第3話 World of Blessed
孤独な昼下がりだった。
(知ってる、初めてというのはいいことばかりじゃないってことくらい)
そのことを改めて思い知ったというだけ。そう宥めつつイアはしかめっ面をしながら大きくため息をつく。午前の初授業は無事終わったものの、やるせない気持ちで学校の庭へとトボトボ歩いていった。
「結局誰ともまともに会話できなかったなあ」
先生の情報によるとこの学校では真面目に勉学に励むことを目的に通う生徒がとても多いらしい。そのため馴れ合い目的で接してきた彼女を元から通う生徒達はあまりよく思わなかったようで。イアは彼等に素っ気ない態度をとられていた。それに加え彼女は孤児院出身者。彼女は全く気にしていないが、既にいた在校生達との壁は予想以上に大きいと感じていた。
「せめて誰か1人とランチしたかったけど……仕方ない、次の日もめげずに声かけよう」
庭でランチの準備をしながらそう決意すると、遠くに見えたブロンズヘアーの女性がこっちに向かってくる。他の教室の生徒だろうか。見慣れない顔だった。だがまるで埃が被っていないショーケースの中の人形のような見た目に思わずイアはうっとりと眺めてしまう。
「あら、先客かしら?私もここでランチをとりたかったのだけれど……」
「ごめんなさい、ここを使ってしまって。すぐ移動しますね」
「待って!……せっかく準備したのに移動なんて時間がもったいないわ……よろしければ同席しても?」
今まさしく見とれていた相手に手を掴まれ思わずビクついてしまったが、ちょうど話相手を探していたイアにとっては非常にありがたい話で。当然のように快く同席を受け入れた。
「ここの位置だとちょうど綺麗に咲く桃色の花の木が見えるのよね」
「……本当だ!今気づきました……とても綺麗な花……」
「相変わらず美しい木……わたくしに会えてラッキーでしたわね?……ところでお名前を伺っても?」
隣に座ってきたブロンズヘアーの彼女とランチを楽しむと、彼女達は自己紹介を始めた。話を聞くところ、どうやらイアと同じ時期に入ってきた他のクラスの転入生らしい。
「わたくしはフォンデュ、あなたも今日転入生してきたの?ならわたくしと一緒ね」
「すごい偶然!だとしたら私達転入仲間ですね」
「ふふっ、そうね」
ランチが終わった後、彼女達は午前の授業の話やこの学校に来た経緯、昔あった笑い話に花を咲かせた。微笑みながら話す彼女はまるでこの位置でしか顔を出さない淡いピンクの花そのもので。イアにとって優しくて暖かい居心地の良い時間となった。
(きっと彼女となら……仲良くなれるかもしれない)
心の底から湧いた期待に胸をふくらませ、フォンデュに声をかけようと決意するイア。ただ一言……友達になろうと。そう話を切り出そうと考えた。
しかし話しかけた途端、タイミング悪く学校の鐘が鳴り始める。もうすぐで午後の授業が始まるようだ。名残惜しいが一旦彼女とは別れて教室に戻ろう。そう考えたイアは教室に戻る準備をする。
「あっ、もう少し時間をいただける?」
「えっ?でももうすぐしたら授業時間になりますよ」
「といってもまだ時間はあるわ……お礼がしたいの、お話し相手になってくださったお礼、両手を差し出していただける?」
咄嗟に戻ろうとするイアをフォンデュがふと呼びかけると、手のひらサイズの丸く赤い果実を出された手の上にのせる。
(これは……リンカだ)
孤児院で時々もらって食べていたイアにとってこれがどんな味なのかすぐに分かった。甘く芳醇な香りでとてもツヤのある赤い色つき。きっと甘い果汁が口を満たすだろう。どこから実を出したのか……色々気になったがイアから特に言及することはなかった。
「えっと……これってリンカ……だよね?さすがに教室に持っていくのは……」
「食後のデザートとしてはちょうどいいでしょう?まだ時間は残されているし……せめて一口だけでもいかがかしら?」
フォンデュがそう言うといつの間にか持っていた同じ実を口につけて味わっていた。彼女の言うように少しならまだ時間はある。
「それじゃあありがたくいただこうかな?……いただきます」
目の前でおいしそうに食べる彼女の姿を見ていたこともあり、我慢できなくなったイアは誘われるようにそっと口につけた。
(うん、懐かしい味……)
じんわりとした果汁を味わうと思ったとおり甘くみずみずしい食感が口に広がる。久々の味だからか、果実の蜜の甘みがたまらず思わずイアは時間を忘れそうになった。
(食べきれない量だけど……残りはどうしよう……?)
