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静観する時間は終わってしまったのです

視点がコロコロ変わっていきますのでご注意下さい

「ヨハンナ・ファシトーアとの婚約はこの日を持って破棄させてもらう」


レイル卿ことイレネー・スタイン公爵が有する荘園内にあるカントリーハウスにて、とある祝宴会が催されていた中で突如降って湧いた言葉だった


「お前がドーリス嬢に対し陰湿な嫌がらせをしていたという証言を得ている」


祝賀会の主役であるパトリック・スタインは広間の中心で、大仰な仕草をしながら妙に芝居がかった大声を発している

突然の大声にカントリーハウスの広間にいた者達は揃ってギョッとした顔を一瞬だけパトリックの方へ向けたが流石は貴族世界で生きてきた者達だ、


「悋気すら抑えられない上に更には貴族としてあるまじき行為を行う女など、王家由来の名門スタイン公爵家には相応しくない」


騒々しいパトリックの声が広間内にもう一度響いた頃には、客人達はまるで何事も無かったかのよう表情を戻して談笑を再開している


(誰の心にも響かない発言力でこの先やっていけるのかしら?)


当然、パトリックから名指しで悪し様な言葉をかけられた婚約者でありファシトーア侯爵家の令嬢たるヨハンナも、パトリックから発せられた大声に驚くような仕草を少し見せたが、発言の内容に対しては意にも介さないとばかりに無表情で手持ちの扇子をそっと開き、口元を隠して涼やかな視線を送るだけだ


「 … 」


華やかな公爵家の祝賀会にて自身の婚約者より突然悪し様な言い分を問われたヨハンナだが、彼女も一応はこのスタイン家主催の祝賀会に客人として招待を受けた身の上であり


(相手が格上の家柄なスタイン公爵家の嫡子であるパトリック様であったとしても、謂れなきことを悪し様に言われる所以なんか何一つないわ)


とも自覚していた


「いくら黙っていてもお前が一度犯した罪は消えないんだぞ、諦めて己が罪と私との婚約破棄を受け入れるんだな!」


なのでヨハンナはパトリックから散々文句を言われても、それに対して色々思う事はあっても、無様に言い訳や文句の一つでもしたいとすら思わなかった


(私は暇な貴方と違ってとっても忙しいのよ?お遊びは他でやって頂きたいわ)


只々呆れた様な目線だけをパトリックへ軽く送ってから後は彼の存在を完全に無視して、ヨハンナの協力者でありこの祝賀会の一切を取りまとめているパトリックの母親であるスタイン公爵夫人の方へと歩いていくだけだ


「母上を頼って罪から逃げようとしていても無駄だ!」


スタイン家の関係者や来賓の眼前で、これからまさに槍玉に上げようとした相手が無反応だったのを見たパトリックは一人で喚いている

そんなパトリックの大人げない姿を見た広間中の客人の間には僅かな嘲りを感じている者もいた


(随分と考え無しなお言葉だこと)

(このような場で無様なお姿を晒すとは)

(三文芝居程度の演出でお披露目するなんて…)


と会場に来ていた貴賓達も毅然としたヨハンナの固い意志につられたかのように、パトリックに対して否定的に思うのはしょうがない

何せこの祝賀会の趣旨がパトリックの学園卒業祝いだけでなく、国の最重鎮に位置するスタイン家次期当主の発表の場だった

有象無象がひしめく貴族社会にて、常日頃から世話になっているスタイン家から送られた招待状にそう書き添えられていたからこそ、王都や各地方に住まう彼らはわざわざ国の端にあるスタイン家が居を構えるレイル州まで来てくれたというのに、よりにもよって肝心な祝賀会の主役が無様な寸劇を披露しているのだ


(パトリック様はこの会の主役であるはずなのに、当の主役がこれでは…) 


王都より東の果て、海沿いに位置するレイル州のスタイン家のカントリーハウスに集まった客人達は、自身の婚約者を相手に悪し様に喚くパトリックの姿を只々見せつけられていた

暴言に合わせて無礼にも人に向かって指をさして喚いているパトリックに対し、訝し気な表情を彼らに向ける者や、騒々しさの中であっても毅然としまさに令嬢の鏡たるヨハンナの方へ同情を向ける者とで談笑の話題が変わっていく

そんな状況下で各グループの話題は多少違えど客人達の心情はただ一つで


(重要な場で断罪劇じみた事をしてみせるくらいなら、せめてこの場に居る者達への根回しの一つや二つでもしておけば良いものを)


と、貴族として当たり前な事すら出来ていなかったパトリックのお粗末さぶりに「目障りだなぁ」と思うだけだった

貴族として優秀で罪の一つもない侯爵家のご令嬢を相手に、王都の劇場で流行りの華麗で滑稽な婚約破棄が絡んだ断罪劇を演出したいのであらば、この場に居る全員に根回しをしてから同時に誰もが認める証拠も提供すれば良かったはずなのに、自分が断罪する側だと最初から疑ってもいなかったパトリックときたら、たかだか政治的影響力が碌にない子爵令嬢一人の証言だけで(公爵家の人間であっても人生の内にそうは無い自身の晴れ舞台にて)非常にお粗末な断罪劇を披露して見せたのだ

故に客人達はパトリックに対し内心呆れるより他はない


(あらぬ疑いをかけられたヨハンナ様も不憫だが、ご子息もコレでは母君であるメランドリ様も不憫でならない)


広間中のおおよその客人達がそう思い始めた辺りで、パトリックを完全無視したままでいるヨハンナ嬢と一言二言何やら小声で話をしていたこの場で最も気品あふれる女性がお広間の中心にいるパトリックの方へと歩いてきた


「騒がしいですよパトリック」


離れていくヨハンナと入れ替わるように怒鳴り散らすパトリックのそばに近づいてきたのは、先ほどまでスタイン家当主夫人として祝賀会へ参列していた客人に挨拶をしていたスタイン公爵夫人ことメランドリ・スタインで


「今はスタイン公爵家の次期当主をお披露目する時なのです、スタイン家の人間として自らこの場を荒らそうとは一体何事ですか?王都の流行りを真似た行いを人前で披露するような場では無いのですよ?」


平素と変わらぬ冷静な面差しと口調でパトリックの母親であるメランドリが場を仕切る者として、貴族子息とは思えぬ程に荒ぶった様を客人に見せ続けているパトリックを制しにかかる


「母上、私は貴族令嬢としてあり得ない所業をしてきたヨハンナとは婚約破棄をしたいのです!あの様な毒婦は王家の血を引くこのスタイン公爵家には相応しくない!」


断罪予定だったヨハンナから完全無視されて出てこなかった反応そのものが、メランドリの方から出て来たことに、パトリックはすぐに喜色をあらわしたが


「ヨハンナ様を毒婦呼ばわりとは…まったく貴方の王都かぶれは呆れたものね…」

「母上!」


今にも溜め息を吐きそうな声音で「王都かぶれ」「呆れた」と言ってくる自分の母親でもあるメランドリの言葉を聞いてパトリックは焦りを募らせた


「次期当主候補である貴方がスタイン家の祝賀会の準備の一つもなさらないで、学業そっちのけで思う存分に王都で遊びまわっていると思っていたら、今度はまともな社交すら熟せないご令嬢からの根拠のない世迷言を信じて大騒ぎするなんて…」


凪いだ湖面の様に静かに佇むメランドリの背後から、ヨハンナもあからさまに呆れた声音で王都でのパトリックの学園生活について物を申している


「遊び惚けて威張り散らかして…本当に愚かな子になってしまったのね?」


ヨハンナからの言い分を聞いたメランドリは溜め息を一つ吐いた


「母上は息子でありスタイン家の嫡子でもある私より、その毒婦の言葉を信じるのですか!」


ヨハンナからの言葉を聞いたパトリックはいよいよ怒色も隠さない大声を張り上げると


「王都での貴方の浮ついた行動などスタイン家でも当の昔に調べ上げているのですよ?まったくこんなのを今日の今日まで嫡子扱いする旦那様もどうかしているわねぇ?」

「えっ…?」


先ほどまで会場に来た客人達に向けていた鷹揚で華やかな笑顔はメランドリの顔から一瞬で消え失せて、かくや冷徹と例えた方が良いと思わせるほどの無表情な顔を、実子であり、スタイン家の嫡子であり、この祝賀会の中心であるはずのパトリックの方へと向けていた


「貴方が行うべき祝賀会の準備を、貴方の婚約者であるヨハンナ様が、余所で遊び惚けていた貴方に代わって行っていたのですよ?貴方が懸想していたおつむの軽いどこぞの小娘を虐めぬいている暇なんてなかったのは私が保証しているの、その辺分かっていて?」

「人を…人を!…使えば…出来ます」

「ふふ…うふふ…」


生まれてから成人間近になる今日まで、一度だって向けられた事の無い実母からの冷たい目線と発言に、パトリックは途端に焦りを覚えてそれでも何とかしどろもどろに口を開くと、それを聞いたメランドリは貴婦人らしい淑やかで軽やかな笑い声を上げた後に


「まともな弁解の一つも言ってくれるかと思えば、ここにきて気の良くて素晴らしいヨハンナ様が「人を使って他人に嫌がらせ」したと言いだすなんて…あの平民女やおつむの軽いお嬢さんや貴方ならともかく、ヨハンナ様はそんなつまらない事の為に人は使わないわ」


今度こそ妙に喜色めいた声でメランドリが(先ほどのヨハンナと同じく広げた扇子で口元を隠しながら)言った言葉に、いよいよパトリックの脳裏には警鐘が走り背中に冷や汗が流れ始めた


