第七十六話 悪い癖
僕の言葉で全員動きが止ってしまいました。
それを見て、黒猫マリーがトンっと僕の肩に乗りそのまま、パッチさんの肩に飛び移った。
そして何かを耳打ちしています。
「一同の者、ノコ様の御前である頭が高い、平伏しなさい」
パッチさんが大声を出しました。
この言葉に、クリードさんは瞬時に平伏をした。
それにならうような形で、兵士が平伏をする。
そして最後に隊長が渋々腰を落とした。
僕はクリードさんの真意を知りたくて、少し隙を見せてみたいと思います。
「皆さんのやっている人身売買は、僕が絶対に許せない商売です。あなた方がそれに手を出している以上は、僕に敵対することになります」
こんな会話に特に意味はありません。それらしいことを話しているだけです。
僕は、油断している振りをしながら、クリードさんと隊長に近づきます。
そして隊長の人差し指が、ほんの少し動きました。
恐らく、必殺の間合いに入ったのでしょう。
僕は更に一歩近づくと、とどめにくるりと後ろを向きました。
「死ねーー!!」
隊長が剣を振りかぶり、僕に襲いかかってきました。
その瞬間、クリードさんが隊長に体当たりをします。
そして体勢を崩した隊長にクリードさんが自慢のドラゴンソードで右脇腹から、左肩にかけて斜めに切り上げました。
隊長の体がゆっくり滑るようにズレ落ちます。
余りの切れ味に隊長は切られたことに気が付いていないようです。
そして少しずつ崩れ落ちる体で、足下を大きく見開いた目で見ながら口をパクパクしています。
クリードさんは、赤く汚れたドラゴンソードを、誰もいない方にぴゅんと振ると、ドラゴンソードについた赤い汚れはひとしずくも無くなりました。
崩れ落ちる隊長の横で何の表情も変えずに、剣を鞘に収めるとクリードさんは再び平伏した。
「クリードさんの、今の働きにより、直ちに命を奪うことはやめました。明日、人さらいの本拠地へ行きたいと思います。クリードさんも兵隊の皆さんも今日は帰って下さい。僕と共に戦う気のある人は明日の朝ここへ来て下さい。敵として戦う人は、正々堂々手加減無しで戦いましょう」
僕は、笑顔を見せた。
兵士は、何だかわからず許されて喜んで帰って行きます。
「よろしいのですか」
クリードさんが不思議そうな顔をして僕を見つめます。
「ふふふ、平伏している人を殺せません。それだけです。剣を向ければ容赦は致しません」
「いえ、明日の朝、俺がここへ来たらノコ様のもとで戦えるのでしょうか」
そうか、そっちか。
「その気があるのでしたらどうぞ」
「はっ」
クリードさんはうやうやしく頭を下げると、門から出て行きました。
「あーあ、ノコ様の悪い癖ニャ」
「マリーが全員の命を救うように仕向けたのでしょう。僕に平伏する人の命は奪えません」
「それだけじゃないニャ。クリードという男はかなりできるニャ」
そう言うと、黒猫マリーはニヤリと笑った。