プロローグ
その日、雨は異様に大きな音を立てて降っていた。幼い頃から、彼はその音が大好きだった。窓辺を打つ雨粒の優しい音はいつも彼に安らぎを与え、日常の問題を忘れさせてくれた。しかし、彼はまだ知らなかった。この夜が何か特別なことの始まりになるということを。
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少し散らかった自分の部屋で、彼はベッドに横たわりながら雨音に耳を傾けていた。その音に包まれながら、彼は安全だと感じていた。突然、何かが彼の中で動き出した。奇妙で未知の感覚――まるで誰かが外へ出るようにと彼を促しているかのようだった。その感覚はあまりにも強烈で、逆らうことができなかった。彼は立ち上がり、手近にあったジャケットと古い金属製のヘッドホンを掴むと、テラスへ続くドアへ向かった。しかし、家を出る前にリビングから母親の声が聞こえた。
「エド、どこに行くの?」と、心配そうに母が問いかけた。
エドにとって、母親はすべてだった。彼には父親がおらず、母親が一人で彼を育ててくれた。時には過保護が過ぎると感じることもあったが、それでも彼は母を何よりも愛し、彼女を心配させたくなかった。
「心配しないで、母さん。ちょっと散歩に行くだけだよ。すぐ戻るから」と、彼は穏やかな口調で母を安心させようと答えた。
その数分後、エドは家を出て、冷たい雨粒がジャケットを染み通してくるのを感じた。彼は目を細めながら、ランプの少ない街灯に照らされた空っぽの通りを見つめた。エドは普通の18歳の青年で、短いが額にかかる黒髪と疲れたように見える青い目をしていた。この夜が彼の人生を永遠に変えるとは、彼には全く想像もつかなかった。
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主要道路を歩きながら、エドは何度も見慣れた建物をぼんやりと眺めた。この通りは町の主要な通りの一つだが、近年はその外観を気にする人はいなかった。突然、彼の腹部に鋭い痛みが走った。
「腹減ったな」と、彼は自分に向かってつぶやき、腹を押さえた。「どこか開いてる店があるといいけど。」
深夜にもかかわらず、エドは家から2キロほどの場所にある店にたどり着いた。店内は静かで、冷たい蛍光灯が空っぽの空間を照らしていた。彼はサンドイッチとコーラの缶を手に取り、持っていたわずかな金で支払いを済ませた。店を出ると、少し安堵感が広がった。
「これで少なくともまともなものが食えるな」と彼は考えながらサンドイッチを開けた。「ごめんよ、母さん。でも母さんのサンドイッチは本当にひどいんだ」と、彼は微笑みながらゆっくりと家路についた。
サンドイッチをかじりながら、エドは見慣れた通りを観察した。彼は危険な地域で育ち、常に警戒心を持たなければならなかった。9歳のときに年上の少年たちに殴られた経験が、彼に体を鍛えるきっかけを与えた。それ以来、彼は自分を守れるようにとトレーニングに多くの時間を費やした。
5年前により安全な地域に引っ越して以来、彼の警戒心は少し和らいだものの、完全にはなくならなかった。エドは今、暗く人けのない路地の前を通り過ぎようとしていた。その路地には廃墟となった建物が並んでいたが、他の場所とは異なり、これらの建物は驚くほど手入れが行き届いていた。窓ガラスは割れておらず、壁には落書きの跡もない。唯一の廃墟らしい特徴は、板でふさがれた扉だけだった。
「なんか変だな」と、エドは背筋に寒気を感じながら思った。「どうしてここは荒らされてないんだ?」
彼の注意を引いたのは、路地の奥で輝く光だった。それは強烈で、ほとんど目を開けていられないほどだった。彼は再び、家を出るように促したあの感覚を感じた。
