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6.最上級格闘家

 回復した左手をグッパーと動かし、問題がないことを確認してブラッドウルフの群れに向き直る。

 相変わらずガルルルと威嚇しながらこちらとの間合いを測り、仕掛けるチャンスを窺っている。


・腕も回復したし、殲滅するのか?

・いやいや、回復したところでだろ。ソロで群れの討伐は厳しいって

・Aランク相当って言ってもパーティー戦闘推奨だしな


 ブラッドウルフの群れが手強いと言われる所以は連携と死角からの攻撃によるものだ。

 ソロでの戦闘だと上や背後などどうしても死角が多く生まれてしまう。その点、パーティーであれば互いの死角を埋めつつこちらも連携攻撃で対応できる。


「ま、なんとかなるだろ」


・なるのか? ・その余裕はどこから?

・私は喉から ・彼は頭から


 何やら罵倒された気がしなくもないが、事実問題はない。

 腕は回復した。スタミナも満タン。あとはオオカミ鍋の具材を調達するだけだ。

 ブラッドウルフ同士、声や目線でタイミングを見計らっているようだが、今度はこちらが仕掛ける番だ。


「技能『縮地』」


 このゲームはMMOの世界に没入していることもあり、当然ながら操作ボタンやコマンドは存在しない。

 代わりに魔法やスキルはその用途を頭でイメージしながら名称を口にすることで発動する。


 今発動した『縮地』は近接戦闘を生業とする職業の移動用サポートスキルだ。

 発動範囲は半径20メートル以内と狭いが、簡易テレポートのように瞬時に場所を移動でき、相手に接近して不意打ちを仕掛けるも良し、回避の代わりに使用して体勢を立て直すも良しと戦闘においては必須とされるスキルだ。


 問題があるとすれば移動先を明確にしなければ良からぬ方向に飛んでしまい、あわや敵のど真ん中、なんて事態もあることくらいか。

 かく言う俺も完璧に習得できるまで半年近くを要した。


「近接戦闘の心得その1! 相手との距離感は適切に!」


 『縮地』で距離を詰めた先は群れの最も右側に立っていたブラッドウルフの眼前。空中だが移動先のイメージをしっかり固めておけば攻撃モーションで着地することも容易い。


「『金剛拳』」


 振りかぶった右腕を思いっきり鼻先に叩きつける。『金剛拳』により強化された拳は文字通り堅く重い一撃を放つ。

 ぐしゃりと鈍い感触が拳に伝わってくる。ブラッドウルフの鼻先からめり込んだ拳は、元の形もわからないほどにその顔を歪めた。

 肘辺りまでモザイクテクスチャーの肉塊に包まれた腕を引っこ抜き、反撃をさせないよう再び距離を取る。


「近接戦闘の心得その2! 対複数戦闘は一撃必殺とヒットアンドアウェイ。まずは1対1で話すことから始めよう!」


・ごめん、何の話してる?

・コミュ障の治し方かな?

・これが肉体言語ですか

・グロくて何も入ってこない


「グロいのはわかる。基本的に斬撃とか魔法より殴打や打撃の方がモザイク多いんだよな」


・アーメン様の配信見てるからめっちゃわかる

・そらこういう戦闘してたら頭もおかしくなるわな


 俺も今でこそグロには多少耐性がついたが、未だに肉に拳がめり込む感覚は苦手だ。こんなところまでリアルにしなくてもいいだろと言いたい。

 ま、文句を言う運営も今や息をしてないんだけどな、ガハハ。


 ブラッドウルフの一歩で届かない距離に身を置いているからだろう、残る黒い集団は俺を攻撃しようと反応こそすれど、飛びかかってくるには至らない。

 攻めあぐねていると言うべきか。こちらの戦略が見事に刺さっている証拠だ。


「そのまま様子見してても1匹ずつ死んでくだけだぜ」


 再び『縮地』で、今度は逆サイドの端に居るブラッドウルフの足元へと飛んだ。

 遠くを見て顔を上げていた狼が足元の敵を認識するのはそう簡単じゃない。視線がこちらに向く前に大きく跳躍し、下顎に向けて掌底をぶつける。


「『多段掌』」


 黒い毛皮に触れた手のひらは肉にめり込むことなく、その皮膚に触れたところで止まる。

 かと思えば、バキバキと大木が折れるような音が幾重にも折り重なって聞こえてくる。

 掌底を打ち込まれたブラッドウルフはぐらりと体勢を崩し、その場に倒れ込む。


・何だ今の?

