8.秘密の共有
・※※※※ ・ざけんな!!
・CLちゃんを返せ!
・CLちゃん大丈夫?騙されてない?
・リヒトはナンパ師って広めようぜ
・もうスレに書き込んだ
「もう書き込んだ、じゃないが?」
シエルとの方針のすり合わせも終わり、久しぶりな気分でコメントを開いたらこのざまだ。
帰郷のようなノスタルジーに浸れるはずもなく、コメント欄は焼け野原。あることないこと書かれまくってるし、あろうことか外に拡散されている始末。
「うわ、なんか大変そう」
とどまることを知らないリスナーに頭を抱えていると、酒場の支払いを終えたシエルがひょっこりとコメントを覗き込む。
このまま背後から抱き締められそうな構図。心做しか良い匂いが漂ってくるようだ。
俺のセンサーが反応している。この子は危険すぎると。
「そう思うなら距離感気をつけような?」
・CLたんに近付くな下衆
・離れろ性犯罪者
・4ね4ね4ね4ね
・お前ら容赦なくて草
・もう巻き込まれ事故だろこれw
ほらな。俺から近づいたわけでもないのにこの有様だ。もう危険物かなんかだろこの子。それか騎士がやたら物騒なお姫様だ。
シエルも悪いと思ったのか、いそいそと離れていく。これから一緒に過ごすのかと思うと気が重くなってきた。
「そ、そんなことよりさ。どうする? 早速遺跡に行く?」
シエルの提案通りにこのままEXクエストを進めてみてもいいが、前にも言ったように『星幽の導き手1』は続き物のクエストだ。
遺跡への入口を見つけたらすぐさま次のクエストが始まってもおかしくはない。
下準備はしておくに越したことはないだろう。
「まずは休息だな。スタミナは全快させたい。あとは道具屋に行ってナップサックも買いたいな」
「あー、エステラ火山路に置いてきたんだっけ。インベントリも狭いしレアドロあっても拾えないのは辛いよね。じゃあ私もアイテムの補充しとこうかな。パーティーなら仲間に回復アイテムも使えるし、多いに越したことないよね」
「悪いな。金の受け渡しができればいいんだけど」
「大丈夫大丈夫。どうせリヒトは自分で回復しちゃうし、万が一の保険ってだけだから」
・夫婦か? ・いちゃつくな
・妙に通じ合ってるのが許せんな
・なんだろう、この気持ち。ふつふつと湧き上がってくる。これが32意か?
・56すって打てばNG掻い潜れるのか
「俺のコメント欄があまりに物騒」
ひとまず買い物に出かけようということになり酒場を後にした俺たちは道具屋へ向けて街を歩く。
エレスト公国は広大な土地を持つ国家だが、中でもこの公都セルディアはゲーム内でもセントラルシティに次ぐ敷地面積を誇る。
さらにセントラルシティよりも道が入り組んでおり、いちいちマップと現在地を見比べるか、シーフのような探索に優れた職業で特定のスキルを習得しなければ目的地にたどり着くことすら困難だ。
なお、シエルはここ3ヶ月ほどセルディアを拠点として活動しているらしく、よく利用する店の場所はだいたい覚えているとのことで今回はエスコートを任せている。
「お前人気なんだな。俺、この世界から脱出しても刺されるんじゃなかろうか」
移動の道すがらボヤいてみると、シエルはくすくすとこれまた可愛らしい反応を見せる。
「心配しすぎだって。リヒトがいい反応するから弄ばれてるだけだよ」
ほんとかなぁとコメントをチラ見。
・夜道に気をつけろ
・どこがいい?やっぱ山か?
・海だろ。バケツ用意しようぜ
・俺ゼネコンだからコンクリの手配は任せろ
・墓参りくらいは行ってやるぞw
「ごく自然に死体処理の話をするな」
やはりダメそうだ。むしろこの世界にいる方が安全まである。
いつからうちのリスナーは過激派に転身したのだろうかと大きなため息をつきながら、その原因である小さな背中を追った。
※※
道具屋で必要な物品を揃えしばしの休息を取った頃には空が白み始めていた。
『星聖』に閉じ込められてから4日目。未だにこのゲームを脱する有力な情報は出回っていない。
『導き手』から足がかりのひとつでも見つかってほしいものだと願うばかりだ。
「おはよ、リヒト」
「おはよう、シエル」
泊まっていたホテルを出ると、先に起きていたらしいシエルに迎えられ軽く挨拶を交わす。
うーん、良い朝だ。開口一番が女の子との会話なんて数日前の俺には信じられない幸せだな。せっかくなら起こしに来てくれるともっと夢見心地な朝を迎えられたんだが。
・CLちゃんを待たせるな
・いよいよEX攻略開始か
・頑張れー!CLちゃーん!
