第2話 End and all way
天は時々天邪鬼だと思う。その日の妙な明るさと、どこかしら晴れているのにしっかりと水音を残していく曇り空が特に。
窓をなでる優しい雨音に気づき、窓から外を眺めると静まり返った街からどことなく声が聞こえた。気になった私は教会から外を出ると、いつもは気にならない曇り空がまるで輝いて見え、思わず空を見上げる。あの時の黄金の雲が何かを祝福するかのように色づかせていたのを今でも思い出す。しばらく空を見つめるとまた声が聞こえた。今度ははっきりと。声の元を辿ると先程までいた教会のそばに大きな木箱がいくつか重ねてあった。
(赤子の声だ)
孤児を保護する身だった私はそう確信し箱の元へ向かう。少々服が濡れてしまったけれど気にせず重ねて置かれた木箱を調べると、一つだけ濡れないようにしっかり蓋がされた木箱を見つけた。この時唯一重みを感じたのはその木箱だけだった。雨が入らないよう慎重に屋根の下まで移動させた私は音を立てず、慎重に箱を開けてそっと呟く。
「やっぱり、君だったのね」
ゆっくり箱を開けるとやはり確信したとおりで。小さな命が安堵した私の顔を見て嬉しそうに笑っていた。
◆ ◇ ◇
私はそうやって拾われた……らしいけどその時は生まれて間もない赤ん坊だったようで、実際のことはよく分からない。雨が降る度に教会のシスターが話題にするが、いい加減やめてほしい。
「あの時のイアちゃん本当に可愛くってねぇ〜あっ、もちろん今も可愛いと思ってるから安心していいわよ」
「そうですか……」
その時拾ったというまだ若きシスターが言うと私は思わずため息をついた。一体いつまでその話をするのやら。飽き飽きとした気持ちで適当に相槌を打つと、激しいドアの開閉音とともに後ろから幼なじみの声が聞こえてきた。
「おいバカ女!お前まだ学校行くのあきらめてねぇのかよ」
いつも通りうるさいギュンターの声につい私は後ろを振り向く。どうやら暇でわざわざちょっかいをかけにきたらしい。何をしだすかと思えば彼は机に開かれた本をいきなり手にとりペラペラとめくっている。無断で触る彼に少々ムカついたが、勉強を続けたい私は冷静に言い返した。
「そうよ、私はあきらめが悪いの……だから関係のないギュンターはあっちにいっててくれる?」
「はあ?関係ないだと!?つーかなんで俺が出ていかなきゃならねぇんだよ!今来たばっかだぞ!」
ややトゲのある言い方をしたせいで逆に彼を怒らせてしまったみたいだ。反省はしている。それでも勉学に励みたい気持ちは変わらないので今度は丁寧に諭す。
「別に出ていけとまでは言わないわ。ただ静かにしててほしいだけなの。それに2日後には大事な試験があること知ってるでしょ?」
「私も引き止めちゃってごめんなさいね……せっかくイアちゃんが集中してたのに長話に付き合わせて……」
「ああいえ、シスターはいいんです……勉強ばかりしてて疲れてたからむしろ助かったというか……」
ギュンターに説明すると机の向こうに座るシスターが申し訳なさそうにしたため、私は咄嗟にフォローを入れる。確かに聞き飽きた過去話に付き合わされていたのは事実。でもそれ以前に私は彼女から勉学を教えてもらっている。今こうしてティータイムできるのも彼女のおかげだし、とてもとやかく言う気にはなれない。
「いや、お前俺の時と態度が違いすぎるだろう!」
「だってシスターにはお世話になってるし」
「俺だってお前に色々してるだろうが!」
「そうだっけ?どっちかというと今みたいにちょっかいかけられてるだけだと思うけど」
「なんだとぉ!」
さすがにからかいすぎたのか、彼は肩を震わせこちらを睨んでいた。くせ毛の黒髪がいつもより逆立って見えたのでつい笑いたくなったが、この場をおさめるためにぐっと堪える。
「冗談よ、この前もなんだかんだ言って勉強に付き合ってくれたし……ありがとうね」
「ふん!当然だろ、だから関係ないとか気安く言うな」
そう言うと彼は再び通路側へと戻っていった。シスターが生暖かい目で彼の後ろ姿を見ていたのが少々気になったけど、2日後のことを思い特に聞かなかった。
「でもギュンターの言うとおりね……もしこの試験が受からなかったら本当にあきらめるしかないかも」
