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難題(3)

 

「日本からのご支援に心から感謝すると共に御礼を申し上げます」


 総理と握手をしたウクライナ大使の声には感謝の思いがあふれていた。


 総理は笑みで応えてから、「今後もできる限りの支援をさせていただく覚悟です」と、3月11日に実施した1億ドルの緊急人道支援に加えて新たな支援を提供する意思があることを伝えた。


「ありがたいことです。早速本国に伝えます」


 大使が頭を下げると総理はまた笑みで応えて、「避難民の受け入れも積極的に行う予定です」と伝えた。


 政府は日本に在住するウクライナ人の家族や知人を受け入れることを公に表明していた。

 それも短期滞在だけでなく、就労も可能な1年間の在留資格を与えるという今までにないものだった。


 それに呼応して各都道府県が独自の取り組みを始めていた。

 例えば東京都では最大で700戸の都営住宅を準備するだけでなく、相談窓口を設けて、4か国語で対応すると発表した。


 更に、民間企業においても支援の声をあげる企業が相次いだ。

 住宅の提供や生活支援を申し出たのだ。

 それは『難民に対して冷たい国』というイメージを覆すものであり、新たな貢献を示すものだった。


「装備品に関するご支援にも心から感謝しております」


 大使が先程よりも深く頭を下げた。

 日本にとってそれが踏み込んだ支援だということを理解しているからだ。


 かつて外国に提供したことのない装備品を敢えて提供するという勇断を日本政府が下したのは、3月8日だった。

 ウクライナ政府からの要請を踏まえ、防弾チョッキ、ヘルメット、防寒服、天幕、カメラ、衛生資材、非常用糧食(りょうしょく)、発電機等を譲与することを決定したのだ。

 その上、決定当日に輸送を開始するという迅速な対応を取った。

 検討→意思決定→実行のプロセスが遅いと非難されることが多い日本政府にとって、異例の速さでの対応といっても過言ではなかった。

 更に、第二便として3月10日に輸送機が出発し、続けて第三便として装備品を積み込んだ米軍の輸送機が3月16日に出発している。

 これは、日本政府が本腰を入れて支援している証となりうるものだった。


「3月16日に行われた両国の防衛大臣によるテレビ会議でお伝えした通り、今回のロシアによる侵略は明らかにウクライナの主権及び領土の一体性を侵害しているもので、武力行使を禁ずる国際法と国連憲章に対する深刻な違反であります。このような力による一方的な現状変更は国際秩序の根幹を揺るがすものであり、断固として認められるものではありません。ロシアに対して最大限の非難を行うと共に、国際社会と連携しながらウクライナに対して最大限の支援をしていく所存です」


「ありがとうございます」


 大使は心からの謝意を表すように深々と頭を下げた。

 しかし、顔を上げた時、その目には深刻な憂いが表れているように見えた。


「祖国は地獄のようです。至る所で街が破壊され、無差別に国民が殺されています。男も女も老いも若きも、生まれたばかりの赤ちゃんまでもが殺されています」


 国連からはウクライナ人の死者数などが発表されているが、それはほんの一部で、実際の数は誰にもわからないという。


「しかし、ロシアが侵略と破壊と殺戮(さつりく)を止める気配はありません。非道で残忍な攻撃が続いているのです」


 憎しみの炎が目に浮かんだように見えたが、それはすぐに消え、沈んだ声に取って代わった。


「我々はなんにも悪いことをしていないのです。ロシアに対して一つも悪いことをしていないのです。なのに……」


 理不尽極まりないというように首を何度も振った。


 確かにその通りだった。

 クリミアへの侵攻も、ドンバス地方の独立宣言も、今回の侵攻も、すべてプーチンが一方的に仕掛けたものなのだ。

 勝手な理屈をつけて強行しただけなのだ。


「お察し申し上げます」


 黙って聞いていた総理が重い口を開いたが、彼の心情に添える適切な言葉が浮かんだわけではないようだった。

 それでも、「心を寄せていただけるだけで救われます」と言って一瞬(なご)んだような大使の目を見て、自分こそ救われたと感じているようだった。

 それは芯賀も同じで、できる限りの支援を続けていかねばならないという思いが強く湧き出してきた。


「軍隊を持たないわが国が武装的な支援をすることはできませんが、ロシアに対する経済制裁の強化を引き続き行ってまいります。そのことによってロシアの国力を低下させ、侵攻を続けられなくなる状態に持っていきます。そうなればロシア国内でも声が上がるでしょうし、行動に繋がっていくはずです」


 それが淡い期待でしかないことは総理も重々承知しているはずだが、そう言わずにはおれなかったのだろう。

 その胸の内を察した芯賀は思わず唇を噛んだが、大使がすかさず力強い言葉を返してくれたので救われた。


「私もそうなることを信じています。そうなるまでウクライナは絶対に(ひる)みません。最後まで戦い抜きます。正義が悪に負けるわけにはいかないからです。自由が独裁に屈するわけにはいかないからです。我々はウクライナの主権と独立を守り抜きます」



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