「利益の為に人を使いこなすのが貴族の本分でしょうっ!」

「「他人に関する流言が自分の利益になる」と言う思い込みだけで()()使()()()()()()なんてあり得ないのに…呆れたものね」


反論してくるパトリックを見て、更に目を細めていくメランドリの静かな佇まいにまるで気圧されたようにパトリックは半歩分だけ後ろに身を引く


「自分の利益の為だけに他人を傷つけても構わないって心根は本当に…本当に浅はかで血は争えないものだわ」


メランドリの口から何らかの()()()()()()が出て来たような気分になったパトリックは一瞬だけだが確かに思考が停止した


「は…母上…?」

「本当に残念ね、貴方はあの犯罪者共と離れてからは一回だって会わせていなかったはずなのにねぇ、どうしてここまでアレらに似てしまったのかしらん?やっぱり下卑たあの犯罪者共らの血を引いているせいなのかしらね、本当に困ったものだわ」


冷たい目でメランドリから続けて言い放たれた言葉には予想外な程に衝撃があった


「貴方が真っすぐに貴族の一人として成長していてくれれば、貴方はこの先もスタイン公爵夫人である私を「母上」って呼べたのにねぇ?」

「…何を言って…?」

()()()()()()()と言うこの状況を今になってもまだ知らぬのは夫と息子のみってところかしらん?」


扇子の向こうに隠れているメランドリの口の端はきっと上がっているだろうと想像しえる声音が、パトリックの耳と思考をじわじわと苛んでいく


「私が貴方の血の由来を知っていても貴方自身が殊勝に貴族として学びを得られていれば、お可哀想な真実を知らせずにこのまま私の実子扱いを続ける予定だったのに、どうして私からの恩情を自分で不意にしてしまうのでしょう?」

「私の由来…?」

「本当に残念な貴方の産みの母親や旦那様に似て、貴方も可哀想なおつむになってしまったのね」


目の前に佇むスタイン夫人が、自分の実母であったのなら出てこなかったであろう言葉を聞いたパトリックは嫌な空気を感じていたが、既にスタイン公爵夫人の口は止まらない所まで来ていて


「バウアーから報告を」


スタイン公爵夫人は自身の背後で控えていた若い執事に声をかけた


「ではご子息パトリック様とドーリス・アノーニ様に関わる報告を致します」


夫人の後ろから一歩前に出てきたバウアーと呼ばれた若い執事は、何やら文面が書かれた紙を片手に持って掲げた後


「パトリック様が学園高等部に入学した後、アノーニ子爵家令嬢ドーリス様や他複数人と不適切で過度な友好関係にあった事」

「ドーリス様から主観的で個人的かつ証拠不十分な言い分を聞き取り、証拠の提示もままなっていなかったそれら証言を鵜呑みにした後、自身の婚約者であるヨハンナ様にあらぬ罪を被せ、当家の家の者を許可なく使ってヨハンナ嬢に対する流言などの嫌がらせをした上で名誉棄損を行った事」

「学生の身でありながら学業に励むことも無く、タウンハウスの予算や資材に手を出して違法な方法で遊興費を工面し、その金を元手にドーリス様や複数の学生達と共に学園を抜け出しは市井の繁華街に繰り出して遊興にふけていた事」

「ご実家であるスタイン家が高位貴族の立場にある事を利用し、貴方が疎かにしていた学業の成績低下を誤魔化す為に学生や講師陣に対し脅迫行為を行って偽証させようとした事」


と王都でパトリックの周辺にて起きた後ろ暗い案件を、若い執事=バウアーを通してスタイン公爵夫人ことメランドリから公の前に次々と差し出されてしまった

当然バウアーが口にした「罪のないはずの令嬢相手に流言を語った」という内容に対し、パトリック自身覚えもあったのが一番頂けない


「貴方はスタイン家の者を使って、ファシトーア侯爵家の方々を攻撃なさろうとしていたのです」

「そ…それは…だってドーリスはヨハンナに…」

「貴方にとって都合の良い言い訳は結構よ、要らないわ」


しどろもどろになって言い訳をしようとするパトリックの口を閉ざすように、メランドリは厳しい口調で言いつける


「よく考えてごらんなさい?貴方の卒業を祝う場に婚約者の御実家であるファシトーア侯爵家の御当主がいないなんておかしい事に気づかなかったの?」

「あ…」

「事前に出席者様の名簿すら目を通していなかったのね、本当に外に出すのも恥ずかしい子になってしまったわ、はぁ~」


頬に手を寄せて重い溜め息を吐く母親の姿を見てから、パトリックは広間を見渡すと


「ファシトーア侯爵がいない…?」


婚約前から何度も会っていた社交界の重鎮の顔がない事に、パトリックは慌てて広間に集まっている貴賓達の顔を見渡してからようやくその異変に気付いた


「王都での貴方の行いに対して、あの温厚で実直なファシトーア侯爵家の御当主でも流石に怒りを露わにされておいでだったの、だから今回の祝賀会には欠席して頂いてたのよ」

「え…」

「本当は今日この場にて私の方から貴方とヨハンナ様の婚約が解消された事を皆さんに通知する予定だったのです」

「あ…」


自分が婚約破棄する側ではなく、()()()()()側だったと知りパトリックはいよいよ声を無くす


「王都での貴方の行いを知った王からも「東方交易の要であるスタイン家当主を継ぐ者として相応しくない」と直々のお言葉がございましたの」


先ほどまでメランドリの口元を隠していた扇子は今は閉じられて彼女の手の中で強く握り締められている


「なので当家は王のお言葉に従う事にしました」


この瞬間パトリックは(言われた言葉が頭に届くより先に)今まで見た事が無いくらいに口角が上がったスタイン公爵夫人の顔を見て、己の身辺が激変したのを思い知る


「本日この場で持ってスタイン家は、パトリック・ヴァン・スタインとファシトーア侯爵家令嬢ヨハンナ様婚約の破棄を宣言し、その上でパトリック・ヴァン・スタインを当家より籍を外します」


かくやメランドリは此度の顛末を、スタイン家の当主然とした佇まいのままに言い放った


「…な…なんで私を…こっこんな…私の卒業祝いの…為に大規模な会…まで開いて下さったのに?」

「当家に嫁ぐ予定のヨハンナ様と私が半年がかりで準備してきた祝賀会ですもの、たかだか貴方一人の行いのせいで中止にしては当家とファシトーア伯爵家の沽券に関わりますからね」


何てことも無い風にスタイン公爵夫人はこの祝賀会を開いた意義を口にする


「わっ私は!スタイン家当主のたった一人の嫡子だ!この場は学園を卒業しスタイン家当主になる私を寿ぐ場のはずなんだ!私をここで廃嫡にしたらスタイン家が潰れるのは必然!そんな事になっては母上だって大変でしょう!」

「ここにきて貴方は…他家や家ではなく身の保身しか考えないのね」


「はぁ…」とスタイン家当主夫人メランドリの口から重い…重い溜め息が吐き出された後


「国に仕える立場に居ながら、貴方は王のお言葉に逆らうつもりなのね?」

「あ…」


自分の危うい立場が上からの意志で既に決まっている事をパトリックはようやく悟る


「誰かこの者を摘まみだしてアノーニ子爵家へ返済品として宛がって頂戴」

「えっあ…何を!何をするんだ!離せ!無礼だぞ!私は私こそスタイン家次期当主なんだ!離すんだ!」

「この様な愚物であってもアノーニ子爵家の方々はきっと喜んで受け取って下さるわね、何せあそこのご令嬢はもう傷物とお噂がございますから、そのせいですっかり方々への婚約といったご縁も無くなっていると聞いておりますもの」

「母上!私は!私はスタイン家の嫡…!」

「余所のご令嬢を傷物にしたからには本当はこちらから慰謝料を払わねばいけないのですけども、あちらも我が家のモノに傷をつけてくれましたからね、コレの身一つさえあちらに贈れば収支は一緒だわ」


「慰謝料」「身一つで収支が一緒」と聞いて、自分が公爵家の籍を外されるだけでなくまともな持参金も無しに格下の家へ送られると分かったパトリックは暴れるだけ暴れて「自分はスタイン家の人間だ」と訴えたが、スタイン公爵夫人の眼差しは冷たいままだ


「貴方は確かに現スタイン家当主イレネー・スタイン様の血を引く子、だけど私が産んだ子では無かったの」


と今日の今日まで「実母」と信じていたスタイン公爵夫人メランドリから、俄かには信じたくない言葉を告げられる


「貴方があの女が産んだ子だと知っていたけどそれでも私は、貴方がスタイン家に相応しい人間に成れるよう育ててきたつもりなの、だけど所詮は犯罪をすぐに犯すような者の血を引いた人間だったって事ね…その程度の血に私が施した貴族教育が負けただなんて屈辱だわ、はぁ…」


長年スタイン公爵家を取り仕切ってきた淑女の口から深い溜め息と共に出て来たのは、現スタイン家当主はイレネー・スタイン絡みの醜聞だった


「犯罪…者…の子なんですか…私は?」

「ええ、そうよ。貴方の産みの親は旦那様と関係を持って貴方を産んでいたの、そこで愛妾契約でもすればよかったのに、よりにもよって私の実子と貴方をすり替えた犯罪者になっておいででしたわ」

