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白馬の王子様


二人は連れ添って部屋の外へ出た。


「この西側が女の個室、通路を挟んで東側が男の個室よ。ヘビは、このコロニーの運営者の一人だから、有事の際に動きやすいように一番下の端よ、ほらあそこ」

 アゲハが指を差した。


「わかった、覚えたよ。後で遊びに行く」

「じゃあ、とりあえず、ざっと案内するから付いてきなさい」

「うん」


 アゲハの案内で、コロニーの中の立入が許されている場所を巡っていった。

 キッチン、食堂、トレーニングルーム、図書館、作業部屋、魚の養殖場、水耕栽培、最後に畑にやって来た。


「ワンワン!」

「獣が出たよ!」


 畑で飼育されているサルーキと呼ばれる犬が、ラブに駆け寄ってきた。


 ラブは怖がって逃げた。

 しかし、サルーキは、長い脚とスプリンターのような無駄の無い絞られた体型をしている。

 その脚は、時速七十キロを超す。

 サルーキは、ラブで遊ぶように追い越しては戻って、追いかけてを繰り返している。


「助けてぇ!」

 長い垂れ耳を揺らして、楽しそうにラブを追いかけるサルーキを、アゲハが楽しそうに見ている。


「ちゃんと躾けられているから大丈夫よ」

「無理だよ! 獣だよ!」


 はぁはぁ、息も絶え絶えになった頃、ラブ達がやって来たのとは反対のドアから、ヘビが現れた。


 ヘビは、上から下まで黒ずくめで、Tシャツとパンツには、デザイン性が皆無だが、生まれ持ったスタイルと鍛えられた体が引き立てられている。


「ヘビィ! 助けて、追い払って!」

 ヘビは、ラブを見つけると、眉間に深い皺を刻んだ。それに構わず、ラブはヘビの背後に隠れた。


「サルーキ」

「ワン」

 ヘビが声を掛けると、サルーキーは至極真面目な顔でお座りをした。


 サルーキには、このコロニーのヒエラルキーがきちんと理解出来ている。

 誰より強いヘビには絶対服従している。


「獣、私を食べる気だよ」

 ラブはヘビの腕を掴んで動かし、隙間から顔を出した。

「……食べない。騒いで逃げるから遊ばれる。コイツは……そうか! お前を同類だと理解したに違いない」

「ワン」

 サルーキは、気取ったように行儀良く歩き、ラブの横に座った。

 ラブが、ビクッと震えて、一歩横にずれた。


「お前より、サルーキの方が賢そうだ」

「今日は、よく喋るじゃない」

 ヘビがラブを鼻で笑っていると、アゲハが歩み寄ってきた。


「見たことを言語化しただけだ」

 ヘビは、しがみ付いてくるラブを軽く振り払った。ラブは仕方なく、そろり、そろりとサルーキから逃げるように後退し、ヘビが開け放ったドアの前に立った。すると、何かが彼女に襲いかかってきた。


