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(短編集)これは昨今流行りの婚約破棄にまつわるお話の一つでございます  作者: 田子倉


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いつまでも悪役令嬢なんかにしておくわけにはいかないんだよ

視点がコロコロ変わります


5回転生し悪役令嬢ポジやらされすぎたせいで

「私が断罪されて処刑されると皆が笑顔になるから自分もHAPPY」

レベルにまで思考を別方向に昇華しちゃった女の子の「周辺の方々」の話です

「フェレン・フェルン・ドクトル、其方との婚約は破棄する」


今日は新しい年を迎えるのを寿ぐこの日


「その上で其方が「聖女」ドロテーアにこの日に至るまで行ってきた事は許しがたい」


先ほどの言葉はおおよその式次第を終え今年最後の交流会の場にて、アズイール様から私に向けて放たれた言葉だ


「貴族令嬢に値しない行為ばかり行っていたとドロテーアから訴えがあった、その極悪非道な行いは最悪極刑に値している」


重鎮やそのパートナー様方が集まる王城の大広間の中央部にて、一人佇む私の目の前でこの国の王太子であるアズイール様は私の従姉妹であるドロテーアをそばに置いて尚も私を貶める発言を続けていらっしゃる


「ドロテーアが市井で行きずりの男性方のお相手をしていたのは、それを身分を笠に着たフェレンが命令していたからだ」

とか

「ドロテーアの御実家の家宝が質に出されたのはフェレンの浪費癖の穴を埋める為だった」

とか


アズイール様は「ドロテーアが証言した情報を元に」私が犯したとされる罪状を皆様の前で述べて下さっている


私の家はこの国の貴族の中でも高位に位置している

そして家が持ちうるその権力でもって私は従姉妹で教会から「聖女」と認められたドロテーアを虐げてきた…との事らしいが、そのほとんどの言い分に対して私は身に覚えはない

何せ私がこの世界で生まれて以来、私が最低限の私でいるので精いっぱいで他人どころか身内にすら何かをする余裕はほとんどなかった

だから当然、私にとっては従姉妹とはいえ他人に等しいほどの交流しかなかったドロテーアに構う暇など全然無かったのに…


「この場でフェレン・フェルン・ドクトルをひっ捕らえて他の罪状も吐かせよ!」


一頻り私が行っていたらしい罪状を言い切ったアズイール様は、大広間を警備していた騎士達に私を捕縛せよと命令している

当然私が行ったとされる罪状を耳にした周囲の方々が向けてくる目線は同情の一つすらなく、まるでこの世にある事すら許されないモノを見るような目だった

最初の前世の私だったら無数の針に刺されるような心地でこの場に居たのかもしれないけれど、この世で既に5度目の転生だったから、私の心情は


(ようやく…ようやくこの世界でのお役目を終える日が来たのね)


ここで生を受けてから十数年、ようやく「この世界で私にとって最後で最上の日を迎えられるのだ」と口には出さすとも心が躍るようだ

私はもう5回転生を繰り返している

何一つ同じ世界は無かったけれど、必ず私は身に覚えのない罪に問われ断罪、最後は処刑される

そして私の処刑が世に晒される瞬間、世界は笑顔で一杯になる

私を見る度に顔を歪め、顰め、嫌悪してきた人達が、私を処刑する時だけは笑顔を私に向けてきてくれる

たった一人のあの人を除いては


(ああ…嬉しい、やっとここの皆も私に笑顔を向けてくれるのね…)


この後きっと私は騎士様方に連行され牢に繋げられ、そうも経たないうちに処刑の日を迎えるはずだ


(もうすぐ皆から笑顔を向けてもらえるわ)


流石に王太子たるアズイール様の命令だとは言え、広間内の警備任務を放り出してまで私を捕縛するような方はいなかったようで、大広間に配置された騎士様方は少しも動かれなかったけど、同時に大広間のドアの向こうから足音が聞こえてきた


バタバタバタ~


とまるで断罪されたフェレンを捕らえようとする騎士達が大急ぎで駆けているであろう足音が扉の向こうに最接近したな…と誰もが思った瞬間


バタぁぁぁぁぁぁんっ!


身が竦むほどの大音量で大広間の正面扉を開けて


「その婚約破棄待ったぁぁぁぁっ!」


これまた驚くほどの大声量を発しながら、男が二人大広間の中へと飛び込んできたのだ


「「「「「 !? 」」」」」


大広間にいる誰もがほとんど碌に見かけた事すらない下級役人風の若い男が二人、何かを抱えながらぜぇぜぇと息を整えている


「そっ…げっふんげふんっ!えっふぅうげぇ~…そのぉうぇ婚約…はぁはぁ破棄…フゥ…するの…ちょぉ~っとだけお待ちください!」


余程急いで走ってきたのだろう飛び込んできた男達の片方が、息を整える間すら惜しむ様にえづきながらも、何故か大広間中にいる誰にも聞こえてくる声音で話しかけてくる


「はぁはぁはぁ~うぇっ!せっ!っうぇ…先輩~それを言うなら断罪劇の方ですよぉ~、女神様的には婚約破棄の方はどうだって良いんですってばぁ~」


ソレにつられるようにもう一人の男の方が、ある程度息を整えた後に相方の男に言い分の訂正を募る


「「「「「……?」」」」」


下級役人風な二人の男がえづく様子とその言い分に、何故か大広間内にいる貴族達は度肝を抜かれたかのような顔のまま固まって口が開けない

当然、先ほどまで大広間の視線を一身に浴びていた、アズイール王子やその傍に侍るドロテーア嬢、そして物言わぬ人形の様に佇んでいたフェレン・フェルン・ドクトルもだ


「あぁ~そうだった…はぁはぁ…だんっぐぇ…ぜぇぜぇ断罪の方だったわぁ~」

「先輩ぃ~ふぅふぅ…もう間違えないでぇぅっ!うぇ~…下さいよぉ~」


場違いに等しいはずの二人はそのまま完全に息が整うのすら待たずに、持ちうる体力以上に走ってきたとしか思えないレベルの疲労が蓄積しているのが、他者から見ても察せる程に膝裏がガクガクとしている歩みで、アズイール王子やドロテーア嬢の脇を通り抜けて王や王妃が座する広間の最上段へと上がっていく


「「ぜぇぜぇ…はぁはぁはぁあぁぁぁぁ…えぅ!ぅぅぅ…はぁ~ふぅ~」」


まるで壇上に佇む王族達を押し退けるかのように、二人は壇上で一番目立つところで頻りにえづきながらもやっとやっとで息を整えると、ユラユラと幽鬼のように立ち上がってから


「あっあ~~ んっ!こほん!えっと、私達は本日月と星の観測の折、女神様からの伝言を受信しましたのでここに報告致します」

「ふぅふぅ~はぁ…本日女神様から


『フェレン・フェルン・ドクトル様の断罪を即刻取り止め、あらぬ罪を被せようとした者達を捕らえて罰せよ』


とのことです」


そんな事を言いながら男二人は大広間入場時からずっと抱えていたランプを、それぞれ壇上の花台に置かれていた花瓶を退けた後にそっと置いていく


「なっ…何をいっておるのだ!お前らはっ!フェレンの罪は既に明らかになっているのだぞっ!」

「そうですわっ!フェレンお姉様は淑女にあるまじき行為をなさいましたのよっ!」


と若い男二人の乱入以来、半ば呆然としていた意識をようやく取り戻したアズイール王子とドロテーア嬢は、その場を動けないまでも、壇上で作業を続けている二人に向かって反意を唱える


「あれが…女神様が言ってた出来損ないか…本当に王族だったとはな…(ボソボソ)」

「いやぁ~マジ危なかったですね先輩、あいつらのせいで今までの観測データ全部無くなるところでしたよ(ブツブツ)」

「だよなぁ~こちとら今日まで真面目に仕事して生きてきたのによぉ、上の連中の勝手で「全部無くなります」なんてなったら本当にやってられないよな(ボソボソ)」

「まぁ~あいつらが何と言おうと決定事項ですからね、俺達は精々出来る事をしましょうよ(ブツブツ)」


「何をボソボソブツブツ言っているこの木っ端役人共が、私は問うているのだぞっ!答えぬとは不敬だ!」


壇上の下でまるで野良犬のようにギャンギャン騒いでいるアズイール王子を無視して、若い男=アルノルトとベンヤミンの二人は徐に花台に乗せたランプを大切そうに抱えて壇上で一番見晴らしが良い所へと置くと


「上のお方がしがない下っ端役人の俺らの話なんか聞かないのは、女神様も分かっていたんでとりあえずコレをっと…」

「単刀直入にご本神よりお言葉を賜りますので、どうかご清聴のほどっと…」


軽く懐から出したマッチを擦ってから、その火をランプの芯によせるとボッと音をたててから明かりが灯り、静かにランプの火が大きくなっていくと同時に大広間を明るく灯していたシャンデリアが消え、絵画が描かれていた天上が消え、その向こうに見えていた屋根裏も消えて…


