはそんな彼に対し臆する事なくこう語る。
「頼む!どうかこれを飲ませてやってくれ!俺ができる事はこれぐらいしかないんだ!頼む!!」
妹の彼氏としての焦りだろうか。普段なら見ない表情だった。必死の形相に思わずハッとすると急いでアリシアの方へ向かう。実際もう治す手立てがない。ならば彼の言う事を聞いてやろうじゃないかと。最後の希望として彼の要望を受け入れた。
「アリシア……頼む、飲んでくれ」
そう言ってアリシアに無理やり薬を飲ませるティグリス。すると少しではあるが呼吸の音が良くなる。日に日に渡されるユリウスからの薬は徐々にではあるがだんだんと容態を良くしていくものであった。
そんなある日ベッドでアリシアの様子を眺めていると、今までの事があたかも何事もなかったかのように急に起き上がる彼女。驚いてユリウスにも魔法で連絡するとすぐに行くと言い残し、伝言を切った。
「アリシア!!本当に目覚めたのか!!」
「お兄様!苦しい……」
夢にも思わなかった現実。どこの病院に行っても治らないと言われたのに。なぜ治ったのか?そう思いながら彼女を抱きしめると苦しいと訴えられつつ宥められる。しばらくそうしていると今度は玄関先から大きなノック音が聞こえてくる。ユリウスだ。そう感じながらドアを開けるとそのとおりの人物で。急いで駆け寄る彼に話をすると今まで見た事ない表情で泣きながら彼女の起床を喜んだ。
しばらくして様子を見つつ引き続き彼からもらった薬を飲みながら療養を過ごすと、徐々に歩けるようにもなった。片足はまだまだ引きずったままだが、自力で立てるようにもなった彼女の姿を喜ぶとにっこりと笑い返すアリシア。その足は後遺症か【枝の模様】がまだ残っていて痛そうではあったが、ゆっくりと回復していく彼女の様子にティグリスも思わず微笑んだ。
◇ ◇ ◆
だいぶ改善し両足で上手く歩けるようになった頃のある日。ティグリスと2人仲良く散歩をしていると、その道中で不自然な格好をしたユリウスを見かける。その格好はまるで誰にも見られたくないかのようなもので。とても似つかわしくない印象を与えた。
「なんだ?あいつあんな格好して」
「何か怪しい取引でもしてるのかなーなんてね」
そう2人で面白がって追いかけてみるとユリウスがある人物と会話しているところに出くわす。生首だ。何故か知らないが、彼が持っていた袋から出したそれを渡しているように見えた。驚いたティグリスが反射的に近づくとなにやら薬について話している声が聞こえる。
「今日もご苦労」
「なに、大した事ではない」
「報酬の薬だ……この薬の効果はどうだ?」
「まあ何とか助かってる……礼だけは言っといてやる」
まさか本当に怪しい取引をしているなんて。ショックで立ちくらみがしそうだった。当の妹もなにやら青ざめた表情でブツブツ言いながら苦しんでいる状況。本当に見てはいけなかった。今のは見なかった。2人はそういう事にしてひとまずその場を立ち去った。
家に着いた後何事もなかったかのように過ごすと、いつもはうろついているはずのアリシアの姿が見えなかった。心配して探し回るとベッドのある部屋から彼女の泣き声がした。どうやらベッドの部屋にいるようだ。そう思いそっと扉の向こうへ行くと思ったとおり泣いていて。今にも崩れ落ちそうだった。
「……アリシア、さっき見た事は忘れよう」
「……お兄様、私がいたせいであんな事をしてたのかなあ……私のせいであんな格好で怪しい取引してたのかな……」
そう話すとなにやら拳銃を持ちこう言い放つ。
「そうか……私がしんでいればよかったのか……」
彼女がそう言い終わると自身の頭に銃口を当て引き金を引いた。それを見たティグリスが必死で止めようとしたが時既に遅し。残されたのは硝煙の匂いと彼女の亡骸とティグリスの嘆きだけだった。
◆ ◇ ◇
程なくして妹の葬儀が終わったその後。ティグリスは同じ現場にいたユリウスに対し冷たく言い放つ。
「僕らは見てしまった……お前が…………怪しい取引現場にいるところをな」
「何?」
「お前が生首片手に取引してたところを見たからアリシアは……アリシアは!!」
首根っこを掴んでそう言い張るとユリウスはどこか冷淡な表情でこう語る。
「ああそうだよ、だから助かってたんだ……それなのにお前は……何故見てしまったんだ!!」
ユリウスが掴んできた手を払いながらそう反論すると引き続き話を進める。
「あの症状にはマルスが関わってるらしい」
「……マルスが?」
「お前も知ってるだろ?だからこれから俺は大罪人として裏からマルスの事を調べる」
「裏から?」
「そうだ……お前にバレたからな…………くれぐれも同じ道を歩むなよ」
そう話すとユリウスは粛々とどこかへ歩み入れる。その姿を確認する事なく反対方面へと向かうとティグリスは決意を深めるかのようにその場から離れた。
◇ ◆ ◇
ティグリスは棚の前に向かうと特別調査部隊隊長としてある物を取り出す。それは先日ユラと行った研究所について調べた結果の報告書だった。
「なるほど……そういう事か」
200年前あの研究所で一部行っていた事。それは植物から人間へ、人間から植物へするための実験だった。資料にはおそらくマルスの力を利用してこのような実験を行っていたのではないかというような趣旨等こと細かく書かれていた。
これは先日自身の指示でころしたユリウスの資料を含めての報告書で。自身も見た事のない植物の資料の数や研究内容にとても驚かされた。
「ユリウス、君の意思は僕が継がせてもらう」
そういうと隊長格として全隊員に次の指示を言い渡す。表向きという名の裏の世界だが、こちらもやれる事をやってマルスの真意を暴こうと1人出向いた。




