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短編

救えない話

作者: 猫宮蒼



 時候の挨拶などは省略させていただきます、兄上。


 貴方がこの手紙を読んでいるという事はつまり、色々と大変な事になっているのだなぁ、と思っております。ですが、生憎僕に何ができるわけでもありません。

 事の発端はなんだ、と問われればだって、元凶は貴方なのですから、兄上。



 さて、兄上には婚約者がおりましたね。伯爵家のご令嬢、リリア嬢。

 家格はギリギリといったところでしたが、リリア嬢は優秀な方でした。幼い頃から優秀さの片鱗を見せておりました。それ故に、兄上の婚約者として決められたのだと周囲は皆理解しておりました。


 えぇ、兄上は正直優秀か、と問われると人並でした。きっとこの一文を見た途端兄上は怒りで顔を赤く染めているかもしれませんね。ですが、貴方がこの手紙を読んでいるという事はつまり、事実貴方は優秀ではなかった。王家の人間として。次期国王として。貴方の足りない部分を補佐するのがリリア嬢であったというのに。


 多少は同情していない事もないのです。

 えぇ、侯爵家のセレナ様。身分としては確かにそちらの方が釣り合うのではないか、と兄上が考えたのもわかります。見た目も兄上の好みのようでしたし。

 ですが、セレナ様では貴方の補佐にもなりません。無能というわけではないのです。侯爵家の令嬢としてであれば、何も問題はなかった。ただ、王子の妃として、ゆくゆくは王妃として、となるとあの方の能力は足りないものだらけだった。それだけです。


 ですが貴方はそれでもセレナ様との結婚を望んでしまった。

 正妃にセレナ様を、そして側妃にリリア嬢を――なんて都合の良い妄想をしたのではないでしょうか。残念ながら、過去にやらかした王族のせいで婚約破棄をした後、元婚約者を側妃にすることは禁じられております。

 指摘された時兄上は忘れていたのですね。見ていて呆れる程狼狽えていましたから。


 それでも尚セレナ様との結婚を諦められなかった兄上は、真実の愛だと称してリリア嬢との婚約破棄を宣言してセレナ様を新たな婚約者とすることを大勢の前で宣言してしまいました。

 そして、してもいない嫌がらせの罪を着せ、兄上はリリア嬢を国外追放としてしまいましたね。愚かな事です。


 大体、身分としてはリリア嬢よりセレナ様の方が上なのですからリリア嬢があの時兄上が宣言した嫌がらせなどしようものなら、即家の力で潰されていたでしょうに……いくら王家の人間の婚約者であったとはいえ、それでもリリア嬢の家は伯爵家。足を引っ張り潰そうとするのであれば、侯爵家ならできない事もないのですから。

 そんな事にも気づかずよくもまぁ、あのような場で堂々と声高に囀ったものです。


 あの時僕には未来が見えました。いえ、未来視ができるだとか、予知できるとかではなく。普通に想像がつくものでした。両親は兄上の事を溺愛していますから、いくら大勢の前でやらかしたとしても貴方の王位継承権を剥奪などすることもないのは明らかでした。

 セレナ様との結婚を許し、そうして貴方の王としての足りない部分は間違いなく僕に補佐させる事となったでしょう。


 冗談ではありません。


 それなら最初から自分が王になった方がまだマシでしたよ。

 勿論、リリア嬢が貴方と何事もなく結婚していたのであれば僕も家臣として支えていくつもりではありました。ですが、王もその妃も足りないとなれば、支える側の負担は如何ほどになるのでしょうね。


