限界(1)
それは突然のことだった。
ロシアが事務総長と会うというニュースが飛び込んできた。
4月26日に会談することが決まったというのだ。
場所はモスクワで、会談相手はプーチンとラヴロフ。
これは、事務総長副報道官が定例の記者会見で正式に発表したものだった。
前提条件が気になったが、それはないという。
しかし、だからといって油断はできない。
あのプーチンなのだ。
何を考えているのかわからないならず者なのだ。
事務総長を罠にかけるなど赤子の手を捻るより簡単だろう。
手玉に取ることなどプーチンにとっては朝飯前に違いない。
対して事務総長は相変わらずのコメントしか発していない。
「ウクライナでの銃声を沈め、安全に人々が避難できるよう今すぐ取れる行動について協議する」という表面的なものだけなのだ。
停戦と避難は確かに大事なことだが、根本的な解決に繋がるものではない。
肝心なのは領土の問題なのだ。
それについては何も触れられていなかった。
そこまで踏み込む気はないのだろう。
クリミアやドンバス地方がウクライナ固有の領土であることを国連として公式に伝えなければならないのに、表面を取り繕うだけの会談で終わってしまうのが目に見えるようだった。
それに、ゼレンスキー大統領との会談がロシアの後というのも気になった。
2日後の28日なのだ。
会う順番が逆だとしか思えなかった。
もちろん、もう決まってしまったことなので今更どうこう言っても始まらないが、不曲の脳裏には嫌な予感しか浮かばなかった。
*
ウクライナの戦況は緊迫していた。
ロシア黒海艦隊の司令官が乗船する旗艦『モスクワ』をウクライナが独自開発した高性能地対艦ミサイル『ネプチューン』によって沈没させたという喜ばしいニュースがあった半面、その報復としてキーウへの再攻撃をロシア軍が言明したのだ。
それが嘘ではないというように再びミサイルが飛んできた。
そのことによって市民への甚大な被害が明らかになっているという。
地上軍の侵攻はないにしても、ミサイル攻撃が激化する危険性が増しているのだ。
それだけでなく、キーウ周辺の防衛に張り付けられてしまうと東部や南部への支援に手が回らなくなってウクライナ軍は孤立してしまうという危惧も浮上している。
ただでさえ包囲されて厳しい状態に置かれているのに、援軍がないと持ちこたえられないかもしれないのだ。
その背景に5月9日というロシアにとって特別な日がある。
対ドイツ戦勝記念日だ。
その日に勝利宣言をするために総攻撃を仕掛けてくるのではないかと囁かれているのだ。
プーチンも必死だから、総司令官に任命したドゥボルニコフに厳命しているに違いない。
更に、恐ろしい兵器の使用もちらつかせている。
それはあってはならないことだが、広島と長崎に続く第3の都市が歴史に刻まれる可能性はゼロではない。
もちろん絶対に阻止しなければならないが、それを止める手段が見つからない。
プーチンの胸三寸で決まるからだ。
なんとかならないのか、
呟いてみたものの不曲がどうにかできるものではなかった。
ただプーチンの取り巻きが彼の異常な行動を止めてくれるのを期待するしかなかった。