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第4話 春風に踊る

 桜咲く季節を控え、高校生活初めての春休みが迫っている。それが終われば、学年が上がり新しいクラスとなる。3年生は卒業するし、クラスが離れれば疎遠になる人もいるだろう。そして、新たに入学してくるルーキーたちもいる。いわゆる別れと出会いの季節。どうせ会えなくなるのならせめて秘めたる想いを伝えようと、告白のゴールデンシーズンとなる側面もある。


 朱里への相談、そしてナンマスとの出会い。さらには多少贅沢なクレープを食べてから1週間と少し。ついに、その日が訪れた。

「三船先輩」

 アルバイトの時間が迫っているため巴なりに最高速で校門を出たのだが、駅までの道中で呼び止められてしまった。

「お久しぶりです」

 柔和で甘ったるい少年の声。見上げるほどの長身。そして見覚えのある、どこか中性的な顔。

「え? ……くん!?」

「うわー! 忘れてるのに小声で言ったことにして覚えてるフリしてるー!?」

「うそうそ。皇くんでしょ。覚えてるよー。でもめっちゃ背伸びてるね」

 10cm近く伸びてそう。それと、私服は新鮮に映る。

「よかったー。忘れられてなくて」

 ぱっと表情が華やいだ。

「いや、ていうか本物!? なんでここにいるの!?」

「本物です。先輩に会いたくて、帰ってきちゃいました」

 え? 巴は一瞬、言葉を失う。

「えーーーー!!」

「冗談です。相変わらずかわいいかよ」

 だまされた。さっきの仕返しか。


 二宮皇。中学時代の1学年後輩で、同じバドミントン部に所属していた。部内に二宮姓が2人いたため(いとこらしい)、皆から下の名前で呼ばれていた。確か父親が経営者か何かで、1年前に海外に引っ越したはずだけど……。

「父の事業が失敗して、予定より早く戻ってきたんです」

「そうなんだ……って大丈夫なの?」

「はい。他のところではうまくやってるみたいなんで。懲りずに次は台湾に行くぞーって言ってます」

「楽しそう! いいなー」

 あはは、と皇は爽やかに笑う。

「僕は残りますけどね。来月から日本の高校に行きます。1年前、すごく後悔したんで」

「そっか。旅行ならいいけど、海外の学校なんて大変かー。1年間よくがんばったね」

 よしよし、と頭を撫でてあげようとして、届かなそうだったのでほっぺつんつんに切り替えた。朱里によくされるやつ。


 頬に触れる巴の指。その華奢な右腕を。皇は左手で逃さず掴んで——。

 その身体を強く、引き寄せた。

「———え?」

 巴が気づいた時には、皇の胸がすぐ近くにあって。呆気にとられる隙すらないまま、上から顔を覗かれる。近い。

「三船先輩」

 そして距離感が仕事を放棄する。突然のことで頭の中は雪景色。身体も当然反応しない。ただ、なんだか恥ずかしい。視界はすでに限定されている。見知った後輩の顔。背は伸びたけど、変わらず童顔だった。


「好きです、先輩」


 春風が吹き抜けていく。図ったように強く涼しく。巴の長い髪が風に遊ぶ。告白されてしまった。

「引っ越す前から伝えたくて、でも言えなくて。ずっと後悔してました」

「皇……くん……」

 巴の目は見開かれたままで。

「それで、次に先輩に会ったら絶対言おうって」

 恋する少年の瞳が巴を射抜く。一心不乱に真っ直ぐに。


 身長だけじゃなかった。その勇気。その行動力も。1年が過ぎる間に、少しだけ大人になっていたんだ——。


「———きゃっ」

 ぶわっと。一際強く風が通る。周囲の女子生徒がスカートを抑える。巴もそれに倣おうとして——。

 背中まである黒髪がこれでもかと顔面にへばりついた。

「うう……」

「くふっ」皇が思わず吹き出す。

 なんなのよ。割と感動的なシーンじゃなかったですか今。もう、と呟きながら巴は髪を払った。

「風つよ……」

 髪ぼさぼさになるじゃんよ。これからバイトなのに——なんて考えて、

「あ!!!!!」

 バイト!!!!!

 思い出した。三船巴、急ぎめでした!

「ごめん!」スマホで時刻を確認、これはギリギリアウトっぽい……! 冷静にジャッジメントを下しながらも急ぐ以外ないわけで。

「もう行かないと! ホントごめん!」

「僕のことはいいんで、気をつけて」

 突然の焦りっぷりに察してくれたのか、にこやかに手を振られた。助かるー!

「ごめんねーーーー!!」

 申し訳ない気持ちと皇を置き去りにして、巴はダッシュで駅へと向かう。信号がオールグリーン、さらに電車がジャストならワンチャンあるかもしれない。ま、そんな都合よくいくわけないけど。今は死ぬ気で走ろう。さあ、最初の信号が見えてきた——。

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