・今度はグロくなかったな。モザイクもない

・音はヤバかったけどな


「『多段掌』は文字通り一撃が複数回の連撃になる掌底打ちだ。顔面の至る所に掌底打ちを叩き込まれりゃ見た目は無事でも中身はぐちゃぐちゃだろうな」


・ヒェッ ・説明せんでもろて

・心做しかさっきよりグロく見えてきた

・二度と使うな


 酷い言われようだ。血飛沫もなく手も汚れないから重宝してるんだけどな。

 どの道クールタイムがあるから連発はできず、いくつかのスキルを回して戦わなきゃならない。


「あ、近接戦闘の心得その3! クールタイムの感覚を養え! こちらから一方的に話しかけてばかりだと嫌われるぞ!」


・今思いついたろ

・なんかだんだんリアリティ増してきた

・体験談かな?


「ほっとけ!」


 体験談だよ。俺だって昔は人と仲良くなろうと本を読み漁って会話術を学び実践していた。それでもいざ人を相手にすると緊張や恐怖、高揚感で吃ったり話しすぎたりするものなんだよ。


 嫌な記憶を呼び覚まされていると足元に黒い影が迫る。

 大きな物体が風を切る音と勢いよく広がる影。顔を上げずともそれだけでブラッドウルフの爪が迫っていることがわかる。


・まずい ・ヤバ ・うえうえ!!


 焦ることはない。戦闘経験を積めば影の大きさだけでも相手との距離を測ることができる。心の距離は計れないけどな!

 丸太のような腕が俺の頭上まで迫った瞬間、体を捻って両手を地面に着き、ブラッドウルフの腕を蹴り上げる。

 カキンと小気味よい音が響く。パリイが発生した時の音だ。やはり何度聞いてもこの音は脳内から快楽物質をドパドパと垂れ流してくれる。


 パリイは相手の攻撃モーションに合わせてこちらも同威力の攻撃を当てることで発生する。猶予は数フレームと言われているが、ブラッドウルフ程度が相手なら手馴れたものだ。

 同威力であることが求められるため、ある程度の威力を出しつつやり過ぎない程度に抑えなきゃならないという点だけがネックか。

 ブラッドウルフの鉤爪の威力なら俺の通常のキックがちょうどいい。これは1ヶ月ほど前に発覚したことだ。


 攻撃をパリイで返されたブラッドウルフは腕を弾かれ、大きく仰け反った。ジャスト回避よりさらに相手の隙を作れるのもパリイの利点だ。

 その時間は約3秒。それだけ時間があれば『You Suffer』が2回は聴ける。だから何だって話だけど。


「技能『舞脚・一の舞、花咲』」


 逆立ちの状態から腕をバネにして宙へ舞う。無理やり体を捻り、広げた脚を回転させてブラッドウルフの顎を蹴り上げる。そのまま二撃、三撃と回転蹴りを見舞う。

 一方向から何度も力を加えられた首は耐えきれず、ブチブチと音を立てて引きちぎれた。


 そこでようやく、ブラッドウルフの群れに歪みを見つけた。

 俺から近い数匹に恐怖の色が見える。逃げなければ死ぬ。そういう動物が本来持つ生存本能に刺激された体の強ばり。

 図体がデカくとも動物は動物。本能には抗えない。むしほ元々賢くはないブラッドウルフがここまでよく隊列を乱さなかったと褒めるべきだ。


 しかし、ここで逃がしてやるほど俺は優しくない。歩み寄った優しさを踏み躙った報いは受けてもらう。

 落ちた首を起点に俊敏に割り振った能力値を活かし群れの周囲をぐるりと一周する。


・何してんだ?

