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9.いざ、忘れられた遺跡へ!

「はい、というわけで配信再開しまーす」


・はいじゃないが ・遅い

・ナニしてたんだあぁん??

・ナニだろ

・やめろ!CLたんはそんな子じゃない!

・きたきた待ってた!

・EXクエストだああああああ!!


「ほんとにな。妄想乙」

「マジでキモい。遺跡探索の相談してただけだから」


 配信を再開した途端、掲示板やSNSでEXクエストの噂を聞きつけた人たちも集まり、同接数はあっという間に7千に達していた。

 それに伴いコメントも盛況で、俺たちの関係を揶揄する声や再開を喜ぶ声が白い画面を滝のごとく流れ込む。


 あんな秘密を見せられ動揺するかと思ったシエルも普段と変わらない調子で若干気持ち悪いコメントに毒づいている。

 EXクエストの扱いについては人それぞれ意見があるだろう。シエルは驚きこそすれど秘匿していてもあまり気にしないタイプなのかもしれない。


・待ってる間に他配信で情報集めてきたんだけど、ここと関係ないことって書かない方がいい?


 再開を喜ぶコメントが落ち着いてきた頃、そんなコメントが目に留まった。

 他所の配信の情報を書き込む所謂鳩行為。普段なら「他の配信者の名前を出すな」とか「場違いなことを言うな」とかコメントが荒れる原因になってしまう。

 しかし、今は状況が違う。配信は現実とゲーム世界を繋ぐ窓口であり、コメントはそれらを繋ぐ伝令手段だ。


「他所の情報は好きに書き込んでくれ。俺たちにとっても情報源はそれしかないしな。ただし、嘘や誤情報には充分注意してくれな」


 注意喚起も交えて発言を促すと、そう経たないうちに次々とコメントが書き込まれていく。


・黄昏の旅団が本格的に守り手の攻略を始めたらしいぞ

・今守り手3だっけ?北部に向かうって言ってたな

・黄昏中心にいくつかのクラン合同で挑んでる

・探究倶楽部と考察クランが手組んだってさ

・アーメン様がエレストに来てるって聞いたけどマジなんかな

・今考察系クランが合同でログアウトバグの原因究明に勤しんでる

・攻略組から一部導き手の手伝いに来てくれるってさ


 『星聖』の世界に閉じ込められて数日。俺たちだけでなく多くのクラン、プレイヤーたちが動き始めているようだ。

 中でもクランランキング2位の『黄昏の旅団』のEXクエスト『星幽の守り手』攻略と考察系プレイヤーたちの動きには注目だな。


 『黄昏の旅団』はPvP大会内のクラン対抗戦で総合2位の成績を誇る大型クランだ。『守り手』の詳細は気になるが、こちらも手が離せる状況じゃないし今は任せておく他ない。

 いずれは情報交換に出向く必要がありそうだ。


 『探究倶楽部』と考察クラン『真理の究明者』が手を組んだという話も面白い。

 『探究倶楽部』はモンスターの生態やNPCの種族の分布を中心にこの世界にある情報を深堀りして『星聖』の世界観を楽しむこと目的としている。

 一方『真理の究明者』は同じ考察系クランではあるものの、メインクエストやEXクエストといったゲームシステムの情報を主としてこのゲームの結末や世界の謎を解明するために日夜議論を交わしている。