「「「「「 え… 」」」」」


一面の天然物の夜空が、大広間の貴族達の頭の上に現れた


「「「「「えっ!えぇっ!?」」」」」


突然現れた夜空に驚いた王やアズイール王子を始めとした貴族達が驚きながら周りを見わたすと、屋根どころか金に縁どられた壁に色鮮やかなカーテン、モザイクが美しかった床…いや王族が有する最高額な不動産である王城そのものが消え去っている

更に気が付けば王城から見下ろした先にあった街の明かりすら見えない


只々広いだけの夜空が輝く暗がりの中で自分達を照らしているのは、アルノルトとベンヤミンが抱えていたあのランプ2つだけ、さっきまで壇上にあった花台だったモノは今や只の地面に刺さった細い木の枝になっていた


「わっ私の城をぉっ!お前ら許さん!」


生まれてからこれまで自分の虚栄を支えてくれていた張りぼてが無くなった…と一瞬で察したアズイール王子は、少し小高い丘の上で明るいランプに照らされているアルノルトとベンヤミンの方へと駆けて行くが


どがぁぁーん


とまぁ…盛大な音をたてて見えない壁に全身をぶつけたかのように停止してから、そのまま冬の冷たい地面へと転がっていく


…ガーン……ガーン………ガーン…………

「痛いぃぃいだぃぃぃぃっ!」


地べたに転がり土塗れで顔を抑えながら痛がる王子と、何かにぶつかった時に発生した打撃音が山彦になって消えていくのを呆然として受容するしかない貴族達の頭上から


『この出来損ないめが、アレに似て本当に図々しいったらありゃしない』


張り詰めた金属の糸を弾いた時の様に、天上よりどこまでも通る女性の声が響いてきた

その声は雪が落ちる直前の冬の空のように冷たく厳しく、聞いた者をすぐにでも凍てつかせてしまうような怒れる声音だった


『先に要件を言っておくがね、お前らみたいなしょうもない屑が邪険に扱ってきたフェレンはうちの大事な秘蔵っ子だ。これ以上何かされる前にとっとと返してもらうよ』


天上の声がそう言うなり、あっけにとられたフェレンの頭上へ天上より暖かく柔らかな光が落ちてきた…


「温っかい…久しぶりだわ…」


と無表情だったフェレンの顔に微かな笑みが浮かんだ瞬間「シュンっ!」と微かな風切り音と共に彼女の姿が消えて無くなった


「「「消えた!?」」」


(地べたで転がっているアズイール王子以外の)王やドロテーア嬢そしてフェレンの周囲に居た複数の貴族達が驚いた表情で固まる


「「女神様ぁ~俺達はぁ~お約束してましたよねぇ~?」」


王子を阻んだ見えない壁向こうにいるアルノルトとベンヤミンが空に向かって叫んでいる


『あんたらはそのランプの番が残っているからね、もう少しだけそこにいて、ちゃんと約束は守るからさ』

「「はぁーい、分かりました女神様ぁー」」


と女神のものと思われる天上からの声と二人の男が気軽に話をしているのを見て、段々とその場にいる貴族達の表情には焦燥と恐れが浮かんできた


『ではもう寄る辺も無く救えない者達に告ぐ、この世界はうちの秘蔵っ子をまともに扱いもせずに蔑ろにしていたから、予定通りに消えてもらうよ』


「「「「「はぁ?」」」」」


唐突に天上の声から世界消滅とその意図を宣言され、地上に住んでいた貴族達の頭には疑問符しかわかない


『いいよいいよ、私の言っている意味が分からなくても、あんたらはあいつが作った失敗作のうちの最高に最悪な失敗作さね、こっちとしては存在価値がないあんたらからの言い訳とか討論とか全然いらないのよ』


どうでもよさそうな声で、よく分からない状況の進行を進めようとしている天上からの声に対し


「しかし女神様!フェレンこそ悪者なのです、どうか私達の言い分を!」

『こっちは要らねって言ってんの、分かんないの?あんたがしてきたことをこっちが何にも知らないとでも思ってんのかい!この頭もおまたもユルユルドリーマーがよぉ』

「なっ!」


さっきまでアズイール王子に侍っていたドロテーア嬢は意を決して空に向かって叫んだが、天上の声はけんもほろろにドロテーアの意見を罵声と共に拒否してくる


「ドロテーア様は天上の神に認められた聖女では…」

「聖女様がいらっしゃるのにこの世界が無くなるなんて…」

「しかし現にこうして城は無くなり、天上からはお声が…」

「それにドロテーア様は股が緩いとか何とかと…」


ドロテーアの背後からはヒソヒソと声が聞こえてきて、ドロテーア嬢はワナワナと震えながら拳を握り黙りこくるしかない、何せ


『この女がおまたユルユルなのは本当なんだわ、一応私も箱庭消す前にデータのチェックぐらいはしておくからね、ログさえみれば…ふんふん…ほらよ』


っと言うなり少しの鼻歌の後、妙に軽やかなタァーンっ!って音が聞こえて瞬間


「「「「「なっ!」」」」」


夜空にパッと明るく映し出されたのは、この国の王、公爵、他国からの外交官、教会トップの教皇…と様々にお年を召した重鎮達と揃って「あはあは」と笑いあいながら、お互い裸同士で戯れ合うドロテーア嬢のまことに凄まじいお姿ばかりのダイジェスト映像だったので


「やめてやめてやめてぇー!嘘よ捏造よ間違いよ!こんなのあり得ないわ!」

『よく結婚式のカス話で出てくる禁制ビデオレターネタってこんな感じになるんだな、マジで凄いわ、見事におっさんばっか相手して、ドロテーアちゃんってばオジ専なんだな』

「嫌ぁぁぁぁっ!」


悲壮な声を上げて頭を抱えてドロテーア嬢は地面に膝をつくと同時に上空の映像は消えたが、それでも以前のように彼女のそばに心配そうに駆け寄る者達はいない

(前かがみになる者は複数人いたようだが)


「王妃様がいらっしゃると言うのにドロテーア様とも…」

「ドロテーア嬢をアズイール様の婚約者に推薦していたのは確か公爵様だった…」

「聖女様があそこの国の希少な輸入品で作ったドレスを纏っていた事が…」

「神の庭で…神の庭で…教皇様と…聖女様があぁ…」


隣にいた妻に残り少ない髪を鷲掴みにされて叫び声を上げる妻帯者、跪いて「もう終わりだ」とぼやく幾人かの男達、絶望した様に空を仰ぎ見て動けない神官を始めとした信者、それらを見て白けた視線を向ける者達…と様々な反応を見せているが


『あんたらのほとんどは「自分は関係ない」って思ってる面ぁしてるけどさ、うちの秘蔵っ子を蔑ろにした時点で五十歩百歩、まぁ…同罪って事だから諦めて、どうせ全員どころか全部無くなるし』


「ゴジュッポヒャッポ?」と聞きなれない言葉を天井の声から聞いて、疑問符がわくより前に『全部無くなる』と聞いて息を飲む声がチラホラわいた


『面倒だから言わないで消す予定だったけどその女の言い分にはムカついたからね、冥途の土産に言っとくけど』


内輪揉めが始まった地上の様子何か気にしないように、天上からの声は非常につまらなそうな声で


『そのドロテーアってお嬢ちゃんの元ネタになった奴はな、自分に都合が良いこの世界によく似た世界をいくつも創っていたわけ』


といまやすっかりこの世界には必要が無くなった情報を敢えて開示してきたのだ



この世界は神と同位置にある上位世界の住人が作っていた世界の一つらしく、その住人はある日


「好きな乙女ゲーに似せた世界」「好きな小説…」「好きな映画…」「好きな…」


と五つほど似たような設定の箱庭として創られていたらしい

但し箱庭が作られた状況は、決してこの箱庭世界にとって都合の良いものではなかったらしく、よりにもよって大学院とやらの上位世界の最高学府の研究室の資材や予算を半ば横領しているも同義な環境下で作られていて、碌な権限も無い制作者の遊び半分に近かった思想で許可なく勝手に作られてた箱庭だったのだ


『こういうお遊び箱庭のほとんどは自分のお小遣い内で作るモンさね、もしくは自分で稼ぐようになってからなぁ、それを公共のモンで横取りしてこんなのしょうもないモン作ったら、そりゃあ周りから揃って怒られるのはあたり前ってわけよ』


だから制作者は自分の理想しか詰まってないお遊び箱庭の存在について言及されるのが怖くて、余所の人にはバレないようにコソコソと作っていたのだが、そのせいで今度は出来上がった箱庭世界の維持が出来なくなってしまったのだ


『何せ彼女がお遊び箱庭に費やしたのは言わば世界でも有数の業界最先端の機材や資材ばかりだったんさね、ちょっとそっとのゲームやら小説やらをモデルにした一過性の設定データ程度ではあっと言う間に箱庭内の文明が破綻してしまうのよ、そこで一念発起して文明維持が可能な設定データを作ろうとしたなら、今頃彼女はまともな卒業論文の一つや二つぐらいは用意できたかもしれないのにさ、呆れた事にその制作者ときたらそれすらサボった』


