実夢(2)
芯賀も夢を見ていた。
自らが総理になった夢で、新旧ロシアの地図を見つめながら感慨にふけっていた。
そこには従来から存続する21の共和国と新たに生まれた3つの広域共和国が色分けされていたが、それらは連邦ではなく、それぞれ独立した国家だった。
ロシアは24の共和国に分割されたのだ。
それだけではなかった。
クリミア半島とドンバス地方はウクライナに、南オセチアとアブハジアはジョージアに、沿ドニエストルはモルドバに返還された。
この3か国に駐留する旧ロシア軍はいなくなったのだ。
加えて、旧ロシアである24の共和国にも軍隊は存在しなくなった。
二度と侵略を起こさせないために解体されたのだ。
その上、旧KGBにもメスを入れられた。
連邦保安庁(FSB)、対外情報庁(SVR)、連邦警護庁(FSO)は廃止になり、その幹部職員は軍幹部と共に断罪された。
と共に民間軍事会社も解散させられ、非人道的な武闘派組織は消滅した。
更に、核兵器はすべて廃棄され、化学兵器も処分された。
遠距離弾道ミサイルや極超音速ミサイルは解体され、他国を攻撃できる武器は存在しなくなった。
軍隊なきあとの体制は戦後の日本を参考とし、自衛隊と警察で構成されることになった。
憲法も新たに制定され、日本と同様の平和憲法が制定された。
それは、巨悪の種が二度と芽を出さないようにするための強力な防止策と言えるものだった。
ロシア解体の影響は中東にも及んだ。
後ろ盾を失ったイランの体制が崩壊したのだ。
過激派組織を支援し続けてきた悪の巣窟がまた一つ減ったことになる。
これで中東の混乱が少しでも収まってくれればいいが……、
呟きに祈りを込めながら芯賀は別の地図に目を移した。
極東の地図だった。
それから目が離せなくなったが、「そろそろお時間です」という秘書官の声に促されて立ち上がった。
建物の外に出ると、ヘリコプターが待ち構えていた。
プロペラの羽が発する強風にあおられながらも、胸を張って歩みを進めた。
乗り込んでシートベルトを装着すると、気持ちが昂ってきた。
これから先のことを考えると、はやる気持ちを抑えることはできなかった。
北部方面隊の別海駐屯地から飛び立ったヘリコプターが海を越えた。
そこは戦後80年間越えられなかった海だった。
僅か37キロ余りの海を越えることができなかったのだ。
「そろそろ到着いたします」
同行する自衛隊幹部が緊張した面持ちで告げると、芯賀は心と体をほぐすように大きく息を吐いた。
歴史的な一瞬が目前に迫っているのだ。
総理という立場であっても緊張を隠すことはできなかった。
ヘリコプターを降りると、強風が全身を直撃した。
寒さは予想を超えていた。
しかしそれでも頬に当たる風を冷たいとは感じなかった。
高揚しているからだと思った。
1歩、2歩、3歩、
噛みしめるように歩くと、島民の姿が目に入った。
全員ロシア人だったが、その手には日本の国旗があり、歓迎するように強く振られていた。
芯賀はふと立ち止まり、管制塔に立つセンターポールを見上げた。
そこには日本の国旗がたなびいていた。
それを見ると、択捉に降り立った実感がじわじわと湧いてきた。
「やっと……」
絞り出すように声を発した芯賀の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。