 世界観を大切にするか、あくまでゲームはゲームとして捉え開発者の鼻を明かすか。言ってしまえばこの2つのクランは似て非なるものであり、犬猿の仲とも言える存在だ。

 それらが手を組むほど今回のバグは致命的であり謎が多すぎるということだろう。


 これまで脱出する方法ばかりに意識が向いていた俺にとっては、バグの原因究明に動いているという話にも感心するところだ。

 原因がわかればゲームから出る方法にもグッと近づくかもしれない。今後に期待したいところだ。


「なるほどな。みんなありがとう。『導き手』の手伝いもありがたい話だな。合流までは時間がかかるだろうけど、それまでできる限り進めてみるよ」


・いえいえ ・応援してるぞ

・また情報が入れば逐一報告するわ


 普段はセクハラに暴言と俺に負けず劣らず救えない連中だが、やはりこんな時は頼りにもなる。これからも良い付き合いを続けていきたいな。


「そんじゃさっさと出発しますか!」

「待って待って。忘れる前にパーティー申請しちゃおうよ」

「あ、そうかそうか。もう忘れてた」


・鳥頭がよォ……

・そのまま忘れて独りで遺跡に突撃しろ

・リヒトのデスポーンは見たいのにCLの死ぬところは見たくないジレンマ


「俺の死は一発芸じゃないんだけどな?」

「似たようなものでしょ」


 否定してみたもののシエルからもそう吐き捨てられしまう。みんな俺のことをなんだと思っているんだ。


 半分は自業自得のためこれ以上は言い返せず、不満を飲み込みパーティー登録画面を開く。

 このゲームではパーティーとクランという2種類のチームを組むことが出来る。


 クランは2名から最大100名で構成され、冒険者ギルドを通して登録が可能だ。

 同クラン内でアイテムや装備の交換が可能になったり、クラン戦に参加して報酬を得られたり、拠点を持つことができたりといった利点がある。


 パーティーもチームという点は同じだが、その目的は大きく異なる。

 基本的にパーティーはクエスト攻略のためのものであり、一時的な即席チームといったイメージだ。

 人数は2名から最大5名。クランとの大きな違いはパーティーメンバーのステータスを確認できるようになることと、クエストを共有できること。それからリスポーンの仕様変更だ。


 ステータスの確認は説明するまでもなく、自分の画面からでもパーティーメンバーのステータス──装備や能力値、職業などが閲覧できる。

 クエストの共有も文字通り、パーティーリーダーが受けているクエストをメンバーも一緒に受けられるようになる。

 これによりシエルが『導き手』の条件を達成せずともクエストに挑むことができる。


 また、リスポーンの仕様には大きな変化が生じる。

 ソロプレイであれば死ぬと瞬時に登録地点に戻されてペナルティを受けるわけだが、パーティーを組んでいる間は全滅しない限り死に戻ることはなくなる。

 『星聖』には蘇生アイテムや魔法が存在するため、パーティーを組むことで体力が0になったとしても生き返るチャンスがあるわけだ。


 と、長々と説明したが、要はクランの方が大規模で親密なグループ。パーティーは局所的な仕事仲間と思えばいい。


 パーティーメンバーにシエルを加えて申請をかけるとすぐに了承の通知が届いた。

 これでいよいよEXクエスト『星幽の導き手』に挑む準備が整った。

 俺の勘が正しければ……と言うか『語り手』と同じ仕様であれば、これからしばらくは長丁場になる。

 差し迫って大きな戦闘はないと思われるが、EXクエストはどうも癖が強い。気を引き締めていかないとな。



 忘れられた遺跡。

 エレスト公国から南に進んだスレンヴェル造山帯は高さ数千メートル級の山々が連なる山脈地とそれらに挟まれた深い峡谷からなる高低差の激しい場所だ。

 今回は軽装のままだが、この世界には親切なことに体温システムまで存在するため、山を登るのであれば充分に厚着をしておかなければ凍死する危険もある。


 造山帯の麓の切り立った崖には自然の美しさには到底似つかわしくない人工物めいた遺跡がある。

 かつてこの場所で戦争でもあったのか、一部には黒く焼け焦げた跡があったり、投石器の残骸のようなものが残っていたりと、考察勢にとっても議論に飽きない場所である。


「忘れられた遺跡の扉を開く……だったよね。扉ってこれのことかな?」


 シエルが指をさしたのは、高さ2メートルほどの正三角形の人工的なオブジェクト。壁に無理やり埋め込まれたような歪さと周囲の岩肌から完全に浮いた造形。隠そうという気概は一切感じられず、外観だけでは何を目的とした施設だったのかは皆目見当もつかない。


「他に入口らしい場所も見つからないし、ここで間違いないと思うんだが……」


 当初想定していたのは、この遺跡がクエストの受注によってギミックが解放されるフラグ方式であることだった。

 他のゲームでもフラグを立てなければ先に進めないことはよくあるし、今回も同じだと思っていた。


 しかし、どこを探せども開閉ボタンどころかギミックらしいオブジェクトのひとつも見当たらない。

 何かフラグが足りないのか、はたまた謎解きが必要なのだろうか。あまり頭を使うギミックは得意じゃないんだけどな。


「これみよがしなギミックもないし、手当り次第に探索するしかないか」

「そうだね」


 シエルと手分けして手掛かりを探すことにした俺は、一際目を引いた投石器へ近づいた。


・CLちゃんを映せ

・なんでカメラこっちなんだよ


「うるせ。俺の配信なんだからカメラが俺寄りなのは仕方ないだろ」


 当然ながらコメントにも有益な情報はなさそうだ。

 遺跡の所々に見られる焼け焦げた跡もそうだが、投石器にも攻撃を受けたような痕跡が散見された。

 移動用の車輪は割れ、紐は擦り切れている。全体的に傷が多く使い物にならないほどボロボロだが、遺跡とは違い燃えた跡は見られない。


「戦争でもあったのか……それにしては他に武器になりそうなものは見つからないけど」


 まさか投石器ひとつで防衛戦に挑もうとは思うまい。この場所を守っていたにしては武器が貧弱だ。

 この世界の歴史には詳しくないが、魔法というものがあるのだからこんな古代の産物に頼らなくとも戦えるだろう。

 もし魔法が生まれる前の戦いの跡だとしても武器が投石器たったのひとつというのもおかしな話だ。この先と比べるとまだ開けた場所ではあるが白兵戦に不向きな山岳地で歩兵を多く構えるとも考えにくい。


「……目的は戦争以外にあるのかもな。だとしたらこの遺跡は元々何の施設だったんだ?」


・収容所?

