1.ゲームに閉じ込められた
VRMMORPG『星幽の聖域-Astral's Eden-』は現在プレイヤー人口世界1位のオンラインゲームだ。
その人気の秘訣は重厚なストーリー……ではなく、超美麗なムービー……でもなく、最先端技術を搭載した没入型VRシステムによるものだ。
人気になるだけあって、ストーリーは面白くサイドクエストや収集のようなやり込み要素もあるし、映像も現実と見分けがつかないほど美しく滑らかではあるが、それだけで世界1位の人気を誇れるほど世の中甘くはない。
この『星聖』は専用のヘッドセットを装着することで視界や聴覚、さらには脳に刺激を与えることにより通常のゲームではありえない味覚や嗅覚、果ては痛覚まで再現可能とした最新鋭のゲーム……らしい。
詳しいことは知らん。専門外だ。脳に刺激って危ないんじゃね?とは思うが、今のところ危険性は取り沙汰されてないし大丈夫なんだろう。知らんけど。
ま、要はMMORPGの世界を体感出来るゲームってことだ。VRMMOと呼ばれるジャンルが多く出回る昨今で最もクオリティ高いゲームと言っても過言じゃない。
俺はそんなゲームのプレイヤーであり、同ゲームの配信者をしている。
これがまた凄い技術と人脈で、なんと『星聖』の制作会社は大手配信サイト『YeahTube』と提携し、VRの異世界を旅しながらスムーズな配信が可能となっている。
配信のオンオフがいつでも切り替えられるし、コメントは視界の端に流れてくるし、設定次第ではスーパーエフェクトをリアルタイムで課金アイテムに充てることも可能だ。
まさに現代のインターネット社会を体現するかのように制作されたとすら思える歓迎ぶりで、『星聖』の普及と共に配信界隈も大盛り上がりを見せている。
「それじゃ、今日の配信はこれくらいで。見に来てくれてありがとな」
数時間の配信を終え、リスナーにそう呼びかけると、ちらほらとコメントが流れてくる。
・おつー ・お疲れ様でした!
まあ、返ってきたコメントは2件だけなんだけど。
配信界隈が大盛り上がりと言えど、同じ配信者でもその人気はピンキリ。俺は明らかにキリの方だ。
同時接続数はたったの6人。スパエフの金額は当然の0。そもそも収益化すらできていない。まさに底辺配信者。
人が来るだけまだマシなんだが、やはり人気配信者と比べると泣き寝入りしたくなるレベルだ。
と、文句を垂れても人は増えない。喋りが面白いわけじゃなければ目新しい企画を立てられるわけでもない。なあなあに配信を続ける人間の末路なんてこんなものだ。
それでも配信を続けられるのは、偏にこんな場末の配信でも見に来てくれるリスナーが居るからに他ならない。
「今日もありがとな。シエルさん、タカタカさん。良かったらまた次の配信でも待ってるよ」
いつもコメントをくれる2人のリスナー。自分で言うのもなんだが、こんな配信に毎度毎度来てくれる好き者だ。
時には雑談に付き合ってくれ、時には攻略情報をヒント形式で教えてくれる。そもそもこのゲームを始めたのだって「絶対に覇権ゲームになるから」とタカタカが勧めてくれたからだ。
まさにその慧眼の通りで『星聖』は覇権ゲームになったが、人気ゲームをプレイしたとて配信者も人気になるとは限らないのは悲しいところだ。
しかしいつも付き合ってくれる彼らには感謝をしている。改めて労いの言葉をかけてメニュー画面からログアウトボタンを押す。
──が、
「あれ?」
そこで違和感に気付いた。
ログアウトのボタンが触れない。一度メニュー画面を閉じてやり直しても、設定画面をいじくってみても、ログアウトボタンだけが反応しない。
・どうした?
