4.今夜はオオカミ鍋
「話をまとめると、まずはサンジェで『そこに眠る君』っていうクエストをクリアする。その途中、村に7枚の札が落ちてるから一応読んどいてくれ。クエストが終わったら札に書かれてたように、毎日異なる時間と手順を守って祠に参拝する。手順はリスナーがまとめてくれた通りな。7日目の参拝が終わればさっきのショタが出てきてクエストを受注できるようになる。もし断ってもそれ以降は祠の前で神語を唱えさえすりゃいつでもクエストを受けられる」
ショタと別れてエレスト公国へ向かう道中、俺は森を彷徨いながらEXクエスト『星幽の導き手1』の発生条件をまとめていた。
何がクエスト発生の条件に引っかかるかわからないため、俺がやってきたことを全てリスナーに聞かせたが上手く伝わっただろうか。
・なっげーわ寝てた
・クソめんどくせえwww
・1週間違う時間に違う手順で参拝ってマジ?
・札なんか見なくてもサブクエは進められるし、見ても実際にやろうって結論には至らんよ
・ほんとよう見つけたわ
・暇なんか?あ、ニートやったわ
・これ掲示板に貼ったけどいいんだよな?
「フリーターな。暇なのは認める。共有するために話したんだし、他のプレイヤーにも広めてくれ」
方法はどうあれ、面倒臭さだけはしっかりと伝わったようで何よりだ。あとは有志たちが攻略サイトやSNSで情報を拡散してくれるだろう。
もしかすると必要のない手順もあるかもしれないが、1週間の参拝は恐らく必須条件だ。それだけでも面倒なことこの上ない。
しかもサンジェの付近で1番近いリスポーン地点がセントラルシティというのも面倒臭さに拍車をかけている。
サンジェに直接ワープできず、わざわざセントラルシティから移動しなければならない。
・テイマーがいるパーティーならいけるか
・上位層のクランなら移動用モンスターも何体かテイムしてるしな
・誰かがやるとしても最短で1週間後か
・それまで主1人ってのもキツイな
そうだ。発生条件の仕様上『星幽の導き手』を受注するには最低でも1週間を要する。
できればそれまでに少しでもこのEXクエストの攻略を進めておきたい。
・パーティーかクラン組めばええやん
・クエストってパーティー組めば共有できるよな
確かにその手もあると頷いてみせる。しかし、そこには重大な問題があった。
「誰か俺とパーティー組みたいやついるか? 一緒に平原を駆け回ることになるけど」
・絶対に嫌だわww ・1人で走ってろw
・完全にお荷物で草 ・転職しろよwww
・そうじゃなくても自らマグマダイブする異常者と仲間になりたくないやろ……
と、いうことだ。
せめて友人の1人でも居たらパーティーに誘ってみても良かったんだが、リアルを捨てている俺にはそれすら難しい。
しばらくは1人で攻略していくしかないだろうな、と先行きに不安を覚えつつ、一休みがてら木陰に腰を下ろしてクエストの一覧を開く。
受注したクエストはコツコツとこなしているため、今はメインストーリーとEXクエストの2つしか表示されない。
「話は戻るんだけど、リスナーはこのクエストをどう見る?」
リスナーにも見えるようEXクエストを開き、改めて内容を確認する。
EXクエスト『星幽の導き手1』
星幽の手は何処へ導く。
或いは成長。或いは退化。
或いは興隆。或いは滅亡。
或いは表。或いは裏。
或いは生。或いは死。
或いは真実。或いは虚構。
星幽の導くままに、不在者は世界を知る。
《達成条件》
忘れられた遺跡の扉を開く。
達成条件は単純明快。忘れられた遺跡の扉を開くギミックを解けばいいだけの話だ。
エレスト公国から少し南にそびえる造山帯には、その大自然には似つかわしくない古代遺跡がある。
俺も別のクエストで一度足を運んだことがあるが、調べるコマンドのひとつも見つからないオブジェクトが並ぶだけだった。
EXクエストを受注することで初めてギミックが発動するタイプのオブジェクトと考えていいだろう。達成自体はそう難しくなさそうだ。
「気になるのはこのフレーバーテキストだよな。あのショタも世界の真実がどうとか言ってたし、無関係とは思えないんだよなぁ」
『不在者』は言わば俺たちプレイヤーのことだ。
『星聖』のシナリオは、プレイヤーが記憶を失い森の中で倒れている場面から始まる。
ストーリーを進めると俺たちプレイヤーはこの世界に存在しない者としてNPCから『不在者』と呼ばれることとなる。
そして肝心な『星幽』に関しては未だ多くの謎に包まれ、誰も詳細は分からない。
・フレーバーなんて世界観作りの一環だろ?
・気にするだけ無駄じゃね
・そうでもないぞ。語り手ではフレーバーテキストがヒントになってたし
・フレーバー付がEXだけってのも気になるよな
フレーバーテキストは所詮世界観を創るための補強材に過ぎない。だが、そうだと決めつけて軽視していてはEXクエストはクリア出来ない。そんなところか。
コメントをざっと流し読みし、必要そうな情報を集めたところで俺は結論を出す。
「うん、よくわからん!」
・だろうなw ・草
・今の時間返せw
・ま、進めてりゃわかるんじゃね。とりあえず遺跡に行ってみようぜ
・攻略組と合流せんでええんか?