・島流しならぬ山流し的な

・ゲームの容量不足だろ。考えるだけ無駄

・探究倶楽部は実験場じゃないかって言ってたな

・名前も関係あるのかも。忘れられた遺跡って


 その一文を見て、俺は「なるほど」と声を漏らす。

 このゲーム、特にEXクエストは製作者の頭の中にひとつの世界の歴史が存在するかのように作り込まれている。当然ヒューマンエラーはあるし、オブジェクトの過不足や情報の齟齬はありえない話じゃない。

 だけど、最初からそうだと決めつけて必要な情報を取りこぼすよりはこれが正しい状態だという前提で可能性を模索すべきだ。


 この遺跡の名前も同じことだ。

 『忘れられた遺跡』。忘れられる程度の場所だったか。或いは、意図的に歴史から消されたか。

 前者だとすれば食料庫やただ単に遠征の休憩地点だった可能性もある。しかし、一時的な滞在を目的とする場所であれば投石器は余計な荷物になるし、敵から身を隠すためにも山間部に居を構える方がいい。


 後者だと仮定すれば、それこそコメントにもあったように収容所や実験場という可能性も浮かんでくる。

 だが、歴史から消されるほどの場所であれば尚更人目に付く場所に作る意味がわからない。


「どちらにせよ情報不足か……」


 まだ投石器とその周辺しか確認していないのだ。これだけで全てを理解できるはずもなく、どんな可能性も可能性のまま結論には至らない。


「リヒト〜」


 その声に反射するように、いつの間にか下がっていた顔を上げる。少し自分の世界に浸りすぎたな。

 後ろを振り返るとシエルがぱたぱたとこちらへ駆け寄ってきていた。


「ごめん、考え事してた?」

「いや、大丈夫だ。何かあったか?」

「うーん……何かって程じゃないんだけど……」


 何か見つけたのだろうとはわかるが、シエルの反応は要領を得ない。

 実際に見た方が早いと判断したのだろう。手招きをする彼女についていく。


 シエルに案内されたのは扉らしき正三角形……の傍の切り立った崖だった。

 そこには目を凝らさなければわからないほどの小さな穴があった。パッと見は蟻の巣だ。


「これ、何かな。蟻の巣かなって思ったんだけど、この世界で普通の蟻って見たことないよね」

「そうだな。ジャイアントアントとかメタルアントとか……普通のキラーアントもカブトムシくらいのサイズはあるしな」


 現実世界なら蟻の巣だろうと放置するところだが、こんなにきれいな穴が自然にできるとは思えない。ましてやここはゲームの世界だ。グラフィックの粗が目に見えるほど古いゲームでもないし、意図的に掘られたものだと思った方がいい。

 だからといって何が通るための穴かは想像もつかないが。


「何か意味があるのかな。耳を近付けたら何か聞こえたり?」


 そう言いながら岩肌に顔を近付けるも結果はお察し。何も聞こえないと首を振る。


「いっそのこと、ノックしたら誰か出てきてくれたりしないかな」

「いやいや、居住地じゃないんだから流石に無理だろ」


 面白い提案だが期待値は低いだろう。

 それでもノックを試みるシエルを温かい目で見守る。3回のノックの後に真剣な眼差しで扉を見ているのだからいじらしい。


 2人して正三角形の扉を見つめること数秒。やはり何も無いと判断して口を開いた時だった。


 ゴゴゴゴと鈍い重低音が響いた。重たい物を無理やり動かすような振動。壁に埋め込まれていた正三角形のオブジェクトがゆっくりと動き、暗闇が顔を覗かせる。

 振動が収まった頃には俺たちは目を丸くして顔を見合せていた。


 驚きも束の間、暗闇からぺたぺたと足音が聞こえてきた。

 中頃まで登った陽の光に照らされ、少女が姿を現す。


 背丈はシエルとそう変わらない。白く長い髪を首元で2つに縛り、ふああと眠たげに大口を開ける少女は、俺たちを視界に捉えるとにこりと微笑んだ。


「お客さんとは珍しい。どちら様かな?」

「人、住んでたね」

「嘘だろ……」


 唖然とする俺の視界にはクエスト達成の文字が燦然と輝いていた。

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