まだ残ってくれていたらしく、様子がおかしいことに気付いたシエルがコメントする。
「あー、いや。ログアウトできないんだよな。バグか?」
・そんなことある?致命的じゃない?そのバグ
「だよなぁ……でも何回やっても反応しないんだよ」
訝しく思われたかもしれないが事実は事実。色々と試行錯誤してみても結果は変わらない。
『星聖』は脳に直接作用するシステムがある以上、ログアウトにはいくつかの方法が用意されている。
まず1つは通常のログアウト。メニュー画面からログアウトボタンを押すことでヘッドセットの通信を遮断して現実に戻れる。
これは既に試した通り、ボタン自体が反応せずその機能を失ってしまっている。
2つ目は強制ログアウト。これは不測の事態が発生した時の対処法で、ゲームの通信そのものを切ることで異常を察知したサーバーから強制的にログアウトされる。
が、これもダメ。通信をオフにしても途切れることはなく、勝手に通信状態を維持される。配信にも一切影響がない始末。
他にも外部からも専用のボタンを押すことで強制的にログアウトさせることもできるが、一人暮らしの俺には無理な話だ。
あとは……
・ログアウト申請は?
「……もう送ってるが反応がない」
シエルの提案に俺は首を振る。
こういった不具合のためか、報告フォームから運営にログアウトの申請を送ることもできる。
本来なら申請してからほんの数秒、長くても1分程度で運営側から強制ログアウトが実行されるが、不具合に気付いてログアウト申請をしてから既に5分が経過しようとしている。
ログアウトできないのは俺だけなのか。原因はサーバーの過負荷かバグか。ゲームの世界に居ては外の情報が何も得られないのが難点だ。
「待つしかないのか……」
諦めて場所を移そうかと準備しているとコメント欄が動いた。
・調べてきました。どうやら日本サーバーで通信障害?が起こっているようです
しばらく顔を出さなかったタカタカからの報告だ。流石は情報通。頼りになるやつだ。
どうやら不運に巻き込まれたのは俺だけじゃないようで、ログイン中のプレイヤー全員が同じ事態に陥っているらしい。
「通信障害?」
・1時間ほど前からログイン中のアクティブユーザー約10万人がゲームからログアウトできない不具合に見舞われているそうです。まだ公式からの発表はありませんが、ネットニュースになっていました
・そんなことある?
デマ情報でしょ、と続けるシエルの意見に俺も同意する。そんなことが有り得るのか?
『星聖』は世界各地で配信されているゲームだが、多くのユーザー獲得を見越してか、サーバーは言語区域毎に異なる。
日本語圏では日本サーバー、中国語圏では中国サーバー、英語圏に至っては複数の地域に英語サーバーが設けられている。
そして、万が一サーバーがダウンした場合はそのサーバーを利用するプレイヤーは強制的にログアウトされる仕組みになっている。
さらに言えば、ログアウトできない状況下であっても他サーバーと繋ぐことで一時的にプレイすることも可能だと運営が語る記事を見たことがある。
もしも日本サーバーに不具合が起こっているとしても、他言語地域のサーバーに繋いで対処することも可能なはずだ。
「不具合ってのも引っかかるが、大クレーム必至の緊急事態に運営が無反応ってのも変だよな」
・確かに
・そうですね。実際にSNSでは公式アカウントにアンチが集まって炎上してます
「だろうな。ログアウト申請の対応に追われているだけならいいが……」
どちらにせよ、今の俺にできることは何もない。精々ゲーム内に取り残されたプレイヤーたちと情報共有をするくらいだ。
「タカタカさん、情報ありがとう。俺はゲーム内で何かできることがないか探してみる」
・いえいえ。こちらで新しい情報が入ったらまた共有しますね
「ああ、助かる」
とは言ったものの、ゲーム内から干渉できる範囲は限られる。それこそ、意図的なバグでゲームシステムに干渉するか、着々とゲームを攻略していくくらいしか……
「そういやこのゲームをクリアしたらどうなるんだろうな」
・セントラルシティでクリア部隊組んでるぞ
・いくつかのギルドが人集めてたな。他配信で見たわ
「そうなのか。いやそうなるか」
ゲーム内でできることもないならゲームを進めてみよう、となる層が一定数居るのは当然のこと。攻略勢からすればログアウト方法の模索と攻略を同時進行できるわけだし。
