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第1話

「あれが例の屋敷かな」

 ようやくそれらしい建物を発見。一目でわかるボロボロ具合だ。こんな森の奥深くにあるお屋敷なんて滅多にないから、まず間違いなく村の人たちが話していたお屋敷だろう。ただちょっと話と違ったのは、村から意外と距離があったってことだ。昼前に終わらせようと思っていたのに、お昼を過ぎてしまった。

「ちょっと慎重に行った方がいいわね」

 リリが警戒する。

「そうだな」

 これまた村の人たちの話だと、魔物の数はそんなに多くないって話だか、実際に確認してるわけでもないので、話半分に聞いといた方がいいだろう。警戒しすぎて失敗することはない。

 ここテグラーノは、まだ魔王軍の侵攻を受けていない。だが、隣国であるマナリスは、今まさに侵略戦争の真っ只中だ。

(俺たちは義勇兵として援軍に向かってるところ)

 休憩のためたまたま立ち寄った村で、魔物の目撃情報を聞いた。侵攻を受けているマナリスに近い町―ルクテンに近い村ではあるが、魔王軍が攻めているのは国の北側で、南側はまだ被害はない。なので、マナリスを攻めているのとは関係ない魔物とは思うが、放っておくことはできない。今のところ被害がないとはいえ、いつどうなるかわからないのだ。

「隠れろ!」

 ゴールの声で、俺たち四人はすぐに近くの茂みにガサガサッと潜り込んだ。

「一匹いたぞ」

 ゴールは先頭を歩いていたので真っ先に気づいたようだ。それに、体はゴツいが目はいい。

「回ってみるか」

 ロットが提案する。まずは建物をグルッと一周してみて、様子を見ようってことだ。いきなり突入するほどバカじゃない。

「そうだな。出入り口がどこに何個あるかチェックしないとな」

 こういう時に大事なのは逃走経路の確保だ。ということで…


 ―偵察中―


 一周グルッと回ってきた。

 かなりの規模のお屋敷だという話は聞いてたけど、想像以上に大きかった。何十年も前にルクテンの商人が建てた別荘で、すぐに使われなくなり廃墟になっていたそうだ。そこに、数ヶ月前から魔物たちが棲みついた。

(何のために建てたんだか)

 こんな場所に建てるんだからだいぶ苦労したと思うが、まさかこんな使われ方をすることになるとは…

 そんなわけで、偵察の結果、出入り口は全部で三つだった。中でも見張りの魔物がいたのは正面だけだった。村からの道が繋がってる所だから一応警戒してるのだろう。

 ただ、後ろの出入り口もちょっと森の中を回り込めばすぐに到達できる。なので俺たちは、一番奥のドアから侵入を試みた。それぞれ武器を手に持ち、敵の襲撃に備えることも忘れない。

「……」

 ゴールが静かにドアを開ける。両開きのしっかりとした扉で、鍵はかかってなかった。ホントに油断してるのだろうか。

 中へ入ると、長く続く廊下に出た。四人が横一列に並べるくらいの幅がある廊下だ。明かりが全くないので、外からの光だけでは奥の方までは見えないが、様々な間隔で左右にいくつもドアがある。当然それらは全部お部屋だろう。

「メルサ」

 ドアを閉めると真っ暗なので、リリが凰術(おうじゅつ)で杖の先に明かりを灯す。自分たちの周りが何とか認識できる程度の控えめな明かりだ。

「ゴホッ、ゴホッ…」

 思わず咳が出た。ボロボロの外観に負けず劣らずのボロボロの内装。ホコリと蜘蛛の巣で全てが埋め尽くされてるって感じ。

「魔物だな…」

 俺はしゃがみ込み、そのホコリの上の足跡を見た。かなり行き来はあるようで、無数の足跡があるが、どれも魔物の足跡だ。

「行ってみるか」

 ゴールが体格に似合わない小さな声で言ってきた。とりあえず、すぐ手前にある部屋に入ってみることにした。この中に入ったと思われる足跡もあったので、十分用心してドアを開けた。

「はぁー…」

 思わずため息が出た。これまた大きな部屋だった。家具や調度品などはそのまま置かれてあり、現役の頃は光り輝いていて豪華だったんだろうなぁ…と思われる。何かあって夜逃げでもしたのだろうか。

「いないわね」

 リリの言うように、魔物の姿はなかった。怪しそうな物も特にない。

「な…」

 すると、別の場所へ移動しようと部屋から出たところで、魔物と鉢合わせしてしまった。相手は獣人タイプで、二匹いた。軽い防具を身につけ、長剣を携帯していた。

「ゴール!」

 俺はゴールに目で合図を送った。右をやるから左は任せると。廊下とはいえ戦うのに不自由しない広さがある。二人ともうまく立ち回り、存分に力を発揮できた。

 それに対し魔物たちは完全に不意をつかれた形となってしまい、武器をを使うことなく斬り倒されてしまった。

(……)

 騒動を聞きつけ仲間が援軍にやってこないか警戒したが、あいにくそんなことにはならなかった。魔物がいることは確かだが、数が少ないことも確かだ。

「ちょっと焦ったな」

 ゴールが苦笑いを浮かべる。

 魔物は夜目がきくので、明かりなしでこの屋敷をうろつける。こっちはロットの明かりがあったから、まだ戦えたが、暗闇の中だったらホントに危なかっただろう。

「ちょっと先に進もう」

 俺は三人に言った。部屋を一つずつ見ていたらキリがない。その度に戦いになっても大変だ。

 というわけで俺たちはその後、どの部屋にも入らず奥に進んでみた。すると、上に向かう階段があった。高さもある建物だから、2階、3階があってもおかしくはない。

「どうする?」

 ゴールが意見を求めてくる。上に行ってみるかどうかだ。

「とりあえず1階を調べてみて、何もなければ上を調べればいいんじゃないか」

 ロットが冷静に意見を述べる。

「そうだな」

 何事も順序がある。1を飛ばして2に行ってはダメだ。俺たちは階段を通り過ぎて先へ進んだ。

「ありゃ?」

 すると、下に向かう階段もあった。

「どうする?」

 ゴールが意見を求めてくる。なぜか半笑いだ。

(……)

「……」

 俺とリリは固く口を閉ざした。

「わかったよ…」

 そう、ここもロットの出番だ。

「下から調べるか」

 何事も順序がある。−1を飛ばして1に行ってはダメだ。俺たちはゴールを先頭に、階段をゆっくり降りていった。 


 下に降りると、割と大きな部屋に出た。上の階と雰囲気が変わり、壁も床も石造りになっていて、倉庫のような感じだった。木製の棚や机などがいくつか置かれてある。

 やっぱり魔物の姿はないので、どういう部屋かザッと見てみることにした。リリが明かりの数を増やす。

(!)

