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2.結局ソロかよ

 俺の人生は決して不幸じゃなかった。


 劣悪な家庭環境。壮絶ないじめ。人生を左右する挫折。トラウマを抱えるような大失恋。そんなものは一切ない。

 じゃあ何故お世辞にも良いとは言えない人生を歩んでいたのか。

 それは偏に俺が社会に適合できなかったからだ。


 少しかっこつけた言い方になったが、言ってしまえばただの堕落だ。

 勉強が嫌だ。運動が嫌だ。努力が嫌だ。頑張ることが嫌だ。人間関係の構築が嫌だ。働くことが嫌だ。

 そういう嫌なことから逃げ続けた結果がこれだ。


 人生をやり直せるならもう一度……なんて考えたこともない。どうせ同じ道を歩むに決まっているんだから。

 そうしていつの間にか何事にも興味をなくし、堕落した人生にひたひたに浸かっていた。


 そんなある日、人生の転機が訪れた。

 ゲームの世界から出られなくなるという、一昔前のラノベや漫画にありがちな話が現実になった。


 中にはきっと、どうしようと焦るやつやここから出せと嘆くやつ、みんなで頑張って前に進もうと声を上げるやつもいただろう。


 だが、俺にはそんなことはどうでもよかった。

 俺はこの理不尽で絶望的な状況が楽しくて仕方なかった。

 一生このままかもしれないという焦燥やこの世界での死が現実とリンクしているかもしれないという恐怖も全て高揚感を掻き立てる燃料になっていた。

 どうせ死ぬなら派手に、面白おかしく。こんな俺でも生きていたんだと誰かに覚えてもらえるように。

 大輪を散らせ一瞬で消えていく花火のように。



※※



「はい、おはようございます。良い朝ですね。今日も一日張り切っていきましょう」


・夜なんだが ・やっと起きたか

・逝きましょう、だろ?

・生きとったんかワレ!


 溶岩に飛び込んだ俺氏、無事生還。現実に戻ったら『溶岩に飛び込んだんだけど質問ある?』とスレ立てでもしてやりたい。


 状況確認のため軽く腕を回して周囲に目をやる。

 どうやらちゃんとデスポーンできたらしく、俺は宿の一室にいた。体にも特に異変は感じられない。

 当然ながら手元にナップサックはないもののインベントリに格納したアイテムは全て無事だ。バグでロストしましたなんて目も当てられないからな。

 俺が寝ていたのはセントラルシティの中で一番安い宿だ。リスポーン地点の更新位置とも一致している。


 リスナーの話によると溶岩に着水した瞬間に蒸発して消滅した俺は、光に包まれながらこのベッドに現れて、きっちり1時間眠っていたらしい。配信画面も一緒に転移してくれるのだから本当に優れた技術だ。

 なお、その間もログアウトできない不具合は続いており、運営からは何も発表されていない状況のままだそうだ。


「早く対応しないと取り返しがつかないと思うんだが……ま、いっか。とりあえず、ゲーム内で死んでも問題はないってことだ」


・ほんとよくやるわ

・有志が掲示板使って情報共有してる

・経緯はどうあれこの情報はでかい

・有能オブ有能

・頭おかしいのに有能なのは認めざるを得ないんだよなぁ


「そう褒めるなって。致命的なバグに見舞われた状況だ。いつ本当に死ぬかもわからないし、デスポーンは使わないに越したことはないと思うんだよな」


 珍しく褒めてくれるコメントたちに悪い気はしないながらも、そう注意喚起しておく。

 ログアウトできないという重大な欠陥を抱えるくらいだ。下手にデスポーンを連発すれば二度と目を覚まさないとも限らない。

 俺が偶然生きていただけで、ゲーム内で死んでも問題ないという証明には程遠い。

 ただ、気休めとしては役に立つ情報となったのも間違いないだろう。


「それにしても……随分リスナー増えたな」


 映画の再現企画のおかげか、大きな情報を得られたからか。リスナー数は1500人にまで増えていた。その数なんと30倍。不具合の前から比べると250倍にもなる。超有名アーティストのライブチケットや大手企業の就活でもなかなか見ない倍率だ。

 先程までに比べコメントの流れも早くなっている。レベルと職業のおかげか目で追えないほどじゃないが、最古参リスナーのシエルやタカタカのコメントを見逃してしまいそうで少し困る。贅沢な悩みだ。


