長い過去編は聞いてられない
ある子役の男の子がいました。
その男の子は大人に言われたことを素直に聞き、持ち前の記憶力の良さで現場では逸材とされていました。
男の子は褒められることが本当に好きでした。
ドラマに出て人気が増えつつあったある日、別のフロアで多くの人の笑い声が聞こえたので、男の子は休憩時間にコッソリ現場を抜け出して見に行ってしまいました。
男の子はどんなに楽しいことが待っているのか、ワクワクで胸が踊っていました。
しかし、そこで目にしたのは以前ドラマ共演したことのある俳優の不倫謝罪会見の現場でした。
言葉という石を投げつけて嘲笑う大人たち。苦悶の表情をする人気俳優。
まるで、子供が遊びで捕まえた生き物をいたぶりながら殺すような光景でした。
そんな大人たちの中には、男の子が知っている顔もありました。
俳優さんがやっちゃいけないことをした、と男の子は直感的に理解できましたが、それと同時に、人はこんなに残酷になれるということも知ってしまいました。
一度間違えたら自分もこうなってしまうのではないかという恐怖。
期待され、持ち上げられた後、それで失敗したら…
男の子は忘れようとしますが、持ち前の記憶力の良さで忘れることができません。
だから男の子は決めました。
期待されない生き方をしようと。
そして、子役を辞め、不真面目に生きようと決めたのでした。
※※※※※※※※※※※※
「いい加減起きなさいよ!」
「おぉっ!なんだ、ごんしy…アンナか」
「何時間も寝てれば気が済むのよ。あんたバカね」
軽蔑する眼差しを向けてくるアンナに机を叩かれて、飛び起きるように目が覚める。
時計を見ると今は昼休みで、多くの生徒が昼食をとっていた。2限目から寝ていたので、3時間近く寝ていたことになる。
「起こしてくれてありがとな。購買行くかーー」
俺は指を組んで両手を伸ばす。
この学校には購買があるため、ほとんどの生徒はそこでパンや弁当を買う。俺のように親元を離れて寮で暮らしている生徒が多いからだ。
「そう、もう売り切れてるかもね」
「アンナは弁当自分で持ってきてるんだよな。すげーよな」
アンナの弁当はバランスの取れた色鮮やかな見た目をしている。パッと見ただけでも栄養価が考えられていることがわかる。
料理はできるのに、なぜ時々ポンコツになるだろうか不思議でならない。
「べ、べつに大したことないわよ。なんなら……」
あまり褒められ慣れてないのか、アンナは恥じらうように否定する。そして、喉がつかえたように言い淀む。
「どうした?」
「なんなら…あんたの分くらい…作ってあげてきてもも…いい…わよ……」
アンナは赤面して顔を俯かせる。
「それはさすがに申し訳な……」
「しゅんちゃん〜!今起きたの〜?」
後ろから両肩をいきなり掴まれ、俺はギョッとする。
「なんだ愛生か」
「一緒にご飯食べに行こ〜!」
「いつもの女子グループはどうした?」
「今日はそういう気分なの〜」
愛生は上機嫌そうに笑顔を振る舞い、自分の髪をくるくる回す。いつものテンションとは少し違うような顔をしている。
「深嬢さん……」
「アンナちゃん悪いね〜お取り込み中だった〜?しゅんちゃん借りてもいい〜?」
アンナは少し残念そうな顔をした後、いつもの調子に戻る。
「こんな奴が隣にいたらご飯が美味しく食べられないので、早く連れていっちゃって下さい」
「俺、そんな害悪なのかよ」
そうして、俺と愛生は購買に昼食を買いに行った。愛生が安堵したように見えたのは気のせいだろう。
※※※※※※※※※※
「瞬記!聞いてくれよ!って深嬢もいるのか」
俺と愛生が購買で弁当を買った後、俺たちは文芸部の部室に来ていた。愛生は部外者だが、文芸部はその辺が緩い。
そこには先に樹がいたが、嬉しさと驚きが混じったように絡んでくる。
「うるせぇ〜なぁ〜」
「マジでヤバいんだって!」
「まぁいいや、どうした?」
「俺、本郷樹はYouTuberになった!」
一瞬思考が停止する。親友がYouTuber?俺はラグが酷いスマホのように脳の処理が追いつかない。
聞き間違いか?YouTuber?にわかには信じがたい。
「お、おぉ〜〜?、たしかにすごいけど、所詮登録者なんて10人くらいだろ?」
YouTuberの競争率はとても激しいものだ。
たしかに人気YouTuberになれば、かせぐことができる。小学生のなりたい職業トップ3にはいつもある。
だが、それまでには一級品の個性と伸びるまで続ける根気が必要だ。
素人目に見てもそれは難しい。ましてや、飽きっぽい樹がやるワケがない。