 そこで大発見。机の上に箱が何個か乗っていたので何気なく覗いてみたら、中にとんでもない物が大量に入っていた。

「魔石だぞ、スゴい数だ」

 俺はみんなを呼び寄せた。

「何だこれ?」

 ゴールが訝しがる。

 魔石とは、魔物の素となる物質だ。恐らくだが、魔物とは、魔王の魔力により魔石から作り出された生き物だ。

(ハッキリとしたことはまだわかってない)

 だが事実、魔物を倒すと体はチリとなって消え去り、この魔石が残される。さっき倒した二匹も最後は魔石になり、ちゃんと回収した。必ず一匹につき魔石一個だか、魔物のレベルによって大きさが異なる。強力な魔物ほど魔石も大きい。

 そう、この魔石が今、大変なことになっているのだ。

 石と呼ばれているが、ホントに石かどうかもわからない。ただ、見た目は宝石のような感じで、黒く怪しげに輝く姿が人々の興味を惹きつけている。加工も簡単にできるらしく、装飾品としても人気を集め始めている。

 さらに、魔石というだけあって、魔力も帯びている。魔物はロットの鳳術(ほうじゅつ)やリリの凰術のような力を使うことはない。その代わり魔力を使った魔術と呼ばれるドス黒い力を使う。厄介な力なので戦う時は鬱陶しいが、魔石になってしまえば魔力も役に立つ。

 魔力を鳳凰力に変換する技術が開発されたことが大きかった。その技術は今でも進歩し続けている。

 鳳凰術を使えない者が鳳凰術を使えるようになる道具は元々あった。特殊な技法で鳳凰力を道具に込めることで鳳凰術を発動できるようになるのだが、作るのに大変手間がかかる。しかもこれには回数制限があり、鳳凰力が尽きるとただの物になってしまう。もう一度鳳凰術を使えるようにするためには、また鳳凰力を込める作業をしなければならないが、面倒くさくてそんなことわざわざする人はいない。

(使いきりの道具ってわけ)

 その問題を、魔石を使用することで解決してしまった。

 道具に魔石を取り付け、その魔力を鳳凰力に変換して鳳凰術を使えるようにした。これも何度か使用すると魔力が尽きて鳳凰術を使えなくなるが、魔石を交換することでまた鳳凰術を使えるようになる。

 ロットとリリの身に付けている指輪やネックレスがそれだ。二人のは、自分の鳳凰力がなくなってきた時にそれを補う回復系の道具で、魔石を交換すればずっと使い続けられる。

 ―というようなことを、ここに来る前、村人たちに講義した。

 魔王軍の侵略が始まってから10年近く経ち、以前とは違う様々な物事が常識になってきたが、こういった辺境の村にはまだ細かい情報が届いていない。

 というわけで、魔石とは大変貴重な物なのだ。それが魔物の住むお屋敷に大量にあるのは一体…

「魔物も魔石を回収するのか?」

 ゴールが素朴な疑問を口にする。そんな話、今まで聞いたことがない。

 人間にとってはいろいろと価値があるので、魔石を見かけたら入手せずにはいられないだろう。俺らにとっても旅を続けていくための大事な収入源になっている。魔物を倒してお金も手に入れて、まさに一石二鳥だ。

 ただ、魔物にとってはどういう存在なんだろうか。仲間の形見みたいに思って、拾うようにしてるのだろうか。

「これって、魔物になったあとの魔石かしら…もしかしたら、これからこれを使って魔物を作るんじゃない?」

 リリが思わぬことを言い出す。

「魔界からここに持ってきたってことか?」

 それを聞き思わず詰め寄るゴール。

 魔石はこちらにはない物質なので、魔界から運び込まれているというのが定説だ。だが、どこからどのように運ばれてくるかなんて、考えたこともなかった。

「もしそうだとしたら、今度はこれを魔王の所に運ぶのかもしれないぞ」

 ロットも思わぬことを言い出す。

 魔石を魔物にできるのは魔王だけという噂だ。それから考えると、この魔石が魔王の元に届けられる可能性は十分ありえる。

「でも、ワカダリアまで相当遠いぞ」

 俺も発言した。

 魔王軍が最初に侵略した国だ。魔王はそこを根城とし、周りの国々を攻め滅ぼしている。

「そうよね。魔界から持ってくるにしても、わざわざこんな所から運ばないでしょ」

 言い出しっぺがそんなことを言い出す。よく考えたら変ってことだ。

「どこからでも魔界に繋がるとは限らないぞ。たまたまここが魔界に繋がって、魔石を運び出してるのかもしれない」

 ロットが反論する。

 魔王がこの世界にやって来たように、魔界とこっちの世界を繋ぐ何かがあると考えられている。

(扉なのか穴なのか何なのか…)

 もしくは魔術なのか。

 凰術の高難易度の術に、瞬間移動の術がある。ただ、どこにでも行けるわけではなく、一度でも行ったことのある場所に限られている。地図で位置がわかるとか、風景画で見たことがある、ではダメ。

 で、これの究極バージョンが、違う世界にも行けてしまう術じゃないかという話だ。魔王レベルになるとそれぐらいできちゃいそう。魔術が、どういうこができるのかいまいちわかってないっていうのもあるけど。

 ちなみに、鳳術が攻撃系で凰術が回復系っていう一般的な分け方は、間違いではないが完璧な答えではない。鳳凰術にはそれ以外の効果がある術もあり、それらはほぼ凰術だ。なので分けるとしたら、鳳術が攻撃系で凰術が回復・その他系になる。

(だから瞬間移動の術が凰術なわけ)