 ピピピ ガーガー


「ふぁっ」

 ラブの肩に降り立った小鳥数羽と、足下にやってきた合鴨二羽。最初は驚いたラブだったが、犬では無いと知り彼らを受け入れた。

 小鳥は、ラブの肩と伸ばされた腕を跳びはね、合鴨たちは珍しくガーガー鳴いている。


「ラブ、やけに動物に好かれるじゃない」

 アゲハが微笑ましく見ていると、同じ野生の生き物だからか、とヘビが皮肉を言った。

 サルーキは、自分だけが仲間に入れて貰えず、拗ねたような声を上げている。


「じゃあ、私、この子にあげる物を纏めるから、ヘビが部屋まで送ってね」

「は?」

 アゲハの提案に、ヘビの顔が険しくなった。


「じゃあ、よろしく」

「おい……待て」


 ヒラヒラと手を振るアゲハを引き留める理由が思いつかなかった。

 彼は、少しの間、時間が空いた為にここまで来た。断る正当な理由が無い。

 ヘビの手が宙に浮いたまま停止した。


「ヘビ、なんか……たくさん集まって来て、重いよ」

 少し目を離した隙に、ラブの頭には猫、掌にはリスまで来ていた。カモとニワトリがラブの足下で休み始めた。


「お前……変な匂いでもするのか?」

 ヘビは、ラブの頭に乗った猫を抱いて下ろし、鼻を啜るように匂いを嗅いだ。

「臭い?」

「……」

 匂いはしなかったが、ヘビの胸のに不思議な温かさが去来し、心が苦しいような焦れるような不思議な感覚に支配された。


「ワン!」

 のけ者にされたサルーキが吠えると、鳥たちは一斉に飛び立って、合鴨とニワトリは地面で羽根を羽ばたかせながら歩き、リスは走り去った。


 助けられたラブは、どうだという顔をしているサルーキと目を合わせた。

 ラブの手が、恐る恐るサルーキの頭に伸びた、サルーキは目を閉じて頭を突き出す。

 しかし、ラブの手は、途中でヘビに手首を掴まれた。

 恨めしそうなサルーキの目がヘビに向かう。


「ちょっと来い」

「ん?」

 ラブはヘビに引かれて、ヘビのやって来たドアを潜った。そちらは、畑よりも天井の高い空間だった。いくつかの区画に分かれて木が植えられている。


「先ほど思い出したんだが、これならウチにもある」

 ヘビが誘った木は、青々とした葉と、びっしりと小さい赤い実がなる、さくらんぼの木だった。

 その一つを取って、ヘビがラブに差し出した。


「赤い実……ちいさい」

 ラブが、先ほど見たイメージの赤い実は、もっと大きかった。これじゃない。


「これ、もっと大きくなる?」

「……ならない」

 ラブが望む物とは違う事を悟ったヘビが、不機嫌な顔をして手を引こうとした。


「待って、お腹ペコペコ、食べてみる」

 サクランボのヘタを掴むヘビの大きな手を、ラブがクレーンのように操って、自分の口元まで持ってきた。

「……おい」

 パクリと口に含み、ラブは、モグモグとヘタまで食べようとするので、ヘビが慌てて引き抜いた。


「実だけ食べろ、中には種が入ってるから、それは出せ」

「ん~」

 ラブが掴んでいたヘビの手をひっくり返し、掌を開かせた。そして、そこへ種を出そうとした。


「やめろ! あっちだ、土の上に出せ」

 本当にとんでもない女だ、ヘビが目を剥いた。ラブは不満そうに種を口の中で転がして遊んでいる。


「あの、砂のより良いけど、お腹いっぱいに、ならないよ」

 しゃべり終わってから、しゃがんで種をペッと出した。


「果物で満腹になろうとするな。ちゃんとした食事をしろ。食堂があっただろう、パンぐらい置いて有る」

「赤い実が良い」

「お前な……我が儘を言うな。これより大きな赤い実なんてない……黄色ならあるが」

「赤なの」

 ヘビは腕を組んで考え込んだ。


「保存されている種子を調べさせているが、大きな実なら尚更、植えてから収穫まで何年もかかる。成功する保証も無い」

「えー、お腹空いたよ、死んじゃうよ」

 ラブは、お腹を抱えて嘆いた。

「死なない。他の物を食べろ」

 ヘビは、イライラする気持ちを抑えようと自分の腕を握りしめた。


「赤い、丸いアレが良いの」

 あの実以外に、食欲が湧かない。

 ラブのお腹はペコペコなのに、目に映る他の物を食べたいと感じ無かった。


「……何なんだ、お前の元いたコロニーは、それしか生産できない所だったのか! 此処にはソレはない。他の食事で代用しろ」


 ヘビは、ラブの元いた場所について考えてみた。

 何処かのコロニーなのか、外に出て暮らし始めた何世かの人類なのか、とにかく、そこで栽培されている赤い実には興味があった。ラブの肌つや、髪の艶やかさを見るからに、良質な栄養素であることは間違いない。ただ、痩せている事を考えると必要摂取カロリーが足らない。