思っていたよりもログアウトが出来ないバグ(?)の話は広がっているようだ。
町外れの森の中を彷徨う俺と街中に居た人たちとの情報格差か。ゲーム友達が居るかどうかの差とも言える。
「ログアウトのアテもないし、俺も攻略目指すかな。待ってても暇だし」
俺は別にログアウトできようができまいが正直どうでもいい。現実に戻ったところで俺はただのフリーター。バイトが1人行方不明になったところでそう大きな迷惑にはならないだろう。
しかし、このまま待っているだけというのも味気ない。
何もせずにうろうろしているよりは少しでも出来ることをしたい。ただそれだけだ。
「あ、ついでにスパエフ月間1位とか狙っちゃう?」
ふと夢で見た光景を思い出してそう口走る。
どうせお先真っ暗な状況なら、多少夢見心地に浸っても許されるだろう。
と、思ったんだが……
・配信開いた瞬間イキってて草
・無理に決まってんだろw
・応援はするけど……
・同接50人じゃなぁ
ボロクソに叩かれる始末。ネットってこういうところが良くないよな。匿名だからと何でも言っていいわけじゃないんだぞ。
ま、少なからず応援してくれる人がいるだけマシだと思おう。
それよりも、だ。
「この配信、50人も見てんの?」
よくよく見てみると、コメント欄には見覚えのないハンドルネームが並んでいる。
リスナーの数もいつの間にやら58人にまで増えていた。
・ゲーム内の状況がわかるのは配信だけだからな
シエル:10万人が閉じ込められたって言っても、配信してる人はせいぜい2,3%。みんなゲームのことが気になって無名配信者のところにも流れてきてるっぽい
タカタカ:星聖のスレッドで配信者の情報を集めていたので共有しておきました
・ワイもスレから来た1人 ・俺も
・未だに1人でこんなところに居るのは君くらいやで
「なるほど、タカタカさんの情報共有のおかげだったか」
シエルにやんわりと罵倒された気がするが、無名なのは事実だしここは大人しく引き下がりタカタカに感謝を述べる。
経緯はどうあれこうして人が集まってくれるのは嬉しいことだ。同接2桁なんていつ以来だろうか。
情報を回してくれるのもソロプレイヤーの俺にしてみればありがたい。ゲーム内のメールで詳細を聞ける相手もいないしな。
町外れの人気のない森でソロプレイ。その末路が情報弱者たる俺だ。
「もしかして俺、出遅れてる?」
・不具合が発覚してからもうすぐ2時間は経つしな
・ソロにしては早い方じゃね?
・掲示板で有志募ってプレイヤーに情報共有して回ってるし、いずれソロにも共有されると思うけど
・俺今配信者のところ回って情報拡散してる
・俺もさっきソロのやつにバグのこと教えてきたわ。多分まだ気づいてないプレイヤーもおる
なるほど。どうやら配信者は今やゲームと外界を繋ぐ重要な窓口となっているらしい。
ゲームはゲームで、現実は現実で互いに情報を交換し、どうにか解決の糸口を見つけようと動き始めているようだ。
となると、俺もできる限り協力する姿勢を見せた方がいいだろうか。
「じゃあ、一旦セントラルシティに戻って仲間探しでもするかな。って言ってもアイテム縛られてるから徒歩なんだけど」
・何で縛ってんだ? ・天使の羽なくて草
・アホくさ ・ソロさんトコトコでワロタ
広大な探索エリアをスムーズに移動できるよう、『星聖』にはいくつかの移動手段が設けられている。そのひとつが『天使の羽』というアイテムだ。
消費アイテムではあるものの、これがあれば任意のタイミングで各地のワープポイントまで移動できる。
無慈悲なコメントたちに袋叩きにされるが、好きで徒歩探索をしているわけじゃない。俺だってそんな便利アイテムが買えるなら何十個でも買い溜めして持っておくが、残念ながら俺にはできない理由がある。
・魔法があるやろ
説明しようと口を開くと、コメントの1つにリスナーから幾つかの賛同の声があがる。
確かにこのゲームには1度訪れた街にワープする方法としてアイテムの他にも魔法という手段も存在する。
が、しかし。
「あー、色々と提案してくれて悪いんだが……俺の職業、最上級格闘家だからアイテムも魔法もほぼ使えないんだ」
職業が確認できるプレイヤー名刺を開き、リスナーにも見えるように画角を調整する。
リヒトという名前と職業が書かれただけのシンプルな名刺だ。
クランに入団してりゃクラン名やランキングも掲載されるが、ソロ勢の俺にはそんな大層な情報はない。
・うーん、無能!w
・ソロで最前線職マ?