 すぐさま、というわけではないでしょう。

 ですが、いつかきっと僕は兄上に反旗を翻すのではないか、と思ってしまったのです。

 申し訳ないけど今の今まで兄上の事、何一つ尊敬していなかったので。


 あぁ、それでも多少の歩み寄りは必要かなと思ったので、僕も兄上に倣う事にしたのです。


 そうです真実の愛です。


 僕は昔からずっとリリア嬢をお慕いしておりました。

 ですが彼女は兄上の婚約者。勿論奪うだなんて考えた事ありませんでしたよ。

 ただ、この想いを秘めたまま、その上で僕はリリア嬢を支えるつもりで兄上に仕えるつもりでした。

 ですが、兄上が愚かにもリリア嬢を捨てたので。


 僕もまた真実の愛とやらに従って彼女についていく事にしたのです。


 兄上が真実の愛に従うのであれば、僕もまた真実の愛に殉じようと思いまして。



 王子の心をつなぎ留められなかった、として家を追い出されてしまったリリア嬢と共に、僕はいきます。

 あれほどまでに献身的に今まで兄上に尽くしてきたというのに、さいごは一人ぼっちだなんてあまりにも酷いですから。



 最初で最後の僕のわがままです。許してほしいとは言いません。ただ、事実として受け止めて下さい。

 それでは兄上、きっと今頃大変な思いをしているかもしれませんが、頑張って下さいね。


 あぁ、でも、どうせ最後だから本音を言わせてもらうのであれば。



 地獄に落ちろくそ野郎。








 ――それが、第二王子が第一王子へと向けた手紙の内容だった。


 大勢の前で婚約破棄を突きつけて、尚且つ嫉妬だなんだと言いがかりをつけ彼女に嫌がらせをしていただろうとその罪を突きつけ、自分は何もしていないと言う令嬢を国外に追放した。第一王子にそもそもそんな権限はなかったというのに。


 けれども、彼は愛に目が眩み、元婚約者がいるうちは何をどうしたって自分の望んだ展開にならないと思い込んでしまっていた。セレナと結婚したいのであれば、他に方法はあったというのに。


 思えば確かにその頃から弟の姿を見ていなかったのだが、その時はそんなことは些細なものだと気にもしていなかった。


 ただ、その後諸外国を巡っていた国王と王妃が戻ってきた時になっても弟の姿がないままで、そこで今更のように事件だなんだと騒ぎになったのである。

 ちなみに第二王子の手紙はうっかり読んだ第一王子がその場で怒りに任せて処分されてはたまらないとでも思っていたのか、兄上へ、と封筒に書かれていたものの置かれていたのは国王の私室である。



 兄に向けた手紙でありながらも、最初に目を通したのは父である国王だった。


 確かに兄を甘やかしていた自覚はあった。

 多少王として足りない部分があろうとも、そのあたりは優秀な弟や家臣たちが支えていけば何も問題はないと思っていたので。

 むしろ皆が一丸となって協力すればより良い国になるとすら。


 だが実際はどうだ。


 優秀な妃となるはずだった婚約者と、家臣として支えていくであろう優秀な弟を失った。

 確かにセレナは家柄だとかを考えれば妃になるには問題ないが、手紙にもあるように彼女はあくまでも侯爵令嬢としてみれば何も問題はないが王妃とするには能力に不足があると思えるもので。


