アンナ2
灰色の生活を送っていた時、中学三年生の10月くらいだっただろうか。
「権正さんって、もしかして馬鹿なの?」
クラスメイトに頼まれた仕事中の誰もいない教室。
一番言われたくない奴に、その言葉を浴びせられた。
時透瞬記。
授業中に起きていたことがない居眠り常習犯。いつも口煩く指摘してるのに聞く耳を持たない。
そのくせテストでは高得点を取りまくるという、私とは正反対な嫌な男子。
「あなたにだけは言われたくないわよ」
「なら、なんで人の仕事までやってんだよ。それ委員会の奴の仕事だろ」
「好きでやってるからいいの。あなたには関係ない!」
私は明確な敵意を持って睨むけれど、こいつは目を逸らさない。
あぁそうか。きっと、善意に付け込んで、私の身体目当てに違いない。
少しでも期待したらダメだ。
「そうカリカリするなよ。気に入らないなら、断ればいいじゃんか。いつも怒鳴るみたいに」
「あなたなんかに言われる筋合いないのよ」
「じゃあ、好きでやってるとして、何でそんなに辛そうなんだよ」
かけられた言葉に思わず手が止まる。
「――そんなことない」
「いや、ある。昔から人の顔色見て調子がどうとか見るの得意だし。特に、思い悩んでる奴の顔は、どうしても……頭に残るんだわ」
こいつは変だ。私の心情を見抜いたかのようなことを言ってくる。
真剣で哀しそうな顔つきから、嘘をついてるようには見えない。
「私は、なにも、間違ってない」
「お前は何も間違ってないし、褒められることだと思う。けど、押し付けた善意は悪意と変わらないんだぞ」
「そんなことない!」
「そんなことあるんだよ。真面目なだけで、人間関係めちゃくちゃじゃねーか。見ててイライラするから辞めてくれ。目に毒だから」
「そんなこと……」
「ぶっちゃけ、これ言うのだいぶ躊躇ったんだぞ。言わなれなくても分かるだろ、普通」
私は手にしていたプリントに、くしゃりと力が入る。
不真面目な奴が正論をかますのに、我慢ならなかった。
「分かってるわよ!!じゃあどうしたらいいのよ!あんたが分かるっていうなら、教えなさいよ!」
もうヤケクソだ。
こいつの言うことには妙な説得力があった。
でも、頭では分かってても、認めてしまうのは嫌だ。
「知らんけど、気に入らないことでもあったら、殴るくらいのことしてもいいんじゃねーの。不器用なのは分かってるんだし」
こいつは、「暴力は全てを解決する」とも付け足す。
暴力か。考えたこともなかった。
言えば伝わるものだと思っていたし、暴力は悪いこと。
選択肢にすらなかった。
「それなら、最初にあなたを殴ることになるわよ」
「全然大丈夫だし。やれるもんならやってみろ。てかそれ、プリント分けんの?後何分で終わる?」
「普通にやったら、後30分くらい」
「ながっ。じゃあ手伝うから15分で終わらそう」
「別に、頼んでないわよ」
「はいはい、そういうのいいから」
こいつは私の側に椅子を持ってくると、半ば強引に仕事を奪い、さっさと作業を始めた。
いつも不真面目な奴の行動とは思えないず、何か裏があるかとも思ったけれど、下心で近づいていたわけでないと直感した。
こいつは私の身体を見てこないから。
それだけで少しだけ、ほんの少しだけだけど、嬉しかった。
やっぱり誰かが見てくれてるんだ。
まぁ、見てくれたのがこんな奴だったのは残念だったけど。
「これ、お前がやり続けるのしんどそうだな」
「え?なんで?」
「胸が大きいから。肩凝るだr……おぶッッ」
その時だった。
溜まりに溜まった感情をのせた拳を、こいつの溝落ちに捻じ込む。
初めて人を殴ったのに、慣れ親しんだような手応えがあった。
殴り飛ばした身体は少しだけ宙に浮いた後、椅子から滑り落ちた。
「思ったよりスカッとするわね」
「本当に殴るとか……てか、力強……」
うつ伏せで腹を押さえるこいつを横目にして、私は
「ばーか」
と微笑した。
結局、仕事は10分で終わった。
それから少しずつ変わっていった。
ほんの些細な出来事。でも、私を見てアドバイスをくれたのは初めてで、心が軽くなった。
時透瞬記の事が気になり始めたのが、この時からだったから。
我ながら、色々とチョロい。
あいつは普段から注意はするけど、その日から、少しずつ話すようになって、距離も近づいたと思った。
卒業式の日には告白しようと思って、手紙を下駄箱に入れたのに、
あいつは、約束の場所に来なかった。
本当に最後までムカつく奴だと思った。
でも、あいつは新しい学校では隣にいて、何事もなかったかのように話しかけてくる。
こっちの気も知らないで…………ムカつく!
ムカつく!
ムカつく!!
ムカつく!!!
ムカつく!!!!
ムカつく!!!!!
でも、やっぱり好き
※※※※※※※※※※※
「やらせろよ」
こんなことが言いたかったわけじゃない。
いや、言いたかったのかもしれない。
睡眠もできず、食欲もない。なら、性欲を満たすしかないじゃないか。
しかし、自室で女子を押し倒した状況は初めてで、次に何をしたら良いか分からず、俺はアンナに覆い被さったまま静止。
すると、アンナが口を開いた。
「いい……わよ」
「は?」
「いいっていってんの。私が辛かった時、あなたを殴って少し気分が晴れたこともあったし」
ギブアンドテイク、とアンナは目を逸らしながら言う。
そして自分からシャツのボタンを外すと、制服に収まらない程の谷間が顔を覗かせ、色気を漂わせた。
誘ってるのか??今、そんなことされたら、本気にしてしまう。
会長と付き合ってた時は、二周目の8月6日。
今は付き合う前。だから、浮気じゃない。
そもそも、会長とは付き合って1日も経っていない。
じゃあ、いいのか。
理性が崩壊したら、残るのは本能のみ。
呼吸が荒くなり、アンナの身体に触れようとした時。
かすかに、鼻を啜る音がして手を止めた。
「泣いてる……のか……?」
「泣いてなんかない!!良いっていってんのよ!!」
「いや、でも」
「あなたのことが好きで、初めてなのに……!」
言葉を口にしたら感情が爆発したのか、アンナは嗚咽混じりに続ける。
「嬉しいはずなのに……こんな初めてを望んでたわけじゃ……」
くしゃくしゃになったアンナの顔を見て、冷静さを取り戻す。
性欲に振り回させるのを嫌っていたはずなのに、何をしているのだ。
無理矢理に女子に迫って、これじゃあ雛菊を襲った教師と変わらないじゃないか。
アンナから手を引いて後ずさると、壁にもたれかかる。
「ご、ごめん」
自分の行いがどれ程低俗で、醜悪なのか悟ってしまうと途端に死にたくなる。
そうだ死のう。元々そうしようとしてた。
「俺が死ねばいいんだ」
投稿が遅くなり申し訳ございません。
どうしてもラブコメを書こうとすると手が止まってしまうのです。最近は真面目にレンタル彼女でも使おうかと本気で悩んでいます。
ちなみに、私が欲しいのは本物の彼女ではなく、ブックマークです。そして、書籍化して自分のキャラクターを生み出すこと、、、つまり無性生殖です。
これからもどうぞよろしくお願いします。




