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3.EXクエスト

「よーし、着いたぞ!」


 セントラルシティから南西に向かって全力で走ること1時間弱。空が白む頃、俺は廃村となった集落に来ていた。

 コメント欄をズームアップすると、ちらほらと白い文字が流れていく。


・お、やっとか ・キター!

・画面酔いしたんだが

・おいコラ!謎の歌配信聞かされるこっちの身にもなれ!


「あー、いや……悪いとは思ってるんだ。けどコメント見てる余裕もなくてな」


 歩きスマホどころか全力で走りながらコメントを読むなんて危険な真似はできないと思い、俺は草原を駆け抜けながらひたすら歌を歌っていた。

 雑談をするにしても1人で話し続けられるほどのネタは持ち合わせちゃいないし、リスナーを繋ぎ止めるために考えた結果が歌しかなかったんだ。


 気がつけばリスナーは1000人ほどまでに減っていた。それでも1000人も見てくれていると喜ぶべきか。


・ここどこ? ・サンジェっていう廃村

・全然記憶にないんだが

・確かサブクエがあったはず。あんま覚えてないけど


 コメントにもある通り、このサンジェは謎の子供の頼みで祠を調べるというサブクエストがあるだけの廃村だ。

 報酬も大したことはなく、普通にストーリーを進めていると立ち寄りすらしないプレイヤーも多い。こんな場所まで来るのはアチーブメントの回収を目的とするやりこみ勢くらいのものだろう。


「俺もネットで調べたことがあるんだが、サンジェに関する情報は全くと言っていいほどなくてな。この機会だし、リスナーにも見せてやりたいと思ったんだよ」


 サンジェは廃屋が数軒連なっているだけの廃村だが、その端の崖になっている場所に御幣が収められた小さな祠がある。

 俺は祠に向かって深くお辞儀をして、観音開きになっている厨子の扉を開ける。


・普通に開けんなw

・罰当たりじゃないのか?


「ゲームに罰当たりもないだろ。まあ見てろって」


 厨子の中には紙垂がさげられ、風に煽られてパタパタとはためく。

 人があまり来ない割には綺麗に手入れされている。ゲームだから汚れることがないだけかもしれないけど。


「幸魂奇魂守給幸給(さきみたまくしみたままもりたまえさきはえたまえ)」


 祈るように両手を合わせて祝詞を終えると、小さな祠がピカッと強い光を放つ。

 しかしそれは一瞬のことで、咄嗟に目を覆った手を下ろすと、祠の隣に男の子が立っていた。

 年齢的には小学校低学年くらいか。中性的な幼く可愛らしい顔立ちにさらさらと靡く黒髪がとても似合う。その容姿と凛とした佇まいの歪なギャップはどこか不気味さすら感じさせる。


「……また貴様か」


・かわE ・ショタキター!

・え、なにこれ知らん

・なんだ今の呪文


「さっきのセリフは件のサブクエでこのちびっ子が最後に言うセリフなんだが、神語って言って実際に唱える祝詞らしいんだ。そんで、試しに祠に向かって唱えてみたらこうなった」

「誰と話をしている。何故我の眠りを妨げた」


 NPCにコメントが見えるはずもなく、不気味なショタは不機嫌そうに淡々と質問を重ねる。

 眉根を寄せても大した威厳はなく、話し方を除けばパッと見は可愛げのないガキだ。

 コメントは美形ショタの登場に大層盛り上がっているが、対峙する俺からすれば得体の知れない不気味なショタだ。ショタに変わりはない。


「ああ、悪いな。旅の道すがら、お前の頼みを受けようかと思ったんだ」

「……ほう?」


 俺の言葉に今度は訝しげに目を細める。話し方と表情のせいか、見た目はただの子供なのにそこはかとなく気味が悪い。

 一方で、こうしてNPCと流暢に会話ができたり、コロコロと表情を変えたりするのだから、『星聖』は本当に凄いゲームなのだと改めて感心もしていた。


「何故気が変わった? 貴様は幾度となく我の頼みを断っていたではないか」

「ま、ちょっとな。こうして俺なんかに頼むくらいだから相当困ってんだろうなって思い直しただけだ」


 本当はリスナーが増えてからこのクエストを受ける方がさらなる視聴者獲得に繋がるだろうという邪心でしかないが……ショタにとってもリスナーにとっても関係のない話だ。わざわざ本音を打ち明けなくてもいいだろう。

