【走馬灯】
愛生の一件は落着した。なんとか丸く治った、、、と思う。
トラックに跳ねられることもなく、無事に帰ることができ一安心。
俺としても新しい一歩を踏み出すべき、なのだが……
「どういうメッセージがいいんだぁ!!」
俺は寮の自室で叫んでいた。
手にしているスマホの画面には雛菊のL◯NEの個人トーク画面。
恋人となった相手に、気軽にメッセージを送っていい物なのか、俺は苦悩していた。
ちなみにグループの履歴を見ても、生徒会グループでは望月さんが話題を振り、それに対してツッコミを入れたりすることがほとんどで、雛菊との個人トークの方は、これといって何もない。
何もしなくても花火大会の話題は既に進んでいるから、その日に雛菊に会えるのは間違いない。
だが、彼氏というなら、週に一回くらいは……会いたい。
だって一応付き合ってるわけだし、普通そうだよな?
……普通ってなんだ??
恋愛に無頓着というか馬鹿にしていた人間が今更後悔しても遅すぎる。
いや、今は普通なんてどうでもいい。
俺が会いたいから会うのだ。
ただここで、大きな問題がある。
俺からガツガツアプローチするようものなら、いつ男性恐怖症の雛菊に嫌われてもおかしくない。
慎重に行動することが重要事項なのだ。
決してビビってなどいない。
好きに人に嫌われたくないと思うのは当然だろ。
「うし、記憶を掘り起こして、会話を思い出そう。その中にヒントがあるかもしれん」
瞬間記憶力の無駄使いである。
一方その頃。
「私、どんな顔して会えばいいの!!」
雛菊も悩んでいた。
「キス……した、んだよね?」
帰宅中は白昼夢のような気分で過ごしたせいで、自室にいると急に現実味がなくなっていた。
男性に触れることさえできなかったのに、今では恋人がいるという現状は、初体験であり未知の領域。
抑えていた衝動をが爆発しそうになっているが、
「あんまりガツガツいきすぎても、瞬記だからなぁ……」
頻繁に会いたいけれど、時透瞬記という人間は、面倒なことが嫌いな男子というのが雛菊の見解。
恋愛には否定的で尚且つ捻くれている。
積りに積もった感情をぶつけて、距離を置かれでもしたらと思うと踏み出せず、こちらも頭を抱えていた。
「生徒会の仕事でもあれば、自然と口実が作れ…………あ!仕事がないなら作ればいい!」
ここまで思い至り、メッセージを送るだけのことに、お互い4日を要した。
両者共に、恋愛に関してはポンコツである。
※※※※※※※※
それから数日後
俺は今、雛菊に呼び出されて、夏休みなのに学校に向かっている。
呼び出された内容は「一人でやろうと思ってた文化祭の対策について」ということらしい。
一周目でこんなことはなかったから、多分、別の意味を持っていると思う。
茹だるような真夏日の猛暑の中で学校に行くことは、以前の俺であれば悪態の一つでもついていた。
しかし、今はむしろ、楽しみに感じているのだから、恋が人を変えるのは間違いではないのかもしれない。
高揚していたのも束の間、生徒会室に入ると、心地いい冷気に満たされる。
「早いですね。会長」
雛菊は既に来ていた。
「いや、今来たばかりだから、気にするな」
おぉ、平然と嘘をつく。
見た所、今来たばかりであれば、雛菊の机に飲みかけのティーカップがあるわけない。
それに、こんなに冷えた部屋なのに、「今来たばかり」は無理がある。
学校にいるからか、雛菊はクールな雰囲気を変えるつもりはないように見える。
俺も合わせるように、いつもの席に腰掛けバッグを置く。
「今日話す文化祭のことって、まだ先の話ですよね?」
「まぁ、新設された学校というのもあって、早めに動いておくことに越したことはないからな」
「他の人たちは呼ばなかったんですか?」
「あ、あぁ」
雛菊はバツが悪そうに頷く。
「そういえば、愛生に付き合っていること、言いました」
「そうか……どう、だった?」
「悲しんでました。でも、納得してくれたと思います」
「そうか。当然と言えば、当然だな」
「まぁ、そうですね」
俺たちの会話はどこかぎこちない。
付き合っているということを意識しすぎて、探るように言葉を選んでしまうような気がする。
雛菊は目を合わせてもくれない。
「あ、これ、言ってた資料だ」
「ありがとうございます、読みます」
雛菊が手渡してきたのは、文化祭予定(仮)の資料。