 そういう話も村人に講義した。身近に鳳凰術師がいないと、知ることのない話だ。

「どっちにしろ、この魔石はどうするよ」

 ゴールがみんなに問いかけてくる。

「俺らだって簡単には運べないしな」

 量が多すぎる。嬉しい悲鳴ではあるが。

「村の人たちにも手伝ってもらうか」

 ロットが言う。それが一番いい考えだ。

「ねぇ、あそこにも扉があるわよ」

 その時、リリがふと言い出した。

「ホントだ」

 この部屋が結構大きかったからあまり気にしてなかったが、まだ奥にも部屋があったようだ。

「もっと保管してあるかもしれないぞ」

 ゴールがそう言ってその扉を開ける。何が潜んでいるかわからないから、念のため警戒する。

「何だぁ?」

 その部屋は最初から明るかった。なぜなら、床が光り輝いているからだ。

「魔法陣?」

 リリが何かに気がついた。

 確かに、床全体が光っているわけではなく、床に描かれた何かの形が光っていた。

 部屋の大きさは前の部屋と同じくらい。こっちには物が何も置かれていないのでその分広く感じる。やっぱり壁や床は石造りだった。他に扉はないので、地下は手前の部屋とこの部屋のニ部屋ってことだ。

「何か儀式でもやるつもりなのか?」

 ロットがしゃがみ込み、魔法陣らしきものを注意深く観察する。ただ何があるかわからないので、触れることはしない。

 白い輝きを放つ謎の魔法陣は、床一面に描かれているかなり大掛かりなもので、巨大な円形の中にいろいろと複雑な模様が書き込まれている。

「これが魔界に繋がってるのかしら」

 リリの言葉はみんなが考えている選択肢の一つだ。

「もしくは、魔王の所に繋がってるか」

 ロットが立ち上がり、もう一つの選択肢を出す。

 可能性としてはどちらかだと思う。全然別のものとは思えない。

「これ、足で踏んだ瞬間、パッと消えちゃうのか?」

 ゴールはちょっと興奮しているが、わからなくもない。

「そんな簡単なものじゃないだろうけど、へたしたら消えっぱなしってこともあり得るぞ」

 ロットが脅してくる。

「罠かもしれないってことか」

「俺らにとってはな。魔物しか使えない可能性もある」

 何にしても、今ここで俺たちがどうこうできる代物ではない。魔王とは繋がりがありそうなので、確保しておくことは大事だ。あの村だと荷が重いので、ルクテンに頼んでもいいだろう。

 ガタッ…

 その時、手前の部屋から物音が聞こえてきた。

(!)

 扉は開けっぱなしだったが、暗くて何かはよく見えない。しかし、気配で何者かがいることはわかった。

「リリ!」

 俺は仲間の凰術師に声をかけた。

「ハバス」

 リリはそれに応え、何者かがいる手前の部屋に向け明かりの術を放った。その途端、隣の部屋が一気に明るくなった。一瞬眩しくて目を閉じたが、すぐにカッと見開き、何者かの姿を確認した。

「デカい…」

 やっぱり魔物だった。魔人タイプで数は一匹だけ。ただ、今まで遭遇したことのない大きさだった。190あるゴールより頭三つ分くらい上背があり、高いはずの天井がそんなでもない感じに見える。

 いかにも手作りっぽい粗末な甲冑を身につけ、手に持っているのは木製の棍棒だ。大して殺傷能力がなさそうな武器だが、こいつが装備するとものスゴい破壊力を生み出しそう。

「いくぞ!」

 見逃してはくれなさそうなので、やるしかない。

 俺とゴールは左右に分かれた。同時に攻撃を仕掛ける作戦だ。

「マグリス」

 そんな俺たちに、リリが防御の凰術をかける。あの魔物相手にどれだけ効果があるか…

「バクカ!」

 ボガンッ!

 さらにロットが呪文を唱え、火の玉を魔物の顔面に炸裂させる。先制攻撃だ。

(よしっ!)

 少しは効き目があったか、よろける魔物。その隙を見逃さず、俺とゴールが挟み込んで斬りかかる。俺は左脚、ゴールは右腕だ。

 ガキィン!

(硬っ…)

 防具に覆われてない部分を狙ったが、それでも信じられない硬さだった。まるで鉄の塊だ。剛腕のゴールの一撃も、まったく意に介してない。

 バチバチィ…

(ん?)

 すると、魔物の体に起きた異変に気がついた。体の周囲を黒光りする小さな電気が走っている。

「こいつ、魔術を使うぞ!」

 俺はみんなに警告した。

 バリバリバリバリッ!

 と同時に、強烈な電撃が魔物から発せられた。

「ぐわぁ…」

 凄まじい衝撃に襲われ、後ろへ弾き飛ばされた。体の中までダメージを受けるヤバい攻撃だ。

 ドゴンッ!

 電撃にかろうじて耐え、ふらつきながら立っていたゴールに容赦なく棍棒のフルスイングを見舞う魔物。

 ガタッ…ガタンッ…

 棚に突っ込み、ゴールはその下敷きになってしまった。

 さらに魔物はロットの元へ行き、棍棒を両手で振り上げる。

「逃げろ…」

 叫んでるつもりだが声が出ない。

 ゴンッ!

 棍棒が振り下ろされた。防具も軽く、凰術の加護もないロットがまともに奴の攻撃をくらったらメチャクチャ危険だ。

 魔物は次にリリの元へ向かった。

(これ以上はダメだ…)

 俺は力を振り絞り、起き上がろうとした。今動けるのは俺しかいない。リリを助けなければ…

 魔物がまた棍棒を振り上げる。その真下にはリリが横たわっている。

「リリ…」

 その時、奥の部屋から白い光が溢れ出てきた。俺はちょうどその向きに倒れていたので、その様子がよく見えた。

(何だ?…)

 光が収まったあと、今度は白い煙がモクモク湧き出してくる。かなりの量だ。あの部屋には魔法陣があるだけのはず。一体何が起こったのか…

 魔物も気になったのか、攻撃の手を止め、奥の部屋の入り口へ向かう。ひとまずリリは助かったようだ。だがさっきからピクリともしないので、気を失っているのだろう。

(!)