「気にしても仕方ないし今は受かる事を考えましょ?それにイアちゃん今日までずっと頑張ってきたんだからきっと受かるわよ。」
私を含めここ【ヴァネッサ孤児院】にいる子供達には親元がいない。まあ中にはギュンターのように虐待を受け、保護された子もいるけど。要は訳ありの子が運良く拾われて育つ場なわけで。当然捨て子である私も彼らと共にひっそりと暮らさせてもらってる。
シスターいわく通常は孤児がある程度育ったら労働を勧めるらしい。けれどこの孤児院はそこそこお金がある教会の管理下のようで。身寄りのない子供達の教育にも力を入れているとのこと。だから目の前にいるシスターが私の勉強に親身になってくれるのも、それが理由の一つなのだと勝手に思っている。
「それにしても試験に受かるだけで本当にタダで学校に通えるのかな?」
「国の新たな試みらしいわよ……文字の読み書きや計算ができる子供が増えたら将来的には国の経済がさらに上がって有益になるから〜とかそういう理由で」
「ふーん……本当かしら?まあ私としてはラッキーなことだけど」
私には夢がある。それはただ学校に通うことじゃない。今ここにいるシスターに、そしてこの孤児院でお世話になった人達に恩返しをすること。そのためにはただここで暮らし、自立するだけじゃ物足りない。そう考え私は6歳の頃から学校で知識を学び、ゆくゆくは孤児院や教会に支援ができることを夢見ている。
「ここのところあってるかな?……シスター、この問題の解き方どう思います?」
「うん?あーここはこの前教えた解き方の方が正確な答えが出るわよ、ここをこうして……」
「ん〜シスターのお手製テスト結構難しくないですか?」
「ふふっ、でもこの辺りはできた方がいいんじゃない?もしかしたら試験に出るかもよ?」
本来学校は貴族が行くところ。でもそんな常識が覆されたのはつい最近の事で。少なくとも隣町にある学校は国の気まぐれか、春の試験に合格さえすれば無償で通えるようになったらしい。
その情報を知ったのは15歳というなんとも微妙な歳。だけどそれ以前にいろんな店で学費を稼いでいた身としては願ってもない話で。せっかくのチャンスをここで逃したくはないと思った私は、こうしてほぼ毎日難しい問題に必死に食らいついている。
「もしかしてこの問題の答えはこれですか?」
「どれどれ……そう!さすがイアちゃん、学習スピードが早いわね。この調子なら合格できるんじゃないかしら?」
「そうかなあ〜?だといいんですけど」
大丈夫だとシスターは笑顔で言うが何せ初めての試験。当の私はもちろん不安でいっぱいだ。
けれど目の前で励ましてくれるシスターを見るとなんだか悩むこと自体がバカバカしくて。内心溜まっていた緊張感もほぐれていく気がした。
(何はともあれ試験まで後2日。ここまで来たら当たって砕けようじゃないか!)
もちろん砕けて終わるつもりはない。ただこの勢いで試験に向けて残りの時間も頑張ろうと誓った。
◇ ◆ ◇
「ついた!」
趣のある校門の扉を抜けると私はホッと胸をなでおろす。ここが今日から通う【バロン・ジレー・ドラン高等学校】。結論から言うと私は春の試験に合格し、今日からここの生徒になる。
結果的には合格できたけど……試験にかなり手こずり、これは受からないだろうと嘆いていた私には夢にも思わなかった出来事で。ある日届いた学校の合格通知を勢い余ってギュンターに見せるほどには喜んだ。見せつけた当の本人は無反応で少々傷ついたけど。
……ただ皆から見送られた際、ずいぶんと多い荷物で行くんだなとその場にいなかったはずの彼に言われたことにはとても驚いた。
「ここが学校かあ……」
改めて見上げると目の前に綺麗なレンガ調の大きな建物が構えていてとても新鮮味を感じる。そもそも学校に馴染みのない私だけど……まるで異世界に来たようで心が震えた。
(学校に慣れたらランチ友達作って、憧れの人気者の男子とは別の子に恋したいなあ)
そう期待に胸をふくらませると、私は誘われるかのごとく学校の入り口へと入っていく。この先の展開が私の人生にとって最大の向かい風になることをまだ知らずに。




