第23話憧れ
ふたりは同じテントで休んでいる。
マリアは緊張して眠れなかった。
同じ空間の中で異性と寝るなんて、家族でもなければ体験できないことだ。本来は彼女の横には王太子がいたはずだった。だが、彼の側近であったラファエルがいる。ほんの数か月前には考えられなかったことが、現実で起きていた。テントの中は、ふたりの呼吸音だけが鳴り響いている。
いったい、いつからだったろうか。王太子のことを見限ったのは。
マリアは考えた。たとえ、気持ち的に冷めてしまっても、婚約は何があっても解消できない。なぜなら、ふたりの婚約は王国の内乱を止めるために必要な措置だったからだ。きっと、今頃は王都は水面下で大変なことになっているだろう。派閥抗争の防波堤だった自分がいなくなってしまったのだから当然のことだ。
王太子は、基本的に優しい優柔不断なタイプだった。だが、彼の立場は、多くの女性を魅了した。将来の国母という甘い蜜に貴族たちは群がり、彼の優しい性格はゆがんだものに変わってしまった。
ふたりは、15歳の時に婚約した。最初は、王太子は優しかった。マリアの優れた美貌と智謀にひかれてもいた。だが、彼は気づいてしまったのだ。自分がどんなに努力しても、彼女には追い付けないことに。
比較されればされるほど、ふたりの能力の差は明らかになる。マリアの方が能力的には玉座にふさわしいと噂されると、王太子の劣等感は刺激されてすさんでいく。その心のスキをミーサ子爵令嬢との浮気で埋め合わせる。
そして、ふたりの関係には溝ができて、ついには修復できないほど冷めた関係になってしまった。
そんな関係に苦しんでいる時に、マリアはひとりの男に憧れていた。
今、隣で寝ているラファエルだ。
「(若き天才。智謀の泉。叩き上げの怪物。努力を捨てて、快楽に逃げた王太子殿下を見た後で、どんなに逆境でも腐らずに努力を積み上げたラファエル様。その違いに私は恋に落ちたのかもしれないわね)」
決して実るはずがなかった恋のはずだった。隠さなければいけないはずの恋が、叶えてもいい恋に変わった。
なら、自分から努力しないといけない。
「ねぇ、ラファエル様、起きてますか?」
「起きていますよ、お嬢様」
「よかった。眠れないから少しだけお話しませんか」
「もちろんです」
「ねぇ、なんでラファエル様はわたしのこんなに突拍子もない旅行計画に賛同してくれたの?」
「それ、自分で言いますか」
「だって、婚約破棄されて自分でもよくわからない状況になってしまったから……思わず提案してしまったのよ」
「たしかにびっくりしました。それも、公爵家のご当主……そして女性の方と一緒に旅行なんて」
「ですよね。自分でも提案した後、少し後悔したわ」
「ですが、魅力的な提案だと思ったのです。この3年間以上はずっと中央にいたせいで、地方のことがよくわかっていなかったこともありますし。それに」
「それに?」
「中央の政治に疲れていました。王太子殿下と自分の考えには微妙に溝もありました。彼の目指す国家像が見えないことに少しだけ絶望もあったんだと思います。でも、そんなときに新天地を一緒に見ようという提案があったら、すぐに手を取りたくなってしまったんですよ」
そう言うと彼は笑う。まさに、渡りに船だった。そう言いたいようだ。
「そっか。なら、よかったわ……」
「それに……私は王太子殿下よりも、常に努力を続けていたお嬢様に親近感がありましたからね」
「えっ?」
「例えば、学園の昼休み。中庭でいつも読書をされていましたよね。いつも難しい本を読んでいましたよね。農学や経済、あとは他国の文化や言語の本とかを。とても勉強熱心な女性だ。パーティーなどの席でもその勉強の結果を出していた。彼女なら立派な国母になれる。私はそれを励みに頑張っていましたからね。その女性から一緒に来ないかと誘ってもらえれば、断る男はいないでしょう」
まっすぐ彼女のことを見て誠実に答えるラファエルの言葉に心が躍る。
自分を見ていて欲しかった異性がちゃんと自分を見ていてくれた。その事実を知ったことでマリアは飛びあがるほど嬉しくなっていた。
「ありがとう、ラファエル様と一緒に旅ができて、私も幸せよ」