 なかなか引く気配のない白い煙の中から、さらに槍の先のような物が飛び出てきた。部屋の中に何かがいるということなんだろうか…

 次々起こる謎の現象に、もはや俺の頭はついていけなかった。 


 セクター4の作業員を解放した私たちは、クレールたちと分かれて中央のコントロールセンターに向かって走っていた。元々の計画にはなかったけど、逃げる人たちになるべく注意がいかないよう時間稼ぎをすることにした。

(作戦はほぼ完了したようなもんだしね)

 そこら中から爆発音が聞こえてくる。かなりの機械を破壊できたと思う。これでここはもう採掘場としての機能は失われた。微々たるもんだけど、こういうことの積み重ねが大事だ。

「あの建物がコントロールセンターでいいんでしょう?」

 私は(アール)に確認した。外に出た時、空がもう明るくなり始めててビックリしたけど、そんな朝焼けの空をバックに一際大きな建物が目の前にそびえ立っている。

「そうです」

 Rが簡潔に答える。

 私たちは別に、建物を破壊しようとしてるわけではない。心臓部を襲われたら、散らばっている連中も集まってきて、その他の警備が薄くなることを狙っている。なので、ひと暴れしたらさっさと逃げ帰るつもり。この四人だけだったら、ヴィーラーの凰術で瞬間移動できる。

(だからクレールたちとも分かれたってわけ)

 あの二人が一緒だと、逆にみんなで逃げ出すのが難しくなる。

「入り口がもう固められてるぞ」

 私とディフェンの上を飛んでいるヴィーラーが言ってくる。確かによく見ると、建物の前に警備マシンがウジャウジャいた。射程距離内に私たちが入ったら、一斉にビームを撃ってくるだろう。

「キャスタ、お願い」

 そうなる前に先制攻撃だ。まだまだ元気な鳳術師にリクエストした。

「ナルム」

 空飛ぶキャスタが上から呪文を唱えると、

 ボガァーン!

 警備マシンたちの真ん中で大爆発が起こる。全壊、半壊するマシンがたくさん出た。

 その中にまずはディフェンが飛び込んでいく。生き残ったマシンがビームで応戦してくるが、全身プロテクターで覆われ、凰術のバリアにも包まれているディフェンはそんなの気にしない。ビームをガンガンくらいながらも、得意の槍でマシンを蹴散らしていく。

 私はそのあとに続き、シールドもうまく使いながらビーム攻撃を交わし、確実に一体ずつマシンを仕留めていく。

 飛行タイプのマシンも何体かあったけど、それはキャスタに任せた。どっちにしろ、私じゃ剣先も届かない。

 で、入り口前は何とかスッキリできた。援軍が来ることを望んでいるが、ここで戦闘を繰り広げるのも大変なので、ひとまず建物の中に入ることにした。

「あれ、開かない」

 扉のスイッチに触れたけど、反応がなかった。当たり前だけど、ロックされてた。

「ヴィーラー、お願い」

 私は凰術師に場所を譲った。

「バラット」

 ヴィーラーが呪文を唱える。鍵のかかった扉を開けられる凰術だ。まさかこっちの世界でこんなに役立つとは思わなかった。コンピュータで制御された鍵でも開けられちゃう。

 ヴィーラーのおかげで扉が開き、私たちは中へ入った。

 当然、中も警備マシンでいっぱい。そして、私たちを温かく迎え入れてくれた。ビームの一斉射撃で…


 ―戦闘中―


「エイリアンたちが一人もいないな」

 マシンを殲滅したあと、ヴィーラーがつぶやく。

 確かに、現場の方を襲撃した時は、エイリアンの警備兵もいた。モンスターの姿もあり、必死に抵抗してきた。それがいつの間にか姿を見かけなくなった。

 (ここまでボコボコにされたら、逃げ出したくもなるか)

 マシンを残して自分たちはさっさと出ていっちゃったのかもしれない。マシンたちはただ命令に従い、最後までただガンバるだけ。

(いい迷惑)

 この子たちもさっさと逃げ出せばいいのに…

 床に散らばる破片の山を見ながら思った。戦わなくて済むならそれに越したことはない。

 高性能のマシンになると、自分でいろいろ考えて行動したりするけど、この辺の警備マシンは命令に従うだけだろう。

「どんな感じかちょっと見たら、私たちも逃げましょう」

 キャスタが言ってくる。長居は無用ってわけ。

「R、何かある?」

 私は漠然とした質問を投げかけた。もう既にここのコンピュータにはアクセスしてるはずなので、何か情報を掴んでいるに違いない。

「確かに、誰も何も操作していないので、エイリアンはいないと思われます。いろいろとデータが抜き取られた痕跡もあり、持ち去ったのでしょう。ここはこの施設をコントロールするだけの場所なので、この施設が稼働不可能となればコントロールセンターの意味はなく、破棄されたものと思われます」

 Rがいつもの調子で答える。

「何もないわけね」

 まぁ、これ以上の成果は特に望んでいない。一番の目標はもう果たされたんだから。

「一部屋だけ、セキュリティレベルが異様に高い部屋があります。地下3階にある部屋です」

 すると、Rがそんなことを付け足した。

「異様に高いって…どんな部屋なんだ?」

 ヴィーラーもやっぱり引っかかった。

「わかりません。アクセス不可能で、この部屋に関する情報は一切ありません」

(……)

 みんな顔を見合わせた。

「行ってみるか」

 ヴィーラーが発言し、他三人は無言でうなずいた。

「そこにはどうやって行くの?」

 私はRに聞いた。

「それにはまず―」

 そして、セキュリティレベルの異様に高い部屋に向かった。


 エレベーターで地下3階まで移動し、10分ほどウロチョロして例の部屋の前まで来た。Rの言うセキュリティレベルが異様に高い部屋だ。

 来る途中、警備マシンの襲撃を何度か受けたがすべて退けた。数は多いが性能は大したことないので、ミスを犯さなければ簡単に切り抜けられる。

「大丈夫そう?」

 アタカが聞いてくる。

「やってみなきゃわからかん」

 セキュリティレベルが異様に高いというので、ドアが開けられるか心配なのだろう。そもそも、電子ロック式のドアに鳳術が効くこと自体、よくわかってない。Rも、理解不能としきりに主張してた。つまり、開けられる時は開けられるし、無理な時は無理ってことだ。

(さて―)

 手をかざすかカードなんかを使って開けるタイプの両開きのドアだが、見た目は他のとそんなに違いはない。一体この部屋が何だっていうのだろうか…

「タンデル」

 俺は開錠の鳳術を使った。

 ピピッ…ピピピ…ピピッ…

 電子音が鳴り、

 バッ…シュー…

 ゆっくりと扉が開く。すると、

 ビー…ビー…ビー…ビー…

「な、何だぁ…」

 警告音がけたたましく鳴り響き、

「侵入者あり!侵入者あり!侵入者あり!…」

 警戒アナウンスまでやかましく流れてきた。さらに、

 バシュン!