「私をすり替えて…」

「当然その者らはスタイン家子息を「誘拐」した罪で憲兵達に捕縛されて、死罪こそ逃れたようですがそれでも鞭打ちの刑を食らっておりますわよ」

「け…憲兵…相手に」


高貴な貴族は取り締まれないが平民を相手に治安維持を行う憲兵に扱われる身分の者、もし貴族が犯人だったら騎士団が動くはずなのに


「本当はあの者らを死罪にしても良かったのですがね、スタイン家子息の「誘拐」の主な原因がよりにもよって旦那様が子供を産ませておいて愛妾契約すらなさらなかったせいだったのだもの…だからせめてもの温情として鞭打ちの刑程度におさめてあげたの」


憲兵管轄の役人風情に鼻薬を効かせるすらも出来ない程に、スタイン家子息の誘拐した犯人達は低い立場にいて、しかも一度は死罪になりかけ(公爵家からの温情の上で)鞭打ちの刑を食らった平民が自分の実母だった…と分かりパトリックは息を飲むしかない


「例え貴方の血の半分が平民でも、残り半分の旦那様の血に期待して私はスタイン家次期当主として相応しい教育を施してきたつもりでしたが、貴方はせいぜい公爵家の権威を振りかざすしか能が無かったなんて…本当に残念ね」


悪し様としか例えられない程の育ての母からの評価を聞いたパトリックは、さっきまでの騒々しさが嘘の様に目を見開いて息をするので精一杯の様だ


「侯爵家出の私の血こそ引いてなくとも、半分は確実にスタイン家当主で由緒正しい王家の出であるイレネー様の血が入っておりますからね?、教育不足な貴方がアノーニ子爵家へ行ってもきっと大事にして頂けるはずよ」

「あ…うあ…そんなぁ…」


そう言いながらスタイン公爵夫人がまるで塵芥を見るような情の一つも無さそうな顔で


(パトリックをココから出すように)


と家の者に仕草一つで指示を出したのを見て


「嫌だっ!」


この瞬間からスタイン家より身一つで放り出されるのを悟ったパトリックは祝賀会で集まった尊き客人達の前にもかかわらず、涙を零しながら成人手前の大きい体を小さく丸めて尚もその場に居座ろうと抵抗したが、スタイン公爵家御用達の屈強な護衛達を相手にはまったく歯が立たず、縮こまった体勢のまま子供の様に抱えられて、今まさに広間から運び出されようとした時、パトリックは終始つまらなそうな顔をしたヨハンナ嬢と目が合い


「ヨハンナからも口添えをっ!」

「 … 」


学園に共に通っていた時にも見たヨハンナ嬢のまるで凡愚を見るような冷たい視線を向けられて、パトリックは一瞬言葉が詰まる…が挫けそうな心を奮い立たせて尚も声をかけた


「お前は!お前は私を愛していただろう!」

「ふふ…おかしな事をおっしゃっている方がいるわ」

「ヨハンナっ!」


婚約が決まってからずっと献身的だったヨハンナ嬢から出て来た非情な言葉に、パトリックは今の自分の立場を忘れて大声を上げる


「「日頃から冷たく公爵家の財産が目当ての融通すら利かない毒婦」である私からの愛などより、「女神の様に寛大で花の様に愛らしく、驚くほどに機転もきく」ドーリス様から頂く愛情でもって、ご自身のお立場を守って頂ければよろしいでしょう?」


王都での学生時代に何気なく口にした自身の言葉を、まるで見て来たかのように口にしたヨハンナを見て


「何でそれをお前は…」


(あの場にはお前はいなかったはずなのに…)


かつて平民街の連れ込み宿にドーリスを連れ込んで相手した時に言った言葉を、なぞるように一文一句漏らさずこの場にてヨハンナ嬢は言ってのけたのだ


(どこでバレた…)


結婚後の愛妾契約はともかく、結婚前のしかも婚約済みで学生の身の上での不貞行為は、流石に余人から見ても目に余るのだ、例え相手有責で婚約破棄が出来たとしても、ソレが発覚すれば途端にこちら側が有責扱いされるほどのスキャンダルになる

だからこそあの時「貴族が誰一人としていない平民街の連れ込み宿に行けばよい」と、普段から頭が良くて機転もきくドーリスは言っていたというのに…


「平民街へと赴く際は面倒でも「小銭を持って行きなさい」って教えていたのに、忘れて行くなんてとことん旦那様に似てしまわれたのね」


メランドリが何気なく言った言葉を聞いて、パトリックは思考を現実に戻す


「平民街…小銭…はっ!」


パトリックが初めてドーリスと連れ込み宿を利用した時、いつもの様に「ツケ」による支払いが出来なかった上に、二人共平民達が使っている僅かな小銭すら持ち合わせて居なかったせいで、連れ込み宿での支払いの折に一悶着を起こしていたのだ


「家の者に使いを出して支払わせるわ」


とドーリスは実家であるアノーニ子爵家に連絡して、ようやく連れ込み宿の支払いを済ませていたのだが、当然その時点でドーリスの実家には二人で連れ込み宿を利用した事がバレて、そこから芋づる式に学園の友人達にもバレて暫くは内輪で馬鹿にされていたものだが、ここにきて


(どこまでバレているんだ…)


一過性で小範囲程度の噂で済んだと思っていた学生時代の醜聞が、時過ぎた今になって何処まで広がっているのか…と想像したパトリックはいよいよ背だけでなく全身に冷や汗が流れ落ちていくのを感じる


「父と子って本当に似るのね、旦那様も学生時代に同じような失敗をされていたわ、あの時は連れ込み宿ではなく平民街の娼館でございましたが、あの時も密やかにでしたけど学園中に噂が広まっていたわね」


嫌味に思えるほどメランドリがにっこりと微笑んで言っているのが目の端に映った

同時に広間の最上位席に静かに佇んでいる父、スタイン家当主イレネー・スタインの姿が目に入る


(父上…も?)


パトリックが思い描く往年のイレネー氏は常に王都のタウンハウスの広間か、彼の古巣たりえる王宮の社交場にて複数の取り巻きを侍らせている姿だ

なのに今日に限っては王都に住まうイレネー氏の取り巻き達の姿はレイル州のカントリーハウスの広間内には無く、気のせいかどこか居心地が悪そうにしているイレネー氏の姿に妙な違和感を感じた時


「若りし頃の旦那様の失敗を踏まえた上で、パトリックには「平民街に赴く時は面倒でも小銭を持ちなさい」と王都に送り出す時に言っていたのにねぇ…」

「パトリック様の()()お噂を学園内で耳にした時は「メランドリ様の愛情あるお言葉がパトリック様に届いていなかったのね」と実感致しましたわ」


ヨハンナ嬢とメランドリのまるで嘆くような口ぶりで言っている言葉を聞いて、いよいよパトリックの顔は恥ずかしさで赤くなっていく


「本当にドーリス様がお労しいですわ、嫁入り前のお体でしたのに…よりにもよって平民街でなんて…」

「ヨハンナ…お前はどこまで…」


「知っているのだ」とパトリックが続ける前に


「貴族が言う「人の使う」っていうのは()()()()()()()()()()()()する事を言うのですよ?どこかの半人風情の様に余所様を虐めぬく為だけに人を使う事を言うのではないの、貴族としてこんな簡単な事もご存じなかったのかしら?」


「まぁ…私のような毒婦の口添えなど不要でしょうけど」と、クスリと微笑んだヨハンナの顔には侮蔑が含まれているのを見て、パトリックはいよいよ今の自分にはもう味方がいない事に気づく


「…私は…私は…」


錆びた道具の様にすっかり動きが鈍くなったパトリックはそのままスタイン家の広間…もとい貴族社会の表舞台から追い出されていった


「「「 … 」」」


婚約破棄劇から始まり次期当主候補の廃嫡劇で終わったのを、半ば呆然と見ていた招待客達の意識を現実に戻すように


「さあさ皆様、余興はここまでにしてこの祝賀会の趣旨であるスタイン公爵家次期当主のお披露目にうつりますわよ」


と手をパンパンと軽く叩きながら、この祝賀会の主催者の一人であるメランドリは広間内に程よく響く声音で本番の時が来た事を告げる


ー が


(((一人息子で次期当主だったパトリック様を廃嫡にしては一体誰がスタイン家を…)))


という考えが滲み出るような雰囲気が広間を支配していた

ここにきてメランドリの血は引いていないと発表されたとしても、パトリックは誕生時から確かにスタイン家の一人息子としてスタイン公爵家次期当主と長年見なされていた為


(今更になって他に代われる者はいないはずだ)


と思う者も少なくなかった、しかし


(先ほど夫人は実子の「すり替え」や「誘拐」と言っていたな)


先ほど「パトリックを産んでいない」とメランドリの発言を聞いた時点での広間に集まった客人の中には敏い者もいたようであったし、同時に古くからスタイン公爵家やメランドリと親交があった者達には、かつてパトリックが世に生まれる直前までメランドリ自身が妊娠していた期間があったのを知る者も少なからずいた


「…メランドリよ」


先ほどまで親子同士の廃嫡劇を大広間の端の方で静観していた現スタイン公爵家当主ことイレネー・スタインは、今なお淑女めいた軽やかな表情を張り付けたままのメランドリの傍へ歩み寄ってくる


「其方はパトリックを愛してはいなかったのか?」


まるで困惑したかような表情でイレネー氏はメランドリに問いかける、が


「そんな些末な事でレイル州を統べるスタイン家が潰されては堪りませんわ」


メランドリの言葉はイレネー氏の想像よりも厳しいままだ


「パトリックの事が些末…」


パトリックの育ての母であり、自身の妻であるメランドリからの情が見えない言葉にイレネー氏は口を噤んだ


「ご安心下さいませ旦那様、スタイン公爵家次期当主は貴方と私の両方の血を引いておりますわよ」

「メランドリは私を…怒っているのか…?」


華やかなはずの祝賀会に似つかわしくない表情で何かを振り絞るような声でイレネー氏は、淑女らしく微笑むメランドリに問いかける


「怒るも何も私は邪道を常道に戻しただけに過ぎませんわ、それにパトリックが公爵家の一員として自覚していればここまでする予定はなかったのですのに…本当に残念でしたわね」


