プロローグ
息が荒い。原因は緊張か疲労か。その両方だろうか。
少しでも隙を見せれば体がバラバラになる極限の状況。既に目も頭も体も限界が近付いていた。
「……けど、次で終わりだ」
視界の端で白い粒子のようなものが流れては消えていく。
俺はそちらに目を向けることなく、敵の一挙一動をじっと観察する。
「攻撃パターンはもう見えてる。口を開けた時があいつの最後だ」
軽く息を整えてその時を待つ。
眼前に聳えるは黒い鱗に覆われた巨大なドラゴン。
勝負は刹那。長刀を握り直したその瞬間。
「──来たッッ!」
ドラゴンが大きく口を開けて咆哮する。攻撃モーションですらないのに体がビリビリと痺れるような威圧感。
だが、俺はこの時を待っていた。
「技能『電光石火』!」
ドラゴンが俺の動きを捉えるより先に踏み込む。足元に潜り込むと、その巨躯は一層大きく感じる。
反応が遅れたドラゴンが俺を踏み潰そうと塔のように太い足を振り上げる。
「遅せえよ! 技能『紫電一閃』!」
跳躍と同時に刀身が紫色の光を帯びる。
雄叫びを上げながら長刀を思いっきり振り上げた。
ズパン
硬いものを切り裂く音。その後にずしんと響く重低音。
地面に落ちたその首を横目に俺は拳を高らかに挙げた。
「っしゃああああ!!」
視界の端に浮いていた粒子に触れると目の前に文字が浮かび上がる。
俺を応援してくれていたリスナーたち。その多くの賞賛の声が忙しなく流れていた。
・おめでとう! ・やるやん
・すげえええええ ・流石世界一
・お前がナンバーワンだ
¥感動した!受け取ってくれ!
¥おめでとう代
¥この日のために貯めてた甲斐がある
俺の配信を見ていた人たちのコメントが次から次へと流れてくる。
さらに、眼前に現れた大量のお金マーク。俺の勇士に対する投げ銭だ。
「ほんとにありがとな。応援の力ってマジであるんだって実感した。ここまで戦えたのはみんなのおかげだ」
・こちらこそやで ・応援してきて良かった
¥最高の瞬間に立ち会えた!感謝!
¥俺たちの気持ちを受け取れぇぇ!
念願のラスボス撃破。誰も成し得なかった快挙にコメント欄は大盛り上がりだ。
視界に現れては消えていくコメントの中、とある報告が目に留まった。
・スパエフ月間世界一になってて草
「スパエフ1位……って、マジ!?」
・マジやで
・ほんとだ!速報来てる!!
¥スパエフ祭りじゃあああ!!
スパエフ──通称スーパーエフェクト。要は投げ銭のことだ。
配信者たるもの、リスナーに面白いコンテンツを届けるのは勿論のこと、多少なりとも人気やお金のために配信をしている側面もある。
当然、スパエフを収入源としている俺も同じだ。
「これ、しばらくは遊んで暮らせるんじゃね?」
・ふざけんな ・毎秒配信しろ
¥これで逃げるとか許されないよね(にっこり)
「冗談だって! 世界1位になれたのもみんなのおかげなんだ。これからも配信で返してくよ」
思わず吐露した欲望に総ツッコミをくらい、俺は内心慌てつつも冗談めかしてそう宣言する。
多少大袈裟だけどこれも本心だ。リスナーがいなければこの光景は見られなかった。だから、これからは俺が皆に返していく番だ。
・流石 ・お前がナンバーワンだ
・これが世界1位だ。面構えが違う
どうにか事を荒立てずに済みホッとしていると、今度は一際目立つコメントが流れてくる。
《公式》YeahTube運営:月間ランキング1位おめでとうございます。つきましては、当配信の切り抜きをYeahTubeの宣材として使用許可を頂きたくコメントに参りました。
「う、運営!? これマジ? 成りすまし……じゃないよな?」
・本物……ですねぇ
・公式マークついてんな
・公式がコメントしててワロタ
目の前の光景が信じられず、何度目を凝らしてみてもアカウント名の横に輝く公式マークは色褪せない。
コメントたちの後押しもあり、脳がこれは現実だとようやく理解する。
感極まった俺は震える全身を押さえつけるように声を張り上げる。
「ぜ、是非お願いします!」
・これで公式公認か……
・遠くなっちまうな
・声震えてんなw
¥おめでとう!
¥古参ワイ、人生初めてのスパエフを捧げる
「みんな……ありがとう。ほんとに、ありがとう……!」
ずっと夢に見ていたスパエフランキング世界1位。その座に輝いたという事実に感情を出すなという方が無理な話で。
俺は世界中の人が見ている前で思わず泣いてしまう。
そんな俺にも温かいコメントと惜しみない賞賛のスパエフが大量に飛び交い、その日の配信は和やかな空気のまま終了した。
カーテンの隙間から差し込む陽射しに引っ張られるように瞼を上げる。
薄い布団から跳ね起きた俺は、すぐさまパソコンを立ち上げた。
デスクトップの重厚な機械が並ぶテーブルの上には、大枚をはたいて買ったヘッドセットも置かれている。
パソコンの画面がついたのを確認し、YeahTubeにログイン。スパエフランキングとその額を確認する。
「……やっぱ夢かよ」
ランキング、圏外。スパエフ、0円。当然ながら運営からのメッセージもなし。
悲しきかな、これが俺の現実だ。ランキング1位どころか世界に数十万数百万といる配信者の中でも下から数えた方が早い底辺配信者。
ま、まあ? わかってたことだし。別に傷ついてないし。よくある夢だし。
「リアルな夢だったなぁ……はぁ」
妙なリアリティがあったからこそ、現実との格差が大きいからこそ、比例して精神的ダメージも大きくなる。
いつもより重く感じる体を引きずり、軽くシャワーを浴びてから朝食を済ませる。
昨日は配信の後そのまま寝ちゃったからな。体を洗わないと何となく気持ちが悪いし、お腹もぐうぐうと空腹を訴えてくる。
とはいえ、今日はバイトも休みだ。生きるに必要な欲求を粗方満たせばすぐに暇を持て余す。
時間はまだ昼過ぎ。出かけようと思えば出かけられるが、生憎とそんな気分にもならない。
特に遊びに行く予定も遊びに誘ってくれる人も居ない俺の休日の過ごし方なんて決まっている。
「ま、配信でもすっか」