「あ…」

 開いた扉の先に、第二の扉が現れガッチリ閉まってしまった。

「こういう感じね」

 キャスタが冷静に言う。これが、セキュリティレベルが異様に高いってことらしい。

 警備マシンはすべて倒してしまったのか、特に駆けつけてくるものはなかった。

 ビー…ビー…ビー…ビー…

 ただ、この音がいつまで経ってもやまない。

「R、何とかならないの?」

 アタカが停止方法を聞くが、

「セキュリティシステムを解除しなければ音を止めることはできません。システムを解除するには、おそらく総合管理室に行って操作する必要がありますが、権限を持った者にしか解除できないようになっていると思われます」

「あ、そう」

 要するに止められないみたいだ。侵入者ありのアナウンスの方はいつの間にか止まってた。

 ビー…ビー…ビー…ビー…

 しばらく我慢するしかない。

 コンコンッ…コンッ…コンッ…

 ディフェンが新しく出てきた扉を軽くノックしている。

「どうだ?」

 どんな感じかチェックしていたのだろう。破壊可能かどうか。

「何とかなりそうだ」

 そう言いながら後ろに下がるディフェン。他三人はそれよりさらに後ろに下がった。

 ディフェンが無理そうならあとはキャスタに頼るしかないが、鳳術だと損害がデカそうなので、是非ともディフェンにやってもらいたい。

「……」

 槍を構えると、集中力を高めていく。そうすることで龍気(ろき)も高まっていく。そして、龍気を高めていくと、全身が緑色のオーラで包まれる。全身緑色のオーラに包まれることで、攻撃力や防御力、身体能力が飛躍的にアップする。

 鳳凰術とはまた違った力だ。鳳凰術が外の力を利用するのに対し、龍気は内なる力を行使する。

 今でこそディフェンも龍気をだいぶ使いこなせるようになったけど、それもこっちに来て激戦を潜り抜けてきた成果だ。最近ではアタカも使えるようになってきた。

(ちなみに、鳳術は赤、凰術は青いオーラを身にまとう)

 こっちに来てわかったことだが、龍気も鳳凰術も失われた惑星―ホビルに伝わる不思議な力に似ているらしい。四大精霊がエイリアンたちによって消滅させられ、人が住めない枯れた星になったのと同時にその不思議な力も失ってしまった。

 ディフェンの体が完全に龍気に包まれた。

「はっ!」

 気合いの声を上げると、ディフェンが扉に襲いかかった。素早い槍さばきで縦横無尽に斬りつける。そして一旦引いて構え直すと、

「でいやぁ!」

 右手一本で槍を前に突き出し、体ごと扉に飛び込んでいった。

 ドガンッ!

 次の瞬間、扉が一気に砕け散り、ディフェンの姿が部屋の中へ消えた。

「すごーい」

 歓声を上げるアタカ。さすがにアタカもまだここまではできないだろう。

 扉もそれなりに頑丈な物だったかもしれないが、ディフェンの槍とアタカの剣は特別製だ。そこに龍気のパワーとディフェンの腕前がプラスされるので、強力な一撃になったのだ。

 ガラガラ…ガラ…

 破片の山を踏みながら、ディフェンが部屋の中からゆっくりと出てきた。

「ゲートがあるぞ」

 で、ボソッと一言。

「何ぃ!?」

 セキュリティレベルが異様に高い意味がわかった。

 ビー…ビー…ビー…ビー… 


 マジカルゲート―

 向こうでは魔法陣と呼び、様々な儀式に使われていた。こちらのも見た目は同じようなもので、大きな円形の中に複雑な幾何学模様が描かれ、それが白く光り輝いている。ただ、こっちにはこの1種類しかないらしい。

 私たちはそのゲートを通ってこの世界にやって来た。意図せずして。

 こっちに来る前はいろんなことがあったけど、それはもうどうでもいいこと。今は、今ここでやるべきことをやるだけ。そう覚悟を決めていた。

(……)

 ただ、いざゲートを目の前にすると、様々な感情が湧き上がってくる。

「これを秘密にしてたってことか」

 ヴィーラーの言うように、ここへの侵入を防ぐため、入り口が厳重だったようだ。さっきまでのあれが、ちゃんとすべて機能していたら、確かにここに入るのは難しいだろう。

(そういえば…)

 ビービーうるさい警報がいつの間にか止まっていた。さすがに時間切れにでもなったのかもしれない。

「どうする?」

 アタカが私の方を見る。

「どうするって…」

 久しぶりに見たけど、これが何なのかは十分わかっている。最初の頃はこれを探すのが一番の目的でもあり、何個も見つけた。

 とにかくシンプルな代物で、これを利用すれば別の場所へ一瞬で移動できる。スゴい物になると、別の世界へ行けてしまう。

 けど、誰もが簡単に扱える物でもない。ちゃんと作った人の許可がいる。だから、これまで見つけたゲートの95%は起動できずに終わった。で、4%はすぐ近くに移動するだけ。残り1%―というか、一回だけ、未だにどこだったかわからないとんでもない所に移動してしまった。ヴィーラーが瞬間移動の凰術を使って逃げ出さなかったら、あの場で全滅してた。

 逆にいうと、瞬間移動なんていう高レベルの凰術をマスターするきっかけにもなったので、あとあと考えればいい経験だったかもしれない。

(この意見は私だけ)

 死にそうになったアタカたちにはトラウマ級の思い出になってる。

 そのゲートが、今目の前にある。

「ここの奴ら、これで逃げたか?」

 ゲートを警戒しながらヴィーラーが言う。起動してる場合、踏むだけで移動してしまう。そして、起動してるかどうかは見た目では判断できない。

「それはあり得るわね」

 基本、ゲートはエイリアンたちにしか使えない。Rにも無理だし、鳳凰術でも無理。じゃあ、移動できたのはなぜ?ってことになるけど、答えは簡単で―エイリアンたちが起動して使おうと思ってたところ、横から割り込んだってわけ。

「ってことは、どっかエイリアンたちの本部みたいな所に繋がってるってこと?」

 そう言いながら、アタカもゲートの方をチラチラ見て警戒してる。

「今爆発炎上中の、その辺の建物かもしれないわよ」

 必ずしも遠い所と繋がっているとは限らない。自分たちで破壊した建物の下敷きになったら、こいつら何してたんだ?ってなっちゃう。

 ボガーンッ!

