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第32話崩壊が始まる王太子

―王宮―


「くそっ!!」

 自室で王太子は、ワイングラスを床に叩きつけた。グラスは粉々に砕かれた。これでいくつグラスが犠牲になったかわからない。


 ここ数日で王太子は間違いなく追い詰められていた。


 グール男爵の失脚。証拠の隠滅。そこまではうまくいっていた。すでに、男爵の陰謀によって、懐には多くの利益が入っていた。ここで男爵から入る資金ルートが潰れるのは痛かったが、すでに利益が入っている。


 だが、王太子にとって一番痛かったのは、ジャンリ・クルー商会が手を引いたことだ。グール男爵のルートはしょせん裏口だ。裏金として自由には使えるが、表から入ってくる正規の献金に比べたら額は少ない。


 ジャンリ・クルー商会は、王太子の派閥にとっては大きすぎる後ろ盾だったのだ。それが一斉に手を引いたとなれば、まちがいなく派閥のメンバーも動揺する。


 それもジャンリ・クルーの離反は、国王主導の工作によって仕組まれたことだ。王太子がどんなに隠そうと思っても、すぐに噂は広まる。さらに、派閥の切り崩し工作はさらに加速していく。


「殿下、大丈夫ですか?」


「ああ、すまないミーサ。動揺した」


 その直前まで読んでいた書状が、彼を激怒させた。

 自分の父親の時代から派閥の中心人物でもあったバルサム伯爵からのものだ。


「私は引退し、伯爵家の当主は長男に譲る」という趣旨の文章は、ある意味では彼にとっての死刑宣告だった。


 父亡き後の派閥をまとめ上げていた長老がこのタイミングで引退する。おそらく、国王派からの強い圧力によるものだろう。さらに、伯爵家の長男は愚鈍であると噂されている。


 派閥の長老の抜けた穴は埋めることができないだろう。


 ジャンリ・クルー商会とバルサム伯爵というふたつの柱が崩れた。こうなってしまえば、大黒柱を失った派閥は空中分解する。


 金と人望による求心力を失った派閥は、もうバラバラだ。


 この数日間で、王太子はすべてを失ったに等しい。


 国王に啖呵たんかを切った時には、もう負けが決まっていたのかもしれない。


「ダメだ。このままなら間違いなく潰される」


 王太子は弱気な言葉を吐く。

 それがトリガーだった。


「何を弱気なことを言ってるのよ!!」

 ミーサは初めて王太子に向けて怒気をこめて大声を出した。


 彼の前ではか弱い女性を演じているが、今が彼女の本性に近い。

 まさか、王太子がここまで無能だとは思わなかった。彼女は慰めていたが、内心ではイライラし続けていた。


「どうしたんだ、ミーサ……」


「いいですか、王太子様。あなたは、追い詰められているのです。ここで失脚すれば、廃嫡し永遠に幽閉されます。それでいいのですか?」


「そんな……それは嫌だ」


「ならば、私の言うとおりにしてください。私ならばあなたを救えます」

 すべてを失いかけて、精神が傷ついている彼はワラにもすがるような気持ちでミーサに泣きつく。それがミーサの罠だとも知らずに。


 彼女は、その出自から悪魔的に人の心をもてあそぶ天才だった。

 彼女は王太子に近づくために、若い男性貴族たちを篭絡ろうらくし彼らの恋心をうまく利用していた。そして、王太子へとつながる人脈を作り上げて、王太子も同じように恋に落としたのだ。


 愚かな貴族たちは、恋心と自尊心をくすぐればすぐに陥落する。自分の恵まれた容姿と少しドジに装えばさらに魅力的になることを彼女は知っていた。おそらく、この篭絡方法が効かないのは、たたき上げのラファエルくらいだ。だからこそ、王太子と会う時は彼を遠ざけていた。自分の本質を見抜かれないように……


「どうすればいいんだ。一体どうすれば……」


「(大丈夫。この王太子はまだ使える。廃嫡になったわけでもない。さらに弱体化したと言っても、忠誠を誓う派閥のメンバーも少なからずいるはずだ。さらに、王太子には今までの献金もある)」


 悪魔は静かに笑った。

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