第14話 無音が響き渡る街
街が静まり返ったその後。マッキンレー市街ではある男が動いていた。男が街一番の大きな時計台の上に佇むと何やら黒い枝のようなものがにょきにょきとうごめく。
「そこにいるのは分かっている」
そう黒服の男が呟くと枝が反応するように通路のパネルをはね動き回る。
「0分00秒《ミニュア》」
彼がこう呟くと深夜12時の鐘が鳴り響く。枝の周りからは水紋が現れ、その枝の動きを止めるかのように静かに消滅させる。
「おっといけない、あそこにもろくでもない枝のネズミが潜んでるようだ」
枝が消滅したのを確認すると、別の場に向かいまた新たに呪文を唱える。
「639年《スィソン・トランネ》」
すると今度は地面から湧く小さな波紋が枝を包むかのように消滅させる。
「今年はネズミだらけのようだ……後はどうするか……」
そう話すと彼はとあるパン屋の2階部分を睨みつけ、シルクハットを被り直しその場を後にする。普通なら大事になる事柄が静寂のまま済まされているのは彼のおかげなのだが……その事実を街中で知る者はたった複数人である。
◆ ◇ ◇
朝早くトリスティス達が目覚めると、それに合わせるように支度をするユラ。今日はユラのために洋服を買うという話なのだが……ユラとしては思ってもない事で。一度は断るつもりだったが、せっかくだからと予定どおり買い物に出かける事になってしまった。
「それで今日はどちらへ向かう予定なんですか?」
ユラが問いかけるとトリスティスが指を指しながらこう答える。
「この道の一つ角を右に曲がって目立つ看板のある場所を左に曲がると大きな服屋さんがあるんだけど……今日はそこへ向かうわ」
言われたとおりしばらく歩き続けると、通路の左側に目立つ看板が見えた。目的地である服屋は街中で一番の品揃えとの事だ。
「ユラちゃんが気にいる服がいっぱいあるといいのだけれど……」
「いえ、昨日言ったとおり学校へ行くので服は少なめで大丈夫で……」
「ユラちゃん遠慮しなくてもいいんだよ」
そうジオラスが言うと目的の服屋が見つかる。正直言うと服は学校内で制服があるとユリウスから聞いていたため、それ程必要だと思っていなかったのだが……トリスティス達にあれよあれよと選ばされ、買わせてしまった。
「本当によかったのでしょうか?」
「いいのいいの!……後は学校への手続きよね?」
「はい、そうです」
「その事についてだが……私達から一つ提案があって……」
「なんでしょうか?」
ジオラスが告げた提案。それは養子にならないかという話であった。話によるとメイドリー夫妻は結婚してから一度も子供に恵まれなかったとの事。そしてユラ自身に身寄りと住所がないと後々困るのではないかという理由で話を持ちかけたという事だった。
「後々困るといけないしどうだろう?よければだが……」
「随分といきなりですね……」
「私達としては歓迎なのだけれど……どうかしら?」
ユラとしてはそれは有難い話なのだが……簡単に決めていいのだろうか?と悩むとユラをなだめるかのように風が吹き始める。
「ひとまず学校の手続きだけしてきていいですか?」
「ああ、構わないよ」
そう話すと街役所へ行き手続きを終えるユラ。やはり手続き上少々困る事も多かったため、ジオラス達の提案に乗る事にした。
「という事なので今後ともどうかよろしくお願いします」
「あら!頭なんて下げなくてもいいのに」
「もし良ければパパとかママとかって呼んでもいいんだよ」
「さすがに今はちょっと……」
ジオラス達の冗談なのか。ちょっぴりちょっかいを出され思わず困惑するユラ。予定が済んだため三人で帰り道を歩くととある緑のテントを目撃する。
「トリスティスさん、アレはなんですか?」
「アレは……何かのイベントかしら?……ちょっと見に行ってみる?」
三人でテントの方に向かうと、人が賑わっているようだった。中をめくるとそれはマジックショーの真っ最中のようで。絵柄の揃ったカードが机に置かれている状態にあった。
「ここにあるのは三枚のトランプ、一つはお客様が選んだエースのカード、そして残りはダミーのカード」
ステージ上にいる黒服の男がカードを混ぜると一つの束の状態のまま机に置く。
「そして混ぜたカードから引き当てたカードがこちら!」
彼が適当な束のカードを持ち客席に向けてカードを放った次の瞬間、どのカードもお客が選んだ絵柄となり、全てのカードが一瞬で鳥に変化し空中へと舞い上がる。
「以上でマジックショーが終了となります……と言いたいところですが最後に一つだけ変身マジックを行いたいと思います……そこのお客様」
そう彼が言うとトリスティスとジオラスをステージに呼び、変身マジックショーの参加を促す。当然のように喜んで駆け出すトリスティス達に苦笑するも、どこか楽しげな彼らに思わずユラの顔がにやけた。
「彼らにはそれぞれこちらの二箱に入ってもらいます、すると……」