・そらあんな配信すりゃなw

・掲示板でもちょっと盛り上がってた


「ちょっとかよ。もっと大バズり期待してたんだけどな」


・甘えんな ・充分やろw

・同接1500ってかなり多い方だぞ

・海外リスナーもいるしな


 海外リスナーか。やはりターミ〇ーターは強い。俺が生還できたのもT-1000のご加護があったのかもしれない。


 外国人が日本人の配信を見て面白いのかと疑問に思ったが、リスナーには自動字幕機能があり、外国語のコメントも自動翻訳されるらしい。便利な世の中だな。


「ところでリスナーくんさぁ、何か大事なこと忘れてないか?」


・大事なこと? ・生ゴミは出したぞ

・パパのパンツは別にしてるわよ

・今日誕生日だったよね。おめでとう。


「大喜利してんじゃねえよ。生きてたらスパエフするって言ったやつ居たよなぁ?」


 後から来た1450人は知らないと思うが、俺はリスナーとそう約束をした。うん、間違いなくした。配信をアーカイブに残せば証拠だってある。

 こうした乞食行為は推奨されないが、約束は果たしてもらわなければならない。稼ぐチャンスを逃すわけにはいかないからな!


「ほらほら、英雄の帰還ぞ? 報酬はないのか?」


 理由はどうあれ、せっかくリスクを冒して貴重な情報を得られたんだ。多少の見返りを求めてもバチは当たらないだろう。

 しかし、リスナーを煽ってみても一向にスパエフが流れてこない。代わりに流れてくるのは文字越しにも伝わってくる失笑だった。


・できないんだよなぁ

・あなたのクリアランスにその情報は開示されていません

・収益化申請しろよ


「……収益化って自動でされるもんじゃないのか?」


・違うが? ・無知が過ぎる

・【悲報】自称英雄、収益化の仕組みを知らない

・YeahTube運営に申請が通らないとスパエフできんぞ


「なん……だと……?」


 何で誰も教えてくれなかったんだ。先に言ってくれればこんな恥をかかずに済んだものを。

 あーあ。せっかく稼ぎ時だと思ったんだけどな。やっぱり楽して稼ぐのは簡単じゃないらしい。


・星聖ならゲーム中でも申請できるからやるだけやっとけ

・今の状況で通るかは微妙やけどな


「あー、そうなのか。やり方教えてくれ」


・明らかに落胆してて草

・哀れな乞食の末路

・テンションジェットコースター

・まあ元気出せw申請通れば誰かがスパエフ飛ばしてくれるだろw

・人任せにしてんじゃねーよww


 そりゃあ落胆もする。これだけリスナーが居たらバイト1ヶ月分くらいは稼げそうだと思ったのだ。

 ネタは鮮度が大事だ。せっかくのバズりも時間が経てば風化する。収益化の申請が通る頃にはスパエフの話は皆忘れているだろう。

 ともあれ、申請しておくに越したことはないため、リスナーに教わりながら収益化の申請を送る。


「まあ、あれだな。とりあえず攻略組と合流するか……はぁ」


 すっかり落ち込んだ気分を引きずりながら宿を後にして、ひとまずデスポーンした目的を果たすことにした。

 ……のはいいんだが。


「なんか、思ったよりプレイヤーが少ないな」


 『星聖』の開始地点であり、この世界の中心に位置するセントラルシティは常に多くの人で溢れている。

 クエストの受注、戦利品や武具の売買にジョブチェンジといった基本的な要素は当然として、配信の視聴が出来る酒場やクラン同士でPvPを行うランク戦といったコンテンツまで用意されている。

 これまでのイベントの多くもこの街がメインとなるものが多く、パーティの人集めや情報共有のためにもこの街はプレイヤーの社交場として利用されていた。


 ……はずなのだが、10万人余りが閉じ込められた割に、走り回れる程度には人の往来が少ない。

 もっとこう、休日昼間の繁華街みたいな混雑を予想していたんだけどな。


「Heyコメント! 最新の情報をくれ!」


 こんな時こそ彼らの出番だ。俺が眠っていた1時間に何が起こったか教えてもらうのが手っ取り早い。


・伝書鳩かよ

・あー……残念なお知らせがあるけど聞く?