そう悠長に考えているとなぜだか少しずつ喉に違和感を覚え始める。それも飲み込んで通っていく食道からじわじわ広がるように。不思議そうに実を見つめていると、さらにむせ返る程最初の違和感がどんどん強くなっていった。
「っん……?……ぅあかは…………!?」
唐突に出始めた吐き気と焦燥感。喉にかけて急に激痛がはしる。なぜ?と考える暇もなくその痛みが全身に広がり、ついには立つことすらままならなくなった。痛みと苦しみでとても動く気にはなれず横たわっていると、倒れた反動で落ちた赤い実の底がちらりと顔をのぞかせる。
(底が真っ黒だ……これはリンカなんかじゃない)
朦朧としたイアの脳内にある記憶が思い浮かぶ。あれは確か教室での自己紹介が終わってしばらくした後の授業のこと。この世界にはリンカともう一つ全く同じ見た目の赤い果実があると先生が言っていた。名前はマルス。同じ手のひらサイズで瓜二つの実だが、マルスには猛毒があり食べた者は確実に死ぬと言われている。そのためリンカを食べること自体躊躇する人も少なくないのだと。ただし一つだけリンカか見極める方法がある。実の底の部分。底が黒ければマルス。そうでなければリンカなのだと。
(今更思い出したところで…………もう遅い……よね……でもフォンデュは、何も問題がないかのように食べてる。どうして……?)
もがき苦しみながら寝そべった状態で見ると、フォンデュが食べている実も底が黒いのがはっきりと分かった。私が食べていた実と同じマルス。なぜ彼女はなんともないかのように食べているのか。疑問を持ち彼女を見あげようとするが、痛みと身体のしびれで顔を動かすことすらままならない。するとフォンデュがキョトンとした顔でこちらを見つめてきた。
「これはね、選ばれし者の願いが叶う果実なの、だけど……おかしいわね……?これはあなたには資格がないということなのかしら?」
「な……なんの…………はなしを……して、いるの?」
「あなたとは波長が合うようだったからひょっとしたら……と思ったのだけれど……そうでないのなら…………とても残念だわ……」
目の前の彼女が何を言っているのか分からない。イアが今分かることは少しずつ視界が暗闇に染まり、死が迫っていることだけだった。呼吸をするほど息苦しくなりだんだんと意識が遠のいていくのが嫌なほど伝わる。
(土が…………冷たい……のに…………からだが、あつくて…………く、るしい…………)
「その感じだともうわたくしの声すら届いてないのかしら?……本当に残念だわ……あなたも同じ仲間になってくれればいいのにって思っていたのよ」
寂しげに彼女がつぶやくと踵を返して立ち去ろうとする。そして数歩歩いたところで後ろを振り返りイアに別れを告げた。
「ありがとうイア、あなたとの時間とても楽しかったわ……短い時だったけれど、もし遠い未来で覚えていたらあなたの墓前に花を手向けてあげるわ」
静かに横たわる彼女を横目に流し、再び歩き出すと靴音がカツカツと響く。もう息絶えたであろうイアを思うと道端の花がどこか悲しそうに見えて。フォンデュは沈黙の道をただ歩く事しかできなかった。
「……………て……………ま………………ま………って………」
「…………あなた」
(驚いた!まさかあの状況から生き返る事があるなんて)
勢いよく後ろを振り返った途端フォンデュは思わず感動した。なんと死んだはずの彼女がこちらに手を伸ばしていたのだ。先程の死の余韻のせいで動作がぎこちないが、弱々しくも生にしがみつく彼女がとても美しく見えた。
「美しい!!あなたはなんて美しいの!」
大空に手を広げ歓喜あまった声でイアに語りかけた。この晴天のようにきっとマルスも祝福している事だろう。彼女が死に抗い、必死に立ち上がろうとするこの姿を。
「私もあなたを祝福する!」
「……さっ、きから……なにを、いっているの……?」
「おめでとう!祝福するわ!!あなたは選ばれたのよ!!」
「なにが……どうして…………わかんない!!わかんないよ!!!」
歓喜の拍手の中イアは困惑を叫ぶ。先程からの言動といいフォンデュは常軌を逸していると。死にかけた事もそうだが不可解な事を繰り返す彼女にイアは背筋が凍りそうだった。
「大丈夫、あなたは祝福を受けた者として丁重にお連れするわ。安心して?」
フォンデュがおじぎをするようにスカートをたくし上げ伝える。するとイアを囲うように黒い霧のようなものが湧き上がった。まるでイアを攫うかのように霧はどんどん広がり濃くなっていく。霧から逃れようと必死にもがくが、予測がつかない彼女の行動にイアは震えが収まらず、身動きをとることができなかった。
「今度は何をする気なの……!?私をどこに連れていく気なの!!?」
「私はあなたと友達になりたいの……そのために……」
先程の死の予兆とは違う重圧感。たちまち霧はイアを包みどこかへ連れ去ろうとしていた。イアもわずかに抵抗するが、とうとう視界がかすみ意識が遠くなっていった。
「大丈夫、きっとあなたも私と一緒になれるわ、私もあなたも適合者として……それってとても美しいことだと思うの」
イアを包み込む霧を跡形もなく消し去るとフォンデュも同様に静かに消えていく。ただ1つ言葉を言い残して。
「ようこそ 祝福の世界へ」




