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(あの娘は逃げれただろうか?)
俺はサハギンから目を離さずに周囲を確認する。
「……よかった」
既に周囲には、女性の姿は無かった。
どうやら、無事に逃げれた様だ。だが、サハギン達は、あの女性を追うつもりらしい。
(───力が欲しい)
俺の心に沸々と黒い感情が湧き上がってくる。
俺はゆっくりと立ち上がり、肉切り包丁を構えた。
「俺には、もう、これくらいしか……」
サハギン達はまだ俺の事を見ている。
今なら、極限状態にある今であれば、この肉切り包丁にでも出来る筈だ。
『魔力集中』……俺が最も苦手とする魔力操作の中で、出来る事の1つだ。
理由は良く分からないが、俺は他の人よりも魔力量が異様に多く、制御をする訓練を行っていたが、結局魔術を発動すると暴走する為、魔術自体は諦めていた。
だが、コレは違う。
本来ならば、愛剣と同じ魔力鉱石を使った剣でなければ、魔力に耐えられず武器が消滅する物だが、軍務の際、手負いで集中力の増した際には、幾度となく俺を助けてくれた切り札だ。
「───頼む『魔剣解放』」
俺は全身の力を抜く。
そして、刃に意識を向ける。
刃先には、魔力が集中していくのが分かる。
そして、肉切り包丁が光を放ち始めた。
後は、意識を研ぎ澄まし作り出した刃を振るうだけだった。
「Gurr!?」
『魔力接続確認……確認終了……被験体0615番、防衛魔装『ブルーノーツ』起動』
「え?」
突然、脳内に声が響いた。
その瞬間、肉切り包丁に俺の魔力とは違う黒い光が吸い込まれていった。
そして、その刃先は、想定した物とは違う漆黒の刀身へと姿を変えた。
そして俺の身体にも、信じられない変化をもたらした。
「うぐ……ぐぐぐ……」
それは、耐え難い苦痛だった。
まるで、自分の中を別の何かに支配される様な嫌な感覚。
「ぐ……ぐぐぐ……ぐおおおぉぉ!!」
俺は叫び、変化した黒剣を振り上げる。
「Gyaaaaaaaaaaaa!!!」
サハギンは雄叫びを上げ、向かってきた。
先ほど迄と変わらない素早い動きで、サハギンは動いている。
だが、今の俺はそうは感じられなかった。
(遅い……)
俺は黒剣をサハギンの動きに合わせる様に横薙ぎに振るった。
「Gu……Gya……」
「はぁ……はぁ……はぁ……」
サハギンの胴体が二つに分かれ地面に転がった。
俺は、自身の姿と手に持っている筈の黒剣を見つめる。
そこには、機械兵士の様な青紫色の鎧と刀身と柄に無数の血管の様なものが浮き出た、俺の右手首まで融合している剣。
(何だこれは?…………それに今のは?)