最新鋭機材を無断借用して作ったお遊び箱庭を長期維持させる為に、自分の手を煩わせない簡単な方法を制作者は考えて出た答えが、文明維持の為の「変数」を他から調達しようというものだった


『それで彼女が目を付けたのがうちの秘蔵っ子で、あんたらが言うフェレンの元になる存在だったんだよ』


自身が在籍している大学院の教授が制作し、その中でも最高傑作と言われ厳重保管されていた「変数」を研究室から盗み出して、自分が創ったお遊び箱庭にその「変数」を入れてしばらく様子を見ていたら、何といつも似た様な時期に消滅していた文明が「変数」の存在によって何とか維持が出来たらしい


『これに喜んだ制作者は、うちの研究室から盗み出したうちの秘蔵っ子を突っ込んだおかげで維持できた箱庭の中に、己の魂ごと突っ込んでその世界で自分都合ばかりの好き勝手を始めたってわけさ』


ところが最初の箱庭世界は全然制作者の都合通りにはいかなかった

何せその「変数」の特性は「献身」であり、その「献身」により箱庭文明は維持されていたが、同時にその文明には無くてはならないレベルにまで影響が大きかったのだ


『彼女の箱庭世界の住人は制作者に似て基本仕様がどこか他力本願で愚かだった、だからこそうちの秘蔵っ子からの「献身」特性は、打算的な彼らにとって非常に便利なツールであり最後の生命線だったんだよ、何せ秘蔵っ子の存在が無ければとっくに滅びていた世界の住人だったんだからね』


そして「ふうぅぅ…」まるで何かを吐き出したような吐息が空から聞こえてきた後


『でも箱庭文明に魂ごと入り込んだ制作者にとっては、うちの秘蔵っ子はその時点で邪魔になっていた』


大広間にいた貴族達はこの瞬間から恐ろしい何かが始まったような気がしたが、もう天上の声を止める事など出来なく


『何せ他人の理想ではなく自分の理想どおりの人形になった制作者なんかよりも、無償で人に献身し続ける秘蔵っ子の方が箱庭世界の住人にとっちゃ価値が高かったからねぇ…だから自分都合で作った箱庭の住人達にひたすらチヤホヤされたかった彼女はその箱庭世界から秘蔵っ子を除去する事にしたんだ』


呆れた様な天上から声を聞いて、だんだんと大広間にいた者達の胸の内に不安が大きくなっていく


『そんなつまらない理由で最初の箱庭にいたうちの秘蔵っ子は死んだよ、制作者から出たデマに扇動された箱庭の住人達の手によってね、でうちの秘蔵っ子によって維持されていたその世界は制作者が住人達からチヤホヤされるより先にあっと言う間に滅んでしまったのさ』


天上の声の言っている事の半分も分からないが、それでも自分達の身辺にとんでもない最悪な事態が起きている気がしてきていた


『でもその箱庭世界で死んだ秘蔵っ子は、こっちの世界ではまだ生きているデータだったからね、滅んだ箱庭世界から制作者の魂が戻ってくるなり、すぐに別のお遊び箱庭世界に秘蔵っ子を突っ込んではお遊び箱庭世界が維持されたのを確認してから自分も潜り込んで、そこで住民達をデマで扇動して秘蔵っ子殺して楽しもうと思ったらそのせいで箱庭世界がまた滅んで…を繰り返して今回のこの世界で5回目で、いよいよ最後の一個の箱庭世界になったってなわけよ』


『全然懲りてないよね~馬鹿なのかなぁ』と非常に呆れた様な声音で天上の声は言う


『そしてそこで嫌々言ってるお嬢ちゃんことドロテーアちゃんになったこの世界の制作者の魂は、この最後の箱庭世界でも好き勝手したい一心で、嘘ついてデマを流して扇動してうちの秘蔵っ子つまりは君らにとってはフェレンだね…を処刑してから、見た目が良くて若い男ら侍らして逆ハーレムとやらを作る予定だったとさ…』

「止めてぇぇぇっ!!」


天上の声が終るまでドロテーア嬢は「嫌、嫌」と呟くだけで精いっぱいな様子で、粗方の事前情報を天井の声が言い切った瞬間にやっと大声を上げたのだ


『つーわけで、この世界文明を維持していた「変数」で、ありあんたらのフェレンでもある、うちの秘蔵っ子をこっちに戻したってわけ、お分かり?』

「あの女は毒婦だ!私達の生活を脅かしていた存在だ、嘘を言うな!」


先ほどまで地べたに転がっていたアズイール王子は、晴れ着を泥だらけにしながらも立ち上がって天上に向かって物申した


『ほぉ…流石は制作者の都合の設定データで作られた存在の一人だな、こんな状況になっても一応はドロテーアの言い分を守るのかい、これは興味深いねぇ』


感心したような声で『ふむ…』と呟くなり静かになった天上の声に対し、アズイール王子のイライラはどんどん募っていく


「おいっ!返事をしろ!不敬だぞ!」

『お前面白いな、こんな状況になってもドロテーアの言い分を妄信出来るのはいっそ滑稽を通り越して尊敬するわ。そうだなせっかくだしね、この世界の最後の一人を本当はそこのドロテーアちゃんにしようかと思っていたがクソ生意気でおバカなお前にしよう、この滅びるだけの世界の最後までお前がドロテーアを信じたらその忠臣っぷりを褒めてやるし、もし一度でも疑うなり出来たらその過程を論文に一行くらいは書き足してやろう』


カラカラと笑いながらアズイール王子の存在自体を軽んじてくる、天上の存在の様子が想像出来たアズイール王子は、すぐさま反論を言おうとしたが


(っ!声が出ない…!?)


口は動けど、喉からは一向に出てこない声に驚くアズイール王子は


(さっきドロテーアが碌に反論できなかったのは…もしかして)


突然消えた王城や街の明かり「嫌」としか言えなかったあの時のドロテーアなど…今のアズイールの同じように自分達の何かが天上の世界で弄られたのではないか…と思った途端に、空からの声の主は本当にこの世界に干渉できるのではないかとじわじわと実感し恐ろしくなっていく


『それじゃあ、とりあえずそこのドロテーアちゃんに言っとくけど、あんたがこっちにいる間に大学院の資材などを横領して作った4つの箱庭の残滓のほとんどは廃棄しました、最後のこの世界はある程度のデータを収集して売却したら、最終的に予備データ含めて全部廃棄する予定です』

「やめて下さい教授、せっかく作った箱庭なんですよ!」


泣きそうな声でドロテーアは天上の声に向かって懇願している


『今更そんな事言ってもダメ、そもそも無許可だったし最新鋭機材使った割には夏休みの宿題レベルのクソ箱庭だったし、言っちゃあなんだけどうちの研究室ではいらないモノなのよコレ』

「戻ったら全部回収して持ち帰ります、もう二度と研究室には私物を持ち込みませんから、せめてコレだけは…」

『ああ~そう言えば言ってなかったね、あんたもうこっちに帰れないんだわ』


「はぁっ?」


『帰れない』と言ってきた天上の声を聞いたドロテーアは、瞳孔が開いたかのような恐ろしいほどの真顔で今まで聞いたこともないくらいに太い声を上げた


『近いうちにあんたはこの箱庭と一緒に消滅するから、一応そこんとこは覚悟していてね』

「あんた何言ってんのっ!信じらんない!これは殺人罪よ!そんな事したらウチのお父さんやお母さんだって黙ってないんだからねっ!」


あんなに清楚な淑女だったドロテーアの口から今では信じられない程の罵声が出ているのを聞いた、周辺の人間達は一同揃って目を見開きながらドロテーアの方を眺めている


『はいはい、ここで更にあんたにとっては残念なお知らせです、この件に関してまして既にあんたの元ご両親からの同意は頂いておりますのでご安心ください』

「え…」

『今回の件について大学側も事態を重く見て警察に通報して動いております。これからまさに裁判の予定予定でして、最終的にはいくらかの損害賠償が貴女のご両親より大学の方へ支払われる算段がございましてね』

「損害…賠償…」

『そうそう、今回あんたが作ったお遊び箱庭世界に無断利用された最新鋭の機材は一回の使用でも多額のお金が動くほどに大変高価の物だったし、更には当研究室にて厳重保管されていた備品が盗まれた上に発見した時にはいくつかの破損が見られたんで…ねぇ?』

「ああ…」


ドロテーアには思い当たる節があるのだろう段々と顔色を青くなり、声も出なくなっていく


『そんな訳でお宅のご両親にも事前に損害賠償の件についてご相談したところ…』

「教授…お父さん達は何と…言って…たんですか…?」

『ええと~確か■■さんのお母様曰く


「うちの娘は母の日にカーネーションの花畑がぎっしり詰まった箱庭を作って私に贈ってくれた優しくて賢い娘です、こんな人様のモノを盗み出して挙句に箱庭の中とは言え何度も殺すような事はしません」