・男の寝顔見せられるこっちの気持ちにもなれ。CLちゃんの寝顔を見せろ
ついでにこいつらもいなければさながら新婚夫婦だったのにな。
だんだん見慣れてきたコメントを流し読み、ナップサックを背負い直す。
シエルはインベントリに余裕があるため、拡張アイテムは容量の少ない腰巾着だけだ。
アイテムの所持数を増やす道具はサイズが大きいほど容量も増えるが、その分移動でスタミナを削られる。
合議の結果、今回はモンスターの素材採取が目的ではないし、これくらいで充分だと判断した。
「移動はどうする? 走れば1時間くらいで着くけど」
「普通は着かないから。私のビルドじゃスタミナは問題なくても俊敏が足りない」
無理無理と首を振るシエル。軽装に見えるが速さに特化した職業じゃないらしい。
そこでふとこれまで聞いていなかった疑問が浮かんだ。
「そういやシエルの職業って何なんだ?」
ローブともドレスとも見える美麗な服装。ひらひらと舞う赤いスカートはおよそ戦闘向きとは思えない。
サポート職ならチームのバランスは良いし、魔法使い系統でも遠距離と近距離とで多彩な攻撃が可能になる。
どう転んでも問題ないと踏んでいたが──
「あれ、知らないの? 私は黒魔剣士だよ」
「黒魔剣士?」
聞き慣れない職業に首を捻るとコメント欄がこれまでにない勢いで流れ始めた。
・CLちゃんは近中距離に特化したソロプレイヤーなんやで
・黒魔剣士:魔法使いの上級職、黒魔道士をカンストして剣士に転職することで発生する最上級ジョブ。広範囲の黒魔法で牽制し剣技で仕留める派手な戦闘とは裏腹に扱いの難しさに定評がある
・黒魔剣士のプレイヤーは数人いるけど中でもCLさんのPSは圧倒的
・ゴリゴリのアタッカー2人のパーティーってマ?
「そんなにすごいやつだったのか。可愛い女の子でその強さなら人気な理由も納得だな」
べた褒めのコメントたちに煽られてシエルに目をやると、彼女は小っ恥ずかしいそうに身をすくめた。
1シーズンに1度開催されるPvP日本大会の第4位。その実力は俺の想像を遥かに超えているようだ。
とはいえ、今となってはまさかそんな大物が俺の配信の古参リスナーだったという事実の方が驚きだが。
「前回大会で4位になってから一気に有名になっちゃったんだよね。だから、てっきりリヒトも知ってて勧誘してるんだと思ってた」
「そこまで考えてなかった。俺はただシエルと一緒に旅がしたい一心だったんだ」
俺はあくまで実力ではなく為人で選んだのだと主張する。どれほど強くとも人格に難ありでは一緒に旅をしていて疲れるだろうし、多少なりとも気を許した仲の方がこれから先上手くやっていけると思う。そもそもよく知らない相手では俺の気が休まらない。
ログアウトできるのは数日後か、或いは数年後……それともそんな日は二度と来ないのかもしれない。
そんな先の見えない暗がりを一緒に歩み支え合える仲間。その相手としてシエルは文句のつけようもない子だと思っている。
「ま、そういうことだから気楽にやってこうぜ。困ったことがあれば気軽に相談してくれな」
「うん……まあ、そうする」
歯切れの悪い反応が不思議に感じたが、悪い気はしていないようなので軽く流しておく。
しかしまさか近接アタッカーのみのパーティーになるとは思わなんだ。シエルが魔法も使えるだけまだマシだったと割り切ろう。
魔法と剣を主軸とするなら、ポイントの割り振りは魔力と攻撃力。ソロであることも加味して体力とスタミナもバランスよく上げてるってところか。
シエルのビルドも大まかにわかったところで、改めて話し合った結果、移動手段はスタミナ温存も兼ねて徒歩に決まった。サンジェと同じく近くにワープポイントもないため、走るか歩くかの2択しかないんだけどな。
こう移動が増えるとテイマーが恋しくなる。今度街に戻る機会があればパーティーメンバーを募ってみようか。
「じゃ、出発しよっか」
「あ、ちょっと待ってくれ。その前にアーカイブ切り替えたいから一旦配信切っていいか?」
いざ遺跡へ向かおうと足を踏み出したシエルを引き留め、俺は事情を話した。
配信を動画として残せるアーカイブ機能。その長さは最長で24時間と決まっている。
これまでは休憩や睡眠に合わせて一度配信を切り枠を切り替えていたが、あろうことか先程は寝る前に配信を切り忘れていた。
おかげで俺の寝顔を全国ネットに晒すことになったわけだが、シエルの可愛い寝顔を晒したわけでもなし。そこは特に問題ない。
肝心なのはこの後。俺たちは遺跡に到着次第すぐにクエストに挑むことになるだろう。
その前にキリの良い今のタイミングで枠を切り替えておきたいと説明する。
「もう、枠の管理くらいちゃんとしなきゃ。今は人気配信者なんだし」
