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緊迫(5)

 

「ロシアに武器を供与している疑いが強まったようです」


 芯賀が北朝鮮の情報を伝えると、総理の顔が一気に歪んだ。

 前々からその噂はあったが、アメリカの研究グループによる衛星写真でロシア国境を超える北朝鮮の列車の存在が確認されたことに衝撃を受けているようだった。


「その画像からは何を運搬しているのか確認できませんが、ホワイトハウスの戦略広報調整官が『北朝鮮が大量の砲弾をロシアに密かに供与している情報がある』と述べたことに注目しているようで、運行目的を更に注視しているようです」


 北朝鮮からロシアに向かう列車はパンデミックの影響で一昨年から運航を停止していたが、ここにきて再開したのはなんらかの意図があると思わざるを得ないという。


「もちろん北朝鮮は武器輸出を否定していますが、それをまともに受け取るわけにはいかないと思います。北朝鮮にあるロシア大使館の話として紹介されたものに『ロシアは北朝鮮から衣類や靴などの商品を購入することに非常に関心を持っている』というのがありますが、これが本当のことだとはどうしても思えません」


 確かに1980年代から90年代にかけて北朝鮮から輸入していた実績はあるが、今更それを持ち出すのは不可解としか言いようがなかった。


「そうだな。ロシアや北朝鮮が正直に本当のことを言うとはとても思えないから、偽装工作の可能性が高いとみていいかもしれないな」


「はい、そう思います。今後の情報を注視しなければなりませんが、実際に北朝鮮がロシアに武器輸出を始めたとなると、厄介(やっかい)なことになりそうです」


 ロシアとイランと北朝鮮が結びついた新たな『悪の枢軸(すうじく)』とも呼べる存在は脅威そのものでしかなかった。


「泥沼にはまっていかなければいいが……」


 3両編成の列車が国境の橋を渡る写真に視線を向けた総理を見ながら、芯賀の胸の内には嫌な予感が渦巻き始めていた。


        *


 やっぱりそう来たか……、


 イランとロシアの新たな情報に触れた不曲は、予感が当たってしまったことになんとも言えない気持ち悪さを感じていた。

 それは、イランがロシアに対して核開発の支援を求めたという情報だった。

 アメリカなどとの核合意交渉が破綻した場合に備えたもので、現時点ではロシアがそれに応えるかどうかは不明だったが、ドローンやミサイルの供与によって距離を縮めた両国が更なる関係強化に向かうのは自然な流れのように思えた。


 報道では核物質の調達や核燃料の製造に関する支援を求めているとあり、もしこれが既成事実化しているとすれば、その脅威は計り知れないものになる。

 何故なら、イランの核開発はかなり進んでおり、核兵器製造に必要な高濃縮ウランを獲得するまでの期間は現在数週間という短いものになっているのだ。

 ロシアが協力すれば更にそれが短くなるのは間違いなかった。


 北朝鮮に続いてイランが核保有国になったら……、


 思わず口から出てしまったが、その先のことは声にしたくなかった。

 しかし、プーチンと金正恩とライシが手を握り合っている姿が不意に頭の中に浮かび上がってきて、吐き気を催しそうになった。

 気持ち悪い唾を飲み込んでこらえたが、更に輪をかけるような言葉が耳の奥に突き刺さった。

 それは、第三次世界大戦という言葉だった。


        *


「やっと届いたか」


 総理は胸を撫で下ろすような声を出した。

 それは、アメリカが供与した防空ミサイルシステム『ナサムス』がウクライナに到着したという11月7日の情報に対してであり、更に、スペインやノルウェーからも届いたという情報に対してのものだった。


「なんとか間に合いましたね」


 芯賀もほっと胸を撫で下ろした。


「ああ、これで被害の拡大を防げるかもしれない」


 総理はナサムスに期待を寄せているようだった。

 アメリカとノルウェーが共同開発した中高度防空ミサイルシステムで、空対空ミサイルを初めて地上発射化しており、更に、分散・ネットワーク化されている優れものだからだ。


「今回アメリカが提供したのは2基のようですが、さらに6基の追加供与をすると表明しています。性能についても、ドローンから弾道ミサイル、戦闘機まであらゆるものを空中で撃ち落とすことができると言われておりますので、かなり期待できそうです」


「そうだな。イランや北朝鮮からミサイルやドローンが次々に運ばれているようだから、ぎりぎり間に合ったということかもしれないな」


「はい、そうだと思います。ですので、ウクライナの国防相もかなりの期待を表明していますし、電力をはじめとしたインフラ施設の防衛力が上がれば、反転攻勢にも弾みがつくものと思われます」


「そうだな。ここを乗り切れば一気に形勢が動く可能性がある。勝負所に来たな」


 机の上に広げたウクライナの戦況表を総理と共に見ながら、芯賀は次の一手に思いを馳せた。


        *


 450万人……、


 その情報を見て不曲が呻いた。

 それは、ロシアによるエネルギー関連施設への攻撃によってウクライナ全土で大規模な停電が起きていることを示すものだった。

 キーウ州を中心に多くの人が電気のない生活を強いられているのだ。


 ロシアが徹底してインフラ施設を狙っているのは間違いなかったし、それはこれからも続くだろう。

 そうなれば、ただでさえ凍えるような寒さの中で震えながら身を寄せ合っている人たちに更なる悲劇が襲うことになる。


 発電機や防寒具を一刻も早く送らなければならない。


 居ても立ってもいられなくなった不曲は、取る物も取り敢えず首席補佐官の下へ急ぎ足で向かった。



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