にっこりとここ数年、王都のタウンハウスでは自分には見せてこなかった笑顔を向けてくる妻を見て、彼女の内側で荒ぶる本心を垣間見た様な気になったスタイン家の主人で夫であるイレネー氏は、勢いを削がれる様に次の言葉を発せなくなる

そんな妻の威勢に口を噤んでしまったイレネー氏を見たメランドリは、すぐさま意識を広間の方へと向けて


「さあさ、祝賀会の本番はこれからでございますよ」


スタイン公爵家当主夫人であるメランドリは自身の格を見せつけるように、広間内の客人達へ華やかな声音で言い放つ


「スタイン家の次期当主…いえ()()()()()()()()()()を私から皆様に紹介致しますわ」

「「「 !? 」」」


先ほどパトリックから嫡子権やスタイン家籍が剥奪された件よりも、ずっと衝撃的な言葉がメランドリの口から出てきたのだ 


「っメラン…ドリ…?」


すっかり勢いを削がれ意気消沈していたイレネー氏は、予想外な妻の言葉によって意識を現実に戻したが…


「イレネー様、この時でもって当主の座より降りて頂きます」

「 !? 」


知らぬ間に傍によってきていたのか妙に見覚えがある騎士達にすぐに周囲を囲まれ、あっという間に自分の手は後ろ手にされて捕まっていた


「無礼ですよ!放しなさい!今すぐにです!メランドリっ!貴女からもこれを解くように言いなさいっ!」


まるで犯罪者の様に後ろ手に捕まって床に膝着く姿を見せる公爵家当主イレネー氏の姿に、微かに息を飲む者こそいるが、イレネー氏の言葉の意に沿おうと動く人間は何故か一人としていない


「何十年も王都どころか生まれ育った王宮内の離宮からもほとんど出てこない旦那様なんて、東方辺境所轄のスタイン家には必要ないの、それを結婚から十何年も経ってもお分かり頂けなかった旦那様の有様は本当に残念でございましたわ」


今までで一番華やかな笑顔を向けてくるメランドリを見て、イレネー氏は一瞬だけ息を飲んだ後


「わっ!私は!スタイン家のっ!いえっ!王弟ですよ!次期国王なんですよ!こんな事をして許されると思っているのですかっ!?」

「王太子が決まった今になってもなお、ご自分が「次期国王」だと名乗るとは…旦那様が王都で王位簒奪を計画しているという噂は本当でしたのね」

「…メランドリ…?」


華やかな笑顔が一転して今度は恐ろしくも思えるほどの無表情で自分を見下ろす妻に、イレネー氏はいよいよ息を止めて妻の向こうに見えるスタイン家広間のシャンデリアを眺める


(これは…スタイン家は私の後ろ盾では無かったのか…?)


見慣れない天井とシャンデリアを背景に、まるでこの家の主人の様に威風堂々と立っている己が妻=メランドリの姿を見てイレネー氏は一瞬だが気圧される


(王族である私がこのスタイン家に入ったからこそ侯爵から公爵に至れたと言うのに…)


現王の弟としてイレネー氏は生まれ成人した際に、王国の東方支配の要であるレイル州のスタイン家に婿入りし、スタイン公爵家の当主になったと認識していたのは只の勘違いに過ぎなかったのか…と思える程に、今のスタイン家の広間はメランドリの独壇場となっているのだ


(こんな扱いを受けるのなら、たかがスタイン家嫡子の成人祝いの場だと軽んじて、王都の配下達を置いてくるべきでは無かった)


婚姻によりスタイン家の当主に降下しようとも、自分は現在でも王家の者だと言う自負があったイレネー氏は、地方貴族に過ぎないスタイン家のささやかな祝いの場に王都の国政を担っている配下達をわざわざ連れてくるのは筋ではないと判断し、彼らを王都に置いてきたのだが


(私を支持する者らがここにいれば、この様な目に遭わなかったのにしくじった)


と思考を巡らせているうちに、スタイン家の女主人メランドリの後ろからこれまたイレネー氏の記憶にある高位役人風の男が進み出て


「レイル州スタイン公爵家当主」


と冷たい床に膝をつくイレネー氏の前へ立ち声をかけてきた


「おおっ!これはこれは最高判事殿っ!貴方もこの場に呼ばれておいでだったか、どうか貴方からも私を解き放つよう…」


敵地に援軍を見た様な気分になったイレネー氏はすぐさま喜色満面になって、王宮での社交の場にて見かけていた最高判事と呼ばれた男へと声をかけたが


「いい加減、貴方も腹をくくる時がきましたよ」

「え…?」


難しい顔で王都の最高判事は、彼に仕える秘書と思わしき若者が徐に差し出してきた仰々しい厚めの紙を受け取り


「イレネー氏は長年に渡る「王位簒奪の計画」及び「自領の意図的な放棄」の犯した罪で、本日を持って氏からスタイン家の籍を剥奪し、メランドリ夫人との婚姻関係の解除を命ずる」


と恭しい声音で言った後に「尚これは王命である」と伝えてきた


「…王命?これを兄様が…?」

「私は代理ですが、これは確かに王命でございます」


喜色満面な表情から一瞬で、親に捨てられた子供のような顔で呆けるイレネー氏に対して、王都から来た最高判事の男は続けてイレネー氏からの問いに答えた後に、玉璽印が押され現役の王であるイレネー氏の実兄のサインが書かれた紙を眼前につきつけると


「イレネー氏の訴えは王都で聞きます、さあ、王宮騎士様方イレネー氏を連れて行って下さい」


王都から派遣されていた屈強な王宮騎士達は、「王族の私を守らないとは不敬だ!」「私は次の王だぞ!」「こんな事は許されないんだ!」と唾を飛ばしながら喚き続けるイレネー氏を後ろ手で捕まえたままスタイン家の広間から連れ出して行ってしまったのだ

パタンと広間の扉が閉まると同時に騒がしかったイレネー氏の声は途絶え、客人達の呼吸音や衣擦れの音だけが場を支配していた


「それではメランドリ様、皆様に当主交代の報告をお進め下さいませ。王からは既にスタイン家当主交代のお許しは頂いております」


そんな中で最高判事の声が響き渡ると


「王宮や王都の皆様には長年に渡り、私の元夫や息子達の為に御足労おかけしました事へのお詫びと、スタイン家の名誉を守って下さった事への感謝を申し上げます」


平坦にも聞こえそうなメランドリの声が続いた


「…メランドリ様、これは書面には正式に記しておりませんが、王命発令時に王からは「我が愚弟のせいで其方やレイル州の民には長らく迷惑をかけた」とお言葉がございました」

「まぁ…わざわざ当家の為に…その様な身に余るお言葉まで下されるなんて…」


一瞬感極まったような声を発した後、メランドリはまるで息が詰まるように静かに声を震わせるようなでも実際は平坦に聞こえる声音へと戻っていく


最高判事の男は過去の判例などで人の心情の動きなどをつぶさに眺めてきた、だからこそイレネー氏との婚姻から今この時に至るまでメランドリが受けてきた長年に渡る苦労などを王都での世情や社交の場や噂などを垣間見た上で今の彼女の心情をすぐに察していた


「メランドリ様からのお言葉は、王にしかとお伝え致します」


と次に進む為の言葉を最高判事の男が言うと


「…お気遣い頂きありがとうございます」


彼からのささやかな思いやりが込められた声かけを聞いて、すぐに気を取り直したメランドリはいつもの完璧な淑女の微笑みを湛えながら美しいカーテシーで広間から出て行く王都からの高官を見送るメランドリの姿を、広間にいる客人達は黙って見ているだけだ


(ここまで長かったわ…)


淑女の微笑の下で、メランドリは長らく背負ってきた荷物が漸く降りた事を実感していた


(スタイン家に要らない者達は全て消した)


今や彼女の脳裏にあるのはこの一心のみである



スタイン公爵家当主夫人メランドリ・スタインは、元々は王国の東方交易の要になる港を抱えるレイル州のスタイン侯爵家の長女として生まれている

下には一人妹がいたが、妹が生まれた時に母親の産後の肥立ちが思わしくなく、そのまま跡継ぎになる男が生まれる事が無いままに亡くなってしまったので、一番上だったメランドリが総領娘として他から婿を取りスタイン家の跡を継ぐ事が決まっていたのだ

そんなスタイン家の総領娘だったメランドリが一人前の貴族として認められるべく、王都で貴族御用達の学園に通い始めた頃に、当時の王の命により第二王子だったイレネー氏と婚約が決まり、スタイン侯爵家は王族の血縁に入った事で公爵の位を授与されたのだ、がしかし


「私は其方を愛する事は無い」


と婚約の初対面時にイレネー氏は、うら若きメランドリに対して一言釘を刺してきた


「私は父上の跡を継ぐ王に成るのだ、お前のような地方領主の娘を相手している暇など無い」


そんな言葉を付け足してから彼は呆然とするメランドリの前から去り、第一王子の婚約者=東国から留学していた姫君のケツを追い回す日々へと戻って行く


(王太子と友好外交の要たる東国の姫君の関係をこれ以上拗れさせないように、要らぬちょっかいをかけてくるイレネー様を自領付きの私に宛がわせたって噂は本当だったのね)