ってそれはもう泣いておっしゃってて、■■さんのお父様曰く


「私の娘は大学受験の合間に手作りクリスマスケーキを作ろうと、時間が圧縮された箱庭を用意してその中でケーキを作る練習をしていたらしく、最後は立派なケーキを作って見せた凄く賢い娘でした。決してこんな下らない妄想の為にお宅の研究施設を無断借用するような娘ではありませんでした」


とまぁ毅然とした対応をなさっていまして、最終的に■■さんのご両親からは


「うちにはこんな自分の保身の為だけに私達と同じぐらいの年齢の男性相手に簡単に腰を振ったり、人を人と思わないような所業をするような馬鹿で残忍な娘などはいません、私達の元にいるのは大学院の有名研究室にも入れるほどに賢くて真面目な娘だけです」


との()()()を頂きましてね、ええ…無事ドロテーアちゃんの中の人と■■さんは別人と確認相なりましたとさ』


天上の声の主の姿は見えないはずなのに、何故か嬉しそうに口角を上げているイメージが湧くほどの声音で


「え…?なによソレ…は…?」


突然の上位世界にいるはずの両親から出て来たという情報と言うか思い出話に、ドロテーアはしきりに驚いたような見当もつかないような顔をし始めている


「え…私って■■…よね?、うん確かにあの大学に受験して…受験勉強してたっけ?でも入学してた…はず、あれ?でも院には入ってた、そうそうそこで私は好きなゲームの設定でこの箱庭を作って…あれ?あのゲームの内容自体は思い出せるのにプレイした記憶が…無い…」


戸惑ったような様子でドロテーアはしきりに頭や顔を手でこすりながら、自身に()()()()()上位世界での記憶を探ろうとしている様だが


『■■さんのご両親から出て来た話、全然思い出せないでしょドロテーアちゃん』

「何で?何で?何で?院でのことは覚えているのに何でぇ…?」

『損害賠償のお話をした時にね、あんたが箱庭の中でした事を聞いたご両親の嘆きっぷりがもう本当に凄くてねぇ~


「あんたとご両親が知っている■■さんは別人だ」


ってずっと言っていたし、別人のあんたの行いのせいで■■さんのご両親に損害賠償を支払わせるのはあまりにも筋違いで可哀想だったから、あんたのご両親にとって()()()分の■■さんのデータだけをあんたから抽出して、こっちに保管していた■■さんの体に戻したってわけ、それ以来前のあんたとはすっかり()()()()()()()()()真面目に学業に勤しめるくらい元気になってね、勿論本日も元気に登校して私の隣でお遊びじゃない箱庭研究してるよ』

「はぁ?」

『うーん、まるで信じてなさそうだねぇ~■■さーん、この箱庭の中の人に君の声を聞かせてくれないかなぁ…中の住人がね君の存在を疑っているのよぉー!』

『ええっ!?私の事をですか?えー…どうしてその箱庭の住人が私の事を知ってるんですかぁ?本当に怖すぎますよ教授ぅー』


天上から聞こえる硬質で年嵩な女性の声とは別の、柔らかな若い女性の声が聞こえてきた瞬間、ドロテーアの表情は消えランプに照らされた顔色はすっかり白くなっていた


「…あ…あぁ…本当に()の声…だ…」

『ありがとありがと■■さん、マイクで今の声拾えたからもう大丈夫だよー、ねっ?聞こえたでしょこっちで元気してる■■さんのお声』


天上の声は最初の頃から変わらないカラッとした明るい声なんだが、何故かそこに得も言われぬ恐れが背中を通り抜けていく気配を感じ、貴族達は冬の寒気と共に体を震わせるしかない


『■■さんのご両親ってあんな感じの君が理想なんだね、今回大学の研究室にお呼びしてご相談した折にね、今までの5つの箱庭の中のあんたの生活していた様子をご観覧頂いたうえで、その中からあの方達が欲しい要素分だけの■■さんの性格データを拾っていったら、これがまぁ~何という事でしょう~劇的ビフォーアフター、前とはすっかり全く別人になっちゃったわけよ?』

「お父さん達が欲しいのだけ…今は別人…」

『ご両親曰く今こっちにいる■■さんって、誰にでも腰を振るふしだらさはなかったし、物なんて盗んだこともなかった頃の本当に小さかった頃の素直で可愛い■■さんにすんごく似てるんだってさ…だから機材を横領して備品を盗んだ今のドロテーアさんの中の人であるあんたとこっちにいる■■さんは別人だよね~ってなって、■■さんのご両親は無事、あんたが作っちゃった高額な損害賠償を払わずに済みましたとさ、ちゃんちゃん…ってわけ、良かった良かった』

「それじゃあ…もう…私は…」

『■■さんの残りカスな君が欲しい人は残念ながらもうこっちにはほとんどいないの、だから安心してこの世界と一緒になくなってね』

「嫌…やめて…嫌よ」

『大丈夫大丈夫、すぐにはこの世界は無くさないよ、何せあんたの中の人が出した多額の損害の補填していないから、せめてその分だけでもこの箱庭世界データで収益出して回収しなきゃいけないしね』

「収益…回収って…教授っ!一体何を企んでいるんですか!!」

『ドロテーアちゃんの中の人が丹精込めて命をかけて作ってきた箱庭世界のデータをね、とある分野の企業さんに提供したらエロく喜ばれてねぇ…結構な収益金を頂いちゃったわけよ』

「え…エロ…っていつもの寒いギャグですか?そこは「「えらく」喜んで」ってなるはずでしょう!教授にとってはお遊びですが、私のとっては最高傑作なんですよココは!」

『残念だけどギャグじゃないんだわぁ~本当にエロく喜ばれたのよ、さっきのあの映像がね』

「はぁ?…さっきって」


とドロテーアの脳裏に浮かんだのは暗い夜空に浮かんだあの映像


「え…?」


ドロテーアの頭は嫌な予感しかはじき出さない


『5つの箱庭で過ごしてきたドロテーアちゃんの中の人が色んな男性とのお付き合い中の映像が素晴らしい金額でとある企業さんに売れちゃった』


何故かよく分からないが、ここにいる貴族達の脳内には「テヘッペロ!」っとした女性の顔が浮かぶ


「ふざけないで!そんなの盗撮じゃないですか!完っ全に犯罪ですよ!」

『でもコレはぁ~うちの研究室の中でいつの間にか出来上がっていた箱庭の中の只の創作映像だしぃ、そもそもこの箱庭自体この研究室の最新鋭機材で作られていたモンだからぁ~、その時点で()()()()()自体もうちの研究室に帰属しているものですしぃ~?』

「そっちには私の本体がいるんでしょ!だったら箱庭も映像もそっちの私の物でしょ!」

『いやドロテーアの中の人と■■ちゃんは別人ってご両親からのお墨付きも頂いているしね、ここで出来上がっていたこの箱庭は■■さん制作でなくてうちの研究室の物になっているんだよね』

「うそ…」

『本当本当、■■ちゃんにも返そうと思ってこの箱庭の中身見せたら


「要らない…って言うより本当にソレ私が作ったんですかぁ?気持ち悪い…本当は教授が作ったんですよね、っていうかこれ女同士でもセクハラになりますからね」


って疑ってかかってきちゃって、めっちゃ嫌そうな顔でしばらく近寄りもしなかったくらいだもん、大事な生徒からあらぬ疑いかけられた先生悲しいぃ~』

「嘘よっ!第一映像見れば私の顔だって…わかるし…あっ…」

『ようやく気付いた?今のあんたはこっちの■■さんでなくてドロテーアちゃんなのよ、他の箱庭では確かテオドシアちゃんにアマンダちゃん、ベティーちゃんそれからパトリツィアちゃんって名前で別のお顔の人だったよね、だから完全に■■さんの肖像権にはひっかかってないし名誉棄損罪にすらなっていないのそこんとこおわかり?』

「止めて下さい…教授…」

『だからねこれからは5つの箱庭世界の映像を片っ端から切り売りして、あんたのご両親が支払う予定だった賠償金分の元は取るから安心なさいな、()()()()()()()()?』

「いやあぁぁぁっ!…うそでしょぉぉ…嘘嘘嘘嘘嘘ぉ~」


ここにきてドロテーア嬢の最後の糸が切れたのか、壊れたように「嘘」と言いながら頭を掻きむしって座り込んで動かなくなった


「「「「「 … 」」」」」


突然降って湧いた意味不明で理解不能な事態に声も出せずに、外の寒さでじわじわと体を震わせている(ついさっきまでは温かな大広間にいた)王や王妃を始めとした貴族達

その中心で泥だらけの服でいつまでたっても出てこない声を出そうとしながらもがくアズイール王子


そして大広間の会場内では「聖女」崇えられていたのに、女神と思われる天上の声から降ってきた情報を聞いてしまった貴族達からはすっかり遠巻きにされつつ、半ば自失呆然となっているドロテーア嬢