「いやー、久々にゆっくり休んだもんだからついな」
人気配信者と言われるとこそばゆいな。シエルが見ていた頃に比べると視聴者は千倍以上にまで増えたが、それでもトップ層には程遠い。まだまだ中堅レベルだ。
「まあいいけどさ。そういえばパーティー申請もしなきゃだよね。次の枠はそこからスタートにしよっか」
シエルの意見に同意し、一度コメント欄をズームアップする。
「そういうことだから続きは次枠で。すぐ準備するから少し待っててな」
・ダメ ・毎秒配信しろ
・リヒトの私生活全て見せろ
・CLちゃんとひと時も離れたくないから却下
「残念ながらお前らの意見は聞いてないんだなぁ。シエルファンは画面の向こうで指咥えて大人しく待ってろ。じゃあな!」
俺にも興味を持ってもらえていることに少しの喜びを感じつつ配信を切る。
すぐに次の配信を開始してもいいが、俺はふうっと一息ついた。
そんな俺の様子を見てシエルがくすりと笑う。
「お疲れ様。大変そうだね、配信って。ずっと見られてて気が休まらないって言うか」
「あー、気が回らなかった。慣れてないと気分悪いよな。パーティー組んでる間は配信切っとくか?」
見られていることが嫌だったのかと思ったが、シエルはふるふると首を横に振る。
「そうじゃなくて。凄いなって思っただけ」
「俺にとっちゃ生活の一部みたいなもんだからな。そう褒められるようなことでもないって」
「それでもだよ。きっかけはどうあれ、これまで諦めずに配信を続けたからこそ登録者も同接も増えてるわけだし、もっと誇っていいんじゃない?」
投げ銭で働かずに暮らせたらいいなぁと甘い考えで続けていた配信。思えば他に長続きしたことがあっただろうか。
勉強も運動も習い事も全て、自分には合わないと思えば早々に諦めて逃げてきた。
ゲームに閉じ込められるというきっかけはあれど、配信を続けていなければシエルと出会うことはなかったし、リスナーに囲まれて笑う瞬間も訪れなかっただろう。
そう考えるとシエルの言葉にも納得する部分はある。
「リヒトと一緒に旅するって決めたのは私だし、いちリスナーとしては夢を叶えてほしいって思うよ」
歳下と思われる女の子に気を遣われる申し訳なく思うと同時にシエルの優しさに絆されている俺もいる。
素直じゃないリスナーばかり相手にしているせいか、こうして面と向かって応援してとらえると嬉しくなってしまう。我ながらチョロいもんだ。
「シエルって良いやつだな」
「え、なに? 急にどうしたの?」
俺は彼女のことを詳しく知っているわけじゃない。だけど、ログアウトできなくなった俺に寄り添って意見をくれたり、俺が危険に臨もうとすれば止めようとしてくれたり。さらにはゲーム内に取り残された俺を案じて自ら危険を承知で手伝いに来てくれた。
人間関係を蔑ろにしてきた俺にとってはどれも新鮮な気持ちだ。
だからだろうか。こんな俺についてきてくれる彼女には話しておきたいと思った。
「シエル。お前を信頼して、1つ頼みがある」
「改まってどうしたの?」
「俺がこれから話す秘密を誰にも話さないって約束できるか?」
どうせこの先パーティーを組んで行動を共にするなら隠していてもバレる日が来るだろう。
その時彼女と決別したり禍根を残す可能性があるのなら、先んじてその芽を摘み、本当の意味で彼女と信頼関係を築いて置くべきだと思った。
これは俺なりの信頼と誠意の証だ。
「何の話かはわからないけど……いいよ。誰にも言わないし、もちろん配信では一切口にしないって約束する」
彼女の言葉に一度頷き、ステータス画面を開く。シエルにも見えるよう位置を調整し、画面をタップして進めていく。
インベントリを開くと現在所持しているアイテムがずらりと並ぶ。
部位欠損対策のポーション。野宿用のテント。それから──
「呪禁の書、司教の骸、割れたロザリオ……? 聞いたことないアイテムばっかりだけど物騒な名前だね」
「このアイテムは全部呪われてるんだ。購入制限がかかるのは骸の影響だな」
大変そう、と俺の身を案じるシエルを他所に呪禁の書の詳細画面を開く。
呪われたアイテムを見せること自体に意味はない。問題はこれらをどうやって手に入れたか、だ。
画面にじっと顔を寄せるシエル。"フレーバーテキスト"に目を通すその瞳はみるみる見開かれ、読み終えた少女はこちらへばっと振り返る。
「リヒト、あんた……」
「これまで黙ってて悪かったな。」
『呪禁の書』
星幽の語り手はかく語りき。
生命は輪廻する。死して次の生を賜る。
星幽は生命を統御する存在なり。
而して呪われた生命を断罪する者なり。
星幽は呪詛を赦さず、その生命を刈り取る存在なり。
《効果》
星幽の監視を掻い潜り、世界の理に触れる権利を得る。
『星幽の語り手3』を受注可能になる。