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限界(5)

 

 ロシアの凍結資産を没収することをカナダが決めた。

 それは、G7議長国のドイツ首相が来日する直前のことだった。


「このタイミングで発表するとは思わなかったが、どちらにせよ、凍結から没収へという流れが加速することは間違いないだろう。当然ロシアは反発するし、あらゆる手を使って阻もうとするだろうが、他国を侵略するとその代償は計り知れないことを身に沁みてわからせるためには避けて通れない。我が国も今からその準備をしておかなければならない」


「はっ」


 総理の毅然とした口調に芯賀は直立不動になって、顔を引き締めた。


「それから、当然のことながらロシアは対抗策を講じてくる。つまり、G7の資産を凍結し没収することを考えるだろう。その影響についてもしっかりと分析しておかなければならない」


「はい。それについては既に報告が上がってきております。日本がロシアに直接投資している残高は2,500億円ほどで、世界全体に対する投資残高の僅か0.12パーセントにすぎません。また、ロシア向けの輸出も大きくありませんので、日本経済における影響は軽微と思われます」


「そうか」


「はい。しかし、議長国のドイツは大変だと思います。エネルギー分野だけでなく数多くのプロジェクトに参画していますので、高額な製造設備や物流資産を失うとなると、甚大な被害が発生すると思われます」


「だろうな。ロシアとの結びつきは日本の比ではないからな」


 頷いた芯賀の脳裏にメルケル元首相の顔が浮かび上がってきた。

 彼女はロシアとのパイプライン建設を積極的に進め、その投資額はノード・ストリーム2だけで110億ユーロと言われている。

 そのうち約半分はロシアの企業が出資しているが、それでも相当な額を注ぎ込んでいるのだ。


「ショルツさんも大変ですね」


 明日来日するドイツ首相の顔が脳裏に浮かんだ。


「そうだな。だが、メルケルさんと違って中国に寄らずに日本に来ていただくのだから、丁重におもてなしをしなければならない」


「承知しております」


 芯賀は準備の状況を確認するために総理執務室をあとにした。


        *


 翌日の午後6時40分、日独首脳会談が始まった。


 総理が「アジア初の訪問国として日本を選んでいただいたことに謝意を示し、緊密な日独関係の表れとして歓迎する」と述べると、ショルツ首相は歓迎に対する謝意を表し、「本年と来年のG7議長国として日独間で連携していきたい」と述べた。


 その後、2国間の安全保障協力及び経済安全保障についての連携を確認した上で、国際情勢について話し合われた。

 ロシアによるウクライナ侵攻は国際秩序の根幹を揺るがすもので、力による一方的な現状変更は断じて許さないことを確認すると共に、東シナ海及び南シナ海における現状変更の試みに強く反対することについても一致した。


 更に、ショルツ首相が帰国する際、日本国民から駐日ウクライナ大使館に寄せられた生理用品やおむつなどの日用品をドイツの政府専用機で輸送することを確認した。


 約70分の会談を終えたあと、記者会見を経て午後8時55分から夕食会が始まり、和やかなうちに幕を閉じた。


        *


「お疲れさまでした」


 ショルツ首相を見送った総理を芯賀が労った。


「君こそご苦労だった」


 まさか労ってもらえるとは思っていなかったので、芯賀は慌てて深く頭を下げた。


「ありがとうございます。恐縮です。それにしてもショルツ首相の日本重視の姿勢には感銘を受けました。嬉しい限りです」


「そうだな。安倍=メルケルのようなぎくしゃくした関係では対ロシア、対中国で足並みを揃えることはできないから、今回の会談はとても重要だった。新たな日独関係のスタートを切るためには今までの疑心暗鬼(ぎしんあんき)払拭(ふっしょく)する必要があったが、それができたことは間違いない。今後ますます流動化する世界情勢に対応するためにはG7が一枚岩にならなければならないのは明白で、そういう意味では小さくない一歩を踏み出せたと言ってもいいだろう」



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