「なんだあれは?」と彼はつぶやきながら、決断の狭間に立っていた。一方で、彼はただ家に帰りたいという気持ちが強かった。母親が心配して電話をかけ始めることは目に見えていたからだ。しかし、もう一方で、その光の正体を確かめたいという抗えない衝動が彼を突き動かしていた。
彼はゆっくりとその光に向かって歩き出した。光は歩を進めるたびにますます明るくなった。一瞬、引き返すことを考えたが、好奇心が勝ってしまった。突然、その光が彼に向かって放たれ、彼の体を貫いた。痛みは突然で激烈で、彼は叫び声を上げずにはいられなかった。
「うわああああ! なんだよ、くそ!」と彼は叫びながら膝をつき、頭を抱え込んだ。
彼の視界は完全に真っ白になった。状況を理解しようとしたが、何一つ理解できなかった。しばらくして痛みが和らぎ、彼の周りの世界が変化し始めた。暗い路地ではなく、彼の目の前には明るい青空が広がっていた。
「なんだこれは……?」と彼はショックを受けながらつぶやいた。その視界に奇妙な存在が現れた。それは黒いローブを纏い、腰に剣を帯びた背の高いトカゲだった。
「大丈夫か、坊主?」とその生物は鋭い声で言った。
エドは慌てて後ずさり、そのまま地面に倒れ込むと、その生物を恐怖の目で見つめた。
「お前は……誰だ!?」彼は震える声で叫んだ。
「落ち着け、子供。そんなに叫ぶ必要はないさ」とトカゲは軽く笑いながら答えた 「お前は今、エロという国の首都、もっと正確に言うと、イノルミという街にいるんだ。旅人か、なるほどな。」
エドは呆然としていた。周りで起きていることがすべて悪夢のように感じられた。
「最近は旅人がやたらと多いな……」と、トカゲは不思議そうに続けた。「この通りをまっすぐ行けば、あんたみたいな人が泊まれる宿があるよ。」
エドはその言葉を聞いても立ち尽くすばかりで、何も理解できない状態だった。
「悪いな、坊主。俺は行かなきゃならない。やるべき重要なことが山積みなんだ。」トカゲは少し苛立った様子でエドに視線を向けた。「まあ、自分でなんとかできるだろう。じゃあな、幸運を祈る!」
エドが何かを言う間もなく、トカゲは路地の奥へと消えていった。エドはしばらくの間沈黙し、起こった出来事を理解しようとしていた。
しかし、話すトカゲと出会ったことが彼を最も驚かせたわけではなかった。それ自体が常識を覆すような出来事であることは確かだったが、彼を真に震撼させたのは、自分の周りに広がる光景だった。生まれつき好奇心が強く、周囲を細かく観察する癖があったエドは、この新しい世界の詳細を見逃さず、それが現実だと理解せざるを得なかった。
ここはもう、自分が知っている場所ではなかった。これまで住んでいた街でも、現実の世界でもなかった。周りを歩いている存在は、かろうじて人間に似ている程度の外見で、その姿は先ほど出会ったトカゲのように異様でグロテスクだった。建物もまた、中央ヨーロッパの建築を思わせるものの、どこか異質だった。外壁はより鮮やかで装飾的であり、おとぎ話の世界からそのまま引き抜かれたかのように感じられた。さらに、一部の建物はまるで生きているかのように、呼吸しているようなわずかな脈動さえ感じられた。
石畳の道を響く蹄の音が、この場所に特有の雰囲気を与えていた。それはまるで、エドが何時間も費やして遊んでいたお気に入りのビデオゲームの世界そのものだった。すべてが非現実的なのに、妙にリアルだった。
「これは夢に違いない」と彼は小声でつぶやき、腕を強くつねった。しかし驚いたことに、痛みを感じた。
「死んだのか? それともあのサンドイッチに毒でも入ってたのか?」 彼は自分に向かって早口で話し始め、なんとか状況を理解しようとした。「いったいどうなってるんだ? さっきまであの路地にいたはずなのに……! どうして……?」
しかし、エドの心の奥底ではすでに気づいていた。目の前に広がるもの、今自分が体験しているすべてが、その事実を否定する余地を与えなかった。――彼は、別の世界に来てしまったのだ。