早くより総領娘としてスタイン家及びレイル州を守るべく教育を受けてきたメランドリは、学園入学時の未成年の娘と言えどもこの時点で既に非常に敏い娘に育っていたので、急に自分が置かれたポジションを既に客観視できる程度には冷静だった

先ほど呆然したのは、馬鹿正直に自分が不利になるような発言を容易にしてきたイレネー氏の貴族らしからぬ挙動に単純に驚いたからに過ぎない


(イレネー様のお母君が平民の出だとは聞いていたけど、まさかイレネー様も同じくらいに迂闊な方だったとは思わなかったわ…)


王族が平民の出の者を寵愛する事は王国の長い歴史上度々あったが、それでも寵姫として妻子共々離宮に隠し住まわせて子供を貴族社会に出す事は無かった

が、先王に限っては寵愛した平民出の女に何をどういう風にそそのかされたのか「人は皆平等」と宣っては、素養もないのに平民の女を側妃に、平民の血を引いたイレネー氏を第二王子として表舞台に出してきたのだ


「王妃様がお産みになった第一王子を王太子に決めた後だったから何とか無難に過ごせているが、もしあちらの側妃が産んだ子が先だったら…」


とメランドリとイレネー氏の婚約が決まった当時、メランドリの父親だった先代スタイン家当主は度々ぼやいていたものだ

当時はまだ王太子だったイレネー氏の兄君の評は「優秀なれど王になる身としては凡庸な方」と評されていたが、それでも


「東国の姫君を妻にして私が次期国王になる」


と正妃の子であり王太子でも兄であるを差し置いて、己の立場すら弁えない発言をしながら、学園内を好き勝手に蹂躙闊歩し、学業を疎かにして平民街の娼館に通い詰めているイレネー氏の姿を見た者達からは


「凡愚なアレに比べたら王太子の方が全然マシ」


と余りにも悲しい相乗効果で、王太子としての地位を固めていく羽目になったのだからいっそ不憫なもので


「あの愚弟に王位を取られて後の世でアレ以上の凡愚扱いされるなら、只の凡庸であってもいくらでも苦労をしてでも、善政を行い王位に食らいついていた方がマシだ」


そんな事を後の世で王の位に就いた兄君がこっそりとぼやいていたくらいに、当時のイレネー氏の凡愚っぷりは王族どころか貴族としてもあり得ないものだった

そしてそのイレネー氏の凡愚っぷりは学園を卒業し、成人し、スタイン家に婿入りしても変わらず、婚後すぐにメランドリがイレネー氏との子を懐妊したのを確認すると


「其方との子が出来たようだな、ならば私はこんな田舎でする事は無い」


とお言いになってさっさとイレネー氏は王都へと返り咲き、結婚し王家を出ていった後も先王と側妃が維持させていた第二王子時代の離宮へと引っ込んでしまったのだ

最悪だったのはその後だった


夫が領地にいないままメランドリは産み月を迎え無事元気な男の子を産み落としたが、よりにもよって産後の疲労時の隙をつかれて、イレネー氏がレイル州にいた頃に手を出していた平民のメイドの手により、生まれたばかりの子供を取り替えられたのだ

運が悪かったのは取り替えられたの子供が二人共揃ってイレネー氏に似て王家由来の黒髪だった事で

運が良かったのはメランドリが産んだ直後の時点で、自分の子には特徴的な場所にほくろがあったのを確認していた事だった


(あの時生まれた時にはあったはずのところに、ほくろが無かった事に気づけてよかったわ…)


実子を産み落とした次の日、初乳を与えようとした際に特徴的なほくろが無くなっている事に気づき、目の前の子供が実子ではないと一瞬で察したメランドリは、先代スタイン家当主を初めとした家の者のほとんどを使って、平民のメイドに誘拐されていた実子を見つけ出している


誘拐したメイドはスタイン家の屋敷に働いていた際、イレネー氏に手を付けられ愛妾契約も出来ずに彼の子を産み落とし、まともな仕事につけなくなっていた鬱憤で、子を産んで動けなかったメランドリの隙をつき実子とメイドの子(=後のパトリック)を取り替えて、攫ってきた子供を今まさに手にかけようとした…ところで、スタイン家の者に連れられた憲兵に捕まって…と後は前述した通りだ

そんな苦労の末で誘拐された実子を手元に戻したその時、メランドリはスタイン家当主として一気に覚醒したのだ


(当主が不在の家は荒れて当然、イレネー様は死んだ者と見なしてでも私がスタイン家を守らねば!)


イレネー氏が婿入りした事でスタイン家が公爵位を賜った手前、先代のスタイン家当主は当主には戻れない

ならば長い歴史上当主が早死にした時の例に倣い、残された当主夫人が家を守り運営する体でスタイン家を守り、愛するレイル州を繁栄に導こうとメランドリは決意したのだ

それからメランドリの行動は速かった


誘拐犯であるメイドを手引きした家の者を割り出して一気に処分

念の為メイドが置いて行った子供=パトリックを残党らからの攻撃の囮とする為に表向きには嫡子とした上で、本物の実子の方は当時の執事長セバスの子として屋敷内で育て貴族教育のみならず領主教育を施す事を秘密裏に決定する

そしてイレネー氏が婿入りした事で入れ替えが発生した家の者達を元の状態に戻し

イレネー氏が公爵家当主に就任した事で強制引退をくらっていた先代当主である父を領政のご意見番として家臣に配し

イレネー氏が適当に誘致してきた商会などは十分に検分した後で不適切な経営をしていると判断された商会を片っ端から追い出すなり潰すなりしていく

当然、夏の王都での社交シーズンには夫のエスコートも無しにメランドリは一人で参加し、不出来な夫の噂(事実)を社交界のみならず経済界、外交先などに伝播させている


そんな風に結婚しても王都に引きこもり遊び歩くだけで政務どころか世情すらまともに分かっていないイレネー氏と、先代から変わらぬ堅実な領運営を行っているスタイン家の歪な関係を見せつけていった


「私の弟がすまない、もう少しだけ我慢してくれないものか」


ちなみにこれはメランドリの結婚3年目を迎えた夏の社交シーズン、その年の春に王と成った王太子=現王より王城へ呼び出され賜った言葉である

謝罪してきた相手が王たるものだとはいえ、あちらがメランドリに謝罪して来るのは当然な状況だったのだ

現王の基盤を盤石なものにする為に、邪魔だった王弟イレネー派閥の勢力を抑え込もうと、スタイン家の総領娘だったメランドリと結婚させて、スタイン家が直轄している国の端に位置するレイル州へと押し込んでいる

なのに元から問題児なお貴族様だったイレネー氏ときたら、当時の現王派閥の思惑や貴族の常識からは想像できない行動をしてのけたのだ


結婚後イレネー氏はレイル州スタイン公爵家の当主に就任したのにも関わらず領政には手を付けずに、メランドリの腹に自身の子であるスタイン家の跡継ぎが宿ったのを確認するなり、その子の誕生すら待たずに王都に帰郷してしまった

更にはイレネー氏の母である先王側妃が住まう離宮へとすぐさま引きこもって先王と先王側妃の庇護下に入り、偶に表に出たと思えば今度は学生時代の取り巻きが主催する社交場か平民街の娼館通いと学生時代より随分と爛れた生活をしていたのだ


「まさかあの男があそこまで貴族の自覚が無いとは私も予想してなかったのだ、あのような奴を君に宛がわせてしまい本当にすまなかった」


なのでイレネー氏と半分だけ血を分けた兄であり、即位したばかりの現王の耳にもすぐにその事実は確認され、スタイン夫妻の結婚後の生活について問われ事実確認した後に、メランドリに向けて言われたのが先の言葉だ

もちろんこの時点で実子誕生時の取り替え事件は王に報告済みである


「もう少しだけ耐えてくれないか、もうしばらくすればアレの一番の後ろ盾は無くなろう」


と言った現王の言葉は正しく、既に老いて王位から退いていた先王はその年の秋の気配が濃くなった頃に崩御され、それに続く様にイレネー氏の実母である先王側妃も冬の初めに亡くなっている

先王側妃に宛がわれた離宮で引きこもり生活をしていたイレネー氏は、主人が居なくなった離宮から住まう資格無しと追い出され、漸く婿入りしていたスタイン家へと戻ってきたのだ

が、流石は凡愚の名を冠するイレネー氏はG並みのしつこさで悪い方向にしぶとかった


「私は次期国王だ、このままおめおめとレイル州のような田舎領地などに引っ込むつもりは無い。其方はスタイン家当主である私を援護しなさい」


と出会った当初から冷たくあしらってきた妻の前で、非常に夢見がちでダブルスタンダードなお言葉を宣言した上で、スタイン家が所有する夏の社交用の王都のタウンハウスを図々しくも当主面して占拠してきたのだ

が、事前に王族内のゴタゴタを把握していたメランドリは、後ろ盾だった王族がいなくなったイレネー氏の行動を予測していて、適当なタウンハウスの一つだけ彼に明け渡し、王家側からは相応の慰謝料と自領からほんの少しのお小遣いをイレネー氏に年金として渡しつつ、イレネー氏が愛してやまない享楽的な王都内へと閉じ込めて、後はイレネー氏が王都で起こす騒動を王家と連携を取りながら、方々への被害を最小限に抑え込んできている

そうしてメランドリは邪魔な夫がいないレイル州で一人、領地運営しつつ実子と夫の愛人(?)の子を育ててきたのだ


(もしあんな事が無ければ、旦那様は今でも王都に引きこもっていられたのかしらん?)



