表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/11

5.転職者

 『星聖』におけるモンスターは、その種族毎にE〜SSの評価でランク付けされている。

 これらは俺たちプレイヤーが勝手にそうランク付けしているのではなく、ゲーム内で冒険者ギルドなる組織が攻略難易度として設定しているものだ。


 ランクが高いモンスターはそれだけ危険度が高く、一癖も二癖もある能力を持っていることも多い。

 その代わりに討伐クエストでの報酬も豪華になるし、ドロップする素材も希少価値のあるものばかりだ。


 希少価値の高い素材は換金だけでなく精錬所へ持っていくことで強力な武器や防具、アイテムを作ることが可能で、上位勢のプレイヤーたちは日夜モンスター対峙に明け暮れている。


 さて、話を戻そう。

 今相対しているブラッドウルフはというと、ランクBに該当し、ある程度『星聖』をやり込んでいるプレイヤーであればソロでも討伐できる程度だ。

 しかし、これは1対1の場合。リスナーたちがブラッドウルフを恐れていたのは、こいつらの習性にある。


「オオカミくんさぁ……ちょーっとくらい手加減してくれても良くないかぁ……?」


 一切の隙間なく並ぶ黒い獣たち。鋭い眼光は獲物を捉えた狩人のようにじっとこちらに向けられている。

 俺は戦うどころか逃げ場すら見つけられそうにない状況に陥っていた。

 これこそ、多くのプレイヤーを悩ませるブラッドウルフの習性だ。


 ブラッドウルフは森や湿地帯などの薄暗い場所に出没し集団で狩りを行う種族で、その連携は上位クランのそれに勝るとも劣らないとさえ言われている。

 音を殺して闇に紛れ、気がつけば周囲を囲まれ、数の暴力に為す術なく蹂躙される。

 まったく初見殺しにも程がある。俺も初心者の頃はよく殺されたものだ。


・あー、これは……

・デスポーン確定演出かな?

・ブラッドウルフをおちょくるからこうなるんやで

・自業自得よな


「お前らに人の心とかないんか? 少しは応援してくれてもいいだろ」


・お前にだけは言われたくねえww

・溶岩ダイブと指チョンパ。前科二犯ぞ

・約束忘れとショタ侮辱罪も追加で


「知らん罪状まで増やすな……ってうおっ!」


 ブラッドウルフの鋭い爪が頬を掠める。危うく指に飽き足らず首まで飛ぶところだった。

 呑気にリスナーとお喋りしている場合じゃない。まずはこの状況を切り抜けることが先決だ。攻撃を躱した勢いで距離を取りつつ体勢を立て直す。

 キョロキョロと忙しなく視線を動かし、相手の位置とその数を把握する。


「数は……15か。ちょっと多いな」


・ちょっと……?

・AどころかSクラスじゃね?

・Sは20以上だ情弱

・つか格闘家系統って索敵使えるのか?

・知らね


 Bランクと評価されているブラッドウルフだが、それは単体での話。

 対群れとの戦闘ではその数によってAやSのランクが付くこともある。

 15匹の場合はAランク上位相当。3人以上のパーティーでの戦闘が推奨されるレベルだ。


 対して現実はと言うと、近接特化の俺一人。無情にも仲間はおらず、こんな状況では助けが来る可能性も低い。自業自得とはいえ片腕を失ったのも痛い。


「……ま、なんとかなるか」


 すぅーっと大きく深呼吸をして、狼たちの出方を窺う。

 先程の攻撃は恐らく牽制だ。俺の力量や動きを観察し、次の連携攻撃で仕留めるつもりだろう。


 回避だけならこの状況でもなんとかなるが、反撃となると腕一本じゃどうしても火力が足りない。

 かといって武器を収めれば餌にしてくださいと言っているようなもの。

 まずは隙を見つけて腕を復活させなければ。


 じりっと距離を取ろうとしたところで、端の方に居たブラッドウルフの1匹が飛びかかってきた。その巨体に似合わない素早い動きであっという間に距離を詰められる。

 体を引き裂こうとする大きな鉤爪を躱すと、一瞬だけ黒い毛皮が硬直する。


 ジャスト回避。相手の攻撃に合わせてタイミング良く回避をすることで敵の動きが止まり、ほんの1秒ほどではあるが反撃の隙が生まれるテクニックだ。

 たかが1秒、されど1秒。高度な戦闘においては1秒もあれば敵の首を撥ねることだって可能だ。

 当然、これまで1人で戦闘を続けてきた俺にとっては造作もない。


「その首、ありがたく貰うぜ」


 ダガーを逆手に持ち、跳躍の勢いと共にその刃を黒い毛皮に覆われた首に突き立てた。

 殺意の籠った眼光を飛ばしていた首は胴体を離れ、ずるりと地に落ちていく。

 他のブラッドウルフに囲まれないよう、倒れる巨体を蹴って大きく距離を取る。対ブラッドウルフの基本戦術だ。


・すげ ・何今の速っ!

・不覚にもかっこよく見えた


「よし、まずは1匹──」


 黒い集団から離れた隙にアイテムインベントリのボタンに手を伸ばす。

 が、その瞬間。視界に黒い影が映る。これまでソロで培われた危機回避能力とスキルを駆使して、咄嗟に後方へと跳躍する。

 さらに追い討ちのように別のブラッドウルフが俺の着地点へ目がけて突っ込んでくる。

 着地から次の攻撃までのラグは一瞬。神経を研ぎ澄まし、足が地面に着いた感覚を合図に右へと回避。

 さらなる追撃を避けるため、一度大きく距離を取る。


 振り下ろされた鋭い爪。着地点に舞う土煙からその威力が見て取れる。モロにくらっていれば俺の紙耐久アバターはシュレッダーにかけられたように細切れだったろう。


・これ大丈夫か? ・無理そう

・ソロがデスポーンしそうだからセントラルシティに迎えに来てくれって攻略組に伝えてくるか


「それはやめろ! ろくに移動手段も無いのに戦闘もできなかったら『こいつ今まで何してたんだ?』って笑われるだろうが! 恥ずかしいだろうが!」


・理由が恥ずかしくて草

・安心しろ。お前はもう立派な恥だ

・コメント見てる余裕あるんか?