・攻撃のチャンス窺ってんだろ


 ブラッドウルフが俺の全速力を目で追えるはずもなく、ものの十数秒で群れを取り囲む陣地を形成する。


「『舞脚・二の舞、鳥籠』」


 俺が移動した軌跡に円柱を形成するように鉄柵が伸びる。それらはすぐさま格子状へと変形し、ブラッドウルフの群れを逃すまいと閉じ込めた。


・なんだこれ…… ・すっげえ

・こいつ、もしかして上位ランカーか?

・リヒトだったっけ?見たことないな


 コメント欄が驚愕と感嘆の声に飲まれていることなど露知らず、俺は目の前の敵を注視する。

 危機察知能力の高い数匹が鳥籠が形成される前に群れを離れ、逃げ出そうとこちらへ背を向けていた。

 当然、みすみす逃がしてやるつもりはない。


「『舞脚・三の舞、風切』」


 黒い背中に向けて演武のように数回の回し蹴りをすれば、脚で描いた弧の形の刃が高速で放たれる。

 風でできた刃はキイィンと鋭い音を立て、逃げ惑うブラッドウルフに迫り、その背中や脚、首を切り裂く。


 『舞脚』は花鳥風月で構成された四段階の連続技だ。

 一の舞は花のように舞う連続蹴り。二の舞は捕縛に特化した技で非常にピーキーな性能だが、上手くいけば広範囲を鳥籠のように閉じ込めることができる。三の舞は近接職には珍しい遠距離技で、脚で弧を描くことで風の刃を飛ばす。

 そしてこのスキルの締めとなる四の舞。


 俺は見晴らしの良い空中に陣取り、周囲を確認する。鳥籠を逃れたブラッドウルフは殲滅。閉じ込められた狼たちは鳥籠を食い破り脱出を試みるもブラッドウルフ程度の爪や牙ではこの檻は破れない。


・空中歩行とかできたっけ?

・多段ジャンプはできるけど歩行は無理だろ

・でも実際飛んでね?浮いてるって言うか


 このゲームのシステム上、空中を足場に何度かジャンプすることは可能だが、随時空中を飛び回ったり走り回ることは不可能だ。

 敵とのエンカウントが極端に減ったり、イベントをスキップしたりと悪用されないための措置と思われるが、今はどうでもいい。


 リスナーには俺が空中に浮いているように見えるらしいが、実際には少し違う。

 俺の足元には大気が渦巻き、風だけで構成されていたそれは次第に形を浮かび上がらせる。

 凸凹とした表面を持つ球体。徐々に大きく肥大化し、完成した頃にはリスナーにも俺が何の上に立っていたかわかったようだ。


・これ月か?

・いやどんな原理だよ

・ゲームに原理を求めるな。フィーリングだよフィーリング


 実際には空気中の塵や巻き込まれた岩石などで構成されているらしいが、俺も詳しいことはわからない。

 しかし俺が乗っているのは明らかに月を模した球体だった。これが舞脚の締めとなる大技──


「『舞脚・四の舞、月輪』」


 全体重を乗せ、鳥籠に向けて月を思いっきり蹴り飛ばす。


「ボールを相手のゴールにシュウゥゥゥ!!」


・超!エキサイティンッ!

・草 ・ボールじゃないんだよなぁ

・どんな技だよwww


 蹴り飛ばした月はゴゴゴゴと鈍い音を立てながらブラッドウルフたちに迫る。彼らでも食い破れなかった鳥籠を容易くへしゃりと捻じ曲げ、捕らえられていたブラッドウルフの群れは為す術なく押し潰された。

 着弾した勢いで突風が舞い、空中でろくに身動きが取れなかった俺も呆気なく吹き飛ばされる。


・まさに大技だな ・お見事

・Aランクのブラッドウルフの群れをソロで殲滅かよ……

・てかどこまで飛ぶんだw?


 まだスパエフができないことが口惜しい。しかし、多くのリスナーが見ている配信での初戦闘は無事に俺の人気に火をつけてくれそうだ。

 それにしてもどこまで飛ぶんだろうな。もしかして落下ダメージで死んだりしないよな……?

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