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対峙(2)

 

「記者の方がお見えになりました」


 不曲が伝えると、大使が頷いて立ち上がった。

 日本のメディアからの取材だった。

 ウクライナ問題に対する見解を伺いたいというもので、是非にと言われて引き受けたものだった。


 不曲はいつものスカートからパンツスーツに着替えて、7センチのピンヒールを合わせていた。

 170センチと長身の不曲は何を着ても似合う体形をしているが、取材に同席する時はスカートを避けることにしていた。

 男性記者やカメラマンがニヤニヤとスカートから出た足に視線を這わすのに嫌気がさしていたからだ。この足はオスたちを楽しませるためにあるわけではないのだ。


        *


「お待たせいたしました」


 応接室のドアを開けて大使が入ると、記者とカメラマンが立ち上がった。

 型どおりの名刺交換を終えると、記者が早速質問を繰り出した。

 事前に15分と時間を言い渡してあるせいか、焦るような口調になっていた。


「ウクライナ問題についてお訊きします。G7を中心にロシアに対する経済制裁が行われていますが、国連としての制裁は何もなされていません。これをどう思われますか?」


 予想していたとはいえ、いきなりの直球だった。

 大使がどう答えるのか見守っていると、彼は柔らかな笑みを浮かべて、やんわりとかわした。


「先ず、今回のロシアによるウクライナ侵攻には心を痛めています。なんの罪もない多くの人たちの命が失われていることにやりきれない思いを抱いています。一刻も早くこの侵攻が終わることを願っております」


 記者は頷いたが、間髪容れず「それで」と先を促した。


「日本はロシアによる一方的な侵攻に強く反対をしています。そしてそれを同盟国と共有しています。ですから、G7の総意として経済制裁を行っているのです」


 記者はまたも頷いたが、そんなことは百も承知だというように鋭い視線を投げかけてきた。


 それを受けてはっきり言うべきだと思った。

 今回の侵攻には大義も正義もないということを。

 しかし、大使の考えは違うようで、「そのことは3月2日の国連決議で採択されています。『ロシアによるウクライナ侵攻に最も強い言葉で遺憾(いかん)を表す』という決議が賛成141という圧倒的多数で採択されたのです。反対は5で、棄権は35でした」とまたもかわしたのだ。


「でも、法的拘束力はないですよね」


 追及は止まらなかった。

 彼の言う通りで、この採択によって侵攻を止める力はないのだ。


「仰る通りです。しかし、前回クリミア侵攻時の決議における賛成国は100でした。それから大幅に賛成が増加したのは、国際社会によるロシア包囲網が強まっていることを意味します」


「でも、侵攻は止められないですよね」


 尚も続く追及にさすがの大使も頷くしかないようだった。

 止められないどころか戦況はますます悪化し、被害は加速度的に拡大しているのだ。


「では、そろそろ……」


 大使が打ち切ろうとした。

 しかし、記者の追求は止まらなかった。


「国連としての次の一手はないのですか?」


 大使は何か言い出そうとしたようだったが、それを声にすることはなかった。

 次の一手がないのだから当然だが、それでもなんらかの返事をしてほしかった。

 不曲は発言を促そうと大使に強い視線を送ったが、口が開くことはなかった。


「国連は限界にきているということですね」


 記者の追及は更に続いたが、その時、救いの神が現れた。

 ドアをノックする音が聞こえて、秘書官が入ってきたのだ。


「失礼いたします。お時間になりましたので、インタビューを終わらせていただきます」



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