 それにしてもNPCなのに何度もクエストを断ったことまで覚えているとは恐れ入る。それだけでもこのショタがただの廃村民Aではないことは明白だ。


「……まあ良い。どの道貴様らはこの世界から出られない。この世界の真実を解かぬ限りな」


 やっぱNPCはNPCか。プレイヤーがやると言えば、クエストを進めさせるためにそれを受け入れるしか──


「……は?」


 ショタの言葉を反芻して、遅れて出た疑問符。

 ゲームに閉じ込められるという摩訶不思議な状況に内心俺も疲弊していたのか、俺の耳がおかしくなったのかと、急ぎコメント欄をズーム表示する。


・え、え?え?? ・どういうことだってばよ

・ホラーかな?ホラーじゃないよ。ホラーだね

・メタ過ぎんか?る?

・な ぜ し っ て る

・おぎゃあああああ!!

・おしっこチビったわ

・こえええええええ!!!


 よかった。平常運転だな。人の振り見て我が振り直せじゃないが、自分より焦っている人を見ると心が穏やかになるというのは本当らしい。


 現実(コメント)は楽しそうでいいな。俺もそっちに混ぜてくれないかなぁ、なんて希望が叶うはずもないため、コメントをそっと画面端に追いやってショタに向き直る。


「お前の話を受ける前にひとつ聞いていいか?」

「なんだ。もう少し焦りでも見せるかと思ったのだがな」

「まああれだ。焦る姿って哀れなんだなって思っただけだ」


 おぎゃったりチビったりする大人の姿を想像してスっと冷静になった。ありがとう、コメントたちよ。初めてそのありがたみが身に染みた。


「向こう側の人間とコンタクトでも取ったか。それで、聞きたいこととは?」

「まさにそれだ。なんで俺たちがこの世界に閉じ込められていると知ってるんだ? 今もまるで別の世界が存在しているような言い回しだったよな」


 そんな疑問すら予見していたように、ショタはふんと鼻を鳴らす。可愛い顔をしているくせに妙に悪役らしい仕草が似合うやつだな。


「今その問に答えたところで貴様が理解出来るとは到底思えんな。貴様らの言う"げぇむ"に則り"くえすと"を進めて解明してはどうだ?」

「そんなことまで知ってると暗示しておいて、何も教える気はないってか」

「貴様が我の求める者であれば答える義理もあろう。我を見つけ出したのは貴様が初めてだ。その点は認めてやろう。しかし貴様が我の役に立つかは別の話だ」

「要はお前に認められるためにクエストを進めろってことか」


 ショタは答えずうっすらと口角を上げた。それが肯定を示すものだということは国語に弱い俺でも理解できる。

 どうやらこれ以上の問答は意味がないらしい。


「……わかった。どうせ断る選択肢はないんだ。受けてやるからはよ内容教えろ」

「先程から思っていたが、貴様は言葉遣いというものを知らんのか」


 不機嫌そうに眉根を寄せるショタ。腕を組んでも見た目のせいかあまり威圧感はない。

 ショタに言葉遣いを諭されてもなんか響かないんだよ。所詮ショタだし。薄い本でお姉さんに食われて理解らせられそうな顔してるし。


・なんだこいつ偉そうに。掘ってやろうか

・薄い本が厚くなるなw

・ショタの初めて!?


 余計なものを見た。安易にコメントを見るもんじゃないな、うん。

 俺にそっちの気はないし、早く攻略組に追いつきたいし、ここは俺が折れてやることにしよう。

 さもないとpi○ivがこいつのR指定イラストで埋め尽くされそうだ。


「非礼は詫びるよ。だから教えてくれ。お前も俺しか頼みの綱が居ないんだろ?」


 俺が初めての相手──意味深な話じゃなく、事実このクエストにたどり着いたのが俺しかいないらしいし、ここで提案を断るのもショタからしても利がないと見ていい。通りで調べても出てこないわけだ。

 不服そうではありながら、ショタが軽く手をかざすとポップアップが表示される。



EXクエスト『星幽の導き手1』が受注されました。



 選択肢すらなく新たなクエストが受注欄に並ぶ。流れのまま受けたはいいもののやはり気になることが多すぎる。

 特定の条件や確率によって発生するとされるEXクエスト。1ってことは続きもののクエストということだろう。そして、ゲームタイトルにもある『星幽』の名を冠したタイトル。

