怯む心とクローバー ーside S
道路脇の雑草が朝露に光る。
今朝も私は通学路を歩いていた。
寝起きの頭はまだ少しぼんやりしているが、今日も部活の朝練がある。
昨晩は中々寝付けなかったのだ。
結局、どうしようどうしようと考えても答えは出ず。
なる様になるのではないか?
だって、OKしてくれたんだもの。
きっと良い方に進むに違いない。
そんな風に考えて、少し重たい通学カバンを抱え直して、また歩く。
ーーー
おはよー。といいながら部室に入ると、着替え中のやまちゃんが満面の笑みで「あ!さっちゃん!おはよ!」と声をかけてくれた。
部員の皆んなもそれぞれ挨拶を返してくれている。
ロッカーにカバンを入れて、私も一緒に着替えを始めた。
体操服は中に着てるから、ジャージを履いて制服を脱ぐだけ。
山ちゃんは先に着替え終わって、私の横を通り過ぎる時に、ニヒっと笑って「またあとでね!」といって校庭に向かった。
キャッチャーの防具を足にだけつけて、グローブを持って校庭に出ると、顧問が「集合ー!」と声を出したので、小走りで列に並ぶ。
顧問はそれぞれに練習の指示をだすと、初め!と言った。
全員で、はい!っと返事をしてそれぞれの練習を始める。
私はピッチャーのめぐちゃんと一緒に、肩慣らしのキャッチボールをした後、ピッチングの練習を始めた。
腰を落として、右膝を地面スレスレに倒す。
的になりやすい様に左手のグローブを開いて構えて。
「さっ来い!」
と一声、掛け声をだす。
めぐちゃんの体が前に倒れて、腕が大きく振りかぶられる。
そして、大きく一歩踏み出すと同時にボールが手から離れた。
ーバンッ!ー
真正面に飛んできた球をグローブで受けて、体の中心に引き込む。
右手でグローブの中のボールを掴みながら軽く立ち上がって、めぐちゃんにボールを投げ返した。
2回、3回、…5回、8回。
繰り返しピッチング練習をしていると、ふいにめぐちゃんが
「あ!ごめ!」と声を上げた。
めぐちゃんが投げ損ねた球は、地面を低く鋭くバウンドしてから右側に逸れる。
私は腰を浮かせて移動して、限界まで手を伸ばしてクローバーの生えた地面を踏みしめながら捕球した。
掴んだボールを確認して目線をあげると、体育館脇の通路を歩く宇知山君が目に入った。
あ。
手が止まって、目が奪われる。
胸がじわじわする。
宇知山君は、通学バックを肩にかけてバスケ部の部室をまっすぐ見て歩いて行った。
こっちなんて、全く見ないまま。
のどがぎゅっとする。
意識してくれるかも。なんてちょっと浮かれた気持ちがシュンとしぼんだ気がした。
一つ瞬きをしてから、無理やり出した明るい声で、めぐちゃんに「ドンマーイ!」と声をかけてからボールを返す。
踏み潰したクローバーが、スパイクの底を緑色に染めていた。
その日の放課後、山ちゃんにも相談してアドバイスを貰ったけれど。
怯んだわたしは勇気が出せずに結局なにもできないままに、その日を過ごした。
ーーーー
昨日は寝不足な上に、不安で寂しい気持ちがまとわりついてしまって疲れてしまったのか、家に帰ってすぐに眠ってしまった。
朝起きて、今日も学校に向かう。
宇知山に会えたらと言う期待と、もしかしたらあの告白の返事は何かの間違いだったのかもって不安がぐるぐるしてあっという間に時間が過ぎた。
3時間目の授業が終わって休憩時間。
机にひじをついてぼんやりとしていると、クラスの廊下を宇知山君が歩いているのが見えた。
胸がキュっとする。
ああ、好きだな。
また少し期待してしまって、でも、やっぱりコッチなんて全然気にしてない様子で通り過ぎたのを見て、少し俯いた。
告白する前と、変わらない。
わたしが宇知山君をただ見てるだけ。
そうだよな。わたしが宇知山君を好きなだけだもん。
宇知山君はOKしてくれたけど、別に私のことが好きだったってわけじゃないだろう。
仲良くなりたいなら、わたしから動かなきゃだよね。
好きになって貰いたいんなら。
だけども今日も私の勇気は縮こまってしまって、宇知山君に近づくことは出来なかった。