俺は先程の声を思い出す。
(被験体……0615番……一体どういう意味なんだ……)
俺は、剣と鎧を見る。
そして、ふと、ある事に気づいた。
「あれは……」
先程の女性が走り去った方角を見ると、先程の女性の姿が見えた。
その後には、他に4人の姿が見えるのだが、そこで俺の意識は途切れてしまった。
「……知らない天井だ」
目が覚めると見覚えのない部屋に居た。
俺は起き上がり、周囲を見渡す。
「ここは……どこだ?」
部屋の中には、机と椅子。
ベッドにクローゼットがあるだけの簡素な作りだ。
俺は、自分の状態を確認する。
「怪我は治っているのか」
脇腹の傷は既に塞がっており、痛みもない。
服は新しい物になっていたが、誰が着替えさせてくれたのだろうか。
「目が覚めた様だな?」
部屋の扉が開き、一人の男が入ってきた。
「……貴方は?」
「私はローギウスという……船医だ」
「俺はライルです。治療、ありがとうございました」
「別に構わん、自分の仕事をしただけだ」
男は、白衣を着た気難しい医者といった印象を受ける人物だった。
年齢は恐らく三十代後半ぐらいだろうか。
「……君は一体、何者なんだ? 何故、あの魔装を扱えた?」
「魔装?」
「そうだ、君が身に付けていた鎧の事だ」
「分かりません……魔力を肉切り包丁に込めたら何故かあんな事になったんです」
「なに!?」
俺は首を横に振り否定する。
しかし、彼は信じていないようだ。
「嘘をつくんじゃ無い! じゃあ!!」
「はい、そこまで!」
彼が俺に掴みかかろうとした時、女が止めに入った。
「エリナさん……どうして止めるんだ!」
「ローギウス先生、少し落ち着きな!」
「これが落ち着けるか!」
どうやら、この女性はエリナという名前らしい。
彼女は俺の方に向き直り話しかけてきた。
「まず、お礼を言わせて下さい。あの時は妹を助けて頂きありがとうございました」
「いえ、俺は当然のことをしただけですから……」
「それでもだよ。それと自己紹介がまだだったね。アタシの名前はエリナ、エリナ・カスケードだ。よろしく頼むよ」
「こちらこそ、助けてもらったようで、感謝しています。俺はライル・プルートといいます。それで、一つ聞きたい事があるのですがいいですか?」
「はい、なんでしょうか?」
「助けたは女性は無事なのですか?」
「最初に聞く事がそれかい? あの子なら大丈夫。多分そろそろ来る頃だね……」
彼女がそういうと同時に再びドアが開かれた。
そこに立っていたのは、あの時助けた女性だ。
「失礼します……」
「ほら、丁度来たみたいだよ」
「えっと……」
彼女の視線が俺に向く。
「あっ、先日は危ない所を救っていただき本当に有難う御座いました!」
「気にしないでくれ……それよりも怪我は無かったかい?」
「はい、お陰様で」
「そうか、良かった」
「では、改めて自己紹介をさせて貰います。私の名はアイシア・カスケード……この船の皆からはアイシャと呼ばれています」
「そうなのか、宜しく頼むよ。アイシャさん」
姉妹とは言え、性格は対比的のようであった。
姉の方は明るく、妹の方は大人しい感じがした。
「さっきも言ったけど、改めて言うわ。アタシの妹を助けてくれてありとう。そして、これからの事で話したいことがあるんだけど良いかい?」
「はい、俺で良ければ……」
「それじゃ、早速だけど、アンタは何者で何処から来たんだ? 正直、只の乗客には見えないんだよねぇ~」
「それは……」
俺は、彼女に自分の事を話すべきか迷っていた。
確かに彼女達の事は信用できると思う。
だが、それはあくまで主観であり、客観的に見た場合はどうか分からないのだ。
ローギウスの様子から察するに、自分が手にした得体の知れないアレが、悪とされる場合、下手をすれば、自分の命、若しくは彼女ら危険に巻き込む事になるかもしれないからだ。
「……話したくない理由でもあるのかい?」
(ここは素直に話すべきかも知れない)
俺は意を決して口を開く。
「……実は俺は、退役軍人だ。乗って居た客船が…恐らく嵐だと思うが沈んでしまってね。気が付いた時には、砂浜にいたのさ」
「成る程、それで乗ってた船は『セレスティア号』かい?」
「ああ、そうだ」
「そうなると、あの鎧の事も説明しておいた方が良いかも知れませんね」
「何か知っているのか?」
「あぁ、だけど詳しく知っているのは、今、食料を取りに行ってる二人とローギウス先生が知ってるぐらいだから、他言無用にしておいてくれないかな? まぁ、信じるかどうかは別として……」
「分かった……約束しよう」
「じゃあ、アタシが聞いた範囲で説明するよ」
エリナは、ゆっくりと語り始めた。
─── エリナの話は衝撃的な内容だった。