仕事の話となると、雛菊は平常心を取り戻したように話す。
資料の枚数は多くなさそうで、目を通すのに時間がかからないだろう。
書かれている内容は、要約すると生徒から文化祭でやりたいことアンケートの結果である。
また、実際に実行する上で「生徒会としての対応」など、細かい所までもが網羅的に記してある。
何度も思うが、雛菊は仕事ができる。
まぁ、この内容なら、写真でも撮ってデータで送ればいいのだが。
「お茶いる?」
「今はいいです」
雛菊は何かしていないと落ち着かないようで、椅子から立ったり座ったりを繰り返している。
そんな雛菊を見ていると、逆に冷静になってくる。
俺の彼女は可愛い。
凛とした生徒会長らしい所、対照的なオタクっぽい所、今のような少し抜けた所も好きだ。
恋は盲目、とシェイクスピアは言った。
でも、愚かな行為に幸せを感じるなら、もう盲目でもいい。
感慨に耽っていると、いつの間にか雛菊は俺の隣に座っていて、ぬるりと腕を絡めて密着してきた。
「ねぇ」
唐突な上目遣いに、ドキッとした。
「ど、どうしたんですか?」
「二人なんだし……名前で呼んでよ。なんか不平等じゃない。敬語もあれだけど…それは追々…」
普段とは打って変わって、ボソボソと小言のように言うので聞き取りづらい。
「すみません、努力します。あと、これだと作業がしづらいです」
「ん〜?フィット感が良くて私は気に入ったけど」
「ちょっと恥ずかしいです」
「本当に嫌ならやめるよ」
「…………嫌、と言うほどでは」
間の空いた返答に、雛菊は腕をより強く抱き寄せ、子供っぽく笑う。
「じゃあさ、何か面白いことしようよ」
「またいきなりですね。面白いこと、ですか」
「うん、じゃなきゃこのまま」
「あー、そうっすねーー」
生徒会室を見渡す。
コーヒーカップくらいしか特別な物は置いていないし、他には資料が置かれている古い戸棚だけ。
特に面白いことができるものなんて……
あ、そうだ。
「ちょっと、失礼します」
雛菊の腕を解き、戸棚を開く。
確か前に、生徒会室で時間を潰しのために、文芸部室から持ってきていた。
オセロ、将棋、チェス等の様々なテーブルゲーム用のボードだ。
「チェスとかどうです?できないなら、オセロとかもありますけど」
「いいねぇ。どちらでも」
雛菊は相当な自信があるようで、たしかに臨海林間学校に向かう車内でのトランプやUNOは大体雛菊が勝っていたから、ボードゲーム全般は得意なはず。
俺としても、強い人とゲームするのは面白い。
「じゃあチェスで」
「それより先に、罰ゲームを決めようか」
「いいっすよ」
「そうだな。負けた方は勝った方の言うことを何でも聞くというのは」
「ど定番ですけど、何でもって言っていいんすか?俺が何するか分からないでしょうに」
「いいよ。私、負けないし」
〈数分後〉
「雛菊、めっちゃ強くね?」
「そうかな?将棋に比べるとチェスは簡単だよ」
〈さらに数十分後〉
「俺が負けるなんて……」
途中まで良い勝負だったが、結果を見れば俺の惨敗。
「最初の方、ミスったな。舐めプかと思った」
「もう一回やりましょう」
「その前に罰ゲームだね」
「あぁ、忘れてた〜」
「そうだな。じゃあ……あ!」
雛菊は肘をついて考えると、一瞬で思いついたようで不気味な笑みを浮かべる。
「キノコダンスでも踊ってもらおうか」
「マジで勘弁して下さい」
「じゃあ、本郷に壁ドン顎クイをして、写真に納めてよ」
「時透瞬記、踊らさせていただきます」
何気ない会話、俺はきっとこういうのが欲しかった。
でも、分かってる。これが夢ってことくらい。
花火大会では雛菊と二人だけの時間を多くとって、屋台を回って隣を歩く。
雛菊は靴擦れしてたはずだから、絆創膏とか必要だろうな。
そうして、些細なことに幸せを感じ、全てが思い出となる。
人とお付き合いをすることが、こんなに幸福だなんて知りたくなかった。
そうすれば、悲しくなることなんてなかったのに。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
今年中には、この作品を書き終え、次の小説を書こうとも思っているので、何卒よろしくお願いします。
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