 EXクエストについては以前気になって掲示板で見た記憶があるが、受けていないクエストにはあまり興味もなかったためよく覚えていない。


「EXクエストなぁ……やっぱこれってレアイベントだよな? 調べても全くヒットしなかったし、リスナーたちの見解を聞きたいんだが」


 ショタの冷めた視線も気にせず問いかける。こんな時こそリスナーの出番だ。情報収集に関しては俺より何枚も上手だろう。

 俺が話を振るより先にコメント欄には一気に文字が流れ込んでいた。


・EXってゲームクリアに必須なクエストって考察があったよな

・EX系は全部『星幽の〜』ってタイトルがついてた気がする

・これで3つ目か?導き手って初めてよな

・発生条件隠してるやつもいるけど、守り手は2位クランが進めてた希ガス

・でも進め方がわからんって行き詰まってたよな

・掲示板で情報は流しといた。配信者のところにはすぐ流れると思う。主が良ければ条件教えてくれ


 わーお、有能。さっきまでショタの尻で盛り上がってたやつらとは思えない。手のひらをくるくると返して、ざっとコメントを読みながら情報を集めていく。


 EXクエストはこれまで3つの発生報告が上がっており、内ひとつは今俺が受けた『星幽の導き手』。

 最初に発見された『星幽の守り手』はクランランキング第2位のクランを始め、既に多くのプレイヤーが受注し、その難解さと難易度に手を焼いているらしい。

 そして唯一、発生したという報告だけでその詳細が一切掴めない『星幽の語り手』は、発見者がわざと内容を秘匿しているようで、有益な情報は一切なかった。


 クエスト名しかわかっていないことから嘘だとする話もあれば、一部のプレイヤーだけで最速クリアを目指しているのでは、という噂もある。

 EXクエストの報酬がどれほどのものかはわからないが、受注できるだけで何百万というプレイヤーを相手に優越感に浸れるイベントだ。独占に走るプレイヤーがいてもおかしくはない。


 もしかすると他にもEXクエストは見つかっていて、報告に上がっていないだけの可能性もありそうだ。


・主はどうするん?

・共有如何は発見者の自由ってことにはなってるけど報告しないとうるさいやつもおるよな

・『星幽の語り手』見つけたやつも掲示板で炎上してたしな

・リスナーもいるんだから隠すのは厳しくね?

・教えろー!ケチー!

・てか、なんで今までEXって知られてなかったんだ?これまでも配信してたんだよな?


「ケチじゃねえよ。勿論全部話すつもりだ」


 クエストひとつ取っても『星聖』ほどの有名なゲームになると炎上騒ぎにまで至るんだな。怖いもんだ。

 そうなる未来を想像して身震いしながら、俺もEXクエストの扱いについて軽く触れておくことにした。


「発生条件が面倒だし、同じことの繰り返しだから今までは配信外でやってたんだよ。導き手について調べても出てこないし、俺が初出なんだろうってこともわかってた。これまで黙ってたのは、その拡散力の違いだ」


 こうして大人数が見てる配信でクエストを受けりゃそれだけ情報も広がりやすくなる。ああでもないこうでもないと皆で試行錯誤しながら攻略する方が楽しいし、それがゲームの醍醐味だろう。


 数人のリスナーたちとわいわい喜びを分かち合うのも悪くないが、やはり配信者であれば視聴者獲得も意識するところ。

 楽しさも視聴者も取れる選択を考えた結果今に至った。


「ってなわけで、情報の拡散と俺の宣伝よろしくな!」

「……我は貴様の身勝手に付き合わされたということか」

「あ、やべ」


 もう消えたと思っていたショタは呆れたように頭を抱える。

 この世界に干渉してくるようなやつだ。クエストの取り消しなんて荒業に出るかとも身構えたが、「まあ良い」と軽く流される。どうやら許されたらしい。


・結局売名目的かい! ・潔くて好き

・欲に忠実過ぎるなw ・建前仕事しろw

・ショタくんすら呆れる始末


「EXクエストの扱いは発見者の自由なんだろ!? じゃあ売名目的に使っても文句はないよなぁ!?」


・開き直んな

・否定は出来ないんだよなぁ


 『語り手』の発見者とは違い情報は流すんだ。その過程に俺のリスナー獲得という邪な考えがあったって些事じゃないか。

 とはいえ、こんな場所で話す内容じゃなかった。ぎろりと睨みをきかせるショタから目を背け、俺はそそくさとその場を後にした。

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