限界(6)
総理とシュルツ首相が会談した同じ日、事務総長がキーウ入りした。
ゼレンスキー大統領に会うためだ。
プーチンとの会談結果を踏まえた上で、今後のことを協議するのだ。
しかし、ゼレンスキーは訪問の順序が逆だと不満を漏らしていた。
「戦争はウクライナで起きている。モスクワの街に死体はない。先ずウクライナに来るのが筋だろう」と。
それはもっともなことだった。
惨状を見る前にプーチンと話しても意味はないのだ。
写真を撮って、ビデオを撮って、生々しい現状をプーチンに突きつけなければならないのだ。
自分の目で見たことを伝えなければならないのだ。
フェイクだなんて言わせてはいけないのだ。
しかし、事務総長はそういったことをまったく理解していなかった。
せっかくのチャンスをふいにしてしまったのだ。
国連のトップとしての資質に欠ける失態だった。
それだけでも十分に気が滅入ったが、それ以上に不曲を不機嫌にする情報がもたらされた。
事務総長がキーウで「国連の安全保障理事会は侵攻を止めることができずに失望している。自分には安保理を変える力はないが、その失敗を乗り越えるためあらゆる努力をする」と発言したのだ。
信じられなかった。
完全に他人事だと思った。
かわいそうに……、
ゼレンスキー大統領の失望はいかばかりかと思わざるを得なかった。
彼は4月5日の安保理理事会にオンラインで参加して惨状を語った上で、「国連を解体する気はあるか」と迫ったのだ。
それは、覚悟を決めて欲しいという切なる訴えだった。
しかし、事務総長は〈自分には力がない〉と逃げたことになる。
体を張って突破していく覚悟を見せなかったのだ。
〈頑張ります〉と言ったに過ぎない。
どうにもならない、
不曲は頭を抱えた。
その時、大変なニュースが飛び込んできた。
キーウにミサイルが撃ち込まれたというのだ。
聞いた瞬間、声を失い、頭の中が真っ白になった。
事務総長がゼレンスキー大統領と会談した直後に、宿泊しているホテルの近くを攻撃されたのだ。
明らかに事務総長を狙ったものとしか思えない。
すぐに安否を確認したが、無事なようで、キーウの大統領府にとどまって安全確認をしたあと移動したとのことだった。
よかった……、
思わず安堵の息が漏れたが、プーチンの狂気が信じられなかった。
2日前にモスクワに迎え入れた事務総長がキーウに滞在していることを知りながら打ち込んだのだ。
これを狂気と言わずしてなんといえよう。
それでも事務総長はロシアを非難しなかった。
「私が訪れているキーウに2発のミサイルが着弾したと聞いてショックを受けている。私たちは絶対にこの戦争を終わらせる必要がある」と述べただけなのだ。
しかも、戦争という言葉を使うという失態を犯した。
戦争ではなく侵略と言わなければならないのだ。
不曲は怒りで自らをコントロールできなくなった。
「これは国連への侮辱よ。宣戦布告よ」
悔しくて涙が出てきた。
「男になってよ!」
声を荒げずにはいられなかった。