透明な壁の向こう、暖かな光を放つ2つのランプのそばでアルノルトとベンヤミンは


((クソみてーな馬鹿ばっかじゃねーか…))


と小さくボヤきつつ呆れた様な顔をして、美しくて室内用の薄い晴れ着を着た状態で寒さで震えている貴族達の姿を黙って見ている


『元々ドロテーアちゃんをこっちに戻すつもりはなかったんだけどさ…』


再度降ってきた天上の声にピクリと反応する貴族達の様子を知ってか知らずか


『それ抜きでも、あんたらの内の一人か二人くらいはうちの秘蔵っ子の無償の献身っぷりの有難さを知るなり、感謝するなり、大事にするなりしていたら、少しの間ならこの箱庭の維持ぐらいはするつもりだったんさね、ところが誰一人ドロテーアちゃんのいう事しか聞かなくて、うちの秘蔵っ子にはちっとも優しくしてくれやしなかった…のはもうずぅっと長い事見てるんだよ?こっちはな』


女神と思えぬほどにドスが効いた声が天井から降ってきて、いよいよ自分の番だと察した貴族達はその恐怖で身を震わせ始める


『馬鹿なあんたら全員にあらぬ疑いをかけられて、ずっと虐げられているうちの秘蔵っ子が可哀想で可哀想で、何度あの娘をここからサルベージしてこの世界をドロテーアちゃんごとまとめて消し去ってやろうか思ったことかぁ…はぁ~』

「「「「「 ! 」」」」」

『それでもね、そこのドロテーアちゃんの中から■■さんのご両親が言う■■さんのデータを集めなきゃいけなかったからねぇ~我慢したのよ私は、何せそれをしないと今度はこっちが殺人犯になっちまうからねぇ…本当に腹ただしいったらありゃしないよ、だからしばらくの間はあんたらの知らぬうちに秘蔵っ子のメンタルヘルスケアする事で、私の胸の内にどんどん湧いてくる怒りを誤魔化しながら、あんたらの好き勝手やってきた事は放っておいたのさね』


知らぬ間に自分達の後ろ暗い行いが天上世界の女神に見られていたと何人かは気付いたのか、そこかしこから息を飲むような音が聞こえてくる


「…だからあの娘に…フェレンに何をしても、次の日にはケロっとしてたの…?」


フェレンの肉親と思われる女が何かを思い出したのか、小さな声で呟いていたが…


『だからってうちの秘蔵っ子に「何をしても良い」って話じゃないんだよな~そこの女ぁ』


っと天上からの声が言うなり、フェレンの肉親だった女の足を包んでいた靴と靴下がパッと消える


「寒いっ!」

『秘蔵っ子は文句こそあんたに言わなかったけど、あんたは懲りずに何度も寒空の下に薄着で歩かせていたねぇ』


足先を襲う刺すような寒さに驚いて肉親の女は慌てたように長いドレスの裾で足元を包むが、彼女が足を包めば包むほどドレスの裾は勝手に消えていき…もうこれ以上女の足先は包めないと言うところまで無くなっていた

そんな女の姿を見て周囲の人間は笑うよりも、恐怖が先に立っていく…皆揃いも揃ってかつてのフェレンに対して行った「覚え」があるからだった


『一人一人に合わせて懲罰するのすらめんどくさいし、どうせここにいる連中のほとんどはもうじき消えて無くなるから、パッと終わらせてようっと!』


タァーンっ!と何かを叩く音が天井から聞こえてきた瞬間


「高かったのに!」

「きゃあっ!」

「寒っ!」


と声と共に貴族達の靴下や靴、手袋、髪飾りだけでなく袖、膝上から下の布などが一斉に消えると同時に冬の寒風がみぞれまじりで襲ってくる

暖かな室内用の薄い生地で作られていたとはいえ、彼らの手先、足先を守っていた布類がすっかり無くなり、生まれて初めて自分の体を襲う死を予感させるほどに強烈な寒さに驚き恐怖しつつも体を丸め、自然に隣の人間に体を寄せて僅かな温もりを得ようと震えながら動き出していく


『あんたらは本当に幸せさね、何せうちの秘蔵っ子はあんたらが今身に着けている布より薄い服で、雪が積もった泥水の中を裸足で、誰かに寄り添う事も出来ないままで、今日以上寒い夜に外を歩かせられて、親やドロテーアに言われるがまま見知らぬ男相手に客をとらされていたんだ。それに比べたらあんたらはこれ一回きりで事が終るんだからさ、まぁ…このみぞれはこの世界が終るまでは止ませないけどね』


みぞれや寒風を防ぐ屋根や壁も無く、裸足で短い裾の袖なしの服に身を包んで身を寄せ合う者達はいよいよ絶望の淵にいる事を思い知り、顔色を無くしていく

そしてそのうちの一人が小高い丘の上の透明な壁の向こうの2つのランプのそばにいた二人の男、アルノルトとベンヤミンの存在を思い出し、そちらの方を見ると


(あ…あそこは暖かそうだ)


透明な壁の向こうにはみぞれ交じりの寒風などは吹いてもなく、2つのランプに挟まれて立っている二人の男、つまりはアルノルトとベンヤミンに体には大広間に乱入した時そのままの、毛糸で作った帽子や手袋にマフラー、毛皮の縁が付いた長靴、そして安物だが厚手のコートを着込んだままな事に気づく


「それを寄越せぇぇぇぇっ!」


と叫んだ貴族の男は固く凍った土の上を裸足で駆けだす

みぞれが積もりかけた冷たい泥の道を踏みしめては転んで、何度も丘の上に続く道を駆けあがり滑り落ちながら、そして何度も透明な壁に阻まれながらも、アルノルトとベンヤミンの服を剥ぎ取ろうとばかりに駆けだしてくるのだ

そして他の人間も最初はその男の挙動に驚いていたが、その男の目的が透明な壁の向こうにあると気づいた瞬間


「その服を寄越しなさい!」

「寒いぃ~よこせぇぇ」

「王命だ!早くその服を私の着せなさい!」


みぞれで滑る丘の上への道を駆けあがりながら、何度も透明な壁にぶつかり、薄着なのも関係なく泥や雪塗れになって、こちらにギラギラとした目を向けてくる貴族達の姿を見たアルノルトとベンヤミンは


「「ひぇぇぇっ!」」


無意識に身を寄せ合って恐怖に身を震わせた


「女神様ぁぁぁっ!もうお役目終わらせて下さいぃぃっ!」

「怖いですぅぅぅぅ!」


慄きながらもしきりに大声を上げるアルノルトとベンヤミンの声が天井に届いたのか


『ごめんごめん、あいつらの様子が面白くてつい忘れていたよ、悪かったね、二人共お勤め有難うすぐにこっちにサルベージするからね』


と悪びれているような、でもしてなさそうなあっけらかんとした女神の声が天井から聞こえてきたかと思うと、次には


タァーンっ!とまた何かを叩く音が天井から聞こえた


「「うわぁぁぁぁぁ!」」


するとさっきまで丘に駆け上がろうとする貴族達を阻んでいた透明な壁は音もなく消えて、みぞれ交じりの寒風と共にアルノルトとベンヤミンの暖かな服を今すぐにでも奪わんと、一斉に駆け寄ってくる貴族達の手が二人に触れようとした瞬間、恐怖で抱き合っていた二人の頭上へ天上より暖かく柔らかな光が落ちてきて

「シュンっ!」とフェレンが消えた時と同じ微かな風切り音と共に、男二人の姿が消えて無くなったのだった


「消えた…」

「どこに…」

「うそ…」


防寒着という名の目の前の微かな希望が消えたの事に、絶望している貴族達の足元を照らすのは、アルノルトとベンヤミンのが持ってきた小さなランプが2つ


そして何故かそのランプの灯りはみぞれで溜まった冷たい泥水の中で倒れていても消えてなく…微かに温かかった


「このランプ温かいぞ!」


と誰が言ったか分からない声がみぞれまじりの寒風の中で響いた瞬間


「私のよ!」

「不敬だ!」

「王命だ!」

「「「「寄越せ!」」」」


一斉に2つのランプは荒ぶる者達の間で取り合いになり、二つの内の一つ、細かい傷があるけど比較的新しかった方のランプはあっけなく割れて粉々になってしまった


「「「「「自分のだ!」」」」」


最後に残った傷に塗れ古びている一つのランプを我が手元に置くべく


寒風に体温を奪われることも恐れずに手を伸ばし

邪魔だと隣にいた者を粉々になったランプの欠片が散らばる泥水の中へと突き飛ばし

さっきまで寒さで身を寄せ合っていた夫婦は殴り合い掴み合いを始め

大広間にいた時はあんなに綺麗だった服はすっかり泥まみれのびしょ濡れになって


この世界の終わりが来るまで、この世界の夜が明けぬままランプを奪い合う貴族達の醜い争いは、ずっと終わらなかったのでした



「おしまい」


そう言った茶会用の白いテーブルの向こうにいる初老でやたらと男性的な軽装を纏った女性は


「ふう…」


と溜め息を一つ吐いて手元にあった表紙はやたら厚いのに中身がやたら薄い本をあっけなくパタンと閉じていてから、静かに目を閉じて眉間の間に深く刻まれた皴を少し揉んでから目を開けた


