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お前の名前は



 此処は、かつて人類が栄えていた時代に、教会と呼ばれていた場所だ。創造者たる人類は、戦争や環境変化、それによって発生した飢饉や疫病で、急速に数を減らし、地上から消えた。しかし、こうして長く残り続ける物もあった。

 所どころ崩れた石の階段を上がり、ヘビが彼女の元までやって来た。


「お前は、一体何者だ?」

 ヘビは、彼女から五メートルは離れた場所で俯き、彼女に視線を送らずに聞いた。

「え?」

 女は、そろりと足を伸ばし、ヘビに近づき、その顔を覗き込んだ。


(この人、なんで自分の事が分からないんだろう?)


 彼女が首を傾げると、黒髪がサラサラと流れ落ちた。


「何、言ってるの?」

「近づくな……だから、お前は、誰だと聞いている」

 ヘビは、首を九十度回し、ボソボソと話した。


「女だよ」

「はぁ? そんなの見れば分かる!」

 的外れな回答に、ヘビが裸体の彼女を指さし、しかと見てしまい、慌てて後ろを向いた。


「あれだ……まず、名前は何だ」

「名前……名前って何?」

「お前、ふざけているのか? 呼び名だ。お前という個体を他と識別する、呼称はないのか」

「ん? 貴方は男で、私は女でしょ?」

 彼女の細い指が、柔らかい自分のおっぱいを突いた。


「それは分類だ。女も男も他に沢山居るだろう」

「沢山いるの⁉ 凄い! 会いたい」

 頬を膨らませて笑い、目を輝かせた彼女は、ヘビの胸をバシバシ叩いた。


「訳の分からない女だ」

「それ、私の名前? わけのわからない」

「違う! 俺は、ヘビと呼ばれている。俺達のコロニーでは全員、生き物の名前がついている。お前は……別のコロニーから来たのか? そういえば、あいつが女を捜してると……」

 ヘビは、二年前にコロニーにやってきた男の事を思い出した。


「ヘビ、ヘビ」

 彼女は、ヘビを指さして、名前を覚えようと復唱した。


(私の男さんの名前は、ヘビ。ちょっと怖い顔の男さん)

 

「お前、アダムという男を知っているか?」

「知らないよ」

「違うのか……」

「ねぇ、ヘビ。私に名前ちょうだい」

「お前……」

「私、おまえ?」

「違う!」

「私、ちがう?」

「あー! くそ、一度口を閉じろ。理解が追いつかない」

 ヘビの言葉に、彼女は、ギュッと唇を結んで頷いた。


 ヘビは、ポンチョ型コートのフードを外して、センター分けのうねる黒髪を掻き乱した。そして、そのコートを脱ぐと、なるべく彼女を見ないように、不用意に触れないように、それを彼女に着せた。


「……」

 彼女は、口を閉じたまま、両腕をプラプラと振って膝丈まであるコートの動きを楽しんだ。

「ありがとうって言っていい?」

 彼女は、満足そうな顔で微笑み、ヘビを見上げた。

「……もう、言っている」

 彼女の目が、丸く見開かれた。


「ハジメ、愛嬌だけの知能の低い動物は?」

 ヘビは手首に装備した、ウエアラブル端末でAIに問いかけた。


『ダチョウ、フラミンゴ、コアラなどがそう思われていたようです』

「ヘビ……貴方は、手に悪魔でも飼っているの?」

 ヘビの腕輪に彼女が触れようとしたが、ヘビが腕を高く上げて避けた。二人の身長差は大きく、彼女の頭はヘビの胸だ。彼女が飛び跳ねても相手にならない。


「AIと話をしている。名前だが、ダチョウかフラミンゴはどうだ。コアラは居る」

「ダチョーンか、フラミゴン」

「違う」

「なんだか……もっと短い名前が良いな。ヘビみたいな」

 頭を抱えて考え込んだ彼女を、ヘビが悩ましい顔で見下ろした。


「……ハブ」

「ハブ⁉ なんかピンと来たよ。なんとか、ブって好き。ハブにする!」

 大喜びする彼女の勢いに押されたヘビが一歩、一歩後退し壁に追い詰められた。


「いや……ちょっと待てくれ。ハブもヘビだ」

 それに毒蛇だ。ハブと言う名前は、女性に付ける名前としては相応しく無い気がした。


「ブ……ブ……サブ、ノブ……違うな。そうだイブか、ラブはどうだ?」

 ヘビは少し恥ずかしがりながら提案をした。


「ラブにする!」


 彼女、ラブはヘビに抱きついた。ヘビは目を見張り、ビクリと体を震わせた。逃げようにも背中は壁だ。コートから出たラブの胸がヘビの体に密着し、柔い感触を伝えてくる。


(凄い! やっぱり、この男さんが、私の待っていた人だ。ラブって名前、凄くしっくりきた)


 ラブは、嬉しくてヘビの胸に頬ずりをしたが、ボディーアーマーの硬さが気に食わなかったのか渋い顔をしている。


「離れろ、俺はお前と繁殖しない」


 彼が暮らすコロニーは『人類の再びの繁栄』を目指し、AIに管理されている。


 遺伝子操作され生み出された人間達は、それぞれ世代によって特徴が違う。

 ヘビは、人々を纏め指導していけるように、秀でた能力を持つように作られたグループだった。AIの思惑通り優秀な人間となったが、反面、彼らは繁殖に対する意欲が低かった。


 ヘビは、今まで一人の女性を特別に感じた事も無く、繁殖を意識させられることも無かった。


「繁殖ってなに?」

 ラブが彼の胸から顔を上げて聞いた。


(そういえば、男さんと出会ってから、一緒にすることがあったはず……それが繁殖?)


 ラブは何度も首を傾げて考えた。


「し、知らないなら構わない」


 ヘビは、せわしなく動いてしまう指先にぐっと力を入れた。

 そして、そっとラブの肩に触れて遠ざけた。彼の心臓は今、調子を乱していた。予測に反する事態に遭遇し、冷静さを欠いているのかと、自分を落ち着けるために深く息を吐いた。


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