 と、その時、上の方で大きな爆発音がして、部屋全体がグラッと揺れた。

「え?ここ爆発してんの?」

 動揺するアタカ。確かにそんな感じだ。

 この部屋に来るまで警備マシンと何回かバトルを繰り広げたけど、周りに被害が出るような派手な戦いはしていないはず。

 その後も爆発音が立て続けにあり、その度に大きく揺れた。

「R、何かあったの?」

 アタカが慌てて確認する。

「上で何が起きているかはわかりません。しかし、この振動から考えると、この建物が崩壊し始めていることは間違いないと思われます」

「崩壊!?」

 Rの回答に、ビックリ仰天のアタカ。

 直接じゃなくても何かちょっとした物を破壊してしまい、そこから火がついて一気に燃え広がってしまったってことだろうか。中途半端にダメージを与えた警備マシンもあったから、それが何かやらかしたかもしれない。どっちにしろ、厄介な事態になってしまった。

「どうする、試しに乗ってみるか?」

 すると、ヴィーラーがそう提案してきた。私も考えていた。

「どこ行ったって、戻ろうと思えばすぐ戻れるからな」

 自信たっぷりのヴィーラー。瞬間移動の術は確かにスゴい。元の世界でも使える凰術師はほとんどいないと思う。

「行こう。ここにいても、生き埋めになっちゃうだけだし」

 リーダーであるアタカがそう決断し、一番にゲートの中に進み出た。

 すると、ゲートの光が強くなった。アタカに反応した。

「起動してるよ、これ」

 ゲートの中のアタカが言うが、みんなもわかっている。

 なので、私たちも急いでゲートの中に入った。発動するまで少し時間があるけど、乗り遅れると取り残されてしまう。

「どこ行くんだろ」

 心配なような楽しみなようなアタカ。

「すぐ動ける準備はしとけよ」

 ヴィーラーは警戒している。あまりいい方には考えていないみたい。

(!)

 光はますます強くなってきて、私たちの体を飲み込もうとする。そして光にすべてが包まれた瞬間、ものスゴい勢いで真上に引っ張られる感覚に襲われた。


 上に飛んだ感覚があったあと、今度は下に落っこちる感覚があり、さらに思いっきり地面に叩きつけられる感覚があった。

(もうメチャクチャ…)

 それがゲートを使っての移動であり、元いた場所とは違う場所に一瞬でやって来た。

「ゴホッ…ゴホッ…」

 出発する時はないけど、到着した時は何故か大量の煙が出てくる。

「みんな大丈夫か…」

 ヴィーラーの声がするけど、煙で姿は見えない。

「何とかね」

 私は答えた。

 どこか部屋の中のようで、壁は見えないけど天井は見える。明かりも付いてないので、ゲートの放つ下からの光が頼りだ。

「こっちに別の部屋がありそうよ」

 キャスタの声が聞こえてきた。煙も少し引いてきたのか、みんなの姿が薄っすらと見えてきた。

「行ってみるか」

 ディフェンも無事みたい。いつものように先頭に立って進もうとしてる。

「そうね」

 私はそれに続いた。早くこの煙の中から脱出したい。

 その煙も、そこが唯一の逃げ道なのか―隣の部屋への入り口に殺到している。なので、煙と一緒に隣の部屋に出た。

(!)

 こっちの部屋は明かりがあり、中の様子がわかった。でも、状況はよくわからない。

「モンスターか」

 ゲートの部屋から出てきたヴィーラーが指摘するように、部屋の真ん中にデッカいモンスターがいた。恐らく巨人タイプで、中でも小さめのヤツだと思われる。

 そして、床に横たわっている人が何人かいた。

「ヴィーラー、倒れてる人を保護して!ディフェン、キャスタはあのデカいのを!」

 私はすぐに指示を出し、自分も動いた。何となくヤバいことが起こってる感じがする。早く対処しないマズい。

 私も倒れてる人の保護に回ることにした。あのモンスターなら、ディフェンとキャスタで十分だ。

 ヴィーラーは、一番近くにいる人の元へ向かった。その人はまだ意識がありそうで、癒しの凰術ですぐ回復しそう。

 あと、モンスターの足元にも1人倒れていたけど、ディフェンとキャスタがうまく誘導して引き離してくれた。その人もまだ意識がありそう。

 問題は部屋の真ん中に倒れてる人だ。私はその人の元へ向かった。さっきからピクリとも動かない。

「大丈夫ですか!」

 私は膝を付いて座り、大きな声で呼びかけた。男の人のようだ。鼻と口から大量の血が流れ出ている。

「あ…」

 わずかに頭が動いた。まだ生きている。

「ヴィーラー、こっち!」

 私はヴィーラーを呼んだ。ちょうど1人目の人の回復が終わったところで、急いでこっちに飛んでくる。とりあえず、生きていればヴィーラーが何とかしてくれる。

(あの人も大丈夫そう…)

 モンスターの足元にいた人も、キャスタがディフェンを援護しつつ様子を見ている。

(3人だけかしら…)

 私は立ち上がり、部屋の中を見回した。隣では、駆け付けたヴィーラーが回復の術を施している。

「あれは…」

 部屋の奥の方に棚が折り重なって倒れていたが、そこに人の脚が見えた。埋もれてしまっている感じだ。

「次はあの人をお願い。私はもう1人の人を見てくる」

 キャスタが保護してる人の方を指さしながら、私は棚に埋まってる人の方へ向かった。モンスターの攻撃を受け、吹っ飛ばされたのかもしれない。それぐらいのパワーはありそう。