『君らがアルノルトとベンヤミンだね、今回は急なお願い頼んですまなかったね』


そんな事を言いながら、初老の女性はテーブルの上にあるティーポットから茶碗二つにお茶を注ぐ


『お疲れさまでした、これでも飲んで冷えた体を温めなさい』


女性とは対面に座っていたアルノルトとベンヤミンの前にはそれぞれ、茶が注がれたばかりの茶碗が置かれた

目の前の置かれた茶碗の中身を覗き込みつつ、二人はカチンコチンと緊張したままそれを手にして


「い…頂きます」

「いっ頂きまっす!」

『はい、どうぞ』


と一気に中身を空けようとしたが


「アッつ!」

「ちっ!」


淹れたてのお茶の熱さで、二人はすぐさま茶碗から口先を離す羽目になった


『あらら~急ぐからさね、冷めるまでこっちでも食べな』


二人の行動を見た初老の女性は呆れたように片眉を下げて笑いながら、いつの間にか傍に合った茶色の引き戸が付いた棚から、丸い大きなクッキーみたいなものが並んで入った器を出してくる


『これは煎餅さね、腹持ちはそこそこだけどね、固くて食いごたえもあって美味い菓子なんだよ』

「センベエ?」

「お菓子?」


それまで嗅いだことは一度もないはずなのに、何故か香しいと感じる芳香をまとった丸くて茶色の大きなソレを一枚手に取った女性は、その菓子の縁を躊躇なく口で噛んだと思ったら、あっけなく「バリっ」と音をたてて菓子は割れ、その欠片を口に含んで噛んだ後、「ごくん」と飲み込んだ

ふあん…とそのセンベエが割れた時に漂ってきた香りを嗅いだ二人は、一瞬でこのセンベエは美味い物だと気づかせ、それぞれ一枚ずつ手に取ってままよとばかりに噛み砕いたら、後は咀嚼して飲み込むだけ

最初の一枚を一瞬で「食べきった」と思う前に次の一枚に手を伸ばして…を繰り返して、体感10分もしないうちに二人は器の中にあったセンベエを空にしたのだ

そして器の中で発生した明確な区切りに気づいた二人は


「あ…」

「やば…」


揃って空になった器とお互いの顔を交互に見て顔色が青くなっていた


『お二人さんとも気にしなさんなって、むしろ美味しく食べてくれたからこっちは嬉しいんだよ』


カラカラと笑って初老の女性は、引き戸付きの茶色の棚から先ほどのセンベエが複数枚ほど入った透明な袋を取り出して、ガラガラと固い音をたてながら袋の中身を器に空けた


『ほらもっとお上がり、この菓子はさっき出した茶に合うんだ』


と微笑みながら袋に残った菓子を棚の中へと戻して、次を勧めるが二人の手は動かない


『なんだい、もういらないんかい?』

「い、いえ美味かったです」

「いくらでも食べられるくらいには…でも」

『でも?』

「すいません、このセンベエを食うより前に、俺どうしても聞きたい事があって…」

「俺も…さっきあそこが無くなるって聞いたんですけど、俺達はこれから…」


アルノルトとベンヤミンはおそるおそるとばかりに少しずつ身を乗り出して質問してきた


『ああ…すまんすまん、この先が分かんないんじゃあ心配で食が進まないわな』

「「女神様!俺達はこれからどうなるんですか?」」


二人が真剣な面持ちで初老の女性の方を見てきたので、女性は一瞬ビックリとばかりに目を見開いて後、フッと笑って


『私しゃ女神様って柄じゃないよ、そうさね私の事は「教授」って呼びな』

「「キョウジュ?」」

『私の周りにいる奴らは皆そう呼んでいるからね』

「ではキョウジュ様、教えて下さい」

「俺達これからどうなるんですか?」

『「教授」に様はいらないんだけどね、まぁ些末だからいっか、先に結論を言うけどあんたら二人は別の箱庭でこれからはのんびりと過ごしてもらう』

「じゃああの世界は…」

『悪いがもうすぐ無くなるのは確定、本当はうちの秘蔵っ子がいなけりゃとっくの昔に太陽が無くなっていた滅亡していた世界だからね』

「…はは…ですよね…本当…親父が言っていた通りだ」

『親父ってまさかあそこにはまだあんたらの身内が残ってんのかい!?しくった!』

「いやいや、俺もベンヤミンも家族らしい家族はもういませんよ」

『家族はいなくとも友達とか恋人くらいはいただろう?』

「いえ、俺達は二人共家族を亡くしてますし、あそこにはもうずっと一緒にいたい人はいませんでした」


たはは…と眉を下げて力なく笑ったアルノルトとベンヤミンは、静かに溜め息を吐いた


「俺達の親父は星見の仕事をしてました。日が沈む前から星を観測するのが生業でした」

「アルノルトの家と同じくうちの父さんも爺ちゃんも俺達が生まれる前から、太陽と月と星の記録を刻むのが仕事でした」

「だけど十数年前のある日、星読みをしていた親父が仕事から帰ってきた時に俺達に言ったんです「日が沈みきる直前に太陽が消えて無くなった」って…」

「アルノルトのお父さんからその話を聞いた時は、俺も何言っているか分かりませんでした」


「「だって次の日の朝には普通に太陽は昇ってきたから!」」


と二人合わせて「教授」に言ってくる


「でも俺達は信じたんです、父さんとアルノルトの親父さんは星読みの事となると嘘は言わないから」

「だけど他の連中は信じなかった、太陽が変わらずずっと上がっているのに、二人揃って「太陽が無くなった」って言い張っていた…だから親父達は変人扱いされて周りからはどんどん人が離れていって、最後

は俺とベンヤミンだけが親父達の後を継いで星読みの仕事をし続けて来たんです」


『なるほどねぇ、最後まで二人共そんな生業をしていたから毎日星を読んでて、今夜の「私」からの交信を見逃さずに受信できたんだね』


「「はい」」

「だから俺達はびっくりしたんです、女神…いや「キョウジュ」様から


『今夜、王城で太陽の代わりをしていたフェレンが断罪される、それを阻止しなければ最悪皆殺しの目に遭う』


って聞いた時は」

「でも同時に「太陽の代わりの女の子」と聞いて、昔親父達の言っていた事はおかしくなかったんだって嬉しくなったんです」

「それに俺達が「下級役人だから王城に行って発言出来ない」って言ったら「キョウジュ」様からあの不思議なランプをお貸し下さって、あのランプを抱えているだけで城の門番とかお貴族様やら全員避けてくれて、その後はとりあえず話は聞いてくれたから…」

「うん、あのランプがなかったら、俺達は絶対門前払い食らってお城に入る事も出来なかったもんな」


お互い顔をうんうんと見合わせてあの傷だらけだった2つのランプが起こした奇跡を確認する


『ふふん、あのランプは凄いだろう、あれこそがあの世界に本当にあった「無くなった太陽の代わりの涙の子」で、お前達があの時まで「太陽が消えた」って信じていたから、二人はあのランプを持って最終局面の場面まで行けたんだよ』


「「無くなった太陽の代わりの涙の子」?」


胸を張って教授がランプの説明をすると、流石に意味が分からなかったのだろう、アルノルトとベンヤミンの頭の上に沢山の疑問符をのった


『無理に考えようとしなくて良いよ、分からなくてもお前達は間違いなくあの場で私の秘蔵っ子を助けてくれた英雄様さね』

「そうですか…」

『さて、これからはあんたらの今後の話だ、私にとって英雄様に私からご褒美を上げたいんだ、次に住むところでは一体何が欲しい?』


と教授がテーブルの上に身を乗り出して聞いてくると、二人はお互いの顔を見た後頷き合って


「「前みたいに星読みの仕事がしたい(です)」」


はっきりとそう言い切ってきたのだ


『はぁぁ驚いたねぇ~二人共欲が無いって言うか、逆に肝が据わっているって言うか…』


目を丸くした教授はテーブルの上の茶碗を手に取って、一口だけ啜ってから


『何でもこっちは用意出来るんだよ、名誉だって身分だって金だって何でも!』


そんな誘惑に飲まれてしまいそうな提案を出してもみたが、二人は変わらず首を横に振って


「「前と似た様な仕事をしている方がずっと良い」」


と言って聞かない、二人の決意が確固としたものだと分かった教授は肩を落として溜め息を一つ吐いた後


『もしよかったら、私にその理由を聞かせてくれないかい?』


と問う


「俺達は「キョウジュ」様に言われてお城に行きましたけど、あの時あそこにいた皆から断罪されそうになっていたフェレンと言われていた子はずっと寂しそうな顔をしていました」