「そうだな……」
メインストーリーかEXクエストか、はまたまパーティーのメンバー集めか。どれを優先すべきかは甲乙つけ難いところだ。
扉を開くだけなら俺1人でも大した問題は無い。しかし、これが続きもののクエストという点は気がかりだ。
別のゲームの話にはなるが、クエストによってはギミックを解除するとそのまま次のクエストが始まってしまうケースも少なくない。続けざまに遺跡の攻略……となる可能性も捨てきれないわけだ。
クエストの難易度にもよるが、クランランキング2位のクランが手こずるくらいだ。これまでの報告からしてもEXクエストが1人で攻略できるものだとは到底思えない。
先程はああ言ったが、やはり仲間は欲しいところだな。
「よし。まずはエレスト公国に向かおう。俺がどれほど優れたプレイヤーだとしても、EXクエストに1人で乗り込めば勝算は低い。一縷の望みにかけて仲間探しを優先したいと思う」
・どっちの方が勝算が低いやら……
・どっちもどっちやろ
・優れたプレイヤーはあんなに意気揚々と溶岩ダイブしないんだよなぁ
「はいそこうるさい。オタクに優しいギャルが存在するように、俺とパーティーを組んでくれるギャルが居るかもしれないだろ」
・なんでギャル限定w ・無理だろ
・オタクに優しいギャルも存在しねえよw
「え、存在しないの? じゃあ、俺が密かに抱いてた、ギャルとのいちゃラブ2人旅の夢は……?」
・叶わないなぁ
・それは最初から存在してないだろ
・"人"の"夢"って書いて"儚い"って読むんやで
・童貞ニートの戯言乙w
「なんて心無い連中なんだ。あとフリーターな。童貞は認める」
いつも通り手厳しいリスナーたちだが、こうして反応を貰えるだけで悪くない気持ちになれるのだから不思議だ。
話を打ち切り、そろそろ休憩も終わりにしようと腰を上げる。
日が沈まないうちにもう少し移動しておきたい。野営は仕方ないにしても野営セットを持たない俺は寝床を間違えると一瞬でモンスターの餌にされるからだ。
「さて、また全力で走るから画面酔い注意な」
・また歌枠の始まりかぁ
・代わり映えしなくてつまらん
・エレストに着いたら教えてくれ
・ワープは無理にしてもせめてテイマーならなぁ
・俺も他の配信見に行くかな
「……俺も悪いとは思ってる」
文句タラタラなリスナーたちに一言詫びを入れる。
これまでは移動に苦労したこともなかったが、こうしてリスナーが増えてくると移動手段の乏しさが罪悪感となって押し寄せてくる。
戦闘以外の面でもやはり仲間は欲しい。それこそ、回復や補助に特化した魔法使い系統や後方支援に戦闘もできるテイマーが居たらと思ってしまう。
現在のリスナー数は少し数字を戻して1500人程度。EXクエストの存在でもう少し伸びるかと思ったが、500人ほど増えたところで頭打ちになってしまった。
走って休んでの配信なのだから仕方がない。画面映えもせず代わり映えしない配信を繰り返していては人は離れていく一方だ。
何か面白い企画でもあれば──
「あ、いいこと思いついた」
・あ、よからぬ事を考えてる顔だ
・溶岩ダイブの時と同じ顔してるぞ
・お、来るか来るか?
「てれれってってれれ〜てれれってってれれ〜」
・なんか聞き覚えあるなw
・料理でもするんか?
誰でも一度は聴いたであろう料理番組のメロディーを口ずさみながら軽く索敵を行う。
幸いここは森の中。ちょうど良いところにオオカミ型のモンスターを見つけ、俺は一目散に駆け出した。
ものの数秒で対峙したそれは、全体を黒い毛並みに覆われ、一部がメッシュのように赤く染まった凛々しい出で立ちの狼だった。
普通の狼と違うところがあるとすれば、体格が俺の3倍以上はある大型犬という点だろうか。
・ブラッドウルフ!?
・この辺じゃ危険指定されてるモンスターじゃねえか!
・おいおい死んだわ、あいつ
「本日もやってまいりました。ニュービー、3分クッキングのお時間です」
不穏な空気のコメントは気にも留めず、武器を篭手からダガーナイフに持ち替える。料理と言えば包丁だが、あれは残念ながらアイテムとしてカウントされるため、インベントリを圧縮された俺に持ち歩くのは困難だ。
ところがどっこい、ダガーナイフなら装備扱いであり、装備は各部位3種まで付け替えができることから俺でも持ち運びが可能なのだ。
・パチモン番組始まったな ・ニュービー?
