10.遺跡の居住者
「さ、お茶でもどうぞ」
「ど、どうも」
「……いただきます」
謎の少女に案内され俺たちが通されたのは客間のような部屋だった。
4人がけの長方形のテーブルに簡素な丸椅子。西洋風のティーカップを並べ、少女は対面するように腰を下ろす。
真っ白な髪は背中まで伸び、黒いローブは体よりもやや大きく着られている印象だ。職業は魔法使い系統だろうか。
彼女はティーカップの縁をなぞるとごくりとお茶を流し込む。
その所作は淡々としていてどこか気品を感じられる。『導き手』に関連するNPCだろうけど、どこぞの王家か貴族の出身なのかもしれない。
しかし、その勘繰りもすぐに否定されることになる。
「挨拶が遅れたね。私は暗式。君たちと同じプレイヤーだよ」
「え、プレイヤー?」
思わずといった様子でオウム返しするシエル。その反応も当然だ。俺だって驚いている。
ここにプレイヤーがいることなど想定していない。端から頭になかった。
何故なら俺たちがここに来るきっかけとなったEXクエスト、その依頼を出したショタが言っていたからだ。
── 我を見つけ出したのは貴様が初めてだ。
その言葉が真実だとすれば、EXクエスト『星幽の導き手』を受注したのは俺が初めてだということになる。
その俺よりも早くこの遺跡に入り込めるプレイヤーがいることなんて想像できるはずもない。
・プレイヤーってマジ?
・クラシキって聞いたことないな
・嘘ついてるとかない?
・NPCだったとしてプレイヤーって言葉を知ってること自体おかしいだろ
・不在者呼びなら理解できるけどな
・あのショタっ子くらいか?だとしても嘘つく理由って何
リスナーも概ね似たような反応だ。
普通のNPCは違和感なく会話こそすれど、俺たちプレイヤーをゲームの設定に則った『不在者』としてしか認識していない。
『語り手』で出会ったNPCも同じだ。今のところおかしな反応を示したのはあのショタだけ。それがイレギュラーだったと思う方が合理的だ。
コメント欄から顔を上げるとこちらをじっと見ていた暗式と目が合う。
「もしかして君は配信者かな?」
同じプレイヤーであれば画面の内容は見えなくとも俺が何をしていたかくらいはわかる。配信のことを口にしたことを鑑みても彼女はプレイヤーで間違いないだろう。
だとすれば他の疑問が出てくるわけだが。
「ああ。リヒトって名前で配信をしてる。こっちはパーティーメンバーのシエル。今も外部との連携のために放送を回してるんだけど切った方がいいか?」
「いいや、問題ないよ。プライベートルームは映さないでもらえると助かるけどね」
まるで照れる様子もなく、暗式は冗談めかして言う。プライベートな生活領域まで設けているとは、まるでここに住んでいるような物言いだ。
「暗式さんはここに住んでるの?」
「そうだよ。半年くらい前からかな。外から入るには難解な場所だし、隠れ住むにはちょうどいいと思ってね。まあ、たった今全世界に公開されているわけだけど」
「なんかすまん……」
その気はなかったとはいえ、人の居住区をあけすけに晒すのは心苦しい。
それにしては配信を止めさせないのもおかしな話だが。
「そう謝らなくていいよ。そもそもここに入ること自体、普通のプレイヤーには不可能だろうからね。私は裏技を使っただけだよ」
「裏技? グリッチやチートみたいなものか?」
その問いに暗式は首を振る。しかし詳細を話す気は無いらしく、それ以上は続けない。
遺跡への侵入方法を教えてしまえば他のプレイヤーたちもズカズカと彼女の領域を侵しかねないからだろう。
誰でもプレイできるゲームである以上、クランとして買い取った拠点を除けばどこであろうと立ち入りは自由だ。
しかし、EXクエストと同じく得た情報の扱いも当人の自由だ。おいそれと明かさず秘密の場所を独占する彼女を咎められる人はいない。
「外から入るのは難しいってことだけど、暗式さんはその方法を知ってるの?」
「知ってるよ。と言っても実際に外から開けたことはないし、遺跡内を探索して入る方法を理解したに過ぎないけどね」
2人の会話を聞きながら俺は少しだけ考える。
このまま話を進めても彼女は決して決定的なことは口にしないだろう。少なくとも配信をしている状況であれば説得すら不可能だ。
優先すべきは配信か情報か。言い換えるなら、他人のためか自分のためか。
そうすると、自ずと答えは出た。
「配信、一旦切るか」
・!?