「なのにあの場に居た人は寂しそうなフェレンを悪者だって決めつけてて、庇いもしなくって」

「そりゃあ俺達はただの人間だから、嫌いな奴は一人や二人はいるさ」

「だけど、たった一人の女の子を全員で虐めるのはちょっと違うと思う」

「あそこには暖かくて大きな暖炉に、沢山の料理に、綺麗な服を着ていた人がいっぱいいたのに、それ全部無視してたった一人の女の子を虐めて楽しんでいたのは絶対におかしいって思うんだよなぁ」

「本当にそれなあ、もし俺達の前にあんな暖かくて大きな暖炉がある大きな部屋に通されて、美味しそうな料理を沢山出されたら、あそこにいた皆で楽しくって嬉しくっていっぱいご飯を食べてたと思う」

「うんうん、だけどなあの人達はよぅ…最後は俺達の服も剥ぎ取ろうとしててすんげー怖かった、もしお貴族様ってだけで、沢山の名誉とか身分とかお金とかを手に入れたせいであんな風になっちまうなら、正直俺はいらないなって思っちまった…んです」

「うん、俺もああはなりたくないから要らない」


『そうかい…じゃあ前のように星読みが出来る箱庭を近いうちに用意するから、二人共それで礼は良いかい?』


「あっ!最後に聞いても良いですか、フェレンって子は「キョウジュ」様の娘さんかお孫さんか教えてもらって良いですか?今は無事でいるんですか!それを聞かないと気になってずっと寝れない気がするんです」

「ああ、確かにそれは俺も気になっていた!「キョウジュ」様ずっとあの子を大事にしていたみたいだもん!」


『ん-あの子は私の孫と言うより、いっそひ孫と言うかそれより遠い孫と言うか…』

「えっ!「キョウジュ」様ってもうひ孫いるんですか!?」

「ひぇーそんな年に見えない!」

『(孫と言うにはちっと違うけど)まあ~そんなところかなぁ(説明めんどいくさいし、いっか)とにかく秘蔵っ子って言うかフェレンは無事でいるよ、今は休ませているけどね』

「ひ孫様が助かって良かったぁー!」

「俺達頑張った甲斐があったぁー!」


ホワホワな雰囲気で「良かった良かった」と言っているアルノルトとベンヤミンを片目に、教授は小さく溜め息を吐く


『じゃあご褒美の箱庭が出来るまで、これでも食べて待っていなさい』


と言って、教授はテーブル脇の茶箪笥の中から半端に開けた煎餅の袋とアルノルトに、さっき出した煎餅を菓子皿ごとベンヤミンに持たせて、キーボードのキーをタァーンっ!と叩く


すると真面目な顔をしたアルノルトとベンヤミンの頭上に光が落ちてきて


「シュンっ!」と同じ微かな風切り音をたてて二人のデータは管理用の別ファイルに移動していった


『はぁぁ疲れたぁぁぁ…』


アルノルトとベンヤミンが目の前からいなくなったのを見て、教授は疲れはてたようにフラッと椅子に座り、それから妙に腑に落ちたような顔をして先ほどまで開いていた絵本の方を見る


(なるほど確かにあの子達は「太陽の子と朝の王子様」の住人だわね)


随分と古びた絵本の表紙を静かになぞりながら、この国で常用されている文字で書かれているそのタイトルを眺める



「太陽の子と朝の王子様」



ある日、突然この世界から太陽が無くなってしまったのです

それを聞いたとある国の王妃様が

「明日太陽が東の縁から上がってこなかったら、私のお腹の中の子が生まれてこれない」

とシクシク泣いて流した涙が小さな小さな女の子に変わって、泣いている王妃様に言いました

「お腹の子供と私が仲良く出来るなら、私が太陽の代わりになるよ」

…と

涙の女の子からの言葉を聞いた王妃様は嬉しくなって

「お腹の子が生まれてきたらずっと仲良くしてあげてね」

と言った途端、東の縁から太陽が昇ってきて王妃様は産気づき、元気な男の子が生まれたのです



…から始まる話で、その後は子供二人が些細な事でケンカしたら太陽はまた無くなり、仲直りしたら太陽がまた昇ってきた…で終わる物語だったはずだ


(これを持ってきてもらったのは正解だったわな)


この本はかつての■■が幼かった頃に両親から買い与えられた絵本で、あの世界のモデルになった元ネタを知る為に■■の実家から両親に持ってきてもらった、言わばあの世界の原本だった

中を開けば最終ページとその前のページ以外には、クレヨンや鉛筆、ペンなどを使って大小様々な書き込みが書かれている


「おうじさまのなまえはあずいーる なみだのこのなまえはふぇれん」

「わたしだったら○○する」

「←○○に変更した方が良い」


長い期間をかけて何度も書きこまれてきたソレらの世界感は、もはや市販品とは同じモノとは言えないレベルの構成になっていたはずだ


(これを■■は一度箱庭にしていたんだっけ)


■■は小学生の時の夏休みの宿題として、この書き込まれた絵本の世界感の箱庭世界を作っていたらしい

そしてその時の箱庭はその年の最優秀賞を貰い、以来■■は箱庭世界の造形にハマって、そのまま大学院の箱庭専攻の研究室の門戸を叩いてきたのだ


(どこでおかしくなったんだろうねぇ)


あそこの世界に残してきたドロテーアの中身だって、最初はこの絵本の冒頭に書かれた「たいようがなくなった」って一文に二重線を引くような優しい感性があったはずなのに


(うちの秘蔵っ子を新しい太陽になった小さな小さな涙の子役にまでしておいて…端から切り捨てるなんてさ)


あの絵本の市販品版は、生まれた時からずっと仲良しだった太陽代わりの涙の子とケンカした王子様が、お互い「ずっと太陽なんかいらないんだから」と色んな言い訳をしながらも、ずっとお互いの存在が傍にいないせいで太陽も昇ってこなくて段々寂しくなって、いよいよ涙の子がいなくなった事に耐えきれなくて泣き出した時に王子様の涙が小さな小さな涙の子そして太陽の子となって二人は再会し、東の空から太陽が昇り、晴れ空の下でお互い一所懸命に謝ってから仲直りしたって話で終わっていた


(まあ…ドロテーアになっちまったあの中身のせいで世界は改変されて、それに合わせてあの箱庭世界の王子様とやらは始末に負えないバケモンになっちまっていたから、さすがにラストは書き換わってしまったけどね)


もうあそこの世界には、大地を照らす太陽の代わりになっていた「涙の子」のフェレンはいない

後に残るは女神が最後に残したランプ一つと、ずっと開けない夜に、みぞれから雪に変わった寒風にさらされた大地と、小さな灯すら奪い合う人間だけ


(市販品とはうって変わった結末だこと)


教授がもう一度絵本を開き、改変され過ぎて追加されてしまった、古い書き込みどころか文字すら書かれていない2枚の絵を眺める

ドロテーアと箱庭住人達の私欲に塗れた改変を行ったせいで、本来ハッピーエンドだった絵本の結末はすっかり変わり

最後から2番目のページには割れたランプの上で、たった一つ残されたランプを奪い合う群衆の絵が描かれ

最後のページは黒い夜空と灰色の雪の大地の二色しか載ってない、きっとこの暗い灰色の雪の下には粉々になった二つのランプだけでなく、あの貴族達やアズイール王子、そしてドロテーアの体が埋まっているはずだ


重苦しい気分になった教授は、テーブルの上の茶碗に入った緑茶を飲み切ってから椅子を立った


『さて、あともうひと踏ん張り最後の一仕事をしますかっと!』


と言って背を伸ばした教授が、もう一度テーブルの上のキーボードを叩いた時、教授と共にテーブルセットと茶箪笥は真っ白だった世界から消え去ったのだった



「はぁはぁはぁ…ようやくこれを私の物に…」


仄かな光を放ったままのランプを手にしたアズイールは肩を上下に揺らして大きく息を吐いている

彼の男の体を襲う寒風に混じるのはとっくの昔にみぞれから雪へと代わり、足元を冷たく濡らし、心もとなくなった服を汚してきた泥水の水たまりは、当の昔に厚い雪の下に埋もれていた


「まったく、揃いも揃って不敬な者どもだったな」


最後までランプの取り合いをしていたドロテーアは積もり続けた雪の上でうつ伏せになり、動かなくなっている

他の者達も奪い合いの最中に「腹が減った」「寒い」とか一言言って動かなくなったか、もしくはいつの間にかしゃべらなくなって雪の下に埋もれていった

須らく身分も名誉も金も関係なく、アズイールの手の内で今も温もりを与える最後のランプを皆で奪い合って冷たい雪の下へと沈んでいったのだ


「しかしいつになったら夜は明けるのだ?」


ずっと長い間ランプを取り合った気がするアズイールは、王であった父を泥水の水たまりに顔をつけて黙らせた時や、ドロテーアに頬を打つだけ打って気を失わせ雪の上に倒れていった時の事を思い出す


「まあ構わん、コレさえあればずっと温かいのだからな」


と言って手元のランプを抱き寄せた時、ランプからビシっと恐ろしい音を聞いたような気がして、アズイールは驚いて手の中のランプの炎を覗き込もうとした時に


ビシビシビシっバリーン!