・マーシャル・アーティストって何や
・知らん。初めて聞いた
・格闘家系統ってそもそもアイテムの所持制限あるよな
・縛り強要されててワロタ
転移魔法なんて俺には無理な話だ。職業柄魔法は習得できないし、前職から引き継いだ魔法の中にもワープなんて便利な代物はない。
再転職してしまえばいいだけの話だが、転職にも場所が限られるため今すぐにというのは難しい。
「んー、でも歩くだけの配信流すのも味気ないよなぁ」
こんなに人が集まると知っていればワープだけでも取っておいたんだけどな。と、後悔先に立たず。
コメント欄は既に解散ムード全開。そりゃそうだ。こんな場末の徒歩配信を眺めるくらいなら、攻略組の配信を見ている方が多くの情報を得られるし面白さも段違いだ。
1人、また1人と減っていくリスナー。このままではリスナー数1桁に逆戻りだ。
何か良い方法は……
「──もうひとつ、試してないログアウト方法があったな」
あった。リスナーを取り戻す手段。そして、通常のそれとも緊急用のそれとも違うログアウト方法が。
・試してない方法?
・お前まさか……
・盛り上がってまいりました!
・もしかしてデスペナか?
「正解だ」
コメントのひとつに対し、指をパチンと鳴らし答える。
デスペナ──通称デスペナルティ。
普通のMMORPGなんかじゃよくある話だが、プレイヤーは死ぬと直近に立ち寄った街やセーブポイントでリスポーンすることができる。
大元のジャンルが同じだけあって『星聖』にも同様のシステムが存在する。
ただひとつ違うのは、『星聖』においてはここにペナルティが付随するということだ。
操作キャラクターが死亡すると他のゲーム同様セーブポイントまで強制ワープすることになるが、その際に1時間のログイン制限が設けられる。
要は、死ぬと強制的にログアウトされて1時間は戻れなくなるということだ。
公式から明記されてはいないが、想定される理由は幾つかある。
ひとつは敵モンスターの体力リセットシステム。
雑魚モンスター、ボスモンスター問わず敵NPCは1時間ダメージを与えられなければ自動的に全快する仕様になっている。
恐らく、何度も死に戻りしてゴリ押しクリアできないよう調整されているのだろう、というのが有識者の見解だ。
他にも、ゲームに休息の時間を設けるため。死をプレイヤーに意識させるため。ログアウトさせることで死に伴う痛みや苦しみを緩和するため。あらゆる悪用を抑制するため……等々考察されてはいるが、理由なんて公式から公表されているわけでもなし。そういう仕様だと気にしていないプレイヤーの方が多い。
シエル:正気か?やめとけって!
