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「あの鎧は昔、とある国で開発された技術を元に作られている」
「とある国?」
「ああ、それは魔導王国ウェルハイトという国のことだ」
「聞いた事が無いな……その国はもう無いのか?」
「正確には、滅亡した」
「何があったんだ?」
「あの鎧は、ある兵器を作る過程で出来た失敗作だったんだ。その技術が流出したらしくてね……」
「なるほど……あれは一体どういう代物なんだ?」
「……そこからは私が話そう」
ローギウスがエリナの話を遮り、俺の前に椅子を持ってきた。
「あの鎧は魔導王国の技術を基に作られた物だ。しかし、未完成品だった。何故なら、暴走の危険性を孕んでいたからだ」
「暴走……?」
「ああ、鎧を身に纏った者の意思とは関係なく肉体が動き出すというものだ」
「つまり、自動操縦みたいなものですか?」
「違う、あの鎧には意思がある」
「なっ!?」
「あの鎧は使用者の精神と肉体を蝕む。恐らく、使用し続ければ命は無いだろう」
「そんな危険なものを何故……」
「君が身に付けていた物がソレだよ」
「……マジかよ」
俺は自分の右手に視線を落とす。
この手に人を操る殺戮兵器を宿したと言う事実を受け止めきれずに呆然としていた。
「でも、どうして俺は平気なんですか?」
「私にも分からん……恐らく、何らかの偶然によって君に適合したのかもしれんな」
「じゃあ、あの時、あの場に俺以外の誰かがいて、その人が着ていたら……」
「恐らく、君のようになって暴走して居たか、あるいは君が死んでいるかのどちらかだ」
「そう……ですか……」
「あぁ、元々あの鎧は今離れている奴等が、エリナさんに依頼をするのを私が仲介し頼んだのだ。予想外だったのは、その内容と荷を積んだ船が嵐に巻き込まれてしまったこと。そして、偶々漂流していた君が、装着者として選ばれてしまった事だがね」
「そうだったんですね……」
俺はふと思った疑問を口にする。
「ところで、さっきから出てくる鎧の名前って無いんですか?」
「名前ならあるが、君の持つ鎧がどれなのかが分からない以上教えようがない」
「じゃあ、あの剣は?」
「アレは、剣の形をしていたが、私も初めて見た物だから、分からない」
「そう……ですか」
俺は落胆した。
もし、名前があれば何かしらの手掛かりになるのではないかと考えたからだ。
しかし、それが無いとなると、結局、正体不明の脅威でしかない。
だが、1つ思い出した名前の様なものがあった。
「ブルーノーツ……という言葉を知りませんか?」
「知らんな……何か鎧に関係ある言葉なのか?」
「あの鎧に身体が変化した時に、ブルーノーツ起動と聞こえた気がしたのですが……」
「……残念だが、私には分からん。そろそろ戻って来る二人に聞くと良いかも知れん」
しかし、この時は想像もしていなかった。
この出会いが後に起こる出来事の序章に過ぎないという事を……。
俺がエリナの船『アスラル』に乗ってから1時間が経った。
俺はまだ、この船について何も知らなかったので、案内をしてもらっていたのだが、この魔導船はかなり改造されている物で、俺には分からない技術が使われていて中々に興味深い。
そして、エリナが操縦しているのかと思っていたが、意外なことに舵を取っているのはアイシャが行うそうだ。
彼女は、エリナ曰く、「操舵士の才能がある」らしい。
そして、分かった事は、この船の船員は5名だという事だ。
先ずは、船長であるエリナだが、基本的には操舵する事はなく、主に砲撃手として火器を取り扱うらしい。
最も、アイシャが操舵出来ない状況や場所では、操舵しながら砲手としても動くとの事だ。
次に、操舵士のアイシャだが、彼女は非戦闘員であり、街では歌い手として稼いだりしているそうで、エリナ曰く『カスケードの歌姫』と呼ばれているらしい。
だが、本人は歌姫と呼ばれるのを嫌がっているらしく、呼ばないで下さいと顔を赤くしていた。
船医のローギウスは、元々は聖皇国の医者だったそうだが、セリナもどういう理由か知らないが、先代の船長が拾ってからの古株らしい。
ただ、歳が1番上らしいが、性格なのか職業柄なのか、年下相手にもさん付けするそうだ。
残りは、航海士兼技師のシースと、料理長兼御意見番のアルティスというらしいが、この二人が魔装の依頼主らしい。
今は、森の方へ食料と見回りに行っているらしいが、もうそろそろ戻って来てもおかしくない頃合いだと言っていた。
ちなみに、この船は魔力を流す事で動力源に電力を送り込む事が出来るそうで、それによって航行が可能との事だった。
「そういや、ライルは元軍人なんだろ? 得意な召喚術か魔術は無いのか? アタシは火の力はあるらしいけど、てんで駄目だね」
「俺に得意な術は無いよ。魔力が多いらしくてね、制御が難しいから魔剣として刃に変化させて戦う位しか出来ないんだ。……暴走が怖いから」
魔力の暴走それは危険な行為であり、一度暴走が始まれば、自身を含め周囲へ甚大な被害をもたらす。
俺は2度魔力暴走を起こしたことがある。
一度目は記憶に無いが、子供の頃に山賊か魔物に襲われた際引き起こしたらしい。
二度目は軍時代に魔術や召喚陣を用いた試験会場で引き起こした。
幸いにも二度目は不発に終わったが、当時はテロリストと勘違いされて誤解を解くのが大変だった。
「そうか、なら仕方ないね。暴走の危険があるなら、魔術は使えないか……」
「まぁ、何かあれば頼むよ」
「ああ、任せておきな!」
エリナはドンと胸を叩いて答えた。
そんなやり取りをしているとアイシャが船室から出てきて俺達に声を描ける。
「お姉ちゃん、そろそろ」
「ああ、分かったよアイシャ!……ライル、アタシ等は見回りに行って来るから此処で待っててくれ」
そう言うと二人は甲板の方へと歩いて行った。
俺は一人船室に残され暇を持て余していた所、部屋にノックの音が響き渡り返事をすると一人の少女が入って来た。
その少女は長い金髪を三つ編みにして後ろに纏めた碧眼の少女だった。
歳は16~17位だろうか?
彼女は、俺の前に来ると頭を下げて名乗った。
「初めまして、私はこの船のご意見番と料理をしているアルティスと言います」
「ああ、俺はライルだ。よろしく」
「はい、よろしくお願いしますね……ライル様」
「……様は要らないよ?」
俺がそう言うとアルティスは少し困った顔をしていたので呼び捨てで構わないと言うと少し安心した様な顔をしていた。
そんなやり取りをした後、お互いに軽く自己紹介をしたのだが、その時に俺はある事に気付いた。
(あれ?この子何処かで見た事があるような……)
俺は、彼女の顔を何処かで見たような気がした。
しかし、それが何処なのかが思い出せなかった。