「……お水飲みたい」

 ヘビは溜め息をついて、サクランボの実を幾つか収穫した。ソレを左の掌に乗せて歩き出し、ラブが慌てて後をついて行く。


「ねぇ、ヘビ。私の事、嫌いになった?」

 不機嫌そうなヘビの様子に、ラブが心配になって尋ねた。嫌われてしまったら、繁殖ができない。それは、ラブにとっては一大事だ。生まれてきたら、やらなきゃならない、使命なのだから。


「今日会ったばかりのお前に対して、個人的な感情を持ち合わせていない」

「それって、嫌いじゃないってことだ!」

 ラブが、ニコニコと笑って喜ぶので、ヘビの方が困惑した。


「嫌うほと興味がない、つまり無関心ということだ」

「つまり、今から始まりで、これから好きになるかもしれないでしょ?」

「……ならない」

 ヘビが首を振った。


「私はなるよ。ヘビの事、好きになる」

「はあ?」

 ヘビの鋭い目がギョッとしながらラブを見下ろした。


「だって、ヘビは、私のたった一人だよ、運命なの。私の事迎えに来てくれたでしょ」


「……思考回路が破綻しているぞ。お前は今、思春期か? 何かのデータで見たことがある。年若い少女たちの中には、いつか王子様と呼ばれる、親から多大な権力や遺産を相続する、馬を所有した男性が迎えにくるという妄想に取り憑かれる時期があると。その考えは、病では無いらしい、時期が来ると逆に、とても現実的になり、普通の優しい男が良い、と言いだすらしい」

 ヘビは、いつもより饒舌に話した。ラブが圧倒されている。


「だから、その無駄な課程を削除し、今から優しい男を捜せ。俺はその類いでは無い。間違えるな」

「えっと、何だか難しくて分からないけど、ヘビは、とっても優しいよ」

 ラブは、小走りになりながら、ヘビの顔を覗き込んだ。


「いいや、お前が知らないだけで、俺は冷酷で非道だと称される。例えば、お前が怪しい病気を持っていたら、此処に受け入れていない、追い出している」

「それは、ここの人の為でしょ? それに、きっとヘビは、あのコートくらいはくれたと思うよ、追い出すときに」

「……」

 ヘビは、押し黙った。


「ヘビは優しいよ。病気かも知れない私を、おんぶしてくれたし、赤い実を探しに来てくれてた! ヘビ、私の事結構、好きかもしれないよ」

「いいや、お前に好意は無い。俺には、拾ってきた責任があるだけだ」

「あー、コレがアゲハが言ってた、硬いだ!」

 ラブは、ピンときた。思わず手を上げて叫んだ。


「……」

「ヘビは、とっても硬い男なんだって。頑張れって応援してくれてた。私、頑張ってヘビのこと柔らかくするね」

 こぶしを握り、満面の笑顔で宣言するラブに、ヘビが遠い目をした。


「……頼むから、近寄らないでくれ」

「無理だよ。これから、私もヘビもお互いに好きになって、恋人になって繁殖するんだよ」

 ラブの言葉に、ヘビが足を止めた。彼の手からサクランボが一粒、落ちかけてラブが受け止めた。


「二度と、俺に話しかけるな!」

「えっ、ええ? なんで?」

 ヘビが、サクランボをラブに押しつけ、走り出した。ラブは両手でサクランボを受け取り、あたふたしている間に、ヘビが立ち去ってしまい、一人廊下に残された。



「……なんで怒ったの?」

 ラブが首を傾げ、髪が揺れている。


(たった一人の男と出会ったら、それで良かったんじゃないんだ。もっと何でも上手くいくと思ってたのに、大変なんだな……もっと、色々知らないと、ヘビのこと、恋人になる方法とか! それにしても、お腹すいたなぁ)


 ラブは、押しつけられたサクランボを一つ摘まんで口に入れた。

 ヘビがくれた物と思えば、少し美味しいような気がした。



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