逆襲失敗
夕食の席で、ポーリーンとユーリーンは何やら二人で顔を寄せ合いながら、時々シンデレラの方を見てくすくす笑い、何かしゃべっていました。
「ポーリーン、ユーリーン。食事中にお行儀が悪いですよ。テーブルの方に向き直りなさい」
ユーリーンが、自分たちを叱る母親の顔を見て、それからまたシンデレラの方を見てまた笑い出しました。
「どうしたというの?」
「だってお母さま」
ポーリーンが説明しました。
「シンデレラの顔ってよく見たら本当に不器量なんですもの」
シンデレラはステーキの端を切りながら、眉一つ動かさずに、穏やかにポーリーンを見つめていました。
「あんた馬鹿じゃないのかい。不器量は私に似たあんたたちだよ。父親に似せて産んであげられなかったのが申し訳なくなるくらいだよ」
ポーリーンはシンデレラの表情をちらと確認しました。
「鼻なんてこんなに小さくまとまっているし」
「唇なんて薄っぺらくて、酷薄そうで、強情そうで、全然セクシーじゃないし」
「そうよ。女の魅力が全くないわ。貧相な顔」
二人は口々に言い立てました。しかしながら、二人があんまりにもナチュラルな口調で言うので、母親は思わず、シンデレラの顔をまじまじと見つめてみてしまいました。
「私の顔、貧相かしら?お母さま」
自分を見つめる義理の母の視線を、シンデレラはさらりと受け止めました。
―さすが、手強い
ポーリーンとユーリーンは臍を噛む気持ちでした。二人はシンデレラが悔しさから、爆発してキレることをもくろんでいました。
「そう言われると、ちょっと貧相な顔かもね……大人しそうというか」
シンデレラは少し残念そうにしながらもにっこり笑う―という表情をして見せました。
「ええ。お姉さまたちの大胆な顔つきが羨ましいわ。たくましそうで、可愛くて」
母親は、まあ、なんていい子、というような顔をしました。
「そんなわけないじゃない。じゃがいも娘たちが。貧相なんて言って悪かったわ。上品で楚々とした美しいシンデレラ」
ポーリーンとユーリーンは、やけ食いをしてステーキを二枚から三枚平らげて、食べ過ぎだから運動代わりにと、シンデレラがドイツ語の先生に教えてもらっている間、母親に指示されて、夜に家じゅうの窓拭きをやるはめになりました。
それから数日後、ポーリーンとユーリーンはシンデレラに別の罠を仕掛けました。
シンデレラが暖炉のある居間で、歌の稽古をつけてもらっている間、母親が同じ部屋の壁際で肘掛椅子に座って、稽古の様子をぼんやりと眺めていました。
「今日の稽古はここまで。上達が速いね。君は」
歌の教師が帰るために道具を片付け始めました。
「とんでもありませんわ。先生」
先生は帽子のつばに手を掛けました。
「出来の良い娘さんは、身に着けさせることが多くて大変ですな。何しろ、ほっぽっておくと、まるで申し訳ない気がしてくる」
先生は帽子を被りました。そこに馬の世話を終えたポーリーンとユーリーンが、泥のついた服のままやってきました。
「先生。シンデレラのレッスンご苦労様。お母さま、馬小屋の馬の様子が変なの。見にきてくれない?」
ユーリーンが話している間に、先生は「失礼」と言いながら出ていきました。シンデレラは部屋の出口まで見送りました。玄関まで送る習慣はシンデレラにも母親にもありませんでした。シンデレラはたった一人の厨房の召使に、紅茶を持ってくるように言いつけました。
「お姉さまたちも、お紅茶飲まれます?」
シンデレラはポーリーンたちに尋ねました。
「ええ、頂くわ」
ポーリーンが答えて、ユーリーンは「私は、結構よ」と言いました。ポーリーンはシンデレラとテーブルの席に座って、ユーリーンと母親は出ていきました。馬小屋に通じる勝手口の前まで来たところで、ユーリーンは母親を振り返って、当惑したような、事態を収集できていないような感じを見せつけました。
「そうだわ。馬のことだけじゃないわ。他にも問題があるの。戻りましょう」
母親は呆れて叱りつけるように言いました。
「まず馬の話を聞くよ。ほら、行こう。どの馬なの?ああ、一頭しかいなかったね。他は売ったんだった」
しかし、ユーリーンはおろおろするばかりです。
「いいえ。いいえ。戻りましょう。戻らなくちゃ……」
母親は鼻を鳴らしましたが、結局ユーリーンに従って戻っていきました。
「全く、どうしたんだよ。あんたは。ホントにもう少しだけ色々と出来が良ければ……」
居間の手前の階段のそばまで戻ったところで、ユーリーンは止まりました。
「お母さま。取り込み中のようよ。ここで待っていましょう。静かにしていましょう。邪魔をしてはいけないようよ」
ユーリーンは階段の裏に隠れて、囁き声で母親の耳元で言いました。母親が怪訝な顔をして口を大きく開けた瞬間に、ユーリーンは母親の口を塞いで囁きました。
「本当に。ポーリーンが大切な話をするの。お願い黙っていて」
そう言って、透明なビー玉をコロンと床に落としました。
居間では、ポーリーンのシンデレラに対する嫌味が静かに響きながら、シンデレラがそれに対して笑顔でとぼけてみせたり、軽く怒ってみせたりしていました。ビー玉が床に落ちる音をポーリーンは聞いて、さっきまでの嫌味よりも少し強い口調で、そして少し哀れっぽく話し始めました。
「シンデレラ。あなた少し前、私の彼氏を奪って気分良かった?ひどいわ。あなたにとってはゲーム相手のようなものでも、私にとってはたった一人の男性なのに」
ポーリーンは、シンデレラが、うっすらとせせら笑って、憎たらしく勝ち誇ったセリフを口にするかと思ったのに、シンデレラはそうはしませんでした。
「そんなことしていないわ。パン屋の息子さんのことかしら?」
ポーリーンはいらつきながら「そうよ」と答えました。
「私から彼に何か、そう、こう接近したつもりは全くないのだけれど……。ちょっとつきまとわれて困ってしまったわ。でも、ポーリーンお姉さまにとっては大切な人だったのね」
「それにユーリーンに対して、『学問だけじゃなく家の仕事にも才能がない』と言ったそうね。自分の部屋の掃除をさせておきながら。大した才女ね。あなたは。私たちは、いつもあなたの犠牲に……」
ポーリーンは泣き真似をし始めました。
「そんなこと言わないわ。お姉さまたちにはいつも感謝しているわ。それなのに、そんな風に誤解があったなんて。お願い、正しく私を見て。ポーリーン」
シンデレラは涙ぐみながら訴えてきました。
ポーリーンとシンデレラの会話を聞いて、わなわなと手を震えさせながら呆気にとられるユーリーンを母親は見下ろしていました。
「もういいかい。ユーリーン」
ため息をつきながら母親は居間の中に戻っていきました。その後も、あの手この手を使って、ポーリーンとユーリーンはシンデレラにぼろを出させようと画策しましたが、シンデレラは決して迂闊な言動をとることはありませんでした。シンデレラの賢いところは、ポーリーン、ユーリーンが、二人だけでいる時すら、一言の意地悪も言わず、やらず、ポーリーンやユーリーンがそれぞれたった一人だけでいる時、もちろん他の誰にも聞こえないと確信した時にだけ、冷たいことを言ったり、嫌がらせのように相手を傷つける行動を取ったりすることでした。