シンデレラとポーリーンとユーリーン
悪いシンデレラです。
「シンデレラ!シンデレラ!」
母親の呼ぶ声に、扉から軽やかに飛び出した明るいバラの笑顔が応じました。
「はい。お母さま」
「お早う。シンデレラ。紅茶が入ったよ。ペットのプードルを撫でながら、ポーリーンが焼いたクッキーと一緒に頂くかしら?それとも自分の部屋で本を読みながらゆっくり飲む方がいい?」
「お母さまと一緒に頂くわ」
「そう。それは良かった。それにしてもポーリーンの焼いたクッキーは硬いねえ。本当にあなたは器量よしで何でもできるのに。ユーリーンとポーリーンは、私が生んだせいか、マッシュポテトみたいな頭の中には大した脳みそも入ってないみたい」
「そんな風に言わないで。お母さま。私の大切な大好きなお姉さまたちよ」
「まあ、そう。ありがとうね。シンデレラ」
シンデレラが紅茶を飲み終えた頃に、二番目の姉のポーリーンがやってきました。
「あら、シンデレラ。お母さまのご機嫌取り結構ですこと」
「ポーリーン。私はそんなつもりはありません」
ポーリーンは不貞腐れたような顔で実母を見ました。ユーリーンがやって来て、その横に並んで、ポーリーンに分があるとでも言いたげに、ポーリーンと同じように、唇をつきだして、ふてた顔をしました。
「いい加減になさい!二人とも。血を分けてない姉妹だからそんなことを言うの!だとしたら、最低の根性です。ポーリーンは便所。ユーリーンは馬小屋の掃除をしてきなさい!」
「先に朝食を食べたいわ。お母さま」
ユーリーンが言うと、母親は勢いずいたヒステリーの雌鬼みたいに、怒鳴りつけました。
「いやしいことをお言いでないの!ブスの能無しなら、せめて健気な態度を見せたらどう!」
「ひどいわ。お母さま。シンデレラはご機嫌取りの卑怯者よ」
ポーリーンが泣き出しました。
「ふん。あんたたちもドイツ語をペラペラになって、数学の先生に褒められて、良家の娘らしくきれいな音でピアノをならせるようになって、私のご機嫌を取ってごらんなさい。さあ、シンデレラ。モーニングティーが済んだから、まともな朝食を食べようね」
「ええ。でも、ポーリーンとユーリーンにもクッキーぐらいかじらせてあげて」
ポーリーンが片眉を吊り上げて、カチンときてひきつったような様子を見せました。
「そう。二人ともクッキー食べたら、掃除に行って」
母親が二人に言い渡しました。
ポーリーンとユーリーンは、母親が暖炉に目を向けた瞬間に、薄くて硬いクッキーを口に入るだけ詰め込んでから、床を蹴り上げるような歩き方でその場から立ち去りました。
「ユーリーン、シンデレラは家事なんて全くしないで済んでホントに結構よね」
「本当よ。要領がよくてしたたかで、腹の立つ奴。お母さまが、初め、実の子でない肩身の狭さを味あわせないようにって気を遣ったのを、あんなに上手く逆手に取ってしまうなんて」
「末恐ろしい奴」
「ポーリーン、トイレも馬小屋も手分けすることないわ。両方とも二人で協力して片付けましょう」
(ポーリーン、便器を磨きながら)「この間、あんたシンデレラになんて言われたんだっけ?ほら、シンデレラ嬢様のお部屋を掃除した後」
(ユーリーン、汚物を回収しながら)「『頭についている埃落とさないように部屋から出ていってね。それから四角い部屋は丸じゃなくて四角に掃くものよ。学問だけじゃなくて、家の仕事にも才能を持ち合わせなかったのね』よ」
「はっ。さすが、シンデレラ。お母さまの前じゃ優しくて明るくて礼儀正しい子を演じているのに。裏表の使い方は一流の詐欺師ね」
「美人ってそんなものなのかしら?」
「さあ?いい娘ちゃんにしている分の反動で、私たちみたいなのに当たり散らすと?」
「一番かわいそうなのは私たちじゃない」
「その通り」
「ポーリーン、あんたも何かなかったっけ?最近」
「あるわよ」
「なにさ?」
「この間、パン屋の息子が訪ねてきたんで、一番可愛い服着て、愛されメイクで完璧に決めて、必死こいて上品な仕草を心掛けながら、暖炉の前のテーブルで彼とお茶したのよ。」
「ああ、あんたが好きなパン屋のイケメン」
「その日のために試行錯誤してまともなクッキーを焼いたのに」
「それで?」