・おいおい今から面白くなるところだろ
・もっと暗式ちゃんのことを教えろください
・バズるチャンスかもしれないぞ
ボソッと出た言葉に多くの反応が押し寄せる。
シエルも少し心配そうに顔を覗き込む。
「いいの? 『導き手』を進めるなら配信しておけば伸びると思うけど」
「もちろんクエストを進める時は再開する。だけど暗式のことは配信で流す必要はないだろ。わざわざ隠れ住んでるプレイヤーの情報をひけらかす趣味はねえよ」
と、いうのは建前だ。暗式はEXクエストの存在を知らずともこの場所にたどり着いた。それも外から開けたのではないとなれば、どうにかして内側から開けて侵入したということだ。
それにこの施設についても俺たちより詳しい。暗式と良好な関係を築くことはクエスト攻略の足掛かりになるかもしれない。
何より俺の自己中心的な思考が今は知的好奇心に向いている。
配信を切ればワンチャン教えてもらえるかもしれない。こちらの持っている情報と交換でも構わない。
このままみすみすチャンスを逃すのは惜しいと考えた。
「EXクエストに関する情報は必要とあれば公開するつもりだ。当然暗式には許可を取る。配信を再開したらこの施設も探索するつもりだ。それで問題ないだろ?」
「私はリヒトの決定なら全然いいけど」
「私に決定権はないよ。配信するもしないも好きにするといい」
「そういうことだ。リスナーも納得してくれないか?」
シエル、暗式と視線を送り、最後にコメントを開く。
・好きにしてええんやで
・主がそう言うならリスナーが反対する理由はないわな
・クラシキがいいって言ってんだから配信してていいだろ
・配信していい(情報を話すとは言ってない)
・絶対に戻ってこいよ!
・今のうちに他所の情報集めるべ
俺の決定に委ねる声。配信中断に反対の声。今のうちにできることをしようと呼びかける声。
三者三様意見は違うが、どれも俺の配信を楽しみにしてくれているからこそ出てくる言葉なのだとわかる。
こうして見ると俺の自分勝手な行動にも常に一緒にいてくれる彼らの存在のありがたさを痛感する。
「ま、リスナーの意見は聞いてないんだけどな。今日か遅くとも明日には再開するからまた見に来てくれよ」
・おいこら ・俺たちの温かい空気を返せ
・なんでこんなやつを応援してるんだ……
・二度と戻ってくんなばーかばーか
・CLちゃんに手出したら56す
・クラシキちゃんにもな
最後に好き放題言い残したコメントたちに思わず口角を上げ、俺は配信停止のボタンを押した。
「これでゆっくり話せるな」
「面白いことを言うね。配信を切れば私が洗いざらい話すとでも?」
暗式はスっと目を細めてこちらを見る。先程までとは違う冷たい視線だ。
一筋縄じゃいかないことは承知の上。EXクエストの情報であればこちらから提示できる交渉材料も多い。
それでも足りない時は……シエルを頼るしかないか。
やや緊張した面持ちの彼女を横目に見ると、気付いたシエルはこくりと頷く。
情報で無理なら金だ。俺の持ち分でも問題ないとは思うが、それでも釣り上げてくるならシエルの持つアイテムや装備等、換金できるもので交渉する。
しかし、そんな俺の心配は杞憂に終わる。
暗式はへらっと顔を綻ばせ、けたけたと笑い出した。
「あはは、冗談だよ。同じクエストに挑む仲間の好だ。知っている情報は全て話そう」
「そう言うなら配信切れって言えばよかったろ」
至極当然とも言える疑問に暗式はやれやれと肩を竦める。
「そうはいかない。私から提案すれば少なからず視聴者からの反感を買うだろう? これから表舞台に立つんだ。余計なマイナスイメージは避けた方がいい」
「なんだ。俺たちの手伝いでもしてくれるのか?」
「違うよ。協力してくれるのは君たちの方さ」
俺の冗談を軽くあしらい、暗式はお茶を1口啜る。
そんな暗式の様子を訝しみ、シエルが眉根を寄せた。
「私たちに何をさせたいの?」
「大したことじゃないよ。とあるクエストを手伝ってもらうだけさ。ソロランク4位のCLちゃんと、ランク戦こそ不参加ながらAランク上位相当のブラッドウルフの群れをソロで討伐するリヒト君。君たちの実力なら戦力としては申し分ないからね」
俺たちのことを前から知っていたような口ぶりに、ここに来た時との差異が違和感となって押し寄せる。
「お前、俺たちがここに来るって知ってたろ」
「どうしてそう思うのかな」
「隠すつもりもないのによく言うわ。俺たちはまだ名前しか名乗ってないだろ。ここに隠れ住んでたって言ってた割にシエルがノックしたらあっさり出てきたし」
「ふふ、そうだね。ある人が君のことを教えてくれたから、こちらも準備していたんだよ」
一体誰が、と開きかけた口を閉じる。元々交友関係を持たない俺のことを知っている相手は限られる。わざわざ俺の足取りを追っている人物となればそれはもう答えだ。