 しかも既にリリアは国を追放されてしまった。

 あの家の家族仲があまりよろしくなかった事もそうなった一因だろう。

 不要な物を即切り捨てるのはいかにも貴族らしいけれど、しかし今回の件に関しては少しだけ思いとどまってほしかった、と王が思っても後の祭りである。


 諸外国との外交のために国王夫妻がいない時を狙っていたのだろうな、とはわかる。

 そしてそのせいで、とんでもないことになってしまったのだとも。



 リリアに非はなかった。

 故に王は早急にリリアと、それについて行ったであろう第二王子を探すようにとすぐさま命を下した。



 ところが二人の姿は一向に見つからなかった、どころか。


 国の外れに存在する深い湖に、二人の物と思われる靴が浮かんでいるのが見つかってしまって。


 手紙の真実の愛に殉じる、という意味をこの時ようやく理解したのである。


 死体は浮かんでいなかったが、あの湖は深すぎて潜って探すには危険すぎた。


 確かに、貴族の令嬢と王家の人間だ。市井に下って生きていけるとは思えなかった。

 それでも、まだどこかで生きていると信じたかった。


 けれども目撃情報は一向に入ってこないし、更には湖の上に浮かんでいた二人の物だと断言できる靴。


 生存は、絶望的であった。



 なんて馬鹿なことを、と王が嘆こうとも元はといえば兄王子が発端である。

 彼が真実の愛などとのたまって婚約破棄などを仕出かさなければ。

 元婚約者を国外追放だなどと宣言しなければ。


 せめてもう少し穏便な結末にできたはずなのに。


 いくら可愛い我が子であろうとも、これだけの事になってしまっては、では好きにするとよい、などと言えるはずもない。

 愛する女性と結ばれて王になる、なんて未来は与えられない。

 今はまだ噂の段階であろうとも、それでも湖で二人の靴が発見されたことは既にひっそりと広まっているのだから。


 アレを王にしたのなら、この国の貴族たちが次にどういう行動に移るか……


 間違っても祝福はしないだろう。

 婚約者として、次なる王となるべき男のためのリリアの献身は多くの貴族たちの知るところだ。

 彼女がセレナに嫌がらせなどできるはずがない事だって、わかっていた。


 ただ、あの場で声を上げようにも兄王子は聞く耳などもたなかっただろう。

 兄王子の頭が冷えてから、と様子を見た者も多くいたのではないか。


 その結果が、最悪を生んだのだが。


 弟王子がいたのであれば、兄から継承権を剥奪して臣籍降下させればよいだけの話であった。


 兄が王になった後、自分は臣籍降下するのだからと婚約などもしないでのらりくらりとやり過ごしていた弟の想い人をこんな形で知ることになるとも思わなかった。


 どちらにしても、もう彼を王にはできない。

 してしまえば、間違いなく国は荒れる。

 可愛がっていた。甘やかしていた。けれども、何もかもを許していたわけではない。


 決断を、下さねばならない。



 手紙は兄に向けたものであるけれど、しかし父の部屋に置いてあったあたり子育てを失敗したという事実を暗に突きつけられているのだろう。兄に関してだけではない。きっと自分の事も含めている。



 はぁ、と深い溜息が無意識に零れていた。



 外交に出る前はこんなことになるなんて思ってもいなかった。

 いずれ自分は退位して、そうしてのんびりと隠居生活をするつもりだった。


 兄王子はともかく周囲が優秀なので、皆で協力して国を導いてくれれば何も問題はなかったはずなのに。



 退位するのは当分先の話になってしまったし、次なる王として指名する相手の事を考えると……


 明るかったはずの国の未来が途端灰色に見えてしまうのは、仕方のない事であった。

※弟王子がリリア嬢、セレナ様と記しているのはあくまでもわざとなのでそれに関する誤字脱字に関する報告はしてもらってもスルーします。ごめんね(´・ω・`)


※手紙の中の「いきます」「さいご」が平仮名なのもあえてなのでそこも訂正されてもスルーします。行きますでも生きますでも逝きます、最後・最期どっちでもあてはまるからね。意味を固定するつもりはないです。


二人が生きてるかどうかは各自の想像にまるなげ。



次回短編予告

真の聖女とか義妹溺愛とか割とよくあるテンプレものをこねくりまわしたやつ。

しかし安定の恋愛がないので毎度おなじみその他ジャンルになるよ。

文字数は今回の話よりちょっとだけ多いけどいつもの短編の文字数に比べれば大分さらっとしてるよ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 斜陽に向かうワンシーン、みたいな感じでめちゃくちゃ好みです。 [気になる点] タイトル回収的に、ふたりの生存はないかな、と思いました。
[良い点] 死体が残っていないのは、本当は逃げたのではって考える材料になりますね。 [気になる点] リリアさんとしては、バカ正直に即刻単身国を出るのでなく、先ずは親族(外祖父母など?)を頼るのが順当と…
[一言] > 故に王は早急にリリアと、それについて行ったであろう第二王子を探すようにとすぐさま命を下した。 この後に及んでまだ弟とリリアに尻拭いさせる気の王もバカだよ
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