タカタカ:その方法はまだ試した報告が入ってないのでオススメしませんよ
ささやかな盛り上がりを見せるコメントの中、シエルとタカタカが口々に声を上げる。
やはり予想はしていたが、このログアウト方法を試したプレイヤーは居ないらしい。
それもそのはず。この方法にはどうしてもリスクが伴うからだ。
ヘッドセットが脳に直接干渉する以上、ログアウト出来ない状況での死がどんな結果をもたらすか想像がつかない。
1時間眠っているだけかもしれないし、死を形にしたような苦痛に苛まれるかもしれない。
このゲームのデスペナが死を意識させるものだとすれば、ゲームにおける死がイコール現実の死に結びつく可能性も捨てきれない。
だが、そんなことは百も承知だ。
「前例がない? それなら尚更好都合だな。デスペナに問題がないって実証されりゃ攻略も進めやすくなる。ダメならダメで、俺の命ひとつで10万100万の命が救えるって思えば価値はあるだろ?」
・男気ありすぎww
・生還したら推してやるよ
・こいつ度胸あるなw
シエル:ダメだって!コメントも煽んな!
「心配してくれる気持ちは嬉しいが、こちとら底辺配信者のフリーターなんでね。天秤にかける命としちゃ軽いもんなんだよ」
リアルの俺は残念ながらろくな人間じゃない。
嫌なことからとことん逃げ続け、定職にも就かず、金が尽きれば生きるために働き、ある程度貯まればまた惰性を貪る。
配信を始めたのも楽して稼ぎたい一心だった。暇潰しのゲームで稼いで、一生暮らせるくらいの金が貯まったら細々と生きて適当に死んでいく。
俺の人生なんてそんなもんだ。
「それにさ──これで生還したらバズるだろ?」
・間違いないなw ・結局私利私欲で草
・配信者精神に極振りすぎだろww
多くの人の命を救いたい。そのためには犠牲になっても構わない。軽くバズって楽して稼ぎたい。
そのどれもが本心であってそうじゃない。
ただ、俺には生きていたいと思える明確な理由がない。これで死んでもそういう人生だったって割り切れる。
だから俺の命で救われる命があるならそれでいいし、おもしろコンテンツとして消費される人生でもそれはそれで悪くないと思える。
俺の提案がリスナーの興味を惹いたようで、減少し続けていたリスナー数が止まる。
我ながらナイスな提案だった。危険な配信やおバカな動画が流行るだけあって、やはり破天荒な企画はリスナーのおやつになり得るらしい。
「どうやってデスポーンするかなぁ。あまりにも苦痛を伴うのは嫌だし……物理職だからか落下みたいな強い衝撃には耐性があるんだよな」
シエル:リヒトがそう言うならもう止めない。その代わりに1つ頼み事を聞いてほしい
ああでもないこうでもないと最期の死に様を検討していると、シエルから深刻そうなコメントが届く。
感情なんて文字じゃ伝わらないし何となくそう思っただけだが。
「頼み事?」
シエル:攻略組と合流したらエレスト公国のホテルに向かって
・ホテル!?
・それって……そういうことぉ!?
シエル:きも。違うから。※※※※
リスナーのノンデリコメントを軽くあしらうシエル。バッサリと暴言で切り捨てる様はいっそ清々しい。一部NGワードとして弾かれたらしいけど。
前々から思っていたが、もしかしてシエルって女の子なのか? 今の反応もどことなく女の子らしさを感じる気がする。口が悪いから微妙なところだが。
「エレスト公国か。最新のシナリオも西の方だったし通り道にはなるよな。よくわからんが了解した」
事実俺も最新のクエストを進めようと西部地域へ向かっている道中だった。このまま先にエレスト公国へ向かうことも出来るが、どうせなら他のプレイヤーたちと合流して情報を共有しておきたい。
攻略組の中にはワープ系の魔法やアイテムを持っているプレイヤーも居るだろうし、同行すれば最前線まで一気にワープしてしまう可能性もあるが……ま、その時は俺だけホテルに戻ればいいか。
どうせ俺ははぐれ者のソロだしな。多少の自由は許されるどころか誰も気に留めないだろう。
「さて、じゃあそろそろセントラルシティに戻りますか」
・墓場は決めたか? ・墓参りはしてやる
・南無南無
「勝手に殺すな。お前ら俺が生きてたらスパエフしろよな」
生きることに執着はしないが、死人扱いされるのは癪なもんだな。これから本当に死ぬかもしれないのに不謹慎なやつらめ。
彼らにとっては画面の奥のアバターがひとつ消えるだけ。どこか遠い話だと思っている人間が大多数なのだろう。
実際、俺がリスナーだったとしても同じ反応をしていたかもしれない。人間なんてそんなものだ。野次馬根性のようなものだろう。
不謹慎なリスナーを類友で片付け、俺は置いていた麻のナップサックを背負う。
「まあ、死に方は決めた。最期は安眠祈願に温泉でも浸かろうか」
・最期悟ってて草 ・なんか楽しんでない?