 ブラッドウルフの群れならこれまで何度も対峙してきたんだ。戦闘の最中、コメントを軽く読むくらいは容易い。

 しかしどうにも治療の隙が作れない。ダガーを仕舞って回復ポーションに持ち替え、それを飲むというステップにはどうしても時間がかかる。


「まあでもそろそろ時間か」


 戦闘が始まって10分弱。回避を繰り返して倒せたのはたかが1匹。

 だけど、ここまではあくまで余興に過ぎない。ただひたすら逃げるだけではリスナーたちも盛り上がりに欠けるだろうと思ってのことだ。


 理想を語れば、この力は先々の戦闘まで取っておきたかった。情報は小出しにする方がリスナーを囲いやすいからだ。

 さらに言えば、俺はこの戦闘をもっと楽しんでいたかった。

 片腕でどこまでやれるのか。スタミナが尽きるか。それまでに群れを駆逐できるか。それとも俺が先に死ぬか。

 制限時間が来てしまえばこの戦闘が一方的になるのも目に見えている。


 しかし、現実はこの体たらくと言わざるを得ない。

 片腕では最上級格闘家の固有スキルも存分に活かせず、逃げる時間の方が長く間延びしている。


 『星聖』のモンスターの強さは同じ種族でも一定ではない。特にこの群れは仲間が1匹やられたと言うのに一切の動揺を見せず連携が崩れる素振りもない。なかなか良いリーダーが率いているらしいこともこの結果に至った要因だ。


「いいな、楽しくなってきた。やっぱこれがVRの戦闘の醍醐味だよな」


 肌がひりつくような緊張。死を意識させられる一撃。一瞬の命のやり取りを体験できる世界。

 犬共を狩り尽くすか、俺が狩られるか。極限の状況に鳥肌が立つ。


・やっぱこいつおかしいよ……

・なんでこの状況で笑えるんだよ


 コメントの指摘に合わせて頬を撫でると、いつの間にか口角が上がっていたことに気付く。

 無意味に命を投げ捨てたいわけじゃない。ただ、死ぬかもしれないというこの瞬間にこそ生きているという実感が得られる。

 俺はその生を感じる時間が堪らなく心地好い。


「いや、悪い悪い。ちょっと舞い上がってた。けどそろそろ終わらせなきゃな。先を急がなきゃならないし」


・一旦逃げるか?

・舞い上がる要素どこ

・デスポーンしてやり直した方が早くない?腕どうすんのよ

・部位回復が付与されたポーションがあれば治るけど……


 まさに俺が想定していたコメントが流れていくも、どうやら時間切れのようだ。


自動超回復オート・リザレクション


 欠損した腕が眩い光に包まれる。やがて光は全身を覆った。

 温かく心が休まるような感覚。広い風呂で体を伸ばすような、アロマの中でマッサージを施術されるような感じに近い。


・僧侶の最上位魔法か!

自動超回復オート・リザレクション:リキャスト長くて体力満タンでも一定の時間で勝手に発動するけど、その時点の体力、スタミナ、傷、状態異常が全回復するパッシブ魔法

・なに?実は僧侶だったってこと?

・僧侶にダガーは装備できん


「そう、俺は僧侶じゃなくて格闘家だ。僧侶のジョブレベルをカンストして一部の魔法を引き継いだ、な」


 各職業にはプレイヤーレベルとは別にジョブレベルが設定されている。

 ジョブレベルはモンスターを倒すのではなく、その職業でプレイしていた時間やその職業特有の魔法、スキルなどを使用することで経験値が得られる。

 そしてその経験値は魔法やスキルを使用した際の効果量によって増加する。


「思い出すなぁ。僧侶の時は毎日腕を切り落としては無理やり回復したり、わざとモンスターの攻撃を食らって回復したり、高所から落下して粉々になった脚を回復したり……本当に大変だった」


・本当に変態だった

・いくら経験値増えるからってやらねえよそんなこと

・聞いてるだけで痛いんだが


 元より近接戦闘の職業に就きたかった俺は、自分で回復できる戦闘職って最強なのでは?と思い至った。

 そしてこのゲームを始めて5ヶ月はプレイヤーレベルと並行して僧侶のジョブレベルを上げに上げまくり、見事にカンストまでたどり着いた。


「面倒だったけどやってよかったな。真似するなら真似していいぞ。回復できるから継戦能力も高いし、ソロプレイヤーにはおあつらえ向きだ。おすすめの魔法は自動超回復は必須で、あとは普通の回復に状態異常の回復、それからスタミナ回復も欲しいところだな」


・え、遠慮しまーす……

・それだけやって5ヶ月って……痛みに耐え続ける気力もないわ

・みんな強そうって理解しててもやらないだけなんだよな


 せっかく俺の戦闘スタイルを公表したのに微妙な反応だ。EXクエストの時とはえらい違いだな。

 まあいい。今は目の前のことに集中だ。


「さて待たせたな。お利口さんに待てできて偉いワンちゃんたちだ。待たせたお詫びに犬コロとリスナーにこのゲームの正しい戦術ってやつを教えてやるよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