 でも、ディフェンなら対抗できると思う。実際、優位に戦いを進めている。キャスタの援護もあるけど。

「大丈夫ですか!」

 私にも棚をどけるくらいの力はあるので、埋まっている人を掘り起こした。

「うぅ…」

 この人も男の人だった。意識はある。体も大きく、戦士風の装備をしているので、ディフェン並みに頑丈そう。

「ヴィーラー、こっち!」

 私はまた頼れる凰術師を呼んだ。

 結果、この部屋にいたのは4人で、全員助けることができた。ここに来るのが少しでも遅かったら、何人かはダメだったかもしれない。

「あっちも大丈夫そうだな」

 戦士風の男の人を回復し終えたヴィーラーがそう声をかけてくる。ディフェンがモンスターにとどめを刺そうとしているところだ。

「で、ここどこなの?R」

 ようやく落ち着いたので、私は改めて確認した。来てそうそう一大事だったのでちょっと忘れそうになったけど、私たちも問題を抱えていた。

「わかりません。ネットワークに接続できず、新しい情報が何一つ入手できない状況です。こんなことは初めてです」

「はぁ!?」

 予想外の答えに、思わず変な声が出てしまった。

「ネットワークに接続できないってどういうこと?ここがかなり特殊な場所ってこと?」

 一仕事終えたキャスタがこっちにフワッと飛んできた。ディフェンはさすがに疲れたのか、ゆっくり歩いて向かってくる。

「ネットワークに接続できなくなる理由はいろいろとありますが、今回のはそれとは次元の違う話です。ここは、特殊な場所というよりも、あり得ない場所です」

「あり得ない場所ってどういうことだよ」

 ヴィーラーが詰め寄る。

「考えられるのは、別の世界です」

 Rが簡潔に答える。

「はぁ!?」

 4人全員、変な声になった。 とんでもないことになった。


「もしかして、元の世界に戻ったのか?」

 俺はみんなにも意見を求めた。

「そういうことなの?」

 と、アタカ。

「かもしれないってことね」

 と、キャスタ。

「……」

 こいつはいつも通り。

 確実なのはここの人間にこの世界のことを聞くことだが、この場にいる者に今は聞くことができない。回復はしたが、まだ安静にしておいた方がいいので4人とも眠らせた。

「もしそうなら、ここのゲートでいつでも行ったり来たりできるってことじゃん」

 アタカがスゴいこと閃いたって顔をする。

(!)

 だが俺は逆に、ヤバい閃きがした。

 確かめるため、俺は隣の部屋へ急いで飛んだ。

「やっぱそうか…」

 部屋は真っ暗。さっきまであったはずの物がなくなっていた。跡形もなく。

「どうしたの?」

 3人もこっちへやって来る。

「あ!ゲートは!?」

 目を丸くするアタカ。

「これって…」

 何か察した感じのキャスタ。

「……」

 こいつは相変わらず。

 ゲートだけしかなかった部屋のゲートがなくなり、ただの何でもない空き部屋になってしまった。

「向こうのゲートが壊れたのね」

 さすがにキャスタはすぐに理解したようだ。

「たぶんそういうことだろうな」

 ゲートは二つで一つ。出口がなければ入り口もなくなる。

 ここに来る前、あっちで建物の崩壊が始まっていた。ゲートを使ったのは、それから逃げるためでもあった。そしてその後建物が崩壊し、それに巻き込まれゲートが壊れたに違いない。だからこっちのゲートも消滅してしまった。

「戻れなくなっちゃったじゃん」

 アタカが少し寂しそうに言う。が、

「こっちに戻ることが目的だったろう」

 あえて俺はそう言い返した。俺たちは元々こっちの人間だ。こっちにいるのが本来の姿だ。

「まだここが元の世界かどうかわからないけどね」

 キャスタが冷静に言う。

「まぁな。まずはそれを確かめないとな」

 間違いないとは思うが、確認は必要だ。

「クレールたち心配するかな」

 アタカが呟く。残してきた仲間たちのことだ。

 今回の作戦が成功したら、次の作戦があった。そして作戦は成功した。

「私たちがいなくてもうまくやるわよ」

 キャスタの言うように、俺ら4人が抜けただけで戦力が大幅にダウンするわけではない。みんなやってくれると思う。

 ただ、一緒に参加して力を貸してあげたかったという思いもある。ここまでともに苦労した仲間なのだ。大事な時に何もできないのは正直悔しい。

「R、みんなとは連絡取れないの?」

 無理とわかっていても聞かずにはいられないアタカ。

「残念ですが、世界が違います」

 キッパリ否定のR。

「向こうもこっちに連絡が取れないってことだ…」

 そういうことだ。クレールたちとは例の場所で落ち合う約束をして別れた。いつまで経っても現れなかったらどう思うだろうか。

(まさか別の世界にいるなんてな…)

 想像もしてないだろう。

 俺たちが違う世界から来たということは、みんなの中にも広く知れ渡っている。そして帰りたがってたことも。

 とはいえ、このタイミングで帰るとは思わないだろう。

「今頃、建物の崩壊に巻き込まれて4人とも死んじゃったって思われてるんじゃない」

 キャスタがサラッと言う。確かにそう思われても仕方がない状況だ。

「そんな死に方やだ。もっとカッコよく死にたい」

 自分の死に方についてブーたれるアタカ。

「そのうちまた行けるだろ」

 俺は言った。完全に道が閉ざされたわけじゃない。

「こっちのピンチをさっさと解決して、あっちに乗り込めばいいんだよ」

 時間がかかりそうなのは向こうの方だ。こっちで手間取ってる場合ではない。侵略者どもをあっちへ押し返し、そのまま殴り込みをかければいい。

「そうね。それにはまずここを出ましょう」

 キャスタがそう言って周りを見る。気持ちを切り替え、第ニ章のスタートだ。

「そもそもこの建物は何なの?あんなモンスターがいるなんて、普通じゃないんじゃない?」

 アタカの疑問。もう黒晶石(こくしょうせき)になってしまったが、なかなかのモンスターが出迎えてくれた。

「あっちに、黒晶石がたくさんあるぞ」

 すると、ディフェンが久々にしゃべった。

 棚が崩れて男が下敷きになっていた方だ。周りには机もあり、その上や下に大小様々な箱が置かれている。

「ホントだ…」

 それらを覗き込みながらアタカが驚く。俺もそうだけど―近くまで来ていて気がつかなかった。

(っていうか、あいつはいつ見てたんだ)