「完璧なファッションのシンデレラが現れて、『ご一緒していいですか?』って聞くから、彼がいいですよって」
「ああ、もう後は分かるわ」
「それから暫くシンデレラ目当てで家に通うようになったのよ。あの面食い野郎!」
「で、シンデレラがパン屋のせがれを相手にするの?」
「何回か一緒に出掛けてデートらしきものをしたみたいだけれど、最近はまた私に会いに来てくれる。多分適当に遊ばれて振られたから私の方にきたんだわ」
「で、どうするの?それ」
「二度と離さないわよ。シンデレラにも近づかせない。会うときは彼の家か、外でお食事&お買い物デートよ」
「まあ、シンデレラが落としたものを拾ったんだけれどね」
「それを言うな!あー、悔しい!私たちの方が気立ては、本当は、いいはずよ。あの多重人格女!」
二人はゴシゴシゴシゴシ、トイレの床と便器を磨いて、それから馬小屋の床をモップで力いっぱい擦ってから、ついでに、馬に飼葉をやってきました。馬が慰めるように優しく鼻を何度も鳴らすのを聞いて、二人はため息をついて、肩を落としました。
次の日、ユーリーンは毎週火曜の仕事として、シンデレラの部屋を掃除しました。ピアノの上手なシンデレラのためのちょっと高級な専用ピアノ。頭のいいシンデレラのために少しずつ増えていった立派な装丁の本と本棚。シンデレラのところに入り浸りの家庭教師のためのソファと足置き。自分の部屋では小一時間足踏みしながら教えて、さっさとさいならする癖に―
どうして自分がシンデレラのはしためみたいになっているのだろうと思いながら、ユーリーンは不器用ながらも自分なりに丁寧に掃除を終わらせました。掃除が終わってユーリーンが部屋から出ると、すぐそばの廊下で待っていたのか、シンデレラがユーリーンの横をすり抜けて、何も言わずに自分の部屋に入っていきました。シンデレラの部屋は二階にあるので、掃除道具をしまいに、ユーリーンが階段で下に降りて、一階のフロポーリーン足がつくとすぐ、シンデレラの悲鳴が聞こえました。
「まあ、何てこと」
何をうっとうしいと思いながらも、ユーリーンは自分の掃除に対する文句なら一応聞こうと思い、台所の火を消した母親と一緒に二階へ上がりました。
「どうしたのかしら。シンデレラ」
母親も心配と面倒臭さが入り交じった顔をしています。
扉を開けると、シンデレラがリボンのついた紅い靴を、つま先を下に向けて踵の方を支えながら、まるで力が入り切らないようにだらりと片手に持っています。美しい泣き顔をこちらに向けました。
「私の靴に画びょうが入っていたの。踵の所に。そんなところに入れてもすぐにばれるに決まっているのに。でも履く前に気付いて良かったわ。ユーリーンお姉さまが入ってきた時にこの紅い靴から白い方に履き替えて部屋を出たの。お姉さまが出ていってから部屋に入って、もう一度そちらに履き替えようと思ってベッドの下から出したのだけれど。そんなこと思いたくないわよ。でも、こんなひどいこと!」
「ユーリーン」
母親は地獄の鬼の形相で、ユーリーンを睨みました。
シンデレラ!この女!
ユーリーンは理解されない歯がゆさに隠された怒りと苛立ちをどうすればいいか分かりませんでした。
信じてくれるのは一人だけです。
ユーリーンはポーリーンにこの次第を話しました。
「気の毒だったわね、ユーリーン。しかしこのままじゃいられないわ」
「そうよ。いくらなんでも、何もしていないのに、画びょうを靴に入れたなんて言いがかり。というか、嫌がらせ!大体私たちこそお嬢様のはずなのに、何でこんな女の召使の世界みたいな泥沼の目に合ってるの」
「仕方ないわ。私たちも泥飲んで吐きかけてやりましょう」
「シンデレラのどこが泥飲んでるのよ。毎日毎日優雅に過ごして、大人たちからちやほやされて。きれいな顔がどんどん満足げになっていくのよ。私たちにだけ汚い感情を投げつけて!泥飲んでるのは私たちだけよ」
ユーリーンは泣き出して、ポーリーンは目を伏せながら話しました。
「いいえ。あの女は大した根性よ。泥でセメントみたいに心を固めてるわ。見た目は陶器だけど」
ユーリーンは涙を拭いました。
「陶器ももとは泥ね」
ポーリーンは強い顔をして言いました。
「私たちも武装して固めましょう。攻撃開始よ」