しかし邪険に思いつつも、公爵位にあるイレネー氏を相手になあなあと事を治めてきた状況が一変したのは三年前の夏


東国より入国した者を介して謎の流行り病が発症されたのだ


東国貿易の玄関口になるレイル州一つまりは王国で一番の港を有する街には謎の流行り病が蔓延していく

同時に王国内の流行り病の伝播を防ぐべく、レイル州から王都や各州を繋ぐ街道や海路は一斉に封鎖され、交易収益が主となるレイル州やスタイン家の利益は激減した

そんな状況下で最も運が良かったのは、レイル州で病が発覚したのが王都での社交シーズンの夏季で、領地運営の主であるメランドリは夏の社交の為に、嫡子であったパトリックは王都の学園に通う為にとスタイン家の表立った主要人物たちが揃って王都に居を一時的に移していた事だ


謎の流行り病の伝播を防ぐ為に、仮の主であるメランドリが不在であっても、領政のご意見番役を担っていた先代当主は自主的にレイル州の交通網を封鎖させ、当時のスタイン家の執事長だったセバスは謎の流行り病の適切な対処法を領内に伝授した後に、たった一人で早馬を走らせ乗り潰して、王都に滞在していたメランドリに間接的にレイル州で流行っている病について報告してきたのだ


「流行り病に対処し切るまでは、レイル州に戻ってはならない」


との一報を届けられた時、セバスは半ば半死半生の状態であったとメランドリは聞いている

老体に無理をさせて王都に辿り着いたものの、過労によって弱りきった体に件の流行り病を発症していると気づいたセバスは、誰にも近寄らせず看病させなせずにタウンハウス内の物置小屋で一人でそのまま息を引き取ったのだった


「近寄るだけでも映る病気かもしれませんので、どうかこのまま要らぬ物置小屋で寝泊まりさせて下さい」


と伝えてきたセバスはこの時点で流行り病の特徴の一つである高熱を発していたらしく、たった一人で古い物置小屋に引きこもった三日後には返事が無くなり、それから一週間もしないうちに中から死臭がしてきた為、事前にセバスから依頼されていた通りに物置小屋ごと燃やされ、物置小屋が焼け落ちた後に黒く焼き焦げた死体となりその場に埋められている


(このまま何もしないで流行り病が蔓延する領に帰れない)


と悟ったメランドリも王都のタウンハウスにてレイル州の封鎖による経済打撃を緩和させるために、王都でしか出来ない社交を端から熟して、方々へと赴きながらレイル州の経済危機に対処していた

当然、お飾り当主だったとはいえ、別のタウンハウスに居を構えているイレネー氏にもレイル州の流行り病や封鎖により落ち込むであろう所得について報告していたのだが


「次期国王である私が流行り病に倒れるなどあってはならないだろうに近寄るではない、レイル州の事はお前達のみで対処しろ」


とだけ言って案件を放り投げた

そして前と変わらず彼はレイル州ひいては王国全体の危機にも関わらず、我は関せずとばかりに今まで通りに遊び歩くだけであった


(王家にアレの世話を頼まれたから世話をしてあげていたけど、これ以上の世話はもう無理だわ)


その時メランドリはイレネー氏のスタイン家当主の強制引退、及び貴族社会からの追放を決めたのだった


(お飾り当主なんて当家には要らない)


確かに王家からはアレの多額の餌代…ゲフンゲフン、えっとイレネー氏への迷惑料…もといスタイン家への慰謝料は頂いてはいたが、住まう家が危機的状況にあっても動かない金食い虫など居るだけ邪魔なだけだ

流石に政界の重鎮枠に入るスタイン家がこのような未曾有の危機的状況になっても動く気配すらないアレを見れば、鷹揚な王家や他家とてアレを貴族社会から追い出すぐらいの気概は見せてくれるだろう


(この件で少しは旦那様に残っていた取り巻き様方も目が覚めて、身辺から手を引かれるでしょうね)


本当に普段の決まり文句「私は次期国王」の言葉通りにイレネー氏が次期国王を狙うのであらば、此度の危機は言わば渡りに船な案件なはずなのだ

彼が先頭だって東方から伝播した流行り病をレイル州という水際で沈静化させるほどの気概を見せれば、その叶わぬ「次期国王」の芽もこれを機に芽吹くだろう…と言うのに、流行り病を単純に毛嫌うばかりで、自領や自宅の危機に対し完全放置、完全無視を決め込んで、平和な王都であいも変わらず遊んで呆けているのだ

そんな貴族としての鼻も聞かないイレネー氏は、国王に相応しくない人物であると陰に証明したも当然だった


東からの流行り病の伝播から約二年後、スタイン家の家の者やレイル州の民の尽力により、流行り病は水際で防がれ沈静化し、レイル州に戻れずとも王都や各州へ赴いては各方面からの協力を得た上でレイル州の経済危機を最小限に抑え込んだメランドリは王都から二年越しのレイル州への帰還を果たす


「皆…頑張ってくれたのね…」


二年前のセバスの決死の報告の時点でメランドリはレイル州のみならず、王国すら全滅の途にあるのではないかと考えていたのだが、皆の努力と共に不幸な死を乗り越えた上で最悪のシナリオが起きる事は決して無かった

しかし、二年前の初夏にレイル州を出立した時には無かった粗末な墓標は東方貿易の要であるレイル州一の港町に進むにつれて次々と増えていき、農地にはポツポツと作業する人は見えていても働き手が足りないのか管理が行き届いてない端の方が荒れ始めていて、かつては人で溢れかえっていた商店街は次第に閑散としていき、東方からの船の帆が無数にはためいているはずだった港の景色は海風の音だけが届くだけの非常に寂しい風景に変わっている


「お帰りなさいませ…メランドリ様」


王都から順繰りとレイル州内を視察しながら帰還したメランドリを、海や港を一望出来るカントリーハウスにて出迎えたのは先年王都で亡くなったあの執事長セバスの息子で、メランドリの実子でもあるバウアーだった


「やはり先代も…お父様も亡くなられていたのね」


流行り病が始まった年の冬の初めには、メランドリの父親である先代当主の直筆の報告書が来なくなっていたので、王都に居ながらもメランドリは父親が置かれていた状況について薄々だが勘づいてはいたのだ


「はい、執事長セバスが王都に向かった後に流行り病に倒れてそのまま…」


バウアーが気まずげ…いや悔し気な表情で報告して来る


「ふふ…きっとお父様から「私の死は王都に報告するな」って言われていたんでしょ?」

「はい…見事な引き際だったと人伝に聞いております」

「あら?貴方が看取ったのではないのかしら?」


メランドリの実子であるバウアーは表向きには先代執事長セバスの子とされているが(暫定当主のイレネー氏や身代わりであるパトリック以外の)スタイン家内では歴としたスタイン家の嫡子候補として扱われていて、祖父にあたる先代当主にも公私共に可愛がられていたのだ、だから祖父の死を身内として看取ったものだと思っていたのだが


「私は…スタイン家ひいてはレイル州の最後の希望だから流行り病と思わしき病人には一切近づくな…と父セバスから言われておりましたので、私は死の床につかれた先代御当主様を看取る事は叶いませんでした」

「そうだったのね…セバスの方も見事な引き際でしたわよ」

「では…父も王都で流行り病に」


バウアーも報告の後に王都から帰還しないセバスに対して覚悟はしていたのだろう、平素な表情に戻してメランドリの言葉に耳を傾けている


「王都での感染拡大を防ぐ為にね、報告の後にすぐに熱を出して…夏の家の要らぬ物置小屋でたった一人で亡くなりましたわ」

「そう…でございましたか…」

「皆…皆頑張ってくれましたね、貴方達が生き残ってくれていて私は本当に嬉しいの」


セバスの初期の対応が功を奏したのか、スタインの屋敷内に絶望的な流行り病が蹂躙した後であっても何人かは家の者はちゃんと生き残って、こうして迎えてくれている

が、そのほとんどは体力がある若者ばかりで、昔からの顔なじみで賢く腕が良かった老齢の者達は軒並み姿を消しているのが分かり、メランドリの目頭が熱くなっていくのを感じたが、それでも


『スタイン家ひいてはレイル州の最後の希望』


といかにもセバスが言いそうな言葉がメランドリの脳内に響きわたると、目の前に立っているバウアーの存在を思い出し、今にも零れそうだった涙をグッと抑えた


(そうよ、これからがレイル州の本番だわ)


少なくなった働き手の確保に、封鎖していたレイル州の街道の整備、流行り病に対する偏見の払しょく…etc

生き残った者達に課された問題は山積みなのだ、ここで皆と共に肩を落としてもそれらは消えてくれない


「お疲れさまでした皆様、この二年よくぞ耐え忍びましたね、スタイン家当主夫人として感謝します」


メランドリは渾身の笑顔で胸を張り、生き残った屋敷の若者達に謝辞を述べると


「このレイル州の未曽有の危機に対し、私は王家や各州より協力の意を取り付けて参りました。これからはレイル州の復興に向けて一丸となり動き出しましょう」


と宣誓した


(私は持てる力…いやそれ以上の力でもってこの子達とレイル州を守り抜く)


父やセバスなど今までスタイン家や自身を守ってくれていた者達はこの二年で皆死んでしまったが、そんな地獄の夜はとうに明けている、後はメランドリが最年長の者として無事に生き残った者達の胸に希望の火を灯していこうと決めていた


(だからイレネー…不要な貴方にはここで消えてもらうわ)