・ヒント:ニュービーは『初心者』という意味のスラング
・センス〇
「まずは包丁を用意します。できるだけ切れ味が鋭いものが良いでしょう。ご家庭に包丁がない場合はダガーナイフや鋼の剣、鋼の長刀で代用してください」
・ご家庭にあるわけなくて草
・いや逆ぅ!
新企画のおかげがコメント欄も盛り上がってきた。やはり企画ものは配信映えする。配信とAVは企画ものだと叡智ある者は言ったのだ。知らんけど。
同接もあまり減っていない。今こそさらなるリスナー獲得のチャンスだ。
「包丁の用意ができたら餌付けしたいモンスターを見つけましょう。見た目で選ぶもよし。性能で選ぶもよし。種類は肉食モンスターが好ましいですね。今回は予めご用意した、こちらのブラッドウルフを餌付けしていきます」
ウルフ系統は見た目もかっこよく動きも俊敏なため、テイマーたち御用達のモンスターだ。
今回は都合良く近くに居てくれて助かった。最悪オーガやゴブリンキングで手を打とうかとも思っていたが、奴らは機動性に欠けるからな。
・お前が餌定期 ・ん?嫌な予感が
・嘘だよな?嘘だと言ってくれ!
・え、あ、そういうこと?
俺がやろうとしていることを察し始めたリスナーたち。ようやく俺たちも心が通じ合ってきたのかとしみじみ思いながら、俺は適当な岩場に左手を添えた。
「モンスターを用意したら──指を切り落としましょう」
開いた手のひらに向けてダガーナイフを勢いよく振り下ろす。ザクりと鈍い音が響き、小指が宙を舞う。
なかなか聞かない表現だが、ぽとりと落ちた小指が俺の凶行を物語る。
・や り や が っ た
・ト ラ ウ マ 確 定
・うわああああああ!!!
・嘘だろお前www
「あ、ゴア表現苦手な人は閲覧注意でよろしく」
・遅せえよw ・手遅れで草
・垢BANされろwww
コメント欄は阿鼻叫喚の嵐。これでも流血表現は緩和されており、傷口には瞬時にモザイクのようなテクスチャーがかかっている。
まったく凄い技術だと感心する。運営が動いていない今、こうした対処は自動的に行われていたということだろう。
「うわー、痛え。多分現実より緩和されてんだろうけど慣れないな、この痛み」
・何でこいつこんなに冷静なん?
・狂ってんだろ
・こいつも手遅れで草
「どこがだよ。いいか? こいつらは肉食モンスターだ。主食は肉。特に人間を襲うことから人間の肉が好物だって考えられる。じゃあ、手懐けるなら人肉だろ?」
・間違ってないけど間違ってんだよなぁ
・理論的には正しい。倫理的には間違ってるけど
・それで指切るか〜ってなるやつは狂人なんよ
「言ってろ言ってろ。俺はブラッドウルフをテイムするんだよ。そんでこの背中に乗って颯爽と草原を駆け回る」
そうだ。テイマーになんてならなくとも、きっと心は通じ合える。
現実でペットを飼うのも同じだ。こちらから歩み寄れば、動物は心を開いてくれる。モンスターだってきっと同じなんだ。俺たちが敵意を向けるから敵意で返してくるだけ。ヤーさんにもブラッドウルフにも心はあるのだから。
俺は小指を拾い上げて、そっとブラッドウルフに近付ける。腰を落として相手に威圧感を与えないように。
動物と通じ合うには……そう、最高のスマイルだ! にこっ!
「ほーら、餌だぞ〜、怖くないぞ〜」
・怖いんだよ ・ホラー配信かな?
・ブラッドウルフさん、狂人に怯える
・ブラッドウルフの方が可愛く見える
うーん、心做しか、リスナーの言う通り確かに脅えているようにも見える。グルルルと喉を鳴らして威嚇しているようにすら思える。
いや待て。口を開いたぞ。恐る恐るではあるが、ブラッドウルフはゆっくりとこちらに近付いてくる。
やっぱりそうだ。人と人。人と動物。画面を越えて、種族の垣根を越えて、俺たちは今通じ合うのだ。
・お、いけるのか? ・嘘だろ??
・いやこれは……
そう思った瞬間──
「うぎゃあああ!! 腕ごといかれたあああ!!」
・当然の結末で草 ・自業自得定期
・予測可能、回避不可能
無理やり引きちぎられた腕から痛みが駆け上がってくる。流血表現は抑えられているため大した怪我には見えないが、俺の肘から先がモザイクで消えていた。
当の本人……本犬?はゴリゴリと俺の腕を咀嚼している。
まあなんとも美味しそうに食べるものだ。こうして見ていると、ご飯を食べる仔犬のように可愛らしくも見えて……
「んわけねえだろ、こんの犬畜生が! ぶっ殺してやる! 夕食は狼鍋じゃボケェ!」
・逆ギレやんけ
・オオカミくん何も悪くないんだよなぁ
・被害妄想乙
・情緒不安定過ぎだろw
この森のブラッドウルフは俺が絶滅させてやる。今代でこいつらの血筋は根絶やしにしてやる。俺はそう心に誓った。