「いや、18万人」
「・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ??」
「だから18万人だって!詳しくは18万9895人!!」
「はぁ!?!?」
俺は思わず声量が大きくなってしまう。
「え、本郷ってYouTuberになったの……?」
隣にいる愛生も流石に困惑している。
「18万人!?しかもコツコツってワケじゃないだろ?」
「初めて1週間くらいだな。昨日まで全然伸びてなかったのに、今日になって登録者が爆伸びした」
「そんな馬鹿な…」
ありえない、、、HUN⚫︎⚫︎⚫︎×HUN⚫︎⚫︎⚫︎の再連載並みにありえない。
たしかに樹は面白い奴だが、それで一気に10万越えはありえん。俺は開いた口が塞がらない。
「本郷が……えぇ〜〜……ほんとに?」
学年トップランクの美少女が悲鳴じみた声を上げる。
俺たちは思い至ったように、自分のスマホで検索をかける。
「HONGOチャンネル、登録者数、、、19万人」
「現在進行形で伸びてるな〜」
樹は照れ臭そうに笑う。
動画はまだ10本にもみたない。しかし、再生回数はどれも50万は超えていて、1番バズっているのは300万再生にのぼる。その動画タイトルは
(前歯全部抜いて、生やしてみた)
「マジで痛かったわ〜」
「痛かったわーじゃねーよ!!何やってんだよ!」
サムネイルの衝撃もすごい。本当に前歯が全部ない。
「いやだって、俺たちの体質って障害って言われてるけど、個性みたいなものじゃん。一生向き合っていくもんだし!ならマイナスに捉えず、こうして将来のために生かせばいいんだよ!」
「そうだけど、、、、」
「親から貰った身体を傷つけるのはどうなのかな〜?」
愛生は諭すようにいう。しかし、樹はお構いなしに話を続ける。
「それで、瞬記も一緒にやらねーか?俺だけだとダメなんだよ」
「やだよ」
俺は即答する。
樹みたいに身体をはるなんて絶対に嫌だ。これで有名になったとしても意味なんてない。
「有名になったら、お前の好きな声優とコラボ出来るかもしんねーぞ!」
そんなことで俺がそんな説得で動くと本当に思っているのか。バカバカしい。
バンジージャンプくらいならやってもいいか、、、、
「元有名子役がいれば登録者100万人越えも夢じゃないって!実際、こういった繋がりから交際が始まることもけっこうあるらしいぞ!」
俺はそんなに単純なんかじゃない。。。
もしするなら、サムネイルを工夫したり、照明を買ったり、編集のためにパソコン買ってソフトウェアをダウンロードして……
「最初はほんのちょっとだけでいいからさ!」
「ちょっとだけ?」
「そうそう!ちょっとだけ!!痛くしないし!」
「………………なら撮影協力くらいなら…」
そういいかけた瞬間、背中から悪寒が走る。視線を向けた先には、修羅のような顔をした愛生だった。
「そんなことしゅんちゃんにやらせるワケないでしょ」
こうなると思ったからお前だけに言おうとしたんだよ、と樹は小声で耳打ちする。
我慢できずここで打ち明けたお前が悪い。
「しゅんちゃんは本当にやろうだなんて思ってないよね?私、おばさんから言われてるの。瞬記がしっかりしてるか見張ってねって、、」
愛生は握りしめた割り箸を握力のみで粉砕する。
「おい、冗談だって!」
「あっ!」
はっとした愛生はすぐに笑顔になる。そうしてるだけならただの美少女なのにな。
「ごめんね。つい、、、」
恥ずかしそうにして顔を下に向ける。
こいつが感情的になるのはだいたい俺に関してだ。そういうのはやめるようにい言ってるんだがな。
「ていうか、お前、よく母さんと仲良くしてるな」
「そりゃ、大事なしゅんちゃんのためだもん!!」
愛されてるねぇ〜と隣のYouTuberは茶化してくる。俺と愛生は絶対にそんなことにならないって。
すると唐突に生徒呼び出しのアナウンスが鳴った。
「一年の時透くん、一年の時透瞬記くん。至急、生徒会室に来てください」
なんで俺が呼び出されたんだ?全く心当たりがない。
「あぶねーー俺が呼び出されると思ったわ〜」
樹は胸を撫で下ろす。
今の流れだと樹のYouTubeが学校にバレて呼び出されると俺は予想していた。
「しゅんちゃんの授業態度がいつも悪いからかな〜?」
「それなら、すぐ終わるだろ。ちょっと行ってくるわ。弁当はそこの机に置いておいてくれ」
俺は弁当を愛生に預けて、生徒会室に小走りで駆けた。
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