大きな黒い箱にトリスティス達がそれぞれ入っていくと、縦長の大きな箱の扉が閉まり回転しだす。そして黒服の男が指を鳴らすとたちまち煙があがり、箱から巨大な花束と複数のキレイな蝶、そして歓声が響き渡った。
「以上でショーは終了となります、ご視聴ありがとうございました!」
黒服の男がお辞儀を済ませると、ショーのステージに目掛けて大量のコインが投げられた。ユラ自身も感心している状態ではあったが、肝心なトリスティス達がどこに行ったか見当たらず、思わず探し出す。するとテント内の明かりがなくなり観客達も皆帰っていく。ステージ上の片付けも済まされているところを見るとどうやら本当に終わりのようだ。
(ひょっとしたらテントの裏側にいるかもしれない)
そう彼女が考えると早速テントから抜け出しこっそりと裏側を覗こうとする。そっとテントの布地をめくるとなぜかトリスティス達がテント裏で横たわっており、思わず中に入り込んでしまう。
「ん?誰だい?そこにいるのは」
すぐさまテント裏にある小道具の裏に隠れたのもつかの間。なぜ気づかれたか。分からないままユラはまんまと見つかってしまう。
「……あの、先程ステージに上がったトリスティスさん達を迎えに来たのですが……」
「彼女達ならそこで眠っている……隣にいた君を誘い込むために」
「なんですって!?」
そう彼女が激怒すると男は意味深げに杖を持ち出す。
「君は……【マルス適合者】だろう?」
「何故それを!?」
「僕にはこれがあるからね、全部お見通しだよ」
そう言った途端左目の白い瞳を指で指す彼。何をするかと思うと彼は杖を使いトリスティス達を持ち上げ、十字架のようなもので張り付ける。この人も魔法使いかとユラが確信していると夫妻の足から青い炎が燃え上がる。
「……否定はしない、肯定もしない、彼らを離してください!さもないと……」
唐突な脅しに屈する事なく話を続けるユラ。自身は攻撃魔法を知らないが、この人はやる気だと覚悟を決めるとユラ自身も攻撃態勢に入る。
「へえ……やる気かい?」
(こういう時どうすれば?)
そんな時ある一言を思い出す。研究所を抜け出した時に使用した呪文だ。攻撃魔法など意識的に行った事はないがひょっとしたら呪文さえあればなんとかなるかもしれない。
「祝福ノ樹木!《アビエス・フェルマ》」
彼女が放つとたちまち巨大な光に包まれ、彼の元へと解き放たれる。
「ちょっと君!この街中でなんて魔法を……うぐぁ!?…………んんんっ!!!!」
さすがにやりすぎたと自身も驚くが、止める事も叶わずただ呆然とするユラ。すると黒服の男がなんとか手探りで止めようと小さく透明な結晶を取り出し力を取り入れようとする。
「………………………………純粋な魔力だ」
男が汗まみれになりながらも魔法を止めに入ると、小さな結晶がたちまち巨大の宝石へと変化する。
「あ、あの大丈夫ですか?」
「……やめだ……」
「……はい?」
「……この決闘はやめにしよう」
彼がそう宣言すると、先程脅しで使っていた魔法をあっさりと解除する。そして何を言うかと思えば彼は早々に自己紹介を始めた。
「僕はティグリス・ジーク、この街で【マジックショー】を行っている」
彼はそう言うが先程の脅しでなかなか警戒が解けないユラ。
「先程のは大きな間違いだ……まさかこれ程までの魔力とは」
「先程から一体何を!?」
「交渉しよう!彼らの身柄を引き換えに君がここで働くというのはどうだろう?」
まさかの勧誘にいよいよ困惑するユラ。だがよくよく話を聞き続けるとその方がお互いにいいと気づきうっかり了承してしまう。
「僕は国の下で働いているこの街の支配者みたいな者でね、本来であれば君のようにマルスに関わった者は排除しなければならないんだ」
「何故そんな事を?」
「君も知っているだろう?マルスの実がどれだけ危ない物か」
確かにそうだ。うっかりマルスを口にしてしまったが本来であればアレは死に至る。ひょっとしたらフォンデュの他にもその事実を知り悪用する者がいるのかもしれない。
「だから本来なら君を消すつもりだったが……仕方がない……もしここで働くなら2つ条件がある。1つは【マルスに関する情報の提供】、そして2つ目は【魔力の提供】だ」
その2つの条件を飲む事ができたならと改めて了承を得ようとするティグリス。もっとも信用はしていないユラだがトリスティス達のためにもとここで働く事を決めた。
「ただしこちらにも条件があります」
「条件?まあいいだろう」
ユラが渡した条件。それは魔法学校に行くため働く時間の指定はこちらで決めたいという事。そして今後はトリスティス率いる自身の関係者に手を出さないという事を提案した。
「ああ、まあこちらとしては何も問題ない……手荒な真似をしてすまなかった」
「……いえこちらこそ……」
こうして奇妙な出会いから新しい働き口ができた。本音を言うと信頼はしていないユラだったが、トリスティス達のためにここで頑張るのも悪くないなと思った。