とそれまでずっと炎を宿す芯を守っていたガラスに、一気にヒビが入り最後は粉々に砕け散って、ランプの芯に灯っていた小さな灯りはあっと言う間に寒風の雪に負けて消えてしまったのだ


「あ…ああ…あっ…あああああああああっ!」


この世界の最後の灯りが目の前で消えた瞬間、アズイールの周りは暗闇に覆われ、どこから雪が飛んでくるのかも分からないくらいに前が見えなくなった


「暗い…ああ…暗い…灯りは…太陽は…」


夜空には星も月も、そして当たり前だが太陽も無く、王城や街の灯りはどこかに消え失せ、最後の光だったランプはついさっき粉々に砕けて消えてしまった

ただアズイールのそばにあるのは暗闇と、寒風の雪が体に当たる音、そして寒さだけ


「ああ…暗い…寒い……」


パタリと雪の上で一人倒れたアズイールの耳に最後に届いたのは


「あんたらの為にあの子をいつまでも悪役令嬢なんかにしておくわけにはいかないんだよ」


と言った女神の声だった

ご拝読して頂きまして誠にありがとうございます

感想や下の☆からの評価等頂けましたら幸いです



「教授ぅー!秘蔵っ子ちゃんのメンテで私が手伝えることありませんか?」


あの最後のお遊び箱庭を閉鎖してから数日が立ったある日、応急処置をしていた秘蔵っ子の本格メンテを始めようとしたその時、研究室で自身の卒論の為の箱庭の観察をしていた■■が研究室の管理者である私に話しかけてきた


「あんた卒論は大丈夫なのかい?、言っとくけど手伝ったからって提出締め切りは負けてやんないよ」

「うう…辛辣…でも教授ぅー、その子を破損したのって「私」なんですよね…だからせめてメンテくらいはしないと」


と罰が悪そうな声で所在なさげな表情で■■は言い募ってくる


「余計なお世話だ」

「だってだってだってぇ、その秘蔵っ子ちゃんてあの時の事故の時に教授が徹夜三日かけて、その破損しかけた秘蔵っ子ちゃんのメンテしながら、こっちに戻れなくなった私の意識をサルベージしていたんですよね?」

「まぁそうなるな」

「私が実験事故に巻き込まれたせいで秘蔵っ子ちゃんのデータが破損して修理が遅くなったって聞いてて、何だか申し訳なくて…」

「まったく…」

「昔、夏休みの宿題で大好きな絵本の世界を箱庭世界にして優秀賞とってからは、箱庭作りが好きになってずっと箱庭作ってきたんですよ、お母さんにカーネーションの花畑箱庭作ったり、クリスマスケーキ作る練習する為に箱庭の中にキッチンとアバター作って練習したりしてたくらいに。だから今回の箱庭事故で死にかけたせいで、お父さん達にはもう箱庭から離れろって言われたけど、教授は続けるべきだって説得してくれたから…そのお礼がしたいんです」

「ああ…そんな事言ったなぁ…」

「じゃあお手伝い…」

「本当に私の事考えるなら、そんな余計なこと考えてないで、あんたはさっさと卒論仕上げてきな!あたしゃそっちの方がずっと有難いよ」

「そんなぁー教授ぅー!全然覚えてないけど私だって一応は責任感じているんですよぅ…あの時はお父さん達にも迷惑かけちゃったしぃ~」

「あんたは本当に賢い奴だけど、本当にお馬鹿な子だねぇ。箱庭世界への転生実験の事故であんたはあん時一度死にかけてんだ、ご両親だって研究をずっと反対しても何らおかしくない状態だったんだよ。今ここで五体満足動けてるだけでも奇跡みたいなもんなのに、ここにきて今度は卒論出来なくて留年しましたーってなったら余計にご両親を泣かせっちまうことになるんだ、そんな事になるんだったらこれ以上ご両親を心配させる前に、さっさとここを卒業して自立して安心させてやりな」

「うう~…はぁーい分かりましたぁ~」


スゴスゴとしょんぼりした足取りで■■は、自分に与えられたスペースに戻ろうとしたが、ふと何かを思い出したように■■は振り返って


「そういえば先生の秘蔵っ子ちゃんってどうして教授の最高傑作なんですか?ぱっと見は普通の女の子に見えるんですけど…」


と■■は聞いてきた


「んん?」

「私もうすぐ卒業しちゃうし、ここで聞かないとずっと知らないままになりそうな気がして…何だか気になっちゃったんです」

「あんたが考えてる程の特別な話なんか無いよ」

「でも私、あの事故の時あの箱庭でずっとその子に助けてもらっていた気がするんですよ…覚えてないけど」

「そうなのかい?」

「全然覚えてないのに、誰もあの事故の詳しい話を教えてくれないから、少しでもあの事故に関連しそうな事全部が気になっちゃってしょうがないんです」

「ああ…なるほどねぇ」

「私と一緒にあの実験事故に巻き込まれていた秘蔵っ子ちゃんのデータが本当はどんな子で何をしていてくれたのかも、全然覚えてないから余計に」

「そうさねぇ…私の主に研究しているのは「箱庭内の転生による魂の進化過程」なのは…知っているよな」

「はい」

「私の一番古くて一番長く運用している箱庭内の生物達は7回分の生命エネルギーを充填してからランダムな生命体に7回転生して、どの段階が一番綺麗に磨かれているか、光っているかを研究してる…てのは」

「知ってます!」

「そして大体の魂が輝き出すのはおよそ転生3,4回辺りからだ、その前は輝くより先にあちこちにぶつけて角を削ってはぶつかってを繰り返して、只管丸くなっていくのが仕事みたいなもんさね」

「はい」

「そうやってぶつかって、削って、傷が出来て、磨かれて、内側の生命エネルギーが透けて見え始めて、輝き始めたら、今度はどんどん摩耗して、無くなってって言うのが、うちの箱庭世界における魂の流れだ」

「はい」

「なのにあの秘蔵っ子だけは、最初の人生を10年も満たさないうちに磨かれすぎて輝きすぎた魂なんだ」

「え…それ幼女聖人じゃん…」

「ほんとそれな、とにかくあの子の最初の親がクソ過ぎてな、秘蔵っ子が物心つく頃にはあの子が持てるほとんどを勝手に使い潰したせいで、あの子の魂は角はすっかり無くなって、傷がついて、磨かれ過ぎて、後は摩耗するだけになる直前だったんだよなぁ」

「わぉ…」

「でもそのまま輝かせて摩耗させて消滅させても危険だったんだ」

「箱庭内に置けるエネルギーの内封限界圏ですか」

「そう、あの子の魂のエネルギーはまだ最初の一回すら使い切っていないのに、それを覆う殻の方が先に摩耗することになれば、あの箱庭世界どころかこっちの世界にまで影響を及ぼしかねないエネルギーを放出する事になるんだ、だから私はあの子の魂を回収してからの殻の増強後に秘蔵っ子に適応した箱庭に移植する為に、厳重保管していたんだけどなぁ…」

「今回の実験事故に巻き込まれて、秘蔵っ子ちゃんの魂の殻が摩耗しかけて爆発しかけたと…」

「そういう事」

「うわぁ…危うく宇宙の危機だったぁー」

「多分そこまではいかないさ、精々この星が無くなる程度さね」

「それだって私達にとってはどっこいですよ」

「はは…って話過ぎたな。ほら早くお前は自分の研究に戻って卒論持ってこい」

「分かりました教授ぅー」


秘蔵っ子のメンテ内容を聞いた■■は自分の技術ではメンテの一つも出来ないと悟ったのだろう、それ以上は食い下がる様子もなく自分の席に戻ろうとしたが、再度振り返って教授に聞いてきた


「そう言えば秘蔵っ子ちゃんの名前って何て言うんですかぁー?」

「ああ…そうだなぁ…」


最初の親からずっとまともな名前を付けてもらえなかった魂だったけど、最後につけてもらった名前があった


「この子の名前は「フェレン」だ」



「太陽の子と朝の王子様」の箱庭世界で、冬空の下親の指示で「フェレン」嬢こと秘蔵っ子ちゃんが母親の指示で路傍で客をとらされていたとありますが、実はこの時に教授が秘蔵っ子ちゃん本体を一時回収して(客にはダッチなお人形を宛がって)、アルノルトとベンヤミンのが煎餅を食べていたあの空間に移送して、身体検査と治療、栄養補給に体力回復とメンタルケアを行った上で、箱庭世界に再度戻していました


だから「太陽の子と朝の王子様」の箱庭の中では教授のおかげで秘蔵っ子ちゃんはそんなに傷は負っていません、ですがその前のいくつかの箱庭世界ではかなり摩耗しております

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