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第54話 祭り

 街の広場は、観衆でごった返していた。皆楽しそうに笑顔で笑っている。

 子供たちは親に手を引かれて、1年に1度だけの祭りが始まることにワクワクして興奮を抑えきれないようだ。広場に用意されていた台には、市長と長老が準備を整えていた。あの黒いローブを着た長老は、王国最高の魔導士と呼ばれるスタン師だ。


 当代王国最高の魔導士が就任する宮廷魔導士長を20年にわたって勤め上げた魔導士であり、現役を引退後も王国の魔力研究の最高顧問として、閣僚級の特権を保証されている。


 国王と直接、話すこともできる上に、魔力省に対する助言や指導も可能になる。現役を引退しても、国内最高クラスの魔導士であることには変わりなく、多くの人たちから尊敬を集めている。


 マリアやラファエルとも面識がある。二人にとっての印象は、好々こうこうやという感じで、いつも笑顔を絶やさない優しい紳士だ。


 市長の挨拶が終わると、スタンが祭りの開会を宣言するためにステージの中央に立つ。


「皆の者、それでは祭りをはじめよう。今回の祭りは、幸運なことに雪が降っている。綺麗なホワイトフェスティバルになるぞ」


 老人が笑うと、皆が拍手を始める。


 その拍手にこたえるように、老人は頷くと詠唱を始める。国内最高の魔力キャパシティーを持つ大魔導士は、手から魔力を解き放つと周囲が光りはじめた。街路樹や商店の壁に設置されている魔道具もそれに反応し、美しく輝き始めた。どうやら、魔力を感知すると、光るタイプの道具だったようだ。


 さらに、魔道具から放たれる光が、昨夜降った雪に反射した。街のすべてが輝いているようだった。


「すごいっ……」

 マリアは初めて見る光景に言葉を飲んでしまう。すごいという言葉しか出てこなかった。


 さらに、各商店の窓に設置された魔道具は、ラッパを鳴らす天使や大きな星、雪の結晶がかたどられていた。スタン長老が、少し魔力の流れを変えることで、光の色は青や赤に変わっていく。


「(この一瞬をラファエル様と一緒に向かえることができたことを私は感謝しないといけない。この特別な瞬間を生きるために、私は今まで生きてきたのかもしれない)」


 マリアはゆっくりとラファエルの手を握る。ラファエルも優しくそれに応えた。

 ふたりの間に、今日が特別な夜になるという気持ちが強まっていく。


 そして、街は素敵にライトアップされていく。


 ※


 街は、お祭りムード一色になっていた。

 子供たちは浮かれてはしゃぎまわり、大人たちは今年も無事に祭りができたことに安堵しながら会話を楽しんでいる。イベントが終わりに近づけば、無料で酒も提供されるので、それを楽しみにしている人も多いのだろう。


 この祭りは、日付が変わっても続けられて、深夜までイベントがある。子供たちも今夜だけは夜更かしが許されているので、本当に特別な雰囲気になっていた。


 街の広場では出店が出店されていて、街の名物や軽食を食べることができるようになっていた。その出店の中でも一番人気が……


「お嬢様、ホットワインを買ってきました」


 ラファエルが買ってきたホットワインだ。赤ワインに、オレンジピールやナツメグ、シナモンなどの香辛料やハーブ、そしてはちみつをたっぷりと入れて、底の厚い鍋でしっかり温めて作られる。


 香辛料やハーブは貴重品だが、この街では魔力研究のために特別に栽培を許されているので使い放題なのだ。気候に適応しなければ育たない香辛料も魔力のおかげで栽培が可能になっている。


 この栄養たっぷりで体を直接温めてくれる飲み物を片手にこの祭りを楽しむことが醍醐味だいごみと言われている。


「うわぁ、温かいわ」


 マリアはコップに入ったワインで手を温めた。このコップはレンタル制で、飲み終わったら返却スペースに返すことになっている。そうすることで、1銅貨が戻ってくる仕組みだ。


 ちなみに子供たち用に、ホットレモンジュースも用意されている。街の子供たちはお祭りの夜にこれを飲むのが最高の楽しみになっていたりもする。


 ふたりはワインを口に含んだ。甘いワインとハーブの味が口いっぱいに広がる。外の外気を気にして、店主も熱々のホットワインを提供していた。舌がやけどしそうになるくらい熱かった。


「オープンサンドでも買ってきましょうか?」

 ふたりは息を白くしている。


 ホットワインで温まってもやはり外は寒い。


「ううん、もう少しだけこうしてたいわ」

 ふたりはお互いの片手にワインのコップを持ちながら、もう片方の手では繋がっていた。ワインとお互いの体温を交換しながら、大切な時間は過ぎていく。


 ※


「何か食べましょうか?」

 ふたりは無言で街を歩き、その美しさに息をのんだ。そして、それを堪能した後で、屋台の食事に向かう。


 ラファエルは屋台で買い物をするために、ゆっくりとつながれていた手を離す。「あっ」と小さな声がマリアからはこぼれる。その失われていく感触をもっと味わいたいがためにでてしまった小さな声だった。もう気持ちは止まらなくなっている。


「大丈夫ですよ、すぐに帰ってきます」


「はい……待ってます」


 ほんの数分の買い物のはずなのに、待っている時間は永遠のように感じられてしまう。楽しい時間は一瞬出過ぎるのに、会えない数分間が永遠に感じてしまう。マリアは、自分が恋に落ちていると完全に自覚した。もう、自分の気持ちをだまし続けることはできない。


「お待たせしました、お嬢様」

 ラファエルの手のトレーには、白いパンのようなものと煮込み料理の器がおかれている。


「美味しそう……これは何ていう料理?」


「こちらのパンが"フラムキッシュ"で、煮込みのほうは"ベックオフ"と呼ばれている料理ですよ」


 ふたつの料理はともにこの地方の名物料理だ。フラムキッシュは、ピザのようなオープンサンドだ。薄いパン生地にタマネギとベーコンをのせて生クリームをのせて炎であぶる。優しいクリームとタマネギの甘みとベーコンの味わいが癖になるこの地方でも特に人気がある軽食だ。


 クリームピザのような料理で、冬の家族だんらんを楽しく過ごすためにみんなが食べている。


「パリッとしていておいしいですね」

 マリアも満足に笑う。


「こちらのベックオフも絶品ですよ」


 ベックオフは、農家の女性の味方だ。もともとは洗濯の日に主婦がそこまで手間をかけずに美味しい料理を作るために考えられたものだ。


 いろんな肉やウィンナー、ベーコンなどを白ワインに付け込み一晩放置し、翌朝にじゃがいもや玉ねぎを入れて火にかけて作る煮込み料理だ。近所の主婦仲間と一緒にパン屋に持ち込んで、パン屋のかまどで一緒に焼いてもらって労力を節約することも多い。ベックオフとは、"パン屋のかまど"という意味を持っている。


 この地方の定番の家庭料理だ。肉も複数の種類を入れることでうまみが出て、ワインの酸味がアクセントになる。


「美味しい。とてもやさしい家庭の味ね」


「実際、家庭によってはニンジンを入れたりローリエを入れたりして、いくつもレシピがあるそうです。家庭ごとに微妙に味が違うんですよね」


「そっか。それってなんだかとても素敵なお話ね。愛し合った二人が夫婦になり、自分たちの居場所を作っていくみたいな……」


「ええ、素敵な話です」


 ふたりはまだ見ぬ未来のことを考えながら幸せな食事を堪能した。


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