そして同時に一人の不幸を願う薄暗い希望の灯もメランドリの胸の内に灯されたのだ



「貴方様が所有する財を増やす知恵をございますの」


それから一年メランドリはレイル州の復興の財源の為にと、治水、産業、教育、福祉。どこで身に着けたかは分からないが革新的で確実に役に立つ情報を社交の場だけに限らず、政界、財界などへ流し始めた

有用な知識なはずなのに彼女個人では情報料などは一切受け取らなかった、が情報で利益を得られた各方面から謝礼としてレイル州復興基金へと寄付してもらうのだけは伝えている


「寄付のおかげでレイル州の民は救われますわ」


と、そんな風に彼女が持てる権力や知識、人脈をフル稼働させてレイル州の民の安全と生活基盤の確保、東国との貿易経済の安定、最新の流行を発信していく為の貴族社会での土台を更に固める為に、王家や各州に向けて有用な情報を絶えず発信していった


(セバスが「物は無くとも、有用な知識さえあれば金や力になる」って言っていたもの)


王都で遊び暮らすイレネー氏のタダメシの素にされては堪らんと思い、長年出し惜しみしていた有用な知識をレイル州復興の為にと銘打って放出し始めたメランドリの元には、当然、政界、財界など各方面の有志達が群がってくる

もちろん(時流は一切読めないが、流行に乗るのだけは得意な)イレネー氏も妻であるメランドリから情報を得ようとしたが、元からメランドリが発信する知識を「レイル州復興の為の」と銘打っていた為、スタイン家当主としてメランドリから慈善事業を横取りする事も叶わずに、そのまま流行の蚊帳の外へと放り出されていた


そしてメランドリの知識で少しずつ便利になっていく貴族社会や、少しずつ復興していくレイル州そのものからも疎外されていく度に、イレネー氏の元からは長年張り付いていた取り巻き達は離れていき、一年も経たない内に彼の小さかった土台が瓦解していくのが(家は同じであれど)遠く離れたメランドリの位置からも見えるほどだった

はなから小さかったとはいえ、存在していた王弟派閥が瓦解すれば、後は現王やその息子である王太子にとって目障りなイレネー氏本人の貴族社会追放もし易かろうとメランドリは判断していたし、実際彼は王令でもって本日「王位簒奪」の嫌疑で捕縛されている


(貴方の日々の行いを静観する時間は終わってしまったのです)


そして彼はそうも経たないうちに表舞台から消えるのだ


(ただ予想外だったのはパトリックに取り入ろうとする者達がいた事ね…)


一つだけ予想外な動きを見せたのは、イレネー氏に長年張り付いていた取り巻き達で、彼らは王家由来のイレネー氏を捨てた後、今度は未曽有の危機を乗り越えメランドリの指導の下で勢力を広げていくスタイン家そのものに取り入ろうとしたのか、自身の子息や令嬢を通して学園に通うパトリックに侍り始めている


(この三年、私がレイル州の復興にばかりかまけていた弊害がパトリックに出るなんて)


流行り病から隔離する為に3年間王都に滞在させていたパトリックは、最初の二年はそれこそメランドリの目がすぐ近くに有り大人しく学生の本分である学業に勤しんでいた

が、学園卒業を一年後に控えた昨年から、レイル州復興に日々忙しく動いていたメランドリの目が離れた隙を狙って、パトリックの下にイレネー氏の取り巻き達の子息令嬢達が集り始め、彼らの筆頭役だったアノーニ子爵家の令嬢ドーリスからの甘い言葉に唆されてあっという間にパトリックは堕落していき、その結果、一年後のスタイン家での自身の卒業祝賀の場にて、彼は嫡子剥奪の憂き目を見る羽目になったのだ


(ここまで公爵家の嫡子として育てておいて子爵家に持参金も無しに捨てるなんて不憫だとは思うけど、あの程度の甘言に簡単に飲まれるようではスタイン家当主としてやっていけない)


総領娘として育てられ、今やスタイン家復興の祖となろうとしているメランドリとて考えが甘い小娘時代があった、幾度もスタイン家に名を連ねる人間として貴族として危うい時期があったのだ、それでも彼女は腐らず甘えずに自分を律してここまでやってきている


(残念だけどパトリックにはその矜持や気概が無かったと、当主就任の前にわかっただけも良かったと思いましょう)


メランドリの想像以上に意志薄弱だったパトリックはスタイン公爵家当主として不適格だったのだと割り切るしかない

それに今まさにレイル州の危機の残滓を乗り越えようとしているメランドリにとって、イレネー氏やパトリックの件は既に些事になっている


(我が家はもう公爵家では無い、元の侯爵家に戻れた)


公爵位を有していたイレネー氏を追放した事で、スタイン家は侯爵へと降爵してしまった…と言うのに、メランドリの心は至極晴れやかだ


(私が総領娘に決まった時から、本当はこうありたかったのかもしれない)


父親やセバスと言った先達からよく学び、当代の者達と力を合わせて家と子をを育てあげ、後から続く者達と共に家を守っていく

そんな貴族として、上に立つ者として当たり前な事をしたかったのかもしれないとメランドリはしみじみと思う


「メランドリ様…」


重い荷物を降ろしたような気になっていたメランドリに、パトリックの婚約者だったヨハンナ・ファシトーアが小さな声で名を呼んできた


「当家の内情のせいでヨハンナ様には多大なご迷惑をおかけしてしまいましたね」


少しだけ疲れた様な笑顔でメランドリは、ヨハンナ嬢へと言葉を返す


「お気になさらないで下さいましメランドリ様、私にとってこの程度のこと些末なものですわ」

「まあ、これは心強いわ」


ヨハンナ嬢は若さに満ちた笑顔で返してくれたものだから、メランドリは素直に目尻を下げるしかない


(本当にヨハンナ様を始め、ファシトーア侯爵家のお力が無ければここまで辿りつけてなかった)


ヨハンナの実家であるファシトーア侯爵家には、メランドリのたった一人の妹が嫁いでおり、当主と妹の間にはヨハンナ嬢が生まれている

それが縁でスタイン家当主の婚約者としてヨハンナ嬢が選ばれていたわけだが、このヨハンナ嬢は何をどうしてか初めて会った幼少の頃から伯母にあたるメランドリにとにかく懐いていた、何でも


「私が尊敬しているお母様が尊敬しているセバス様…が心の底から敬っていらっしゃるのがメランドリ伯母様と昔からお聞きしておりましたもの、私にとって伯母様は最上位の神の如き存在と言えますわ!」


と常日頃から言われてきている

メランドリとで姪であるヨハンナ嬢にここまで素直に慕われては、貴族として淑女として、彼女らの指標になるべく立派であらねばなるまいと奮闘してきたものだが、この瞬間ぐらいは淑女の仮面を少し外しても良いのではないか…という気分になる


三年前のあの日、セバスの遺体が物置小屋ごと燃やされその場に埋葬された日の、次の日にファシトーア侯爵家当主の文を片手にヨハンナはスタイン家のタウンハウスへと来訪している


「メランドリ伯母様、ファシトーア家を代表として私に出来る事はございませんか?もちろん父…当主からは既に許可は得ております」


流行り病のせいでスタイン家は社交界からは疎まれ始め、父の次に頼りにしていたセバスが不幸の死を遂げ、すっかり気落ちしつつも動けずにいたメランドリに対し、まるで発破をかけるようにヨハンナ嬢は次に向かう言葉をかけてきたのだ


「レイル州の流行り病は王国にとって対岸の火事ではございません、私もファシトーアの家の者として尽力致します」


疎まれかけていた社交界での誰よりも一番先に声をかけてくれたこの年若い令嬢の存在は、この時からメランドリにとっても非常に大きな存在になったのは当然だとも言えよう


(だからファシトーアには最初に恩を返そうと決めたのよ)


ファシトーア家が治めるのは王国の北の端、山を挟んだ国境の向こうは金属加工で栄える国があり、ファシトーアはその加工品の輸入でその領庫を潤わせていたが、何せ北の端で雪深い地域で年中荷を運ぶ事も難しく、雪崩や雪解け水の鉄砲水などによる災害や事故も多い場所だ

以前も嫁いだ妹の持参金代わりに寒さに強い小麦などの作物の開発支援をする程度には、冷害や雪害が厳しい所だとも分かっている


(これもセバスの思し召しかしら…)


何もせずにレイル州に帰らないと決めたメランドリは、里帰りするヨハンナと共にその足でファシトーアが治める北の地へと赴き、雪深い山脈を通らずとも山を掘削した安全な街道を造成する計画を計上したのだ


「山を掘削するのは過去にも考えたが、山の地盤は弱く地下水位が高くて諦めたのだよ」


と妹の夫でヨハンナの父であるファシトーア侯爵家当主はメランドリが提示した事業計画に躊躇していると


「それに対応している計画だとしたら?」


ファシトーア側の事情は分かっているとばかりにメランドリは言い繋ぎ、水位が高い山の地下水を脇井戸で外の谷に流し、掘った側から水で固まる土で固めて掘った地盤を強化していく掘削方法を提示したのだ


「もちろんこの自業の為には、脇井戸の位置設定とその掘削や固まる土の配合など事前に行わなければならない事は沢山ありますが、それをする事で実現不可能ではなくなります」

「そのような…有益な情報を…どうして当家に」

「現在私は自領に帰れない暇な身の上ですもの、暇つぶしにうちの執事長がぼやいていた事業を実験したくなりましたの」

「つまりこれはセバス殿が原案を?」

「はい、この事業計画はあのセバスの夢物語がきっかけなのですわ」


先だってファシトーアに伝えていた寒さに強い作物の開発にもセバスの知恵が役に立っていたので、ファシトーア家当主は重い腰を上げかける


「勿論、これは出来高が不明な計画なので当方は情報料など要りませんが、御当主様の頭に入れて置く分には悪くない知識だと思います」


と言うなりメランドリは、脇井戸掘削の方法や水で固まる土や最適な配合値などが書かれた用紙をテーブルの上に差し出すと


「まずは一度お試し下さいませ、そんなに悪い事にはならないはずです」


と言い切ったのだ


そして水と混ぜ合わせて固まる土の配合の利益から掘削事業の費用を捻出したファシトーア家は、この情報源はスタイン家はメランドリからだと社交界で宣伝した事で、メランドリは社交界へと返り咲く算段を付けられたのだ

それから折を見ては妹やヨハンナを通じてメランドリと当主はいくつかのやり取りをし、いよいよ今年の春からは地下水水位低下の為の脇井戸掘削に入ると連絡を貰っている


(本当にどこまでセバスは世情にたけていたのかしらん?)