・最後じゃなくて最期だこれ
・配信中に死ぬのは勘弁してクレメンス
「最悪グロ描写はモザイク処理が入るから問題ないと思うが……ちょっとでも無理な人は誰かが掲示板で結果報告するまで配信閉じて待っててくれ」
そんな雑談をしながら付近の洞窟の奥へ突き進む。薄暗く配信向けの場所ではないが、『暗視』スキルのおかげで難なく目的地へ到着する。
「よし、ここでいいか。思ったより明るいし配信にも綺麗に映るだろ」
ナップサックを置いて軽く伸びをすると、温泉街のような独特な匂いが鼻腔を突き抜ける。
こうした五感が当たり前のように感じられるのもこのゲームの凄いところだ。
・おん……せん……?
・1000℃くらいありそう
・苦痛を避けたいとは
「いや、最初はそう思ったんだけどな? せっかくならやってみたいことがあったんだよ」
明かりのない洞窟の中、眼前に広がるのは光源。グツグツボコボコと音を立てて煮え滾る溶岩だ。
この洞窟はマグマ地帯に通じており、ここはその入口に位置する。
さて、溶岩を前にやることと言えば?
「さあさあやってまいりました! 初めてのチャレンジ企画のお時間です! 今回の挑戦は──ター〇ネーターのあのシーンを再現してみた〜!」
・そんな陽気な感じじゃなかっただろw
・原作は溶鉱炉なんだよなぁ
「んな細かいこと気にすんな。こういうのはノリと勢いなんだよ!」
念の為に必要なアイテムをインベントリに格納する。
このゲームには職業毎に格納数が異なるインベントリとナップサックのような保持アイテム拡張用のアイテムが存在するが、ゲーム内で死んだ場合、拡張して所持しているアイテムはその場でロストする可能性があるからだ。
まるで身辺整理のようだと感傷に浸りながらアイテムを仕分けして、不要な荷物はナップサックに纏めて岩肌が張り出した壁の近くへ放る。
ただの移動中だったこともあり特に必要なものもなかったし、もうここに戻ることもないだろう。
最後にコメント欄を見てみれば、煽る声半分制止する声半分といった感じだ。遠い世界であっても目の前で人が死ぬのは見ていられない人間もいるらしい。
俺は軽く挨拶を済ませ、コメント欄を閉じる。
鼓動が早まる心臓に手を当てて大きく呼吸すると、助走をつけて駆け出した。
もしかしたら死ぬかもしれない。現実の俺が脳死のような状態に陥るかもしれない。だけど、そんな恐怖心は微塵もない。
俺の中にあるのはただ、高揚感だった。
ゲームから出られない致命的なバグ。一生ゲームの世界に閉じ込められるかもしれないという状況に、俺の胸は高鳴っていた。
これもきっとバグみたいなものだ。感情のバグだ。非現実的な現実に俺はひどく興奮している。
煮え滾る溶岩を前にしても顔が綻んでしまうのも、たぶんそのバグのせいだ。
・こいつ……笑ってやがる……
・頭おかしくなったんか?
・録画してショート動画上げようぜ
・既に録画回してる
「アイル……ビー……バック!!」
これはきっと始まりだ。無意味な人生に価値を与えるスタート地点。
そして、トップ配信者への第一歩。
勢いそのままに熱源へ飛び出す。親指を高々と突き上げて。