 ディフェンだ。油断のならない奴。

 どの箱の中にも黒晶石がビッシリ詰まっていた。大きさも形もいろいろあり、ザッと見た感じ量もかなりありそうだ。

「こっちにこれを運ぶためのゲートだったのね」

 キャスタが隣部屋の方を見つめる。

「なるほどな」

 それなら納得できる。俺らがついさっきあっちで破壊した施設は、黒晶石の大規模発掘場だ。

 惑星グラフトは、星そのものが黒晶石の塊といっていいほど、膨大な量の黒晶石が埋蔵されている。グラフトの技術が他の星より遥かに発展していたのもそのおかげだし、エイリアンたちに狙われたのもそのせいだ。

 元々エイリアンたちもそれなりのエネルギー源を保有していたらしいが、黒晶石はそれとは比べ物にならないほど優れた物質だった。それにより、帝国の技術も向上してしまった。厄介な話だ。

 モンスターを作り出すことができるのも、この石があるからだろう。黒晶石が核になっている。

「それじゃあここは、魔王軍の拠点ってことか」

 アタカが腕組みしながら言う。

「魔王軍ねぇ…」

 懐かしい響きだ。

 俺たちが旅に出た目的は、打倒魔王軍だった。それが、あっちの世界に行ったことで難しくなり、あっちでの目的を見つけた。打倒帝国軍だ。

 モンスターがうろついているのだから、まだ魔王軍は侵略中に違いない。もしかしたらもう手遅れで、征服されてしまっている可能性もある。

 突然、どこからともなく現れた魔王軍だったが、正体はあっちの世界で五つの星を征服し、巨大な帝国を築き上げたエイリアンたちだった。それが、こっちの世界も征服しようと企んでいるのだ。ただ、あっちの世界では、エイリアンたちがどこからやって来たのかは謎だ。征服しようとする理由も。

「出るっていってもまだこの4人眠ってるから、とりあえず3人で様子を見てきてくれ。俺はここで何かないか見張ってる」

 俺たち4人が脱出できればいいってわけじゃない。この4人も連れていかなきゃ助けた意味がない。

 4人とも眠らせる術を使って眠らせたが、当然起こす術もある。だが、できれば自然に目覚めるのを待ちたい。それにはもう少し時間が必要だ。

「わかった。ちょっと行ってくる」

 3人が部屋を出ていく。ここが余程の施設でなければ、回復役がいなくても問題ないだろう。問題があったとしても、危険を察知してすぐ戻ってくるはず。それを踏まえての様子見だ。

「う…ううぅ…」

 程なくして、1人目が覚めた。一番軽傷だった男だ。唯一俺たちのことを見ているはず。

「あなたは…」

 俺のことに気がついたようだ。

「大丈夫、魔物なら倒した。他の仲間も無事だ」

 俺はそう声をかけた。少し言葉を変えて。

 なぜか基本的には一緒だったので言葉には特に困らなかったが、向こうとこっちで意味は同じだけど呼び方が違う言葉がいくつかあった。それなりに長くいたので慣れてしまったが、戻ってくるとこっちでは通じないだろう。

「ありがとう…」

 男が感謝を伝えつつ体を起こす。

「みんなが目がを覚ますまで、まだ休んでた方がいい。ここは安全だ」

 様子見に行った3人が帰ってくるまでもう少しかかるだろう。

「すまない…」

 男はまだつらそうだ。

 回復の術は、その名のとおり消耗した体力を回復させるが、同時に表面的なキズなども修復できる。ただ、病気を治すなど体の内側にはあまり効果がない。モンスターの中には猛毒を使ったり、特殊な力で体を麻痺させたりする攻撃をしてくるものもいる。そういった症状は別の術が必要だ。

 で、詳しく聞くと、ディフェンが倒したあのモンスター、電撃を発したらしい。あいにく、そういった症状に効く術はなかった。自然に治るのを待つしかない。

 その後、残り3人も目が覚め、こっちの3人も無事に帰還した。

 建物にはまだモンスターが何体かいたが、全部やっつけてきたようだ。だが、他からまだ来るかもしれないので、とりあえず今のうちに脱出し、ちょっと離れた場所で休憩がてら情報交換をすることにした。

「テグラーノねぇ…」

 ここがどこか判明した。

 救出した4人組は魔王軍の侵略を受けている隣のマナリスへ向かう途中、たまたま立ち寄った村でさっきの屋敷の話を聞き、魔物たちを討つために訪れていたらしい。

 その話の中で、テグラーノやマナリスという地名が出てきて、元の世界に戻ってきたということが確定した。来たことはなかったが、そういう国があることは知っていた。

「大変でしたね」

 と、アタカ。

「あの魔物以外はそんなでもなかったわよ」

 と、キャスタ。

「……」

 と、ディフェン。

 俺を含め4人とも普通に話を聞いていたが、内心では驚きや興奮、動揺などしていたに違いない。

「俺たちは―」

 次にこっちの話をした。こっちは正直に話すと壮大なストーリーを語ることになっちゃうので、シンプルに『レバックスで魔王軍の拠点に攻め込んだら魔法陣があり、それを使ったらさっきの場所に出てきた』ということにした。実際はそれで向こうに旅立っちゃったわけだけど、それはまた別の話。

「こんな世界があるなんてあり得ません」

 すると突然、Rがしゃべり出した。何も聞かれてないのに、自分から発言するなんて珍しい。

 Rにとっては、この状況がよっぽど理解不能なのだろう。向こうでもこの手の話は何度もしたが、全く受け入れなかった。

「今の声は何ですか?」

 4人の中の紅一点―リリが、周りをキョロキョロ見ながら聞いてくる。姿が見えないのに声だけ聞こえたら驚くだろう。

「実体のない妖精がいてね。一瞬で移動してきちゃったから、ビックリしてるみたい」

 キャスタも周りを見ながら答える。“実体のない妖精”は、こういう状況でみんなを混乱させないよう今までも何度か使った手段だ。

 アタカの左腕に付けてる腕輪がコンピュータの端末になってると言っても、こっちの人たちにはチンプンカンプンだろう。俺たちだって最初は驚きの連続だった。

「何ていう名前の妖精なんですか?」

 リリのさらなる問いに、アタカが答えた。

R-PG5アールピージーファイブ。私たちはRって呼んでます」

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