昔むかし。あの男が先代当主の父に連れられスタイン家に来た時は、見た事もない妙ちきりんな服を着ていて、幼かった私の顔を見るなり「セバス!私をセバスとお呼び下さい!」と叫び出し


「メランドリ様!私が絶対に貴女様を悪役公爵夫人なんかにさせませんからねっ!」


と今にも泣きそうな顔で訴えてきたのを思い出す

以降セバスは、母は早くに亡くなり、仕事に忙しい父は家を不在しがちで、乳母を始めとした家の者は体が弱く幼かった妹に手がかかっていたせいで、一人寂しく過ごしてきた私に温かい春の日の様に光輝く場所を与えくれたものだ


(出来立てふわふわパンケーキの味も、虫の取り方や育て方も、砂のお城の頑丈な作り方も、全部セバスが教えてくれたわね)


出来立てふわふわパンケーキは小麦が豊作で余剰が出ていた南の地で新たな名物になり

特殊な木にだけ生息する虫の糸は西の地で滑らかに輝く新たな織物となり

砂のお城の頑丈な作り方は北の地でまさに道に成ろうとしている


まさかあの父や家の者達にさんざん怒られながらもセバスと遊び学び楽しんだ日々が、今の私やレイル州を守ってくれているなんて誰が予想していただろうか


(今の私は貴方の知識に見合った侯爵家当主夫人にあれているかしら?)


この数年で頼れる者達を一度に亡くしたせいか、今でも時おりメランドリの胸には不安が過る、が


(セバスの知識はこの東の果てで蹂躙した流行り病を制圧せしめた、ならば己が死で持ってこの地を救った彼に倣って、私もこれからもこのレイル州を守らねばなるまい)


そうメランドリは心に誓うのだ


(さて騒々しいこの場をおさめなくては)


すっかり標準装備と化した鷹揚な淑女の微笑を張り付けてから、一歩前に出る



(パトリック様だけでなくイレネー氏まで…)


恭しく紡がれたメランドリと王都の高官の会話でスタイン家の内情が激変していくのが目に見えるようだったのだろう

(それなりに動揺を見せないようにしながらも)目の前でクルクルと立場が変わって行ったスタイン家の人間の有り様を脇で見て動揺し続けていた客人達に、メランドリは今度こそ晴れやかな笑顔を向ける


「それでは皆様、先ほどファシトーア侯爵が到着されたようでしてよ」


先ほど()()()()()()()()()()()()()()()()と通達されていたはずのファシトーア侯爵がその夫人を連れて広間内に入室すると、真っすぐにヨハンナ嬢と並び立つメランドリの方へと歩み寄ってきた


「ようこそファシトーア侯爵とアイリーン様、此度は長らくお待たせして申し訳ございませんでした」

「お招き頂きありがとうございますメランドリ夫人、どうやら僕の娘の婚約者が正式に決まったようだね」


この広間内から先ほどまでは主要人物()()()男が二人姿を消しているのを確認してから、ファシトーア侯爵は話を続ける

「ええ、素晴らしいヨハンナ様を当家へ迎える為の準備が先ほどようやく終わりましたの」


朗らかな声でメランドリが続けると


「本日スタイン侯爵家の当主に就いた者をを紹介致しますわね」


まさに鶴の一声、メランドリのよく通る声で広間中の人間達は一斉にメランドリの方を見た


「さあ、当主としての挨拶をファシトーアご夫妻、及びご来場の皆様へ届けて下さって」


スッと広間の中心から身を聞いたメランドリと入れ替わるように、先ほどパトリックの王都での所業を報告した若い執事バウアーが中央に進み出てくる


「先代公爵夫人メランドリ様より先ほど告知されました、本日レイル州辺境直轄スタイン侯爵家当主を賜りましたバウアーです、以後お見知りおきを」


と恭しく礼をする自らバウアーと名乗った男の姿は、さっきまで醜聞を披露していた元当主や元嫡子と比べてみても大変立派なものであった


「当家は本日を持ってレイル州スタイン家は公爵位を有していたイレネー氏を籍から外した事で元の侯爵位に降爵致します、王からも認められております」


と言って高官が持ってきたイレネー氏への告知状とは別の、玉璽印と王のサインが書かれ美しい箔が施された書面をバウアーは皆の方へと向ける


「私は先代スタイン公爵家イレネー氏とメランドリ夫人の間に生まれましたが、生まれてすぐに平民の女の子であったパトリック氏とすり替えられて一時期は市井で過ごしておりました」


先ほどメランドリ夫人が「取り替え子」「誘拐」という言葉を発していたのを思い出す


「しかし即日誘拐犯に手にかけられようとしていた私を、メランドリ夫人の尽力によりこうして無事保護されております」


イレネー氏の子であっても平民の血を引く自分の子と、侯爵家出のメランドリ夫人の子を、安易にすり替える気性持ちつつ非常に頭が弱い誘拐犯の元にいたとなれば、彼の命は非常に危うかったであろうと易く想像できるものだ


「保護された上で無事に夫人の実子として認められていたのですが、公爵家の嫡子が安易にすり替えられた件でスタイン家内に反意を持つ者がいる事が示唆されていたので、私の身の安全を図る為にこの年までスタイン家先代執事長セバスティ・ゴーントの子「バウアー・ゴーント」として当主教育を受けつつ過ごしておりました、多分ここに集まって下さった方々には「バウアー・ゴーント」の名を知る者も少なくないはずです」


現当主となった彼の仮名が「バウアー・ゴーント」と聞いて広間の客人の中には微かに驚きを表すような仕草をしてみせる


「「バウアー・ゴーント」ってまさかあの「飛び級(スキップ)バウアー」か!」

「あの下位貴族に属しながらも才能を見出されて歴代最年少で学園に入学したと言う…」

「中等部一年、高等部一年で最短繰り上げ主席卒業したっていう伝説の…」

「確かにあの方もパトリック様と同じぐらいの年齢でしたわ…」

「卒業してからは王都の社交界や財界にほとんど姿を見せないと思っていたら、なるほどスタイン家に戻っていたのか」


目の前のバウアー氏が、数年前のほんの一時だけ貴族達が通う学園内で名を攫っていた「飛び級(スキップ)バウアー」だったと知って目を見張っていく


「元よりスタイン家には嫡子で同い年のパトリック様がいらしたので、私も同時期に学園へと通っては学園や皆様にいらぬ混乱を呼ぶだろうと判断したうえで、長らく在籍せず早期に学園での勉学を修了させて頂きました」


家や個人の事情などで一年程度なら成績などを誤魔化すなどして飛び級する者はそこそこいるが、学園に通っていた頃のバウアー氏は下位貴族扱いであったが故に学業の免除する為の賄賂もそうそうに出来なかった状態だった

その上で彼は中等部高等部共に一年しか通わずともきっちりと勉学を修めきって、最後は主席卒業を成したのだから、バウアー氏自体が優秀であったという証明にもなる


「学園の本分は尊き立場におられる皆様との交流だったのですがね、そればかりは早々に諦めましたよ」


と続けて言いながらにっこりと微笑むバウアーを見て「うっ!」と妙に気まずげな表情をする貴族令息や若き当主の姿が広間内にチラホラしている

至極優秀だったが下位貴族の出扱いで、飛び級により他より幼なかったかつてのバウアー少年を散々揶揄っていた者達で、当然彼の実母であり後見人でもあるメランドリ夫人の耳にもその者らの情報は届いていると分かったからだ

しかし今の事態となっては既に後の祭り、今後の彼らとスタイン侯爵家との付き合いも変わっていくだろう


「本来なら私はこのまま「バウアー・ゴーント」として影ながらスタイン公爵家を支え、パトリック様に公爵位にあるスタイン当主を継いで頂く予定でしたが、彼の方がそれを放棄なさるような行為が認められましたので、王の許可とメランドリ様の庇護の元で不肖私めがスタインの家を引き継ぐ事になります」


そしてバウアーの挨拶に続いてファシトーア侯爵も、彼の隣に並び立って


「本日新しくスタイン侯爵家当主となったバウアー氏と、私ファシトーアが娘はヨハンナの婚約の許可が王より賜っておりますので、そこもどうか皆様お見知りおきを」


と言ってのけると、途端に広間のあちこちから残念そうな吐息が聞こえてきた時、メランドリの肩には新たな重荷が乗ったような気がしたが


(皆様が我が家を静観する時間は終わってしまったのですよ)


と心は実に晴れやかなままだったのだ

ご拝読して頂きまして誠にありがとうございます

感想や下の☆からの評価等頂けましたら幸いです

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