すぐにその人物が頭に浮かび、ストーカー紛いな行動に辟易し「うげえ」と舌を出す。
「あいつの知り合いってことかよ」
「知り合いと言うよりは仕事仲間かな。同じ教会のメンバーだよ」
「教会……そりゃあ最悪だな」
90%くらいだった予想が100%の確信となり悪寒が走る。できれば関わりたくないが、どうやら俺はあいつに好かれているらしい。
「ちょっとリヒト。全然話についていけないんだけど」
「俺にとっても配信は切っておいてよかったって話だ」
暗式がディスプレイを操作すると、ほぼ同時に俺の画面の通知アイコンが光る。
想像通りの文面に大きなため息をついて、シエルにも見えるよう画角を調整する。
「『腐敗した教会』って……あの!?」
「ああ。シエルの想像通りで間違いない」
『腐敗した教会』。5名の常在構成員と1名の臨時構成員で成るクランの名前だ。
元々は少数ながらクラン戦でそれなりの成績を残す精鋭揃いの中堅クランだった。ゲームのリリース当初から始めていたプレイヤーなら名前くらいは知っている程度の知名度しかなかった。当時のクラン名も腐敗なんて不吉な名は冠してなかったと記憶している。
それがいつからか評価は一変した。
きっかけはとあるメンバーの遊戯だった。
そいつはクランの中でも最もレベルが高く、戦闘においても
そんな彼女がある日こんなことを言い出した。
──モンスター退治にも飽きてきたな〜。せっかくならプレイヤー狩りとかやってみたいな〜。
彼女にとっては軽い遊びの一端だったのだろう。それくらいの軽いノリでプレイヤー殺しを始めた。
意図的なPKはどのゲームでも許されることじゃない。『星聖』においても同じことで、このゲームでは現実と似たような処罰が下る。
殺した人数に応じて1週間から1ヶ月程度のペナルティが設けられ、その期間中はゲームにログインできなくなる。
だから彼女は考えた。プレイヤーを殺してもペナルティを食らわない方法を。
その結果編み出したのが、事故に見せ掛けた殺しだった。
森エリアの入口に低レベルなら即死級の罠を仕掛けてプレイヤーを嵌める。パーティーを組み、モンスターを攻撃する際にわざと仲間を巻き込む。果ては自分の信者に殺しの依頼を出して、ペナルティを受けず達成できるか観察する。
まったく悪趣味と言っていい。普通ならそんなプレイヤーはボロクソに叩かれて炎上する未来しかないだろう。
しかし彼女にはカリスマ性があった。修道女のような白いローブを纏い、水の踊り子のような流麗な動きで攻撃を躱し、身の丈に合わない巨大な武器で相手を叩き潰す。
その美しさと圧倒的なパワーから多くのプレイヤーを魅了し、ファンを増やした。
それは『腐敗した教会』に所属するメンバーも同じだ。
日に日に彼女のようになっていく他のメンバーたち。傍から見ていてもその光景は異様だった。
彼女とその周囲の関係はまさに女神と信者。
頭のネジが数本抜けた異常者とそんな彼女を讃え崇める宗教団体、というのが『腐敗した教会』とそのファンたちを形容するに相応しい。
「……まるで見てきたような言い方ね」
一通り説明を終えるとシエルがため息混じりに言う。彼女も薄々気付いているのだろう。
今更隠す必要も無い。俺は彼女の言葉に肯定を示した。
「見てきたのはリーダーだけだけどな。『腐敗した教会』の臨時メンバーとして」
『腐敗した教会』の信者たちは洗脳されているようなものだから別として、ある程度頭の回るプレイヤーなら教会がわざとPKをしていると察している者も少なくない。
ただそこに確証を得られないからペナルティ報告ができないだけで、教会を監視する目は常に敷かれている。
そんなヤバい連中と繋がりがあると知ればシエルも俺に幻滅するだろうか。
「なんか納得した」
俺の予想に反し、シエルはうんうんと首を縦に振る。それはそれで傷つくな。
「俺とこの異常者集団と一緒くたにするな。俺はまだ健常だろ」
「そう? 健常者は溶岩ダイブも指で餌付けもしないから」
「あはは、間違いないね」
俺の行動が招いた結果ではあるんだが、暗式に同意されるのは遺憾の意を示したい。
俺は主にリーダーの手足となって働いていただけで他のメンバーとの面識はない。当然暗式とも初対面だ。
それでもあのリーダーを信奉して気が狂った連中の1人だということは知っている。少なくとも俺よりはまともじゃない。
「それで、わざわざ教会のメンバーが俺を待ってたってことはあの件だろ? 何か進展があったのか?」
あの件、と言うだけで暗式には何の話をしているか伝わったようで、彼女はスっと笑顔を隠すと静かに頷いた。
「『語り手』の情報が漏れた。私たちの教会に裏切り者が出たかもしれない」