・攻略組は先に出発したぞ


「返答の前にバラされたんだが? まあいいけど。いや状況は何も良くないけど」


 じゃあ俺は何のためにリスクを負ってまでデスポーンしたんだ? 1時間くらい待っていてくれたっていいだろうに。

 俺みたいなソロの底辺配信者が何を考えていたかなんて誰も知らないか。それなら仕方ないな。攻略組に情報を回してくれなかったこいつらのせいにしておこう。


・攻略組はエレスト公国に飛んだらしいぞ

・あんだけ人がいたら全員ワープもできなくないか

・セントラルに集まった攻略組は総勢1万5千人。半分はワープで、残り半分はテイマー中心に野良ソロを探しながら西に向かった

・エレストで他の攻略組と合流予定

・テイマーならモンスターライド出来るし走ってもそう時間はかからんな


「嘘だろ!? さっきの場所の方が近かったじゃねえか!」


・草 ・ドンマイすぎるw

・結局ソロかよw

・もしかして嫌われてる?

・嫌われるほどの知名度がないんだよなぁ


「おいこら。それが一番傷つくぞ」


 報われない状況にコメントの追い討ちもあり、さらにしょげる俺。

 俺は本来エレスト公国付近のクエストを攻略するために移動をしていた最中だったんだ。折り返しを過ぎたところまで進んでいたんだ。

 すぐに出発するとわかっていたなら俺だってそのまま西に向かっていたさ。すごろくでスタート地点に戻された気分だ。


・今すぐ行けばまだ間に合うやろ

・セントラルなら天使の羽も売ってるよな


「言ってなかったか? 俺、アイテムは買えないぞ。呪われてるからな」


・なんでだよww ・罪人ペナか?

・ジョブチェンジしろや

・追いつく気ある?

・結局トコトコ配信やんけ


「何かのイベントで呪いのアイテム受け取ってさ。そこそこ使えるんだけどインベントリは圧迫するしドロップ品でしかアイテム確保できないしで結構大変なんだよ」


・そんなイベントがあるのか

・初耳やね

・天使の羽ってドロップだとかなり低確率だったよな。そら確保できませんわ


 それに、ジョブチェンジは一度行えば3日は別のジョブに転職出来ない仕様もある。追いついたとて役に立たないなら意味がない。

 徒歩に至る経緯を説明し、どうにか納得してもらう。その間にもリスナーは減少傾向にあったが、ここまで人が集まれば100人程度は誤差の範疇だ。

 ……徒歩配信にならないようデスポーンしたのに本末転倒な点には目を瞑ってほしいな。


「BPはスタミナ、俊敏、攻撃力に振り切ってるからな。まあ1日走れば追いつけるだろ」


・マラソン選手かな?

・紙装甲物理アタッカーってマジ?

・今までよくソロでやってこれたな


「意外と何とかなるぞ。パリィとジャスト回避さえ極めれば」


・達人かよ ・凄技やんけ

・ちょっと戦闘見てみたくなった

・ノーダメ縛りやん

・縛りすぎだろ。ドMか?

・こんなプレイヤーおったんか……


 流石にノーダメ縛りというわけではないが、これまでなんとなく肌に合うという理由だけで続けてきたステ振りが思いの外好感触なことに驚く。

 先程までほんのり罵倒されていた気がするが、心優しい俺は水に流してやることにした。


「ま、そういうことだし早いところ出発するか。実はちょっと寄りたいところもあるんだ。早くしないとゲームが終わっちまう」


 ジョブチェンジしないのもその寄り道が目的だったりする。本当は攻略を優先するつもりだったが、ここからだと走れば1時間もかからない。リスナーにとってはつまらないかもしれないが少し付き合ってもらうとしよう。


・何日寄り道する気なんだ……

・何か忘れてないか?


「ん? 何かあったっけ?」


 準備運動がてら体を動かしているとそんなコメントが流れてきた。

 生憎と俺は物覚えが良い方ではない。コメントに聞けば教えてくれるかと思ったが……


・ウッソだろお前ww ・鳥頭かな?

・教えん方がおもろそう

・彼は先のデスポーンで頭に怪我をしたんだよ……

・覚えてない方が悪い


 うんうん、薄々わかっていたさ。俺のリスナーはそう優しくないって。

 ともあれ、覚えてないものは仕方がないので今は先を急ぐことにしよう。

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